空色りぼんC

□生涯で一度の
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『…』


ゆっくりと瞳を開けると、窓から月明かりが差し込んでいた。薄暗い室内にいくつもの光が灯っている。巨人の硬質化の能力て作られた光る石によるものだ。


(…なんでここにいるんだっけ)


確か昼間は使いを頼まれて駐屯兵団の南部支部へ行っていたはずだ。それから帰ってきて…あぁ、サシャに目を瞑ってくれって言われて睡眠薬を嗅がされたんだった。

なんでそんなことされなくちゃいけなかったんだと思ったとき、左手の違和感に気づく。


(…無い!)

薬指に嵌めていたはずの指輪がなくなっている。慌てて立ち上がったとき、「ユキ」と名を呼ぶ声が聞こえた。


「ようやく目が覚めたか」

『…リヴァイ』


窓の外を見ていたリヴァイがこちらを振り返る。『ねぇリヴァイ大変なの』と言おうとしたとき、ゆっくりと歩み寄って来るリヴァイの格好に私は思わず言葉を失った。


『…どうしたの、その格好』


リヴァイは普段の見慣れた兵服ではなく、白い礼服に身を包んでいた。余程私が驚いている顔をしていたのか、一度小さく笑ったリヴァイはその手を伸ばしてゆっくりと頬に触れてくる。


「お前も、よく似合っているな」

『…?……??』

「本当によく似合っている」


頬を撫でながら微笑むリヴァイの言葉が理解できずにいると、リヴァイは視線を誘導するように壁の方を向いた。その視線の先にある光景を見て、私は言葉を失った。

壁に立てかけられた大きな鏡には、リヴァイと豪華なドレスに身を包んだ自分の姿がうつっている。…真っ白でヴェールまでついた…ウエディングドレス。


『…なに、これ』

「早く行くぞ」

『どこに…?』

「お前がぐーすか寝てるから、みんなが待ちくたびれてる」


グッと手を引かれるがままついていけば、リヴァイは先にある扉を躊躇なく押し開いた。…一体なにがどうなっているのか理解できない。…この先に何があるって言うの?


扉の先に足を踏み入れた瞬間、目の前の光景に私は息をすることも忘れていた。


「みんなーッ!ようやく主役のお出ましだよ!!」

「結婚おめでとう!リヴァイ兵長!ユキ副兵長!!」

「おめでとう!!」

「うわ副兵長本当に綺麗だな…!」


目の前にはまるでパーティー会場の様な色とりどりの食事が並んでいると共に、100人は優に超えるほどの人が集まっていた。その全員の視線が私たちに向けられ、次第に拍手の音で包まれる。


『…なにこれ』

「俺たちのためにと兵団総出で準備したんだそうだ。俺とお前の結婚式をな」


ヴェール越しに見えるリヴァイの表情は笑っていて、未だ歓声と拍手の鳴り止まぬ方を見てみれば調査兵らが笑みを浮かべている。


「こんなに驚いてくれるとは思わなかったな、ユキ」

『…エルヴィン、これは一体』

「リヴァイから聞いただろう?君達2人の結婚式さ」

『それは聞いたけど、…なんで突然…私たちは結婚式はやらないって…』

「君達はそう言っていたが、周りの者たちがどうしても君達2人に結婚式をさせてあげたいと言い出してな。こうやって計画してみんなで作り上げたんだ」

『…みんなが?』


全員の方に視線を向ければ、ハンジを始めとしてリヴァイ班や古株の調査兵…駐屯兵の姿まである。今や女王となったヒストリアまで顔を並べていた。


「これも君達2人の人望じゃろうて」

『ピクシス司令まで、…どうして』

「ほっほっほ!こういう楽しそうなことには目がなくてのう、それが2人の結婚式となればノらないわけがなかろうて。今日の使いは楽しかったか?」


あまりの驚きと混乱でうまく働かなかった頭が漸く動きだしてきた。…そうか、今日の駐屯兵団への使いも全て私をここから遠ざけるため…通りで大した内容もない使いだったわけだ…。

リヴァイに視線を向ければ、ふいっと白々しくそらされる。リヴァイはこのことを全部知ってたんだ…ここ最近の違和感もなにもかも今日この日のためだったのだと思えば全てに納得できる。

頻繁にエルヴィンたちが顔を合わせていたのも、リヴァイ班のみんながせっせと買い物に行ったりなにかを作っていたのも…ついさっきのサシャの不自然すぎる行動も。

…全部このために、私たちの結婚式のためにやってくれていたことだったのか。


「君達2人に内緒で事を進めるのは不可能だと思ったから、リヴァイに協力してもらったのさ。だからそう責めないでやってくれ」


余程私がリヴァイを見つめていたのか、エルヴィンが庇うようにそう言ってピクシス司令も高らかに声をあげて笑う。


「さぁ、そんなことより儂から君達へのプレゼントじゃ」


ピクシス司令は脇に抱えていた木箱を丁寧な手つきで私たちに開いてみせた。その中には3枚の書類が入っている。「まずはこれからかのう」と取り出した2枚の書類を私とリヴァイのそれぞれに手渡した。


『…これは?』

「2人の正式な戸籍だ、これで晴れて2人は正式に籍をいれることができる」


差し出された3枚目の書類は婚姻届だった。そのどちらも私の名前が「ユキ・アッカーマン」となっている。

司令を見上げれば、彼は「お主の言いたいことはわかっておる」と片手を出して私の言葉を制し、続けた。


「お主らは自分たちはこのままでいいと言った。これからの兵団による統制のためにという気持ちも充分にわかっておる。君達2人はそうやって「諦める」ことに関して貪欲すぎるところがあるのう」


地下街出身だからしょうがない。他の人たちと同じものが手に入るはずがない。自分たちは地上の人間とは違う、多くを望むべきではない…。


「自分たちは地下街の人間だからと、諦めることに慣れ過ぎてしまっておる。それは酷く悲しいことじゃ。儂はそんなお主らのことを放っておけなかった」


ピクシス司令がリヴァイと私に交互に視線を向ける。伏せられていた瞳は鋭い光を灯し、真っ直ぐに私たちを射抜く。


「地下街の出身だからといって何かを諦めたりするな。自分を卑下するな。君達はこの壁の英雄となったんだ、自分に誇りを持て」


司令たる威厳ある言葉の重み。私はグッと唇を噛み締め、差し出された書類に視線を落とす。

私たちは今まで様々なことを諦めてきた。それが当たり前だと思っていたから。…地下街の人間は地上で生きることはできない、地上の人間と自分たちは別の世界の人間だと思い込んでいた。

調査兵団に入ってからも兵団内外問わず「地下街出身」ということだけで冷たい視線は嫌というほど向けられたが、そんなものすら当たり前だと思い疑問すら持たなかった。

だから、私たちが地上の人間と同じように籍を入れて互いに同じ名を名乗り、結婚式をあげるなんてこと…始めから望んですらいなかった。この関係も約束も、絆も永遠の誓いも…2人だけが分かっていればいいと思っていた。

…なのに、こんなに嬉しいことだったのかと胸が締め付けられる。たった1枚の紙切れに自分の存在が刻まれていることが。そしてその名が愛する人間と同じであることが。

祝言を浴び、拍手に包まれ祝われることがこんなに嬉しいことだったなんて思わなかった。


「これで君達は晴れて正式に夫婦となった。誰にも文句を言われることはない。リヴァイ・アッカーマン殿、ユキ・アッカーマン殿…改めて儂から祝いの言葉を捧げよう」


真剣な表情から一変、にこりと笑ったピクシス司令から私たちは「ありがとうございます」と頭を下げ、全ての書類と木箱を受け取った。


「さぁて!今度は指輪の交換だ!!」


満足そうに笑うピクシス司令の背後から勢いよく飛び出してきたハンジをエルヴィンが「誓いの言葉が先だ」と制する。

「あれぇ?そうだっけ?ごめんごめん」と退がるハンジに会場中で笑いが起きる。


…誓いの言葉を私はぼんやりと聞いていた。自分がこんな風に結婚式を迎える日がくるとは思わなった。実感が湧かない…当然だ。何故なら睡眠薬で眠らされた挙句、起きたらすぐこの状況だったのだから。

つい数時間前まではいつものように訓練の疲れに瞳を擦りながら雑務を終え、お腹を満たして眠りにつくものだと思っていた。

それでもみんながこうして私たちのために準備して集まって祝ってくれる…これは本当に幸せなことだ。

眠らされていた間に取られていたのであろう指輪は丁寧に箱に入れられていて、それをお互いの手によってそれぞれの指に嵌めていく。思えばリヴァイの指に指輪を嵌めるのは初めてのことで、そう思った瞬間緊張して手が震えそうになった。

誓いのキスでは頬にしたリヴァイにワーキャーと兵士らが騒ぎ立てたが、リヴァイのひと睨みでそれ以上騒ぐものはいなかった。


「じゃぁお2人から1言ずつもらおうかな!感想でも感謝の言葉でもなんでもいいよ!こんだけ頑張ったんだからたまには感謝の言葉くらいくれてもいいんじゃない!?まずはリヴァイから!」

「…あ?」


聞いていなかったのか、リヴァイは眉間に皺を寄せてハンジを睨む。


『折角だから一言くらいいいんじゃない?私たちのためにこんなにしてくれたんだから、たまにはね』

「…やらないとは言ってねぇ」


『はいはい』と答えれば、リヴァイは渋々口を開いた。


「今日のことは本当に感謝してる。俺たち2人だけじゃ今のような時間を過ごすことはなかっただろうからな。だが、今後ユキに手を出した奴は迷わず削いでやる。てめぇら全員よく覚えておけ」

「ちょっとしおらしく感謝したと思ったらすぐこれだよ!ユキに手を出したら牙を剥くことなんて今更じゃないか!ずっと前からだったろ!?」


だいぶ酒が回っているのか、ギャハハハ!と机を叩いて大声をあげるハンジにリヴァイがスプーンを投げつければ、スコーン!と頭に直撃していい音が鳴った。

そんなやりとりを見ていた全員が声を上げて笑う。相変わらずのいつものやりとりに心があったかいもので満たされていく感覚が広がっていく。



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