空色りぼんC

□あなたの代わりに
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二ファと共にリヴァイ班の元へ戻った私は、みんなに手伝ってもらいながら荷物を荷馬車へと積み込んだ。既に日は沈みかけていて時間の猶予はない。

その様子を見ていたリヴァイに「どういうことだ」と問われ私は後で話すと作業を先行させた。

積み込んだ荷物は二ファに先に合流地点へと運んでもらう。ここに置いていったものは奴らの手に渡ることになるだろうから、全て合流地点まで先に運んでいってもらうことにした。僅かといえど物資を奴らにくれてやるつもりはない。

班員を食堂で待機させ、リヴァイと私は別室で手早く話し合いを始めた。


「…やはりそうか、言わんこっちゃねぇ」


エルヴィンからの指示書を見たリヴァイは吐き捨てるように呟く。そこには王都へ行った結果と今後の指示が記載されている。


「肉ばかり肥やした奴らが下民のことなんて考えるかよ。だから期待するだけ無駄だと言ったんだ」

『何事も確かめてみなくちゃわからない…始めからエルヴィンだって期待はしてなかっただろうけどはっきりさせる必要はあったと思う』


リヴァイは舌打ちをし、その先の文章を目で追っていく。そしてそれを読み終わったであろうタイミングを見計らって私は改めて口を開いた。


『今夜襲撃をしかけてくる奴らを利用して中央憲兵をおびき出し、情報を聞き出してほしい…それがエルヴィンの指示。情報を聞き出す目的は…王の首をすげ替えるっていう革命ともとれる大胆な目標を成功させるため』


小さく折りたたまれた地図を取り出して机の上に広げながら声を抑えて言えば、リヴァイは予想していたのか黙って耳を傾けている。

今回の作戦内容はこの壁の中に人類が逃げ込む前から確立されている王体制を覆すこと。

そしてヒストリアを王位に即位させた暁には、調査兵団への協力体制も整い、漸くウォールマリアに開いた穴を塞ぐために活動することができるというわけだ。改めて口に出してみても途方のない話のように思えるが…


「ほう、奴が考えそうなことだ。」


一通り説明したあとにリヴァイはそう言って頷いた。


『エルヴィンは今の王が偽の王家で、真の王家は何故か迫害され続け、壁の真実を知ることができるらしいヒストリアなんじゃないかと睨んでる。…その証拠を掴み取る役目が…』

「俺たちというわけか」

『ウォール教とその周辺をエルヴィンたちも調べてるみたいだけどまだ情報は掴めてない。ウォール教は一般人だから下手に手を出せないけど中央憲兵なら話は違ってくる』

「王政権の中心部にいる奴らなら何か知っているに違いない…どこまでも賭けの要素が強い作戦だな。全ては想像の域を出ていない」


広げられた地図を見ながらリヴァイはため息をつく。しかし、だからと言って反論することはしない…もうじっくりゆっくりと慎重に作戦を立てている暇がないことを私たちは充分に理解している。


『この革命はヒストリアが真の王家であることを前提に組まれてる。それが証明できなければ血を流さない革命は成功しない』

「俺たちが失敗すれば計画は破綻する。…全く、開始早々に重要な役回りを押し付けられたもんだ」

『私たちはこのままトロスト区へ向かう。その途中にあるここでハンジたちと合流することになってる』


とんとんと指先で合流地点を指差せば、リヴァイは「そうか」とここからの道のりを目で追っていた。わかりやすい一本道もあるがまさかそこを使うわけにもいない。

なるべく身を隠すためには山の中を通っていくのが一番だが、多少遠回りであることは地図を見れば一目でわかる。


「ぐずぐずしている暇はないな」

『待って、リヴァイ』


部屋を出て行こうとするリヴァイを呼び止めれば「なんだ」と振り返る。その表情にいつもと変わった様子はない…さすがはリヴァイと言うべきかこんな状況でも冷静に対処してしまうところを見るといつでも戦う覚悟はできているという決意が伺えた。

鋭い瞳と凛々しい表情は正に兵士長というに相応しい。その背に掲げられた自由の翼が蝋燭の炎に照らされぼんやりと浮かび上がる。


『これから先、エルヴィンからの指示がここまで来ないことがあるかもしれない。リヴァイ班が孤立したとき、班の指揮権は全てリヴァイに委ねるってエルヴィンが言ってた』

「…まぁ、そうだろうな」


これからとても長い戦いになるのだろうと私たちは悟った。ここを離れた先でも自分たちは常に敵から追われる身になる。

この狭い壁の中で安心して眠りにつける場所はもうないのかもしれない。革命を成功させるには中央憲兵やウォール教だけでなく、民衆すら敵に回すことになる。

成功するまで私たちに安息の地はない。成功しなければ、私たちは首を括らなければならない。

調査兵団は各自転々と壁の中に散らばっていく。仲間が自分たちの知らないところで命を落とそうと、残った者は最後まで足を止めることは許されない。

少し想像するだけで厳しく、果てしない道のりに不安がないと言ったら嘘になる。だがそれも、リヴァイの顔を見たら乗り越えられるような気がした。

私たちは最後まで共に戦う。
その約束が、私たちを強くさせる。


『それでね、早速私から提案があるんだけど』



**
***



「お前ら全員読んだか?」

「は、はい…リヴァイ兵長…これは?」

「エルヴィンの指示だ」


エルヴィン団長からの指示書に目を通した班員は信じられないと言った困惑の表情を浮かべる。そんな俺たちから書類を受け取ったリヴァイ兵長はそのまま蝋燭の炎で指示書を燃やした。


「お前らはヤツを信じるか?信じるバカは来い、出発だ」


その言葉を合図に俺たちはそれぞれ必要最低限の荷物と各自一丁ずつの拳銃を準備し外へ出た。これからハンジ分隊長のいる合流地点へと向かうのだという。

外へ出ればやはり真夜中と言うだけあって辺り一帯は静寂に包まれていた。月明かりがぼんやりと俺たちを映し出してくれるため、灯りがなくても歩けそうだ。


「エレン、寒くない?」

「お前は俺の母ちゃんか…」


真面目な表情で聞いてくるミカサにまたかと呆れる。こいつは本当に余計な心配ばかりしてくるから面倒だ…それも今に始まったことではないが。


自分たちを狙う何かが今夜襲撃を仕掛けてくる。俺たちを狙う壁の中の人間…それはウォール教か憲兵だろうがどうしてここがバレたんだ?やはり巨人化の際にあげてしまった煙のせいか?

しかし、今更それを悔いていても仕方ない。合流した先でどうするのか、…それはリヴァイ兵長とユキさんだけが知っているのだろう。

周りを見れば同期の奴らは互いに困惑の表情を見合わせていた。 俺自身も視線を彷徨わせていたのかミカサに「きょろきょろしない」と肘で小突かれる。

山の中へと足を踏み入れれば、先ほどまで足元を照らしていた月明かりが木々に遮られ、僅かしか入ってこなくなった。

周りの仲間の足音を確認しながら、足元に最新の注意を払い奥へ奥へと進んでいく。

先頭を歩くリヴァイ兵長は時折、振り返って俺たちがちゃんと付いてきているか確認していた。…しかし、毎回行われるそれが斜め後ろを歩くユキさんを気遣い、様子を確認してからのことだと気づくのにそう時間はかからなかった。

きっと気づいたのは俺だけだろう。周りの奴らにそこまで周りを見る余裕はなさそうだし、俺だってそんな余裕はないけど目が自然と小さな背中を追ってしまうのだ。

ユキさんは始めこそ軽そうなリュックを背負っていたが、今ではリヴァイ兵長が持っていて彼女は銃ではなく細長い何かを腰に下げている。

マントで隠されている先では、きっとリヴァイ兵長がユキさんの手を引いているのだろう。暗くてよく見えないが、きっとユキさんに向けられる兵長の目は優しく細められているはずだ…旧調査兵団本部にいたときのように。そんな光景は見ていて幸せな気分になる一方で俺の胸を締め付けた。

厄介なことに恋心というものは簡単に消えて無くなってはくれないらしい。例え相手に自分以外の特別な存在がいるとわかっていても。


少し開けたところにでるとリヴァイ兵長が足を止めた。それに習い俺たちも自然と足を止める。


『じゃぁ、また』

「あぁ」


え?と思った時にはユキさんはひらひらと俺たちに手を振って茂みの中へと姿を消していった。どういうことだ?と俺たち全員が思っているだろう疑問に答えることなく、リヴァイ兵長は暫く彼女が姿を消した方向へ視線を向け「行くぞ」と背を向けて歩き始める。


「ちょっと待ってくださいよ兵長、班長はどこに行ったんですか?」

「お前らが知る必要はない、黙って歩け」


無意識に出てきた言葉をリヴァイ兵長は軽く突き放して歩き出す。それはユキさんが消えていった方向とは全く別方向だ。

どういうことだ?ユキさんは一緒に行かないのか?俺たちが襲われ、隠れて逃げているときに別行動?どうして?

そんな疑問を胸にユキさんが向かった方向を見れば、既に小さな背中は消えていた。周りを見れば同期の奴らも俺と同じように彼女が向かった方向を見ている。みんな何が起きているのかわかっていないのだろう。

しかし、リヴァイ兵長は言うつもりはないらしい…これ以上聞いても無駄だということは誰もがわかっていた。あの様子を見る限りユキさんとリヴァイ兵長はお互いに了承して何かをしようとしているのだから。

俺たちは疑問を抱きながらもリヴァイ兵長に続こうとした。そのとき沈黙を破ったのはミカサだった。


「姉御は私たちを狙う人間の正体を確かめに行ったんですか」


リヴァイ兵長の足が止まる。振り返り、一言。


「だったら何だ?」

「私も行きます」


鋭い瞳で睨み合うミカサとリヴァイ兵長を中心に、その場の温度が2、3度下がったような気がした。

オイ、ミカサ…お前何言ってんだよ、…と言う言葉は二人の張り詰めた雰囲気に声にならない。周りの奴らも同じだった。

誰一人口を開かない静寂。それを破ったのはいつにも増して低くされた兵長の声。


「それは冗談を言っているつもりなのか?だったら笑えねぇから、大人しく口を閉じていろ」

「私はあなたが姉御を一人で行かせることの方が、笑えない冗談に思えます」

「ミカサ!いい加減にしろ!」

「私が引き下がらなければいけない理由は、ない」


漸くでた言葉も、珍しく少し声を荒くしたミカサに払いのけられる。

ミカサはわかっているはずだ。リヴァイ兵長は俺たちを合流地点まで誘導しなければならないし、襲撃して来る人間の追跡という危険な任務は俺たちの誰かに任せられるような簡単なものじゃない。

リヴァイ兵長とユキさんのどちらかがやらなければならない…例えそれが危険を伴うものだとしても、俺たちにそれをとやかく言う権利はない。

それでもミカサは口を閉じなかった。「だったら」と自分に向けられる鋭い瞳を睨み返し、続ける。


「あなたが姉御を守れないかわりに私が姉御を守る。だから、私がエレンを守れないかわりにあなたがエレンを守ればいい」


リヴァイ兵長の瞳が僅かに…ほんの僅かにだが揺れたような気がした。

静寂が落ちる。月明かりだけが照らし出す不気味な森に、鳥の鳴き声が響いていた。リヴァイ兵長は持っていた銃の先端を一度地につけ持ち直す。


「俺がこのくそガキを守っているのは、お前の代わりじゃねぇんだがな」


「リヴァイ兵長」とミカサが問えば、「早くしねぇと追いつけなくなる」とリヴァイ兵長は言った。意外にもミカサの同行は許されたようだ。


「立体機動装置を外せ」

「はい」

「それから余計な荷物も置いていけ、マントも裏返せ」

「はい」


ミカサは素早く機動装置をベルト以外取り外し、ジャンとコニーに預ける。誰が見ても調査兵だとわからないようにするためだろう。相手の追跡をするためか、ユキさんも団服は愚か機動装置もベルトのみしか装着していなかった。

とは言ってもユキさんは世間的には戦死したことになっているので、ここ最近ずっと別の服を着ていたのだが。


「やりましたねミカサ!」「頼んだぞ」との声にミカサは一度だけ頷く。そして俺のほうを振り向き「行ってくる」と一言。

ミカサはユキさんの向かっていった草むらへと駆け込んで行った。



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