空色りぼんC

□追跡
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各々準備を始めてから数分。窓の外を見れば薄っすらと光が見え始めていた。

出発は日が昇って少ししてからと伝えてあるので、それまでみんなは身体を休めたり食事をとったりして休息をとっていることだろう。

私も軽い食事を先ほど済ませ、今は変装に入っている。次に私たちがゆっくりと休めるのはこの作戦が成功した後になる。


『リヴァイも今のうちに休んでおいたほうがいいよ?リーブス商会を捕まえてからが本番なんだから』

「一度中途半端に寝ると気持ち悪い。作戦が終わったら、後の面倒ごとはあのガキ共に押し付けて休ませてもらう」


リヴァイに後ろを向いてもらいながら駐屯兵の制服に着替え、今はカツラの装着に勤しんでいる私をリヴァイが怪訝な表情で見つめてくる。

どうせ暇なら休んでいればいいのにと思い言ってみたが、やはり無駄だった。確かに中途半端に寝ると寝足りない感じが纏わり付いてくるのは頷ける。…でも、


『そうやって見られてるとやり辛いんだけど…』

「着替えはお前が見るなというから気を使ってやっただろう。髪の毛をつけるのに何を気を使う必要がある」

『それはそうだけど…』


何が嫌なんだと言われれば何も嫌なことはない。…だけど、何をするにも見られてるとやり辛いでしょうが。食べる姿もずっと見られるの嫌でしょ?…って言っても無駄だろうから言うのはやめて何本目かのピンを地毛と偽毛に刺す。


「立体機動でも取れないんだろうな?」

『一応取れないようにはしてるけど、あんまり思いっきり飛ばすと危ないかも。追跡くらいなら問題ないよ』

「…慣れてるように見えるが」

『少しね…昔も黒髪で目立てないような時はつけたりしてたから』


そうか、とリヴァイは呟くと徐に立ち上がって私の隣に膝をつく。覗き込んでいた鏡の中の自分の頭に、リヴァイの手がゆっくりとのせられた。

その感触はやはりいつもと違ってかつら越しであまり暖かさを感じられず、少し残念に思う。それを振り払うように似合う?と冗談めいて聞いてみれば眉間に皺を寄せられた。

なんでここで無言?冗談で言ったんだから適当に返してくれればいいのに!…そう思っているとリヴァイは小さく溜息をついた。


『…なんで溜息?こんなのただの冗談なんだから……』


戸惑っているとリヴァイの唇がそっと耳元に寄せられ「似合ってる」と言った。


「だが、俺はお前の黒髪が一番好きだ。」


その言葉と一緒に、リヴァイはゆっくりと身体を離す。呆然と見上げる私の瞳と視線が交わると、リヴァイはこっち見るなと額を合わせてきた。ゴチンッと地味に鈍い音が鳴って思わず笑ってしまう。


『あははっ、ありがとう…』

「うるせぇ」


容赦なく頬を摘まれ『痛い痛い』と呆気なく白旗を上げれば、リヴァイは小さく舌打ちをして離してくれた。


『リヴァイからそう言ってもらえるのが一番嬉しい』

「当たり前だ」


太陽が昇っていく。
それは私たちの、出発の合図。


**
***



『似合うねアルミン、想像以上に似合ってる』

「そんなこと言われても嬉しくないです!!」


出発前。リビングに集まった兵士の中に見つけたアルミンの姿に声をかけずにはいられなかった。

ヒストリアを模した金髪のかつらを被ったアルミンは声さえ出さなければ完璧な女の子だ。相手はヒストリアのことをあまり知らないリーブス商会なのだからまず気づかれることはないだろう。

嫌がって恥じらう仕草も意識しているのかと思うほど女の子らしく見えてしまう。


「よかったなぁアルミン、班長のお墨付きもらえて」

と、エレン。

「もっと別のことで褒めて欲しかったよ…こんな姿を見せることになるなんて」

『ごめんってアルミン。だってジャンの事を褒めたら怒られちゃいそうなんだもん』

「別にあなたに怒ったりなんて…!」

「さっき”似合ってますね!”って言ってきたサシャを思いっきり殴ろうとしてたよな」

「もっと言ってやって下さいコニー!私があと少し避けるのが遅かったらレディの顔が腫れてるところだったんですよ!」

「なっ、んなことしてねぇだろ!」

「姉御聞いてください!ジャンは姉御の前だけでいい人ぶるような最低な人間なんです!」

「いい加減にしろよイモ女…本当にぶん殴るぞ!?」


ジャンに胸倉を掴まれそうになったサシャがミカサの陰に隠れたとき、その騒ぎを一瞬で止めたのはリヴァイの「静かにしろ」という一言だった。


「お前らピクニックに来てるのか?違うだろ?だったら大人しく俺の後に付いて来い。出発だ」


リヴァイの声によって全員がピシリと姿勢を整える。もちろん無駄口を叩く兵士もいるはずがなく、追跡班、そして待機班以外はいそいそと裏口へ向かっていった。


『すぐ助けに行くから』


安心して、と変装したジャンとアルミンに向かって小声で言うと二人はこくりと頷いた。一度は敵の手中へと渡るのだ。強気に振舞っていても内心は緊張しているに決まってる。


「あとは手筈通りだ。お前ら追跡班も直ぐに出発しろ」

『了解』


リヴァイたちを見送って振り返れば私と共に追跡をする二ファ、ケイジも準備万端だ。

待機班によろしく、と伝え部屋の奥にいるエレンとヒストリアに視線を送る。不安そうに見つめ返してくるエレンとは対照的にヒストリアは平然としていた。

扉を開け、リヴァイたちとは反対方向の裏道へまわる。変装しているとはいえ、マント無しで外を出歩くのは随分久しぶりのような気がした。

一度は巨人の進行を許してしまっただけあって街は閑散としており、裏道に来てしまえば誰一人ともすれ違う事もない。時折見える大通りでさえちらほらとしか人がいないのだから当然といえば当然か…。

追跡しやすい好条件だが、それは向こうも同じ。兵士も殆どいないこの一帯で大通りをフラフラと歩く集団から人を攫うのは簡単だろう。


…暫く歩いたところでケイジが口を開いた。


「来ませんね…このままこないなんて事になったら、作戦自体が白紙ですよ」


懐中時計を確認すると歩き始めてからそろそろ半刻を迎えようとしていた。もうとっくに来てもいい頃だが、大通りを歩くリヴァイたちに変わった様子もなければ追ってくる影もない。


『これだけ歩いてれば調査兵がいるっていう情報は伝わったはず。向こうはただの商人だから準備してからそんなに早く実行できるわけじゃないと思う』


向こうには必ず情報は伝わってる。そして必ず来る。


『気を抜かないで。ここからが本番だよ』


そういった時、リヴァイたちに動きがあった。街の住民に捕まったようだ。内容に耳を澄ませるが大した事はない、いつもの調査兵への嫌味だ。それより注意しなければいけないのはこれに紛れて寄ってきた人間が二人を攫うかもしれないということ。

だが、それも期待できそうになかった。彼らはなんの武器も持っていなければ、逃走用の馬も近くに置いてある様子はない。


「あの中にはいなさそうですね」


そう二ファが呟いた直後、何かが駆け寄って来る音が聞こえてきた。しかし、ここからでは何が近づいているのかわからない。


『準備して』


私の言葉に反応し二人がトリガーを構える。車輪の音…馬車?リヴァイも気づいたらしい。「馬車が突っ込んでくるぞ!」と叫ぶと同時に馬車が人を掻き分け走り去っていく。変装したジャンとアルミンを荷台に乗せて。

アンカーを射出し追跡を始めたと同時に後ろの二人も無言で併走する。充分な距離を取ったことを確認し、ケイジに手で合図を送れば彼は一人、反対方向へと回り込んだ。

建物の間に隠れながら、疾走する馬車を追いかける。建物より高度を高くするとガスが見えてしまう可能性があるので、低空飛行で追跡する。

かつらが取れるんじゃないかと心配したが馬車を追いかける程度では心配なかったらしい。住民に目撃されている様子もない。私が気づかないということは見られていても後姿だけで、私たちは今駐屯兵の格好をしている。

暫くして馬車が進路を変えた。その先にあるのは私が予想していた場所。こうもうまくいってくれるとは…思わず笑みが零れた。



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