空色りぼんC

□次会える日まで
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王都・ミットラス。王政召集を終えたエルヴィンは総統局前に用意していた馬車に乗り込んだ。

馭者である調査兵は「ご無事で何よりです」と小声で言い、エルヴィンに1枚の紙切れを差し出す。エルヴィンが乗り込んだのを確認して馬車は走り始めた。

ストヘス区で行われた女型巨人捕獲作戦に加え、つい先日ローゼ内に巨人が侵入し避難生活も解除されたばかりの不安定な情勢が続いた王都の治安は目に見えるほど悪化していた。

王都らしい華やかな雰囲気は廃れ、馬車で少し駆ければ少年窃盗を目にする始末。この状況が続けば市民の不満や怒りは蓄積され、いつか反乱が起こるのは容易に想像できた。

エルヴィンはカーテンを閉め、窓からの光を遮断する。真昼間にも関わらず薄暗くされた馬車の中で、エルヴィンは小さく口を開いた。


「もういいぞ」


それと同時にガタンッと向かいの椅子が開き小さな手が覗く。続いてぴょこんと黒髪が覗いたかと思えば眉間に皺を寄せたユキが椅子の中から窮屈そうに出てきた。


「すまないな、息苦しい思いをさせて」

『エルヴィン…あなたどれだけ私が小さいと思ってるの?さすがにここは狭すぎるんだけど』


開いた座席を指差し自分はこんな狭いところに入っていたんだぞと訴えると、エルヴィンはもう一度「すまなかった」と言った。

改めて見ると我ながらよくこのスペースに入れたなと思う。エルヴィンが出てくるであろう時刻に合わせて調査兵団本部を出たわけだが、「ここに隠れていてくれと団長が…」と言った兵士の申し訳なさそうな顔は忘れられない。私も引きつった顔をしていたはずだ。

狭かったもののすっぽりと収まった私はそのままシートの下に閉じ込められ、王都へと移動しエルヴィンが出てくるまで待っていたというわけだ。いくら護衛をつけるなと言われたからといってもこの扱いは酷い。おかげで周りにバレずに済んだのだが…。

ハンジは「さぁ、ユキに会いたいからじゃない?」とか言っていたが、まさかここに隠れられるのが私だけだからじゃないだろうなという考えが過る。

座席を閉め、ドカッと腕を組んで不機嫌さを露わにして見せれば「この埋め合わせはこれでどうだ」と綺麗な箱に入ったお菓子を渡される。…仕方ない、許してあげよう。


『また生きてるエルヴィンと会えて良かったよ』

「あぁ、私も生きてユキに会えて嬉しいよ」


取り敢えず召集されてその場で殺されるということは避けられた…あとは調査兵団本部に無事に戻れればいい。エルヴィンの視線が私の手元に置かれた刀に落とされた。


「それはリヴァイから受け取ったのか?」

『ついこの間ね。立体機動装置はまだあまり付けさせてもらえない』

「そうだろうな。あの男は君のことに関して異常に過保護だ。今日の話も跳ね除けられるかと思っていたが」

『納得はしてなさそうだったけど、思ってたよりあっさり許可出してくれたよ。終わったらすぐに帰ってこいとは言われてるけど』


そうか、とエルヴィンは口元を緩める。ガラガラと馬車が駆ける音が響くが、今自分たちがどこにいるのかは締め切られたカーテンによって伺うことはできない。勿論馬車に乗っている私たちを隠すためだ。


『それで、召集はどうだったの?』


少ししてから改めて問うと、エルヴィンはゆっくりと口を開いた。


「やはり引き返すことはできなさそうだ。我々の甘い期待は幻想でしかなかった」

『まぁ、…そうだろうね』


エルヴィンの言う甘い期待とは王政がエレンを「人類を守る手段」であるから欲しているのだという期待。

調査兵団でも知り得ない知識を持つ彼らが人類を守るためにエレンの「力」を必要としているのであれば、王政に渡すべきなのではないかという考えだ。

そんなことはありえない。

私もリヴァイも同じ考えではあったが断言はできないとして、エルヴィンはこの王政召集で真実を見極めてくるということになっていた。

しかし、結果は予想通りだった。


『地位だけは立派な人間が守りたいのは人類じゃなく、自分たちの庭付きの家と地位だったってこと…』

「むしろ自分たちの権利が脅かされるのならば、その相手が巨人でなく人間であっても区別なく排除するだろう」


わかってはいた。むしろ王政が敵だとハッキリしたことによって私たちがするべきことも定まった。


『…なら、私たちはこれまで通り……エルヴィン?』


視線を上げればエルヴィンは何かに思い浸るように遠くを見つめていた。だが、カーテンに仕切られ窓の外も見えないこの狭い空間でのその行為は不自然だ。

まるで私には見えない、何かを見ているように。


「なんだ?」

『…今後のことを話そうと思ったんだけど…何かあった?』

「いや、すまない。私個人のことだ」


気にしないでくれ、というエルヴィンは今回の王政召集で私に伝えた以外に何かを得たようだったが…それを言おうとはしなかった。

必要なことであればエルヴィンは必ず私たちに伝えてくれる。…だが、それをしないということは無理矢理聞き出すことでもないということ。

人には語りたくないことの一つや二つあって当然だ。『そう』といったユキにエルヴィンは「君のそういう物分かりの良さは助かるよ」と言う。

この時、エルヴィンが父親の死の真相を悟ったという事を私たちが知るのは、大分後になってからだ。


「君が先程言っていた通り我々がこれからやることは変わらない。エレンとヒストリアを守りながらレイス家、そして壁の秘密を知っているであろうウォール教を調べることだ」


そして、とエルヴィンは胸ポケットから一枚の紙切れを取り出し差し出してくる。

乗り込む時に馭者からでも受け取ったのだろう。内容に目を通し、思わず顔が引きつった。


「中央第一憲兵が動きを見せているらしい。君たちの居場所はもう割れている…今夜仕掛けてくるだろう」

『そろそろ動き出してくるとは思ってたけど、やっぱり向こうもそう簡単に猶予はくれないってことだね…それで私たちはどうすればいい?』

「ハンジたちとの合流地点へ向かってくれ。彼らと協力して襲撃してきた中央第一憲兵を拘束し情報を聞き出して欲しい。方法は君たちに任せる」

『今夜の襲撃に中央憲兵が動くとは私には思えない。きっと他の駒を使ってくると思うけど……』


言いながら視線を上げれば、エルヴィンは小さく口元を緩めていた。まさか…と私は口元をひきつらせる。


『その駒を拘束、または利用して高みの見物を決め込んでいる奴らを捕らえろと?』

「君たちならできるだろう?」


ははっと思わず笑いが零れた。エルヴィンの私たちへの信頼を改めて実感させられる。


『地下街で名を上げた私たち二人を使えるなんて恵まれてるよ、…エルヴィン』

「本当にそう思うよ。私は人材に恵まれている…そうでなければここまで来ることはできなかっただろう」

『信頼されてるようで嬉しいよ。…それで、聞きだすべき情報はレイス家とウォール教だと思うけど、今回エルヴィンはどんな博打を打とうとしてるの?』

「まだ何も言っていないのにもう博打と決めつけるのか?」

『あなたの作戦はいつだってそうでしょう?』

「…まぁ、そうだな。私たちの今回の目的は、王の首をすげ替えることだ」


王の首をすげ替える?…反復するように問えば、エルヴィンは「あぁ」と続けた。


「だが、それを実現させるのに最も重要な根拠がない。これは私の推測に過ぎないが、レイス家が本来の王家なのではないかと思っている」

『本当に今回も博打だったね…、しかも予想を遥かに上回る大きな賭けだった』

「どうも私にはこれしか脳がないらしいからな」


知っているよ、と答えればエルヴィンは困ったように笑う。

王の首をすげ替えるとなればそれはもう壁の中…いや、全人類を巻き込んだ革命になる。少数精鋭の調査兵団で武力行使による革命では意味がない。

本来の王はレイス家なのだと民衆の前で知らしめる必要があるとエルヴィンは言った。そうでなければ形だけの革命となり、民衆がついてこなくなる…それでは意味がない。

そして本来の王家がレイス家であったと証明された暁には、ヒストリアが女王の冠を飾ることになる…。革命を成功させ調査兵団への後ろ盾を得られるようになって初めて、私たちはウォールマリアにぽっかりと空いた穴を塞ごうとする事ができる。そしてその先に待っているのはもちろんエレンの家の地下室にある人類の希望となり得るかもしれないものを探すためだ。

あまりに壮大な話に頭を抱えたくなった。だが、私たちが相手にしているのはもはや壁の外で自分たちを食おうとしてくる巨人だけではない。

これほど大きなことをしようとしているのだから、それなりの覚悟も決めなければならない。全人類を敵に回す覚悟を。


馬車がゆっくりと停車する。警戒しながらカーテンを少し捲って外を見れば無事調査兵団本部についたようだった。

フードを深く被り扉を開ける。まだ怪我人扱いされているのか、それとも甘やかされているのか…先に降りたエルヴィンは残った左腕を私に向かって差し出してきた。


『ありがとう』

「洋服を汚しては悪いからな」


どこの貴族に何回言ってきたのかわからない台詞を軽く笑ってやりながら、差し出された手をとって馬車を降りる。力強く、とても大きな手だった。


「今話した内容はすぐにハンジにも伝えさせる。君はこのまま戻ってリヴァイと話し合ってくれ」

『わかった』

「それと分かっているとは思うが、これから先は何が起こるかわからない。こちらから指示が送れなくなることも当然あるだろう…私が倒れることも例外ではない。私がダメならハンジ、ハンジがダメなら次だ」

『…わかってる』

「君たちの班が孤立した際は、こちらの指示を待たずにリヴァイの判断に従って行動しろ」


わかってる。
私は冷静を装って答えた。

いつだって私たちは死の脅威に晒されている。この次に会える保証はどこにもないし、その為に指揮系統は日頃から硬く示されている。

いつ誰がいなくなっても行動できるように…しかし、それを改めて団長であるエルヴィンから聞かされると心苦しいものがあった。

そしてこの先リヴァイは再び部下への責任を背負うことになる。あの時のような惨劇をもう一度繰り返すことになるかもしれない。また、部下を失う事になるかもしれない。


『…!』


そう思っていると、ぽんっと頭に手が乗せられた。リヴァイより一回り大きな手はぽんぽんと数回私の頭を撫でる。


「リヴァイを支えてやれるのは君だけだ、ユキ。最後まで側についていてやってくれ」


もちろん。…そう言って右手で拳を作って差し出せば、拳を作ったエルヴィンの左手が合わされた。

コツン、と軽快な音が鳴る。壁外調査に出る前、リヴァイとよくやるんだと言えばエルヴィンは知っていると平然と答えた。

…なんで知ってるんだ。この男は本当に何を知っているのかわからないから怖い。なんでも知っているような気さえしてくる。


「本当は護衛なんてどうでもよかったんだ。ユキ、君を今日呼んだのはただ一目会いたかった…それだけだ」

『最後の別れみたいに言うのは止めてくれる?私はエルヴィンに酒と菓子を用意させてリヴァイとハンジを含めて飲み会する約束を忘れてないんだけど』

「私も覚えているよ。今回も先延ばしになりそうだ」

『なら、革命成功の打ち上げも一緒に入れればいい。もちろん2回分に相応しい豪華な食事を期待してる』

「本当に君には敵わないな。…約束しよう、その日は全員記憶がなくなるまで飲むことにしよう」

『当然』


酒を囲み、散らかすなとリヴァイが怒りながらも気にせず騒ぎあって…普段は口にしないようなことも語り合いながら気付いたら全員で眠りに落ちている。

そんな光景を想像して、
思わず吹き出して笑った。

他愛のない約束は必ず人を強くする。これまでも生き延びてこられたように。



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