空色りぼんC

□刃
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通りを駆け抜ける馬車と、荷台に兵士たちを乗せた馬車に人々は混乱状態に陥っていた。

先程から鳴り響く銃声。空を見上げれば立体機動で飛び交う兵士が銃弾を放ち、同じ兵士を殺そうとしている。

突然繰り広げられるそれに、人々が混乱状態に陥るのは当然のことだった。壁を壊されたわけでも巨人が現れたわけでもない…それなのに兵士が立体機動で飛び回り銃を撃ち続けているのだから。


「奇襲は成功したようですね」

「あぁ、向こうはアッカーマン隊長がいる。俺たちの任務は馬車につられて出てくる残りの調査兵を始末するだけだ」


その時、彼らの前に小さな影が立ち塞がった。黒いマントに覆われたそれが人であることはわかるが、目の前で馬車が駆け抜けていったのに中央に突っ立っている光景は不自然でしかない。


「なんだあの餓鬼…」

「構わん、轢き殺せ」


ここで一々馬車を止めていたら自分たちの任務をこなすことができなくなる。実際に前の馬車はここに来るまでの僅かな間に何人か轢いていたがそんなのは些細な犠牲にすぎない。

道路の真ん中に立っているそれは足に取り付けた鞘にブレードを収め、アンカーをホルダーにしまった。立体機動装置をつけているところからどうやら兵士らしい。ここで出て来るということは調査兵か?…ならここで轢き殺せるのは好都合。

だが、それは逃げるどころか真っ正面から走って突っ込んできた。普通に考えれば自殺行為…しかし、何故かその場にいる全員がぞわりと背筋を凍らせる。

すれ違う瞬間、それは腰に携えた何かを一気に引き抜いた。

キィン…ッ!と空間を引き裂くような金属音。…その直後、荷台の片車輪が弾け飛ぶように壊れ、バランスを崩した荷台は崩れ落ちた。


「なんだ…!?今のは!?」

「なんて奴だ!?あいつ車輪を壊しやがった…!」


激しく転倒した第一憲兵が起き上がって足元を見れば、車輪の接合部分が斬り落とされていた。後ろを振り返れば、黒いマントに身を包んだそれは路地裏に駆け込んでいく。


「どうしますか!?」

「調査兵は1人も取り残すなと言われている…あいつを仕留めるのが先だ!上方から狙い撃ちにしろ!」


(…来た)

後方から聞こえる声とアンカーの射出音を聴きながら、ユキは更に奥へと走っていく。

数秒後には銃声が鳴り響き、彼女の身体を襲った。だが路地を跨ぐように張り巡らされている洗濯物が目を眩まし、彼女にあたることなく地面や壁面を抉っていく。

銃弾の中、路地を駆け抜けたユキはそのまま地下都市の廃墟に飛び込んでいった。


「上方から狙い撃ちされないように逃げ込んだのか?立体機動を使えなくなるのはお互い様だろうに」

「追い詰められたから逃げ込んだんだろ、逆に逃げられなくなって更に追い詰められてる。挟み込もう」

「間違ってお互いを撃ち抜くような馬鹿な真似はしないでくれよ」


彼らはそのまま分かれ、後方と先回りする班、そして出て来たところを狙い撃つために出入り口にも素早く人員を配置した。

しかし正面から足を踏み入れた直後に何人かの悲鳴が響き渡った。入ってすぐのところで待ち伏せしていたユキが第一憲兵を斬ったからだった。


「なんだ今の声は!?」

「わからない!誰も出て来ねぇ!」


外で銃を構えていた兵士が慌てて地面に降り立ち、地下へ踏み込んだ。そして目の前の光景を目の当たりにし、言葉を失う。

薄暗い地下通路には人の血と脂の混じった匂いが充満していた。その中心に立つのは先ほどの黒い影。

その手に携えられた刀は鈍い光を放ち、滴り落ちる血は足元に転がる死体を濡らしている。


「こいつ…!」


銃口を向け引き金を引こうとする手が震える。その一瞬の隙に間合いに入り込んだユキは男の首を斬り裂いた。

あまりに一瞬の出来事に呆然としていた仲間は、銃を構える暇もなく振り下ろされる刃を前に絶命する。転がる死体から流れる血液は、階段を染め上げていった。

この混乱した状況の中、立体機動を使って飛び回れば自分の姿が誰かの目に留まってしまうかもしれない。

立体機動を使わず、しかも人目にも付かず散弾を放たれる前に自分が攻撃を仕掛けられる状況を作り出すのに地下はうってつけだった。

建設が放棄されているこの場所を使う人間はまずいない。今の条件を全て網羅できる上に狭い場所では銃より近接の方が圧倒的に有利。

女型の巨人捕獲作戦を聞いていたからこそ咄嗟に思いついた案だった。

リヴァイから渡された刀を持っていて正解だったと、用意してくれたリヴァイとエルヴィンに感謝する。ここから消耗戦になるとすれば立体機動中に扱える特殊仕様の刃はなるべく使いたくないし、刃こぼれしやすいブレードはできるだけ他の人に回したい。

しっかりと手に馴染む刀の感触に懐かしさを感じる。こんな状況で呑気なことを考えられる自分に自重じみた笑みを浮かべ、薄暗い通路に視線を向ける。

(…まだいる)

倒れている人数と追って来ていた人数が合わない。正確に数えていたわけではないが、圧倒的に少なすぎる。

狭い場所に追い込んだ相手がとる行動は分かりきっている。背後から回り込んで挟み撃ちにするつもりだろう。

予想通り背後から感じる気配に、ユキは一度外へ出ると息を潜め彼らの更に背後に回り込んだ。


**
***


案の定、背後をとったと思っていた彼らの背中を簡単にとったユキはそのまま残りを仕留め、再び階段を上がった。

刀を鞘に収め、アンカーをホルダーから取り出し飛び上がる。そのまま屋根の上を駆け抜けながら壁を目指して走っていく。

リヴァイはどうなった?みんなは?
壁を越えると外側同様にそこら中の人々が動揺し、困惑の表情を浮かべている。

みんなはここを通った。この騒ついた市街地と家屋に撃ち込まれた銃弾跡からしてここでも戦いが繰り広げられていたに違いない。

泣き叫ぶ女性は血だらけの男性の体を抱えていた。恐らくエレンとヒストリアを乗せた馬車に轢かれたのだろう。

奴らはまだ暴走を続けているらしい。僅かに聞こえてくる銃声に視線を向ければ、立体機動で飛び交っているのが見えた。

再び屋根の上を駆け距離を詰めれば、後ろから追っている奴らはさっき私が相手をした奴らと同じ装備をしていた。

立体機動をしながら両手に構えられた銃を撃てるという反則的な装備に、リヴァイとミカサが正面から迎えうっている。

コニーとサシャ、ジャンは援護でアルミンは馬車を引いていた。ここまで完全に襲撃されたとなると第一憲兵にはこちらの動きを完全に読まれていたということになる。

これ以上、エレンとヒストリアのいる馬車を追跡することはできない…、一先ず厄介な装備をしている奴らから、逃げ切ることが最優先だと判断したのだろう。

もう一度エレンとヒストリアを追うにしても、今この圧倒的不利な状況から逃げ切らなくてはなにも始まらない。ここで全滅して仕舞えば終わりだ。

鞘から特殊仕様のブレードを引き抜き、両手に構える。私の存在はこいつらの一人にも知られるわけにはいかない…厳しいがやるしかない。

人数的にも状況的にも圧倒的不利なこの場面で私がするべきことは、相手の不意をつき混乱を生じさせること。

自分たちが有利だと思っている過信を少しでも崩してやれば、態勢は一気に崩れていくものだ。

アンカーを放ち、スピードを一気に上げて加速する。


**
***


…目の前で人が死んだ。

頭部を撃ち抜かれた身体はゆっくりと傾き、馬車から落下する。地面に叩きつけられ勢いよく転がったそれが止まった時には既に豆粒のように小さくなっていた。

銃を突きつけられた瞬間、死ぬんだと思った。身体が言うことを聞かず、どうすればいいのかもわからなかった俺は頭が真っ白になった。

アルミンが撃たなければ、頭を撃ち抜かれ、馬車から転がり落ちたのは俺の方だ。


[それでも決断できないならやめたほうがいい。いざという時に迷って命を落とすのは自分じゃなくて仲間かもしれない。]


俺は覚悟ができてなかった。まさかこんな早くに戦うことになるなんて思ってなかった…なんて言い訳は通用しない。

…少なくともアルミンはとっくに覚悟を決めていた。俺を助ける為に、…自分の手を汚すのが怖くて尻込みしていた俺を救う代わりに、アルミンは自分の手を汚した。

目線が突然下がり、自分が座り込んだのだと理解する。空を見上げればミカサとリヴァイ兵長が拳銃を持っている相手にブレードで戦っているのが見えた。

一歩間違えれば散弾で撃ち抜かれる死と隣り合わせの状況。こんな緊張感はいくらでも経験して来たはずなのに震えが止まらない。援護しなきゃいけないのはわかっているのに、銃を拾うことができない。

空からは叫び声と共に、二人の手によって殺された兵士が落下し、地面に叩きつけられた。まるで羽を失った鳥のようにゆっくりと落ちるのに、地面に当たった時の音は人間の重みを嫌でも伝えてくる。


いつリヴァイ兵長やミカサがああなってもおかしくない。コニーやサシャ、アルミンだって撃たれれば死ぬ。もちろん俺自身もその例外じゃない。

…地獄だ。生暖かい感触に自分の手に視線を落とせば、先ほどの女の血が手のひらからゆっくりと肘を伝っていた。

再び空を見上げれば、憎たらしいほど綺麗な青空が広がっている。こんな状況が嘘のように感じられたとき、追っ手の更に奥の方で黒い何かが横切ったのが見えた。

それと同時に飛んでいた兵士がゆっくりと地面に落下していく。地面に叩きつけられた身体はピクリとも動いていない。

…なんだ?再び黒い影が見えたと思った瞬間、2人の追っ手が落ちていった。今度は首から大量の血を吹き出しているのが見える。

なんだ、なんだ!?仲間割れか!?それとも新しい追っ手!?だとしたらもう俺たちに勝ち目なんてねぇぞ…!?


「なんだ!?なにがおきている!?」


異変に気付いたのか第一憲兵が動揺し始めた。建物の隙間に隠れた影は再び姿を現し、最後尾にいた兵士をブレードで斬り払う。

鮮血が宙を舞い、叫び声が聞こえた時には絶命した身体は動かなくなっていた。


「後方から奴らの増援だ!」

「なんだと!?」

「焦るな!でてきたところを撃ち落とせ!」


増援!?まさか!?だってリヴァイ兵長の班はみんな殺されたんだろ!?だったら誰が……

第一憲兵の後衛は影が出てくると同時に銃を乱射する。しかし、それを急降下してかわすと建物の壁使って変則的に上昇し、相手の真上をとった影は容赦なくブレードを振り下ろした。刀の軌線通りに血が弧を描く。

また一人、死んだ。

異変に気付き、動揺する相手の隙を見逃さずリヴァイ兵長は追っ手を斬っていく。腹を切り裂き、時には首元にブレードを突き刺して迷いなく殺していく姿に言葉がでなかった。


「ここから逃げ切ることができるかもしれない」


そう言ったアルミンは一瞬だけ、こちらを振り返った。

(…は?…何言ってるんだよ)

直後、建物の隙間から黒い影が現れ身体がビクリと震える。あの早さ、剣閃…そんな人物に自分が敵うはずがない。

さっき殺されていたやつみたいに、俺も殺される…。

荷台に迫られたことにサシャとコニーは動揺していた。「ジャンッ!!」と名前を叫ぶ声も聞こえる。

黒い影はそのまま荷台へと着地した。…あぁ、だめだ今度こそ殺される。震える手で銃を手にした瞬間、マントを羽織った人物が口を開いた。


『馬車を追うのは諦めて、まずはここから逃げる。それでいいんだよね?』


酷く聞き覚えのある声とフードの下から向けられる瞳に、張り詰めていた緊張が一気に解けた。それと同時にどうしてリヴァイ兵長とミカサが少しもこちらを振り返ろうとしなかったのかを理解する。

あの二人は後ろから追いついた人物がユキさんだということに気づいていた。…だから抜かれても一切動じなかったのかと。


ユキのマントの裾が揺れたとき、ジャンは息を飲んだ。


彼女のマントが擦れた荷台には、赤い液体が滴り落ちていた。



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