空色りぼんC

□女王の拳
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数日後、ヒストリアの戴冠式が執り行われた。彼女がロッド・レイスを倒したという噂は忽ち民衆の間に広まり、貴族らの反発はあったものの民衆は彼女の女王即位を受け入れていた。


『各組織のトップに揃って跪かれるってどんな気持ちなんだろうね』

「さぁな、だがああしているとあいつが女王になったことを実感させられる。俺たちは見事にここまでことを運ぶことに成功したわけだ」


ヒストリアに王冠が乗せられると同時に各組織のトップが彼女に向かって跪き、頭を下げる。湧き上がる歓声と光景を私とリヴァイは遠巻きから眺めていた。


『少し前までは自分が女王になるなんて思ってもいなかったのにね。「あの時」からここまで成長できたのは、彼女なりに相当頑張った証拠なんだと思う』

「…あぁ、そうだな」


あの時とは女王になれと言った時のことだ。当時ヒストリアは当然のように驚き、怯え、自分にはできないと震えながら繰り返していた。

それが今じゃ女王たる堂々とした面持ちで民衆の前に立っている。戦いを通し、父親との決着をつけたことによって彼女なりに区切りをつけたのだろう。覚悟を決めた人間の、意思のこもった真っ直ぐで綺麗な瞳をしている。

口には出さないが、ヒストリアの成長にはリヴァイも感心している。ヒストリアだけではなく他のリヴァイ班のメンバーもだ。彼らが私たちを信じてついてきてくれなければ、今のような光景を見ることもなかっただろう。私たちはいつも人に恵まれている。今まで死んでいった兵士たちを思い出す。


『いつまでも新人だと思っていたけど、いつの間にかこんなに成長したんだね。ぼんやりしてたら私たちの立場を乗っ取られるかも』

「はっ、あいつらに任せるにはまだまだ足りないものが多すぎる」

『そりゃそうだけど』

「でもまぁ、あいつらの成長は認めよう」


あれ、今日は意外と素直だなと思っているとリヴァイは踵を返して扉を開け、外へ出て行ってしまう。


『どこ行くの?式まだ終わってないのに』

「あとはもう面倒なじじい共の長話があるだけだろう。そもそも俺はこういう形式じみたものは嫌いだ」


廊下に出て壁に背を預けるリヴァイの隣に並ぶ。わざとらしく小さくため息をつけばチラリと横目で一睨みされたが、リヴァイは腕を組んで瞳を閉じた。

あれだけ分厚い「いかにも」な扉が閉まっているにも関わらず、会場からの歓声が溢れ出してくる。リヴァイが苦手意識を持つのは理解できる…あの会場の一体感というかなんというか…あの圧に包まれた雰囲気は私も好きなわけじゃない。どちらかといえば苦手な方だ。


「ここでエルヴィンが来るまで待つ」

『向こうの出口に行かなくていいの?』

「わかっていることをいちいち聞くな」


向こうの出口とはエルヴィンが出て来る専用の出口…つまり各組織のお偉い方専用の会場出口のこと。そこには当然他の組織の秘書やら補佐やらがビシッと姿勢を正して待ち構えているため、雰囲気は張り詰めている。

それもまたリヴァイは好きではなく、かといって行かないわけにもいかないから、出て来る直前まで適当に時間を稼いでいるわけだ。


『なら、私も付き合うよ』

「勝手にしろ」


窓から差し込む光が廊下を照らし出し、無駄に施された高価な装飾たちがキラキラと瞬く。足元は当然厚みのある高価な絨毯が敷かれていて、左右どちらに視線を向けても見張りの憲兵が立っている。

顔を上げて背後に広がる窓越しの空を見上げれば、2羽の鳥が気持ちよさそうに空を飛んでいた。


『いい天気だね、女王誕生の日にふさわしい』

「そうだな」


再び歓声が上がっているのが聞こえてくる。リヴァイを見れば瞳を瞑ったまま僅かに俯いていた。…ここのところ慌ただしかったから疲れているんだろう。この後もリヴァイは中央に赴いて旧体制への対処を取り決める会議に出席する。

短い間でも休みたいんだろうなと思い、私も瞳を閉じる。歓声が収まり静寂が訪れれば、窓の外から澄んだ鳥の鳴き声が聞こえてきた。

平和だな、なんて呑気なことを思いながら私は1つ欠伸を零す。



**
***



周りの憲兵が慌ただしく動き出し、式がそろそろ終わるのかと私が口を開こうとすればリヴァイはとっくに周りの様子に目を配っていた。


『そろそろかな』

「いや、もう少しくらいかかるだろう。式が終わってもすぐに出てくるとは思えねぇ」

『よっぽど行きたくないんだねぇリヴァイは。どうせ10分そこらなんだから黙って待ってればいいのに』

「あんなクソ真面目な奴らが集まる張り詰めた空気なんか10分でも御免だ」


なにか嫌な思い出でもあるのかと思うほど頑なに拒否するリヴァイに、私は「はいはい」と軽く受け流し憲兵の動きを観察する。嫌がっても本当にヤバそうだったら無理矢理にでも連れて行こう。まぁリヴァイのことだからなんだかんだ言って自分で判断してるだろうけど。


…すると、賑やかな話し声が聞こえてきて視線を向ければヒストリアと104期生のみんながいた。こちらへ向かって歩いてくる。

声をかけようとすれば彼らは私たちを見るなり揃って引きつった表情を浮かべた。…なんだ?なんでそんな表情をするんだと思っていると突然ヒストリアが叫び出した。


「あああああああああ!!」


叫び出して、駆け出して、…リヴァイを殴った。


「ハハハハハ!どうだー私は女王様だぞ!?文句があれば……」


突然の行動に思わず驚く私とは対照的に104期生は「うぉぉぉ!」と歓声を上げていた。だが、彼らもすぐに表情を凍らせることになる。

…リヴァイは小さく笑っていた。


「お前ら、ありがとうな」


その柔らかな表情と声色に、全員が固まっていた。私も思わず口を開けてしまったが、口元を緩ませたときにはリヴァイは踵を返して歩き出していた。

「あ、姉御」と呼びかけられたが顔の前で手のひらを立て、リヴァイの後に続いて彼らの前から立ち去る。隣に並んで歩けば表情を見なくともわかる。リヴァイは今きっと、とても晴れやかな表情をしている。


『ガラにもないことしたね』

「たまにはいいだろ」



**
***



「…なんだったんだ、今の」

「兵長、…笑ってなかったか?」

「いや、そんなわけねぇだろ…あのリヴァイ兵長が俺たちに笑うわけねぇよ…しかもあんなことした後に」

「でも確かに笑ってましたよ…」


困惑する104期生の中で、ヒストリアは膝から崩れ落ちるように座り込んだ。


「うぉ!?大丈夫かヒストリア!?」

「…うん、大丈夫…なんか腰が抜けちゃったみたい。情けないな…」

「いや…お前は実際よくやったよ…すげぇよマジで…俺たちがどれだけ肝を冷やしたか…」

「でも本当にリヴァイ兵長どうしたんだろう…すこぶる機嫌が良かったとか?」

「ユキさん連れてたからな」

「そんなことより姉御と一言も話せなかった」


そう言って本気で落ち込むミカサに全員が「ミカサらしいな」とため息をつく。ミカサはリヴァイに対して恐怖心は抱いていない。気にくわないながらも尊敬はしているが、それよりもユキに対する執着心は訓練兵時代から変わらない。


「見たかよお前ら、あのロングコート」

「あぁ、似合ってた」


ジャンやコニーらも相変わらずだ。ユキのロングコート姿を思い出すように天井を仰ぎ見、揃って頬を赤らめる。


「それにしてもどうして一言も言わずに行っちゃったんですかね。珍しくないですか?いつもは構ってくれるのに」

「姉御はどうしても話せないときはああやって手で合図をだす。これからきっとなにかあるんだと思う」

「それがあのロングコートに繋がるんだろ。中央かなんかで会議があるんじゃないのか」

「話し合わなきゃならないことは山ほどあるだろうからね。きっとユキさんは兵長の付き添いだろうけど」

「え、会議に参加しないのについていくのか?…いくら副兵士長とは言え健気すぎるだろ」

「付添人には茶菓子が出されるらしいですよ」

「それなら話は別だ。あの人は飛びついて何処へでも行くだろうな」

「それでミカサ、ユキさんに何を話そうとしたんだ?」

「やっぱり姉御には空色のりぼんが似合うと伝えようとしただけ」


あぁ、と全員が声を揃える。もう既に小さくなっている背中…数秒前まですぐそこにあった背中を思い出せば、黒髪を束ねる空色のりぼんが宙を舞っている光景が思い浮かんだ。

彼女の象徴であり、彼らがずっと追い続けてきた背中。舞うように空を飛ぶ度に風になびく空色。


「そうだな。あの姿を見ると漸く「戻ってきた」って感じがする。もうずっと近くにいたのにな」

「ねぇ、私やりたいことがあるんだ」


ヒストリアの言葉に全員が視線を向ける。その瞳は真っ直ぐにもう姿も見えなくなった2人が去って行った方向に向けられていた。


「この壁の中にいる全ての孤児や困窮者を救いたい。もちろん地下街も同じ。困っている人がいたら助けたいっていうのもあるけど、こうすることがあの人たちへの恩返しになると思うから」

「…あぁ、そうか。あの人たちは地下街の出身だもんな」

「いいんじゃないか。すごくお前らしくて俺はいいと思うぜ!」

「はい!やっとふてくされたヒストリアではなく、クリスタの優しさを取り戻したヒストリアになったんですね!」

「ふてくされたは余計だよ!」


ケラケラと笑い声が響く。そのうちヒストリアも自然と口元をほころばせ、女王たる面影も見せない笑顔で笑いあった。



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