空色りぼんC

□先導する者、支える者
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それぞれ拠点へと到着した後、後衛を務めていたユキはジャン、コニー、サシャの「異常なし」という報告を受け解散した。


「ユキさ…班長ってさ、本当に副兵士長なんだよな」


馬を繋ぎ建物内へ戻るとき、ぽつりとコニーが呟いた言葉にジャンは「はぁ?」と片眉を上げた。


「今更何言ってんだ。そんなの俺たちが訓練兵のときからだろうが」

「そうだけどよ、…なんて言うかあの人って訓練兵のときからそうだったけど、俺たちに対して普通に接してただろ?同期と同じようにさ」


命令することも指示することもない。上からの物言いもしなかったし、訓練兵のときからずっと同期と同じように過ごしていたとコニーは言った。


「その気持ち、私にもわかるような気がします」

「サシャ、…お前まで何言い出すんだよ」

「私たちが調査兵団に来てからも姉御はずっとエレンと一緒にいて接する機会もなかったですけど、…今日後衛を務める姿はやっぱり「上官」でしたよね」

「俺たちに対する態度とかは変わらねぇのに、なんていうかよ…エルヴィン団長とかリヴァイ兵長みたいな雰囲気があったんだよな。あれが何度も壁外調査を生き抜いてきた人間だけができるものなんだと思う…」


訓練兵のときには感じることのなかったユキの凛とした雰囲気は、まさに数々の死地をくぐり抜けてきた「歴戦の猛者」のものだとジャンも出発前に感じていた。

へらりと笑う表情も自分たちに対する態度も変わらない。目の前にいるのはいつもの「ユキさん」の筈なのに、コニーの言う通り調査兵団の兵士として側に立ってみればやはり違うものがあった。

調査兵団の副兵士長であることも、立体機動において高度な技量を持っていることも知っていても、前までの自分たちにとっては優しく気さくなお姉さんだった。

正式に部下として任務についたからなのか、それとも自分たちが成長したのかはわからないが、彼女の頼もしさと凛とした強さ、そして立場の違いを改めて突きつけられたような気がする。

へらへらと笑っているようなあの人でも、強者揃いの調査兵団で副兵士長を務めているのだ。

先の壁外調査で重傷を負っても尚リヴァイ兵士長と共に兵士として任務を熟している。それは文句のつけようがなく尊敬するの一言だった。彼女を少し遠くに感じてしまうことを寂しく感じる。


「俺さ、すごい感動したんだ。あんなにすごい人が訓練兵のときからずっと俺たちの側にいたんだぜ」

「…あぁ、本当に今更だけどな。俺もそう思ったよ。本来俺たちみたいな末端の兵士が気安く話しかけていい相手じゃねぇんだよな。…お前ももう姉御なんて呼び方やめろよ」

「それはいいんです!姉御が良いって言ってくれたんですから!さっきのコニーみたいな失敗しなくていいですし」

「てめー!なんとなく有耶無耶に流れるかと思った失敗を掘り返す気か!?いいよなお前は前と変わらなくていいから!」

「へっへーんだっ、これは女の子のみに許された特権なんです!コニーは精々ボロが出ないように努力したらいいんですよ」


クソッ、と悔しがっているコニーに何故か得意げなサシャ。しかしジャンだけは口を閉じ、遠くの一点に視線を向ける。そこには後衛を務めたユキと前衛を務めていたリヴァイが2人でなにやら話し合っている光景だった。


「お前らは楽観的でいいよな」

「なんだよジャン、浮かない顔しやがって」

「よく考えてみろよ。いくら仲良く接してくれるとは言え班長は調査兵団幹部であってリヴァイ兵士長の恋人だ」

「んなもん知ってるよ。…あ、さてはジャン…まだ班長がリヴァイ兵士長と付き合ってることを納得してないのか?ぷぷっ」

「ジャンも意外と一途ですねぇ〜、諦めの悪い男は嫌われますよ…ぷぷっ」

「お前らマジでぶっ飛ばすぞ」


顔を見合わせながら必死に笑いを堪える2人にジャンは米神に青筋を浮かべる。深呼吸をして怒りを沈ませ、改めて続けた。


「なぁ、お前ら。今日俺らは何からエレンを護ったか分かるか?」

「エレンを狙う奴らからだろ?」

「そうだ。それは巨人じゃなくて人間ってことだろ?つまり万が一エレンがその何かに襲われた場合、俺らが戦うのは巨人じゃなくて人間だったってことだ」


ジャンがそう言うと、2人はさすがにその意味を悟ったのか堪えていた笑みを消し、困惑した表情を見合わせる。


「これから先、俺たちは巨人の前に人間と戦うことになるかもしれない。お前たちはもし人間と戦えと言われたらできるか?」

「い、嫌ですよ…人と戦うなんて。だって私たち調査兵団は人類が生きていけるように巨人と戦うんじゃないんですか…」

「そうだぜ、そんなの間違ってるじゃねぇか…俺はできねぇよ」

「お前らはそう言うが調査兵団の決定であれば班長はきっと断ることはしない。…そうなったときに班長は嫌だという俺たちを庇ってはくれねぇだろうな」


自分たちの信頼できるお姉さんである前にユキは調査兵団の副兵士長だ。どんな命令であれ彼女は従うだろう。

いつか「大切な人を護るために調査兵団にいる」と言っていたユキは「その人の命令なら例え巨人の口に突っ込めと言われても従う。ただ、その人が間違っていると思ったら止めるのも私の仕事」と言っていた。

つまり、人間と戦うことを彼女自身が「間違っている」と判断しなければ命令に従うということだ。調査兵団での戦果はもちろん知っている。彼女が人を殺す姿は想像もできないがきっとやるだろう。そしてそれを断る俺たちを庇ってはくれない。

「ま、まぁエレンを護る今だけってことだろ。そりゃ兵士なんだから人を捕まえるくらいのことはするさ」

「ほら、ジャンだってエレンと対人格闘やってたじゃないですか」


捕まえるだけで済めばいいけどな、という言葉は口に出さなかった。「ほら、行こうぜ」というコニーにサシャと共に家屋へ入るとき、ちらりと視線を向ければリヴァイがユキの頭を撫でていた。

幸せそうに笑うユキからジャンは視線をそらす。その笑顔はやはり自分たちに見せる表情ではなかった。


**
***


「異常はなかったか?」

『うん、誰かにつけられている感じはしなかった』

「そうか」


自分の他に後衛を務めた3人を解散させれば、先に到着していた筈のリヴァイが外で待っていた。


『エレンの様子はどう?』

「クソメガネが運んでいった。ありゃ当分目を覚まさねぇだろうな…クソメガネと根暗野郎が煩くてしょうがねぇ」

『ミカサはエレンが心配でしょうがないだろうから…ハンジはいつものことだけど。あのまま戻らなかったらハンジは一生ミカサの恨みを買うことになるね』

「くだらねぇ」


馬を降り、馬小屋まで行こうとすればわしわしと頭を撫でられた。キョトンと見上げれば「ご苦労だった」と一言。胸に広がる暖かな気持ちに思わず笑みが零れた。


『リヴァイも先導お疲れさま。そっちも特に何もなかったんでしょう?』

「あぁ、だが奴らはどこかで巨人化の際に発生した蒸気を見ているはずだ」


ここまで追跡はされていない。だが、あの隠すことのできない蒸気だけは必ず確認されているだろう。…だとしても、考えても仕方のないことだ。向こうの動きばかりを気にしていては何もできない。


「少し落ち着いたら会議をする。問題はないな?」

『?…私は何も予定ないけど?』

「予定を聞いているんじゃない。お前の体調を聞いているんだ。問題はないな?」


私以外に見せることのない心配そうな表情で問いかけてくるリヴァイに、思わずくすくすと笑った。リヴァイの眉間に皺が寄る。


「なに笑ってやがる」


なんでもない、気にしないでと言えばリヴァイは納得しない表情を浮かべてはいたが、中で待っていると先に部屋へ戻った。



**
***



エレンの回復を待ってはみたが回復する様子もなく、私たちは話し合いへとうつった。

今回の実験内容と結果の確認、エレンの硬質化ができない現状を踏まえ次の指針をウォール教とその周辺の追及へと定めた。

彼らは何故か硬質化した巨人で作られた壁の起源を知っている。どこまで知っているのか、何を知っているのかは定かではないが巨人が「硬質化」するために何か方法があるとすれば、それを知り得ればエレンも硬質化することができるようになる。

更にその謎を知ることができるのが何故、人類の最高権力者である王様ではなくレイス家なのか知ることができるだろう。


「王都へ召集されたエルヴィンが明日探りを入れてくれるはずだ。もちろん、その他にも私の班で密偵させる予定だよ」

「王都への召集は明日か…、探りを入れるのは結構なことだがエルヴィンの護衛はどうするつもりだ?お前の班は密偵に使うんだろう?」

「エルヴィンの側に調査兵が1人着く予定だったけど、向こうがそれを拒否したんだ」

『護衛をつけるなってこと?そんなのお前を殺すから1人で来いって言ってるようなものじゃない』

「まぁ、名目上ってことだろうけどね…エルヴィンは今回シーナでの女型巨人捕獲の是非を問われる。潔白を示す為に単身で来いということだろう」


だとしてもそれを従順に受けエルヴィンを1人王都へ放り込みでもしたら殺されるリスクが高すぎる。

今、調査兵団を取り巻く状況は今まで類を見ないほど厳しい状況にある。王制からの監視、中央第一憲兵団に加え市民からの目もある。

エルヴィンの命を狙おうとする輩はごまんといるだろう。シーナでの女型捕獲のことを考えれば一番警戒しなくてはいけないのは市民だ。王制が手を出さないとしても移動途中に狙われる可能性がある。

あの一件で出てしまった死傷者の家族や友人、恋人…それらを失った市民からの恨みは計り知れない。一度火がついた人間ほど厄介なものはなく、普段は大人しくしている人間ほど手を煩わされることもある。


「そこでユキ。君にエルヴィンからのご指名だよ」


は?と視線を向ければハンジは1枚の紙を私に差し出した。


「護衛を君に任せたいそうだ」


紙を開いて見てみればそこには明日のエルヴィンの移動ルート、そして時刻が合わせて記載されている。


「何故ユキなんだ?他にも手の空いている兵士はいるだろう」

「さぁ、ユキに会いたいんじゃない?エルヴィンがこっちに来ることはできないだろうし」

『私は構わないけど…本部の中までは護衛できないよ』

「エルヴィンは本部の人間がどうこうしてくることはないだろうってさ。今ここで自分が死んだら、自分たちが殺したと言っているようなものだからね…流石に市民の王への信頼まで落としたくはないだろうって」


私はリヴァイの方をちらりと見やる。
リヴァイはため息をついた後、「エルヴィンの命令なら仕方ねぇ」と呟き私の手元にある紙を覗き込む。


「出発は明日の昼か」

「帰りだけでいいってさ。馬車の中で待たせておくわけにはいかないからって」

『じゃぁ朝すぐにでなくても間に合うね』

「エルヴィンが明日すぐ来いってさ」

『どうして?』

「早く会いたいんじゃない?」


ハンジが笑いながら言うとリヴァイはチッと舌打ちを零す。そして夕方に行けと不機嫌そうに言った。



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