空色りぼんC
□追われる身
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リーブスが殺された現場に向かってみれば、やはりそこでは情報通り憲兵が現場の処理をしていた。
フードを打ち付ける雨音。リヴァイと共に少し離れたところで馬車の車輪跡を発見したが雨でかき消されてしまい、草むらに入ったところで追うことはできなかった。
だが、方角はわかった。王都の東側に向かっていったらしく引き返した様子もない。そもそもリーブス商会の人間を殺した段階で私たちが追ってくることは向こうもわかっているはず。
そんな状況下で引き返すことはありえない。向こうは雨に救われたといったところだろうが、こっちは天候が味方にはついてくれなかった。
ハンジは飛び出して行ったきり帰ってこないし、エルヴィンのところに行っているのだとしてもまだ辿り着いてもいないだろう。
リーブスが殺されたことは恐らく号外で知ることになり、壁内の人間が敵に回ってからではこれからはお互いに身を隠すため会うことは困難だ。
『どこへ向かったか場所を特定して待ち伏せしよう』
「どこに行ったかだと?あいつらがエレンとヒストリアをどこに連れて行くか…それを突き止めるために俺たちは動いていたんだ。特定はできない」
一度拠点に戻り、地図を囲んで話し合うが最適な策は見つからない。エレンとヒストリアを奪われた時点で、圧倒的不利な状況に立たされている私たちはどうすればいい…?
「憲兵を片っ端から当たってみますか?」
「だめだ、それじゃぁ俺たちの居場所がわかる上に正しい情報がでてくるとは思えない」
「それなら街で聞き込みを…」
「それも無意味だ。あいつらが堂々と俺たちは人攫いだと分かる様に移動しているとは思えない」
班長に置いていかれたハンジ班のメンバーも案を出すが、これといっていい案がでてこない。
…考えろ。人2人を攫ってどこかに連れて行くとしたらどうやって行動する?今は夜中…普通に考えれば宿場を使うが、向こうは兵団組織の人間。憲兵支部を使うんじゃないか?だとしたら憲兵支部を中心に張りこむのが正解か?
…いや、そんなわかりやすい行動はしない。そこは一番初めに疑われる場所…だとしたらやっぱり一般の宿場を使うだろうけど、人2を隠しながら移動するのは簡単じゃない。
「どこへ行ったかじゃなくどう移動しているか…そこから相手の動きを予想するしかねぇ。ユキ、お前はどう考える?」
『…私は一般の宿場を使うと思う』
唐突に話を振られ、頭を必死に働かせながら言葉を選んでいく。
「憲兵支部は真っ先に疑われるから使わないか?」
『普通の頭のあまり働かない憲兵なら支部を使うだろうけど、今回はリーブス商会をグルだと睨んだところといい手際といい今までの憲兵とは違う。だから、私たちがまず疑う憲兵支部は使わないと思う』
「しかし、人2人を隠しながら一般宿に泊まるのは不可能では?」
『何かしらの手段を使うんだろうけど、その手まではわからない。でも、ケイジが言うように完全に隠すことは不可能だろうからきっとどこかでボロがでる…見つける手掛かりはそこしかない』
どう考えても完璧な策は思い浮かばない。少しの沈黙の後、リヴァイが「なぁ」と口を開いた。
「お前が地下にいたとき、中央憲兵の拠点はどこにあった?」
突然の質問に周りの全員が「は?」と疑問符を浮かべる。しかし、リヴァイは至って真面目な表情で地図に視線を落としている。
「しかし、中央憲兵…特に中央第一憲兵は表沙汰には一切公表されていない組織…そんな奴らの拠点なんて知り得る機会はないのでは?」
「あぁ、表の人間は知らないだろうな。だが、裏の人間…地下にいるものにはある程度情報は入ってくる。奴らは地下街の人間と交流を持っていたからだ」
ゴクリと息を飲むような音が聞こえてくる。場の雰囲気が一層重いものに変わった。
「俺がいた時は拠点…と言うほどでもないが、奴らの息のかかった宿場や施設はストへス区に集中していた」
そういうことかと理解し、再び地図に視線を落とす。王都から東側…確かに馬車はそっちの方向へ向かっていた。そしてそこは中央憲兵の息がかかった店が多く存在する場所だ。
『私の時もそうだった。あれからそう時間は経っていないし、一度作った自分たちの居場所を簡単に手放すとも思えない』
宿場、飯処、賭博…あらゆるところに憲兵の手が潜んでいるという話は聞いたことがある。実際、一見して兵団施設には見えない倉庫なども、物資や武器を納めてあったりする。
なら、奴らはここを通るんじゃないのか?…希望の光が見えた瞬間だった。
「決まりだな」
リヴァイはそう言うと各自に役割を言い渡していく。ストへス区を見張る者、一応ではあるが憲兵支部を見張る者。休息する兵士と半々に分かれ、交代でエレンとヒストリアの捜索が決まった。
**
***
その後、夜通しでストヘス区まで移動した私たちは翌日早朝からエレンとヒストリアの捜索を開始した。
街では調査兵団がリーブスを殺害したと既に噂は広まっており、エルヴィンは出頭を命じられた。これにより調査兵団は活動停止のうえ、事実上解散。他調査兵にも出頭が命じられた。晴れて私たちは指名手配され、追われる身となっている。
『リーブス殺害の無実を晴らしたいなら全団員を揃えて証明しろってことだろうね』
「リヴァイ兵長も言ってましたけど見え透いた誘導ですね。全団員を集められれば、向こうにとって私たちは袋の鼠でしょうから」
昨晩から捜索し続けていたリヴァイ率いる前半の班と交代し、私率いる後半の班が捜索を始めてから数時間後。私とニファは二人でストヘス区路地裏を歩いていた。
「それにしても班長はよく食べますね…何でも美味しそうに食べますし…」
『当然。食べられるときに食べておかないと1時間後にはどんな状況になってるかわからないし』
そう言って笑って見せればニファは言いづらそうに「頬にクリームついてます」と言い私は思わず笑った。
『そういえば、いつも食い意地張って急いで食べるからだってリヴァイに怒られてたっけ』
「リヴァイ兵長と言えば、班長が髪を切ろうか迷っていたときに猛反対していたのをご存知ですか?」
『…なにそれ?』
確かに潜伏するのに黒髪は目立つし『髪切ろうかなぁ』と本気で考えていたことはある。だが、そのときは何も言ってこなかったはずだ。
結局ハンジに「絶対ダメ!絶対に髪切らないでお願いだから!」と言われてやめたのだが、リヴァイが反対していたのは初耳だ。しかも猛反対?
「リヴァイ兵長がハンジ分隊長に「絶対にあいつに髪を切らせるな、なんとしてでも阻止しろ」って言い続けていたらしいですよ」
『…へぇ、リヴァイがハンジに』
「私が言うよりリヴァイが直接言えばいいのにねぇって分隊長がおっしゃっていました」
ニファの話を聞いている限りでは「しょがないなぁリヴァイは」くらいの口調に聞こえるが、私に髪を切らないでくれといってきたハンジはものすごい血相を変えて必死になっていた。
大方リヴァイに何か弱みを握られて脅されていたんだろう。…そんなことは全く知る由もなかったわけだがリヴァイはどうして私が髪を切ることを反対したんだろう。
そう呟けば、ニファは笑って「兵長は貴女の黒髪が好きなんですよ」と言った。
[俺はお前の黒髪を綺麗だと思っている]
そう言ってくれたいつかの記憶を思い出し、思わず笑みが零れた。私が昔から憎んでいた自分の黒髪を好きになれたきっかけになった言葉…思い出すだけで胸があったかくなってくる。
空を見上げると建物の隙間から見える空がやんわりと赤く染まってきていた。懐中時計に視線を落せば、そろそろ交代の時間が迫っている。
『交代の時間だ。ニファ、先に戻ってて』
「班長は戻られないんですか?」
リヴァイ兵長が怒りますよというニファに『許可はとってる』と言い、私はフードを深く被り直した。
『どうしても調べたい場所がある』
「だったら私も…」
ニファがそう言いかけたとき、ユキの背後から1つの影が姿を現した。思わず肩を震わせるニファだったがその人物を見てホッと息をつく。
『すごいね、リヴァイ。時間ぴったり』
「てめぇ何が肉まんの屋台の裏で待ってるだ…当然一つかと思ったらそこらじゅうにあるじゃねぇか」
そうなの?じゃぁ他の屋台も行こうというユキをリヴァイがふざけるなと言って頭を引っ叩く。
ぺちんという軽快な音。緊張の続くこの状況下で、兵士長と副兵士長の久しぶりに見た他愛のないやりとりにニファは笑った。
交代の時間に合わせて合流し「調べたい場所」とやらを見に行くのだろう。
「ご武運を」
去っていく二人の背中にそう呟き、ニファは拠点へと戻った。
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