空色りぼんC

□あの約束を
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「「「おめでとうございます!!」」」


立体機動の訓練を終えて帰ってきた途端に詰め寄られ、驚いた私は思わず言葉を失う。そんな私にお構いなく、待ち伏せていたのであろう104期生のみんなはグイグイと詰め寄ってきた。


「リヴァイ兵長とご結婚されたと聞きました!本当におめでとうございます!」

「ほわぁぁぁ!みなさん見てください!これが結婚指輪ですよ!結婚指輪!肉がどれくらい買えるんでしょうか!?」

「馬鹿野郎、肉なんかで例えてるんじゃねぇよ本当にお前はロマンがねぇな芋女!」

『…あの、ちょっっと』

「結婚指輪より婚約指輪の方が高価なんだよ。普段するのは結婚指輪で、婚約指輪は普段身につけることは滅多にないけど」

「えええ!?じゃぁ婚約指輪と結婚指輪を合わせたら肉が何キロ買えるんですか!?」

「お前いい加減にしろよサシャ」


左手を掲げあげられながら目の前でワイワイと騒ぐみんなを制しようとしても全く声が届かない。いずれこの子達にも知られることは分かっていたが、こんなに早いとは。

しかも全員で押し寄せてきた。興奮しきってるし、全員で詰め寄られるとそれなりに迫力がある。…っていうか腕を振り回すなサシャ!


「オイ、みんなやめろよ。ユキさんが困ってるだろ」

「なんだよエレン、昨日は落ち込んでたくせに」

「なっ、んなことねぇよ!」

「ははっ、お前も諦めが悪ぃなエレン!こうなることはとっくにわかってただろうが!」

「ジャン、お前も人のこと言えないだろ…」


お前は黙ってろ!とジャンはコニーの襟を掴み上げる。相変わらずよだれを垂らしながら食い入るように指輪を見つめるサシャを振り払うと、ミカサがそっと私の手を取った。


「姉御、おめでとう」


ミカサの口元には普段はあまり見せない柔らかな笑みが浮かんでいて、思わずつられるように笑う。


『ありがとう』

「なんだお前、昨日は兵長ぶん殴るって言ってたくせに」

「今にも殺しに行きそうな雰囲気まで醸し出してましたよ」


誰に聞いたのかは知らないが、なんだか昨日は大変だったらしい。この子達との付き合いも短いわけではないが、こんな風に祝って(一部殺意もあるが)くれるのは嬉しい限りだ。


「始めはあのチビ殺してやると思ったけど、いずれはこうなることもわかっていたし、姉御が選んだ人だから私も認めることにした」

『それはよかった。これで私も2人が顔を合わせる度にヒヤヒヤしないで済む』

「今日同じ指輪をしているのを見て殴りたくはなったけど」


それは我慢してくれとミカサの頭を撫でる。そうすればミカサはぎゅっと私に抱きついてきて「あぁ、でもやっぱり寂しい」と呟く。


「そうだね、本当におめでたいことなんだけどなんだかユキさんが遠くに行ってしまったような気がします」

「姉御はこれからも変わらず副兵士長をすると聞きましたが、本当ですか?」

『本当だよ、結婚したと言ってもこれまでと変わらず私もリヴァイも調査兵団にいる。むしろ壁の中の情勢が不安定な時にごめんね』

「どうして謝るんですか!そんなの関係ないですよ!」


そうだそうだと声を合わせるみんなに思わず笑みが零れる。昨日今日といろんな人に声をかけられたが、みんながみんな私たちを祝福してくれた。

リヴァイは「またか」と面倒くさそうな表情をしていたが、本心から嫌がっているわけではない。壁の中の情勢が不安定だろうと、体制の保持と再びの決戦に向けての準備に追われる時であろうと、こうして祝ってくれることは素直にありがたいと思っているはずだ。

…全然止まらないエルヴィンからのあたりの強さには心底うんざりしているようだったけど。


「そういえば姉御はこれからアッカーマンの性を名乗るんですか?」

『うーん、それは特に話してないけど…多分このままかな。リヴァイはアッカーマンを名乗るかもしれないけど』

「え、どうしてですか?」

『私たちは正式に籍を入れてるわけじゃないから』


その言葉にコニーとサシャ以外の全員が気まずそうに顔を見合わせた。調査兵団ではリヴァイと私が地下街の出身であることは知られている。


「え、え?なんでみんな黙ってるんですか?なんで姉御は籍を…んぐっ」

「そうだよ、みんなしてなんかわかったような顔して一体どういう…んぐっ」

「バカ2人は黙ってろ」


「んぐー」とジャンに口を抑えられるコニーとサシャ。『気にしないで』とジャンの手を放してやると、2人は絶たれていた酸素を勢いよく吸い込むように肩で呼吸を繰り返している。


『みんなありがとう。…っていっても何も変わらないから、これからも宜しくね』


じゃ、と手を振って執務室に戻っていくユキを全員で見送る。ふわふわと揺れる空色のりぼんは、あっという間に廊下の先に消えていった。


「ねぇ、どうして姉御は籍をいれないんですか?だって結婚したんですよね?結婚指輪もしてましたし」

「そうだよ、なんでお前らだけわかったような顔してんだよ。俺たち馬鹿にもわかるように説明してくれよ」

「姉御達は地下街の出身だから、きっと正式な籍を持っていないんだと思う。だから籍も入れられない」

「でもさ、今は兵団が壁の中の政治を動かせるんだから2人の籍を作ることなんて簡単だろ?なんでしないんだ?」

「馬鹿だなお前。少しは考えろよ死に急ぎ野郎」

「なんだとジャン」

「兵団が実権を握ったからといって好きになんでもやり始めたら、元々疑心暗鬼である民衆の避難を買うことになるだろう。出だしである今が重要な時期なんだ、不満を買うようなことはしないほうがいいに決まってる」

「…でも、あの2人がいなければ私たちがこうして勝利を手にすることもなかったんですよ?あんなに戦果を残して、私たちにとってはなくてはならない存在なのに…そんなの不公平です」

「…そうはいってもな」

「それに関しちゃ、俺たちだけじゃなく兵団全員が思っていることだろうよ」

「まぁでも、そんな形式的なもの…あの2人にとっちゃあってもなくても変わらないんじゃねぇかな」


先陣を切り、突き進む2人の背中。自由の翼を掲げたそれを追いかけてきた自分たちは、2人がどれだけ信頼し合っているのかを知っている。

どんな状況に置かれようとも、2人は背中を護り合い戦っていた。戦場から離れ肩を並べて歩いている彼らは、互いに他のものには決して見せない表情で笑い合っていた。

彼女がいうように、これからもあの人たちは何も変わらないんだろう。これまでと同じように共に歩み続けていくんだろう。


「それにしても、よく我慢したなミカサ。さっき兵長とすれ違った時はヒヤヒヤしたもんだが」

「あの人がエレンにしたことは絶対に許さない。でも、認めてないわけじゃないし、何より姉御が幸せそうにしているからそれでいい」

「大人になったなぁミカサ」

「…エレンもね」

「うるせぇよ」


ガシガシと頭を撫でられ、ミカサは赤く染めた頬を隠すようにマフラーに顔を埋めた。



**
***



「俺は認めない!認めんぞ!!」


ダンッ!とグラスを机に叩きつけながら叫んだエルヴィンにハンジはけらけらと笑い、リヴァイは心底ため息をついていた。

様々な酒と食事が散らかっている円卓を囲みながら、その全員が頬を赤くさせている。もちろん私も例外なく酔っ払っている。

夜も更けてきた今の時間に私たちが酒を囲んでいるのは、前に交わした「みんなで夜が明けるまで飲み明かそう」というあの約束を漸く叶えることができたからだ。

随分遅くなってしまったがこうして酒を囲み、早々に酒が回り始めている。約束通り卓上には贅沢極まりない高価な酒とユキが所望した甘味が所狭しと並べられている。もちろんつまみの定番も散らかっている。


「今更そんなこと言ってどうするのさエルヴィン、こうなることは君もわかってただろ〜?」

「嫌だ!認めないと言ったら認めん!」

「お前がいくら認めないと言ったところで何も変わらねェよ、しつけェな。いつまで駄々を捏ねているつもりだ」

『私ってエルヴィンにこんなに愛されてたの?なんかちょっと驚いてるんだけど』


当たり前だろう!と言うエルヴィンにユキはありがとうと彼に擦り寄る。その行動にグラスを握り潰す勢いのリヴァイをハンジがまぁまぁと宥める。


「今日くらいはいいじゃないか。ここ最近のエルヴィンっていったらもうずっとユキを取られて悲しんでたんだよ?少しくらい許してあげてよ」

「取られたも何も、元々あいつのものじゃねぇだろうが。…クソッ、胸糞悪ぃ」

『怒んないでよリヴァイぃ、もぐもぐ、甘いものが足りてないんじゃないの?だからすぐイライラするんだよもぐもぐ』

「お前はものを食べながら喋るのをやめろ。それに飲みすぎだ」

「何を言っているリヴァイ、今日は呆れるくらい飲んで夜を明かそうと言っていたじゃないか」


確かにそういう話でこの飲み会は始まった。…っていっても、そんな約束を勝手にしやがったのはエルヴィンとユキだ。俺は完全にお前らに巻き込まれたんだよと思いながらも、リヴァイはなんやかんやで付き合っていた。

チッと舌打ちする彼が心底嫌がっているわけではないことを、彼らはみんな分かっている。伊達に長い付き合いをしているわけではない。


「…というかユキ、お前それ食い過ぎだろう」

「あれ!?ほんとだ!ちょっと目を離した隙にあとちょっとしか残ってないじゃないか…ロールケーキ丸々一本あったはずだろ?」

『だってエルヴィンが食べていいっていうから』

「ユキが食べたいと言っていたから用意したんだ。好きなだけ食べるといい」

「だからってロールケーキ丸々一本は…ねぇ…」

「こいつの甘いもの好きだけはどうしても理解できねぇ」


さすがにうわぁと引いたような表情を浮かべる2人の視線をいにも介さず、ユキはパクパクとケーキを口に運んでいく。

その小さな体のどこに入っているんだと思うほど気持ちいい食べっぷりに、リヴァイは呆れたように笑っていた。ユキの頬についたクリームを乱暴に拭ってやっている。


「どうしても許せないことは他にもあるぞ、リヴァイ…あの報告の仕方はなんだ。いい加減すぎるだろう」


エルヴィンのいう「あの報告」とは婚姻を結んだという報告だろう。『本当だよ』とケーキを完食したユキが呆れたように口を開く。


『報告するっていうからついていってびっくりした。あんなサラッと一言で終わらせるなんて思わなかったから』

「え、何?私その話知らないんだけど、そんな適当な感じだったの?あっははは!リヴァイらしい!」

「笑い事じゃない…あれには私も言葉を失った」

「どうでもいいだろそんなこと。伝わればいい」


グラスを傾け、酒を煽るリヴァイにハンジが「本当に君らしいよ!」と大口を開けて笑う。

空になったグラスにリヴァイがワインを注ぐと、何本目かわからない瓶が空になった。



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