空色りぼんC

□2人の新人憲兵
1ページ/1ページ




「アッカーマン隊長、…これは一体」


地下都市建築の跡地、…その薄暗く狭い通路には、血と油の匂いが充満していた。地下通路の入り口に2人の第一憲兵の死体。その奥には残りの兵士の死体が転がっている。


「んなの見りゃ分かるだろ、死体だ」

「…我々はリヴァイを追い、この班は途中で合流するであろう調査兵を向かい討つ為に追跡していたはずです。なのに、どうしてこんなところで…」


大通りから反れ、ましてやこんな地下通路でなにがあれば全員殺されるような事態になる?

アッカーマン隊長が銃で撃たれ、その後リヴァイを追った兵士からの報告ではリヴァイは待機していた調査兵と合流していたという。

そこにこの班の人間は誰一人としていなかった。…ということは我々の班と別れ、追跡を始めてすぐに何者かに襲われたということになる。…だが、そんな人員が調査兵団に残っていたのだろうか?

そう言えば、死体の1つ1つを念入りに確認していたアッカーマン隊長は小さく鼻で笑った。


「そりゃお前、調査兵団にはあのチビの他にまだ化け物がいるってことだ。見ろ、全員が刃物で頚動脈か心臓を一太刀で斬られてる」


改めて見てみれば、隊長の言う通り全ての死体に刻まれた殺傷傷は人体の急所を的確に捉えている。


「まさか、これをやったのは一人だと?」

「そういうことになるな」

「…さすがにこの人数を1人で相手にするのは現実的ではないと思いますが。こちらには対人立体機動装置もあった」

「それを封じるためにこんな狭ぇ通路まで誘い込んだんだろ?とにかく用心するに越したことはねぇ、向こうにはあのチビの他にも人を殺すのに長けた奴がいるってことだ」


ゴクリと唾を飲み込む。報告ではリヴァイとミカサ・アッカーマンの姿は確認されている。…ということはまだ一人、向こうには規格外の人間がいる。

(…一体、誰だ?)


**
***


「憲兵の捜索は大体二人一組と相場が決まっている。俺とミカサで拘束、アルミンは囮。他の奴らは周囲を見張れ」


リヴァイの合図と共に各人が配置についていく。申し訳ない程度に木の葉を飾った帽子を被るコニーに笑いが出そうになるが、さっき一生懸命作っていたところを見ているだけに可哀想で何も言えない。

あれでカモフラージュをしているつもりなんだろうから、可愛いものだ。


「囮って、僕は何をすれば?」

「何もするな。動かれるとこっちが面倒だ…俺たちも動かなきゃならなくなる」

『水遊びでもしてれば?バシャバシャしてればさすがに怠慢な憲兵でも気づくだろうし』

「水遊び…ですか…」


困ったような表情を浮かべるアルミンに『私も一緒に遊ぼうか』と言うと、リヴァイに頭を小突かれる。


「なに呑気なことを言っている。お前は見張りだ、何があっても絶対相手に姿を見せるなよ」

『冗談だって、痛いなぁ』


結局アルミンは昔話のごとく川で洗濯をすることになった。確かにあれなら潜伏中に水を汲みに来た調査兵という感じがする。

木の上に登り腰かければ、新緑の香りが鼻腔を擽り心地よかった。最近は市街地での行動が多かったから、こうやってゆっくり自然の中で腰を落ち着けるとホッとする。

…なんて、いつ憲兵が来るかわからない状況で油断してる暇なんてないんだけど。


「憲兵団に潜り込み、エレン達が運ばれた場所を探り出す…もうこんなことしか思いつかねぇとはな」


木の上で同じように見張るリヴァイが呟く。周りにまだ人の気配はないが、リヴァイの奥でミカサが瞳を細めながら辺りを警戒している。


『どのみち時間もないし、遠回りしてる暇なんてないよ』

「あぁ、短期決戦に掛けるしかねぇ」


囚われたエレンとヒストリアが手遅れになる前に…考えたくもないが、そんな事態が起これば私たちに希望はない。


『憲兵が2人1組じゃなかったら?』

「3人くらいなら俺とミカサで充分だろう」

『2組いたら?』

「他の見張りの奴らが対応する。…いいからお前は出てくるな。お前には憲兵に扮装したミカサとアルミンの跡をつける重要な役割がある」


はいはい、と答えれば米神辺りにピシピシと痛いほど視線を感じる。大丈夫だって、わかってるよ。

姿を見られるな、ということは捕らえた憲兵は逃がすつもりなのだろう。服と装備を剥ぎ取って殺して仕舞うなら、私が顔を見られたところで問題はないのだから。


『…!』

…人の気配。誰か近づいてくる。リヴァイに視線を向ければ同じように気づいているようで、気配のする先に視線を向けている。ミカサも私たちの様子に気づいたらしく、息を殺して気配を消している。


「…だが彼らは潜伏していた巨人を見つけだして捕らえることに成功した。壁を破壊されるのを未然に防いだんだ」


徐々に声が聞こえてくる。…私たちの話か?…調査兵団を擁護しているなんて憲兵の会話とは到底思えないけど…。


「そんなことを他の兵団にできると思うか?調査兵団がこのまま解体されたら人類は…」

「静かに!」


ガチャリと銃を構える音。そこで漸く木の葉の隙間から姿が見えた。男女の二人組で見た目はかなり若いように見える…エレンやミカサら104期生と同じくらいだ。川辺に向かって銃を構えている。


「水音がする」


2人は慎重に川辺に向かって歩みを進めていく。若さゆえなのか、そちらに集中してしまって上が疎かになっている。全く私たちに気づくことなく足元を通り抜けて行った。

川で水を掬うアルミンに銃を突きつけた2人は「動くな」と声を低くする。


「両手を上にして、ゆっくりこっちを向け」


指示通りにアルミンが動くと同時に、リヴァイとミカサが体制を整え、視線を交わす。


「調査兵団だな?」


相手がアルミンを確認すると同時に、2人は同時に飛び降りた。カサリと木の葉が音を立て、地面に新たな2つの影が生まれる。


「そうだ、声を出すなよ?そのままの姿勢で指示通りに……」

「そうだ。ゆっくり銃を前のやつに渡せ」


リヴァイとミカサは見事に背後から憲兵を羽交い絞めにし、首に刃を当てがった。憲兵の2人組は一瞬何が起きたのかわからなかったのか混乱していたが、次第に状況を理解し顔色を青ざめさせていく。

よかった、成功した。…こんな新人憲兵相手に2人がしくじるとは思ってなかったけど、それでもやっぱりこういう瞬間は緊張する。自分がやるなら兎も角、見ている方が心臓に悪い。


「兵服と装備を一式置いていけ、ブーツもだ。安心しろ、靴を交換してやる」


リヴァイが彼らから取り上げた手帳を読み上げたお陰で、名前はマルロとヒッチということがわかった。彼らは私たちの指示に従順に従い、兵服と装備をあっさりと手に入れることができた。

ミカサとアルミンが袖を通し、憲兵の装備へと変わっていく。年齢と男女ペアということは同じだが、果たして上手く乗り込んで情報をつかむことができるか?

あの能無しと怠惰で満ちている憲兵団なら上手くできるかもしれないが…、マルロとヒッチらの同期に会ったら即終了は間違いない。


「準備できました」

「よし、ストへス区の現場にはまだ中央憲兵がいるはずだ。それらしき人物を補足して手掛かりを掴め」

「了解」

「憲兵の山狩りの範囲が伸びきった後に決行する。いつでも出られるよう馬を準備しろ。お前らの分と、もう一頭だ」


「了解」と2人が答えると、リヴァイは「さて、お前らだが…」と言ってブレードを肩に乗せる。

緊張感の走る、重い重い沈黙。まるで肩に担いだそのブレードでそのまま殺してしまいそうな雰囲気に全員が息を飲む。


「あっ、あなた達のせいでストヘス区の人民が100人以上も死んだのを知ってますか?」


沈黙を破ったのはヒッチだった。聞き返すリヴァイにマルロが「…オイ!」とヒッチを止めるように慌てて口を開く。


「あなた達は自分が正義の味方でもやってるつもりなのかもしれませんが、…あの街の被害者やその家族は突然地獄に堕とされたんですよ?」

「あぁ、知ってる」

「…っ、あ、あんた達南方訓練兵団出身なんだってね。アニ・レオンハートと同じ…あの子とは仲良かったの?」


ヒッチは怯みはしたものの続けてジャンへと視線を向ければ、ジャンは僅かに瞳を揺らした。

彼女らは当然、アニがストヘス区で大暴れしたあの女型の巨人だということを知らない。…そうか、憲兵団に入団したばかりならアニとも一緒だったのかもしれない。


「…いいや、友達なんかいなかったでしょ?あいつ…暗くて愛想悪いし、人と関わるのを怖がってるような子だったし…あいつのことまだ何も知らなかったのに、あの日以来見つかってないのは巨人にぐちゃぐちゃにされて見分けつかなくなったからでしょ!?」

「いいや、潜伏してた巨人の正体がアニ・レオンハートだったからだ」

ヤツは今捕らえられている。末端の新兵まで知っていいことじゃねぇがな…と続けたリヴァイの言葉に、2人は言葉を失った。

当然の反応。こっちを責めようとしていたのに、逆に返り討ちにあったようなものだ。


「まったく…嫌になるよな。この世界のことを何も知らねぇのは俺らもみんな同じだ、この壁の中心にいる奴ら以外はな…」


リヴァイは続ける。


「お前らは俺たちがここを離れるまで拘束するが、出発と同時に解放する。お前達の足より遅れるようじゃ…どのみち無理な話だ」


「…アニが?」と小さく呟かれる声。困惑に満ちたその表情を浮かべながらマルロは「リヴァイ兵士長」と少し思案する仕草を見せたあと、力強く口を開いた。


「あなた達が間違っているとは思えません、本当に調査兵団がリーブス商会を…民間人を殺したのですか!?」

「会長らを殺したのは中央憲兵だが、何が事実かを決めるのはこの戦に勝った奴だ。」

「俺に協力させてください!この世界の不正を正すことができるなら、俺はなんだってやります!!」


…は?今、なんて言った?耳を疑うような発言に思わず身を乗り出しそうになって、慌てて大木に背を隠す。

マルロは「中央憲兵を探るなら俺にやらせてください!変装なんかよりずっと確実なはずです」と必死に訴え続ける。


「…なんだお前は」

さすがの発言にリヴァイも測り兼ねているらしい。マルロを見て眉間に皺を寄せている…そりゃただの新人憲兵が突然こんなこと言い出したら困惑もする。

嘘を言っているようには見えないけど、若さゆえの勢いだけかもしれない。そんな勢いに任せられるほど、私たちの状況に余裕はない。

「だめだ」と少しの思案の後、リヴァイは言った。


「お前に体制を敵に回す覚悟があるかなんて俺には測れない。お前の今の気持ちが本当だとしても、寝て起きたら忘れちまうかもしれねぇしな」

「…そんなことは」

「行くぞ、サシャ。2人をこの辺に拘束しろ」

「はい」


確かに変装より確実な方法かもしれない…だけど、彼らの気持ちを信じるより、ミカサとアルミンの潜入調査を信じる方が遥かに勝る。

惜しいような気もするけど、リヴァイの決断は間違っていないと思う。大木に背を預けて空を見上げた時、予想外の声が聞こえてきた。


「兵長!俺にやらせてください!」


…ジャン?
再び視線を落とせばジャンがリヴァイと視線を交わしている。突然名乗りを上げたジャンを測るようにリヴァイが瞳を細める。

…何か考えがあるのか?…リヴァイに睨まれても尚、引き下がろうとしないジャンにリヴァイは「任せる」と言った。

ジャンはナイフを持ってマルロとヒッチを森の奥へと連れて行く。再びリヴァイに視線を向ければバッチリと視線が交わった。

そしてジャンの方に視線を向け、顎でその方向を示してくる。…様子を見に行けってことね…了解。

私は音を立てないよう細心の注意を払いながら、木をつたって彼らの後を追った。



next

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ