空色りぼんC

□報い
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バチバチと振り付ける雨が耳元で音を立てる。日が暮れる頃は雲一つなかったというのにこんなにも偶然に豪雨がくるとは…普段なら嫌気がさすところだが今に限っては好都合だ。


「そろそろ来る頃だ」


手元の時計を確認したハンジがポツリと呟き、私たちは崖に造られた道を見下ろす。…が、まだリーブス率いる憲兵を乗せた馬車は通らない。


[交渉成立だ。]


リーブス会長を捕らえた私たちリヴァイ班は逃げ道を断つと同時に誰にも盗み聞かれる心配のない壁上へとリーブスを連れていった。

本来であればリーブス商会と憲兵の交渉内容…それとリーブス商会の目的を知り、その上で彼らを利用して中央憲兵をおびき寄せるはずだったのだが。

リヴァイは彼らと交渉し、同盟とも言えるものを結ぶことを選択した。

内容はリーブス商会は今後調査兵団の傘下に入り、中央憲兵や王政・法に背くこと。調査兵団を心の底から信用すること。今後商会が入手した珍しい食材、嗜好品等は優先的に調査兵団に回すこと。

三つ目の条件に関しては本部から離れ食材等を限られた生活をしていたから、リヴァイなりに我慢がたまっていたのだろう。

少し笑ってしまいそうになったが、これから王政と戦っていく中で各品が入手困難になるだろうことと、戦いが終わったあとの調査兵団のことを考えているのだろうとも思った。

世間から厳しい視線を受けている調査兵団にとって、安定した供給場所というのは有難い。


「ユキ」

『なに?』


ゆっくりと振り返って森の中で待機する私に歩み寄ってきたリヴァイは、目深に被ったフードで表情を隠しながら言った。


「勝手に作戦を変えて悪かった」


リーブス商会と交渉したことを言っているのだろう。元々は彼らと同盟紛いのものなど組むこともなく、中央憲兵をおびき寄せる為の餌として使うだけの予定だった。

フードを叩く雨音。降りしきるそれによって数m先にいるハンジら他兵士の声は聞こえない。当然、その逆も然り。


『リヴァイのしたことは正しいと思うし、私もただ利用するだけは心が痛んだ。任務を失敗した彼らは必ず中央憲兵に殺される。そうしたらリヴァイが言ってたようにこの街の人間は路頭に迷うことになると思う』


リーブス商会が人と仕事を結びつけているからこそ、トロスト区はまだ辛うじて街としての存在を保っている。

だが、それがなくなればこの街に残るすべての人間が生きていく術を失うだろう。だからといって壁を越え更に内側に逃げ込もうとしても既にローゼは余所者を受け入れるだけの余裕はない。

ここにいようがいまいが、余程の世渡り上手でない限り結局は飢えて死ぬ道を歩むことになる。それをリヴァイは放って置けなかったのだろう。飢えや貧困の苦しみを、私達は痛いほど知っている。

別行動をしていた時、リヴァイは少しとはいえこの街の現状を目の当たりにしたのだろうから。


『ダメだと思ったらあの場で止めてたよ、それも副兵士長である私の役目だからね。むしろリヴァイがリーブス商会を救う選択をしてくれてよかったと思ってる』

「…そうか」

『それにこの戦いに一区切りついたら目一杯ご馳走が食べられる』


そう言うとフードから覗くリヴァイの口元が微かに吊り上がった。感謝する…と小さく呟やきながら頬に触れたリヴァイの指は雨のせいで冷えてしまったのか、ひんやりと冷たかった。


「イチャイチャしてるとこ悪いけど、そろそろ行くよ。リヴァイ」


小走りで近寄ってきたハンジは、フードを被っていてもわかるニヤニヤした表情で言ってくる。こんなむかつく表情ももう慣れたもの。

リヴァイは…チッと舌打ちをして手を離し、ハンジと共に崖を飛び降りた。憲兵の乗った馬車をリーブスが事故を装って崖下に落とす…そこでリヴァイとハンジが憲兵を回収するというのが今回の作戦の流れだ。

ここからでは見えないが、落下地点である崖下に立体機動装置で張り付きながら待機しているのだろう。一歩間違えれば豪雨で増水した川の激流に巻き込まれる危険性があるが、二人なら問題ない。

やがて、少ししてリーブスは予定通り急カーブを曲がりきれなかったことを装い馬車を崖下へ落とした。

後ろからついてきていた憲兵は捜索する仲間を呼ぶ為にと馬で駆けていく。見事中央憲兵をキャッチしたリヴァイとハンジを確認し、私たちはエレンとヒストリアの待つ家屋へと戻った。


**
***


捕らえた二人の憲兵は落下の恐怖からか気を失っていたので好都合だった。ハンジの提案により二人を別々の部屋へ運んでいく。

一人は適当な空き部屋へ、もう一人は拷問するために椅子に座らせ拘束する。顔をよく見れば何年か前に見たことのある顔だった。名前までは覚えていないが、この戦いが終わるまで二人は牢に入れるから正体がばれても問題ない。

104期生を上で待たせ、彼の拷問はリヴァイと私、そしてハンジで行うこととなった。


『それにしてもハンジ、どうしてこっちを拷問することにしたの?私の勝手な想像だけど、あっちの男の方が簡単に吐きそうな気がするんだけど』

「ニックが殺害された現場に行った時、こいつらがいたんだ。そのときこの男…サネスの拳の皮が捲れていたからね。まず私の友達であるニックを虐めた報いをむけてもらわなきゃ」


ニックを本当に友達と思っていたのかどうかは興味ないが、それでこの男…サネスを拷問することにしたのか。もう一人の男は不幸中の幸いだったのかもしれない。

それにしてもハンジの洞察力と記憶力には驚かされる。こんなどこにでもいそうなおっさんの顔と名前をはっきり覚えてるのだから…きっとニックの事件後に調べたに違いない。


「呑気に話してる暇があるならさっさと支度しろ」

『支度しろって…リヴァイ料理でも始めるつもり?』

「血が飛ぶからに決まってるだろう」


エプロンをつけ、肘まであろうかというほどの手袋まではめているリヴァイにため息をつく。そんな格好をして拷問する人間なんてみたことがない。…リヴァイの潔癖なんて今更のことだけど。


「あ、起きたねサネス」


ハンジの声に振り返れば、サネスは目を見開き自分の置かれている状況に言葉を失っていた。自分自身、山ほどやってきただけにこれから拷問されるのだとわかったのだろう。額に冷や汗が滲んでいく。


「じゃぁ早速始めようか」

『ニックと同じ報いをとか言ってたけど、まさかちまちま爪を剥がすところから始めるつもり?』

「当たり前じゃないか」

『そんな面倒なことしなくても脚でも撃っちゃえば?小鳥みたいにしゃべりだす』


拷問器具に並べられていた拳銃を手に取りサネスに向ける。向けられた銃口に身体を震わせながら、見上げてきた視線と交わった。サネスの瞳が揺れる。


「お、お前は女副兵士長のユキか!?どうしてお前が生きている!?死んだはずだろ!?」

『その様子だと中央憲兵にも知られてないようで安心した』


まぁ、バレるとは思ってないけどね。心の中で嘲笑ってやりながら引き金を引こうとしたとき「待て」とリヴァイが私の手を掴んだ。

止めた理由はすぐにわかった。私を見上げるサネスが笑っている。これから脚を撃たれるという瞬間に、笑っていたのだ。


「は、ははっ…そうか、生きていたか…さすがにうまく隠れてたもんだ…だがあんたのような美人に拷問されるなら悪くない」


絶体絶命の状況で頭がおかしくなったのか…そんなことを言うサネスに鳥肌がたったものの、彼の瞳は真っ直ぐにこちらを向いていて言動もはっきりとしている。

呼吸の乱れは緊張や恐怖ではなく、性的な興奮からくるものだということは明らか。唖然とするハンジを横目に、リヴァイは舌打ちをして拳銃を構える私の手を降ろさせた。


「ユキ、お前は外で待ってろ」


その言葉に拒否などできるはずもなく、私はわかったと拳銃を置いて部屋を出て扉に背を預ける。


「サネス…君がとんだ変態だってことはわかった。もう既に気が滅入っちゃいそうだけど、私たちも仕事だからね」


気が滅入りそうなのはこっちだ、と扉から聞こえてくる声にため息をつく。その種の性癖をもっている奴がいることは当然わかっていたが、いざそれが自分に向けられると吐き気がする。

おかげで私は待ち惚けを食らう羽目になったじゃないかと階段を見上げれば、その先にぼんやりとろうそくの灯りが見えた。

104期生が集まっているのだろう。彼らには情報を引き出す間は待機するよう言ってある。

…今となっては待ち惚けの状況は私も同じだが。


「副兵長?どうして外に…」

『言いたくない。私の代わりに手伝いいってあげて』


見張りをしていたモブリットが中で拷問をしていたはずの私に不思議そうに問いかけてくるのでぶっきらぼうに返すと、彼は文句の一つも言わずに部屋の中へと入っていった。


「オイ!?待て!目的を言え!!」

「うるさいな!こっちは人間の拷問なんか初めてなんだよ!」

「拷問ならせめて何か聞け!何も聞かずに爪を剥がす奴があるか!!」

「黙ってろ!全部剥がしてからが本番だ!!」


ボキッという耳をつく音が鳴った直後、扉すら突き抜けるような叫び声が響き渡った。ハンジの奴…爪剥がすの失敗したな…。

もう一人の様子を見に行くついでにハンジが先ほど言っていた作文でも考えておこう。

サネスが万が一喋らなかった時は仲間の裏切りを突きつけてやるのがいい。同じく捕まった仲間が軽く打ち明けてしまったと知れば、絶対に話すまいと粘っていた忠誠心も簡単に崩壊する。そうすればサネスも全てを話すだろうとハンジは言っていた。

確かにああいう奴らは意外にも外傷的な痛みぐらいでは話さない奴が多いが、信頼していた仲間の裏切りというのは効果大だ。ハンジもなかなかエグいことを考える。まぁ、手段を選べない私たちはなんでもやっていくべきなのだ。

もう一人のラルフという憲兵をこっちで拷問してやろうかと考えたが、ハンジの作戦通りで行こう。あとで考えると言っていた作文を今代わりに書いてやればハンジも他のことに尽力できる。

…手持ち無沙汰で時間を持て余してしまっているというのが一番の理由だったりするのだが。

私は扉から背を離し、ラルフの方へと向かった。




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