空色りぼんB

□別行動
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暫く馬を走らせた後、私達は馬を繋ぎ立体機動にうつって本部からの連絡を待つことにした。

深い森の静けさの中に、時折対特定目標拘束兵器の射出音が響き渡る。

そんな異常な音が鳴り響く中でも一息つくには充分だった。先程まで女型の巨人に追われていたのが嘘のように落ち着いた時間が流れる。

だが、私の心中は穏やかではなかった。あの音の元で今リヴァイが戦っている。

向こうはどうなっているのか、無事中身を引きずり出すことができているのか。

いくら私がここで考え、焦っていても無意味なのはわかっているのに考えずにはいられない。


「相手が知性のある巨人だと知っていれば、死なずに済んだ兵もいたんじゃ…」


そんな中、エレンが遠慮がちに口を開いた。


「オレ達のような新兵ならともかく、長く調査兵団をやっている先輩達にも知らされないなんて…」

「…うるせーな」

「私達が団長や兵長に信用されてないって言いたいの!?」


ペトラが眉間に皺を寄せて声をあげる。その迫力に怯んだエレンは「いや、でも…」と言い淀んだ後、「そーいうことになっちゃいますよ!?」と彼らを見上げた。

言い返す言葉が見つからず言い淀むペトラに、オルオが「そいつの歯を抜いてやれ!前歯と奥歯を差し替えてやれ!」と叫ぶ。

エレンを日頃下に見ていたオルオにとって、今この状況は相当面白くない状況だろう。

私は腰を下ろし、木に背を預けて空を見上げる。皆に隠していた側としては話を振られたくない。撤退命令の煙弾はまだだろうか。

そう思っていた時、ギャーギャーと騒ぐ3人をエルドの落ち着いた声が遮った。


「しかしそれなりの人数が事前に関わっていないとあの罠は成功し得ないはずだ。計画を知らされた兵は恐らく…、5年前から生き残ってる兵員に限るだろう」

”…イヤ、そう思いたい”
と続けるエルドに、さすがだなと思う。全くその通りだ。


「なるほどそういうことか、そうに違いないな。わかったかエレン?そういうことだ」

「うん!そういうことなら仕方ない」


先程までとは一変。
オルオとペトラは背筋を伸ばして得意げに言う。


「諜報員は5年前壁を壊すと同時に壁内に発生したと想定されているから、団長は容疑者をそこで線引きしたんだよ」

「…5年前、本当に諜報員が」

「ソニーとビーンを殺したヤツとも同一犯なのか?」

「…あ、私…あの時団長にそれを質問されたんだ」


[君には何が見える?敵は何だと思う?]


団長室で問われた質問。やはり班員も同じように問われたらしい。…そして答えられなかった。


「あの質問に答えられていたら本作戦に参加できてたのかもしれないな…、そんな者がいたとは思えんが」

「俺はわかっていたぜ?でもな…、そこはあえて答えなかった。お前らにはそれがなぜだかわかるか?」

「…なんで?」

「はぁ…、なんだ?わからないのか?まぁお前ら程度じゃわからないだろうな。なぜお前らにはわからないと思う?それはお前らが俺の域に達していないからだ。」


そんなオルオの演説に相手してやってるのは可哀想なことにペトラだけだった。エレンに至ってはさっきまで一緒に話していたのに、何か考え事をしているようで上の空。

…まぁ、オルオはペトラに相手にされていればそれで満足だろうけど。


「…時にユキ、お前も作戦内容を知っていた一人だろ?」

「「「…え!?」」」


唐突に呟かれた言葉に思わず顔を引き攣らせる。エルドを見上げれば真剣な表情を浮かべていて、残り全員は飛び出るんじゃないかと思わせるほど目を大きく見開いていた。


「俺もあの巨人に追われている時は俺たちと同じで知らないのかと思っていた。だが、リヴァイ兵長が音響弾を取り出した時、兵長が”耳を塞げ”を言う前に耳を塞いでいただろう?」


…あの状況の中で、
そこまで見ていたのか。

正直侮っていた。あの時は何も考えずに耳を塞いでしまったが…、そうか、確かに見ていれば不自然に思うだろう。


「ユキにしては珍しいミスだったな。初めから知っていたとなれば兵長と別れる時の会話にも納得できる」

「そういえば詳しく説明もされていなかったのに、連絡を待つって言ってたような…」

「兵長も”分かったな?”としかいってなかった…!」


全員の視線が突きつけられる。
…あぁ、こうなると分かっていたから話をふられたくなかったのに。

エルドの野郎余計なことを言ってくれる。まぁ、いずれ分かることだ。こうなることくらい覚悟していた。

私は深く息を吐いてから『知ってたよ』と言った。


「…そうか、だからあんな余裕な表情をしていたのか」

「ユキはいつもそうじゃない。だから分からなかったのも無理はないよ」

「いや、最近はリヴァイ兵長に似て無表情が多くなったような気もする」

「眉間に皺が寄っていたらもっと似ると思う。威圧もあるし」

「ユキがリヴァイ兵長に似ているわけないだろう?言葉遣いも動作も、全く似ていない」

「言葉遣いも動作も真似してるのに、全く似てないオルオが言えたことじゃないわね」

「なんだと!?」


…ちょっとちょっと。勝手に人の話で盛り上がらないでほしい。私がリヴァイに似てきた?…全く無自覚だったんだけど。

嫌な気は当然しないが、
今後気にしてしまうではないか。

そう思っていると、グンタが「ちょっと待て!」と口を開いた。


「だとしたらおかしくないか?ユキは5年前から調査兵団にはいなかったはずだ。…となると、さっきの話に矛盾するんじゃないか?」

「…確かに」

「ねぇ、ユキ。どうしてユキは知っていたの?」


どう答えようか迷っていた時、
再びエルドが口を開いた。


「5年前から生き残っている兵員以外が本作戦に参加できる方法は一つしかない。…ユキ、あの質問に答えられたんじゃないか?」

『…』


小さな沈黙が落ちる。


『…答えた』

「な、なんて答えたんだ?」

「オルオ、あなたは分かっていたんでしょう?」

「…参考に聞くだけだ。俺と同じ答えかどうかをな」


馬鹿らしいとペトラは冷たく言葉を吐く。私は少し考えてから言葉を続けた。


『正確には”答えなかった”んだけどね』

「…どういうことだ?」

『あの時エルヴィンがどういう意図で私に質問してきたのか分からなかった。エレンの存在を知った時、もしかしたらあの壁を壊した人間が壁の中にいるかもしれないと思った。そしてそれが”エルヴィンじゃない証拠”はどこにもなかったから』

「…つまり、団長を疑ったって事か?」


『うん』と答えれば、皆はお互いキョトンとした顔を合わせ…。ぷっと吹き出した。


「あはははは、やっぱりさすがだな俺達の副兵長は!」

「そんな答え、普通だったらでてこない」

『…馬鹿にしてる?』

「いや、感心してるのさ」


口元に手をあてて笑っている奴らのどこを見れば感心しているように見えるのか。

笑っていないのは「…すげぇ」と放心しているエレンだけだ。これが感心しているという表情の正解だろう。

一頻り笑ったあと、整えるように息をついたグンタが口を開いた。


「そういう答えがあったか。…どうりで俺たちにはできないはずだ」

『私の答えが正解だったかは分からないけど』

「正解だったから本作戦に参加できたんだろ?」

『…それもあったかもしれないけど、一番大きかったのは私が昔リヴァイに会ったことがあったからだと思う』


そう言うとペトラが「何その話初耳なんだけど!」と声をあげる。『ごめんごめん』と謝ってから私は続けた。


『もう10年前くらいの話だけどね。リヴァイもまだ兵士じゃなかった頃、一度だけ地下街で会ったの』

「10年前なんて二人とも今と全然違っただろ?ユキなんてまだ子どもだっただろうし…どうしてそれがお互いのことだって分かったんだ?」

『当然兵団に入ってリヴァイを見た時は気づかなかったけど、偶然出会った場所を通りかかった時、もしかしたらと思って本人に聞いてみたんだよ』


まさか、地下街での知り合いと副兵長という地位をかけてポーカーをやっていたとは言えない。

だがそのお陰で帰り道、
あの場所を通ることができた。

地下街と地上の狭間。
太陽の光が疎らに降り注ぐあの場所で、私の事を助けてくれた男のことを思い出した。

それと同時にリヴァイの顔が浮かんできて…、何も考えずにただリヴァイを探し回って問いかけてみれば、本当にリヴァイだったのだ。

あの時、私がどれだけ嬉しかったか言葉で表すことはできない。初めて心を委ねられると思った相手が、まさか自分の命の恩人だったなんて。


「…そういうこともあるんだな、本の中の作り話みたいだ」

『私も始めはそう思ってたけど、手についた汚れをハンカチで拭っていた記憶があったから、自分の中では結構確信してたかも』

「リヴァイ兵長の潔癖症は10年ものか」

「いや、それ以上前からの可能性もある」


けらけらと笑い合う。
ここが壁外だということを忘れてしまいそうなほど平和な時間のようだ。

みんながこれだけ肩の力を抜いているのは本部の力を信じ、疑いもしていないからだろう。

女型の巨人の中身を引き摺り出し、後は来た道を引き返すだけ。そこに何の疑いも心配もしていない。

…私も信じよう。
彼らなら大丈夫。

必ず、もう一度会える。


「エレン、お前はまだ知らないだけだがそれは今にわかるだろう。エルヴィン・スミスに人類の希望である調査兵団が託されている理由がな」

「リヴァイ兵長があれほど信頼しているくらいだからね」

「それまでてめぇが生きていればの話だがな」



ーーきぃやぁぁああああ!!


その時、本部の方から叫び声のようなものが聞こえてきた。いや、叫び声なんて生ぬるいものではない…あれは断末魔だ。


「なんだ!?」

「なんの音だ…?」


ドクンと鼓動が音を立てる。空間を引き裂くように鳴り響くそれは、森全体を包み込む。

何がおこっているの?
無意味に立ち上がってみても見えるはずもなく、ただただ巨木が立ち並んでいるだけ。


『…っ』


ちくりとした痛みに手のひらを見れば、爪が食い込み僅かに血が滲んでいた。

再び静寂が訪れる。
対特定目標拘束兵器の音も聞こえてこない。


…リヴァイっ。

私は瞳を閉じ、
ただ彼の無事を祈った。




 

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