空色りぼんC

□昼下がり
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木々の葉の隙間から差し込む光が心地いい。葉の揺れる音、風が耳を掠める音、小鳥の鳴き声だけが聞こえるこの空間にいるときは何も考えなくていいから好きだ。

人の目を気にすることなく、過去の呪縛からも未来の不安からも解放される。差し込む暖かな光に身を預けながら瞳を閉じれば、誘われるように眠りにつける。至福の時だ。


「あっれー、こんなところで何やってんのさユキ」


…クソッ、余計な邪魔が入った。

ガサガサと草木を掻き分けながら近づいてくる足音から視線を背ける。足音は2つで、恐らくもう1つはモブリットのものだろう。


「こんな林の中で1人、仰向けになって転がってるもんだから死体かと思ったじゃないか」

『だったら見て見ぬ振りして通り過ぎてくれればよかったのに』

「調査兵団の敷地内で転がってる死体を放置しろって?…っていうか、かなり遠目からでも身体の大きさで君だってわかったよ」


殴ってやろうか。


『…で、ハンジはなんでこんなところにいるの』

「私は雷槍の実験場所に良さそうなところを探していたのさ。人気がなくて、広いところを探していたらユキが転がってたってわけ」


気を使ったのか、モブリットは「自分はこの奥を探してきます」といって席を外した。まったく気が効く出来た部下だ。気が効くついでにこいつも連れていってくれたらよかったのにとも思った。

よいしょ、と腰を下ろしてハンジが口を開く。


「…んで、最初の質問に戻るけどユキはここで何してたの?」

『休憩』

「だったら訓練場からこんなに離れなくても、いつもみたいに近くのベンチで寝そべってればいいじゃないか」

『リヴァイに「新兵の前でみっともない姿晒すな」って言われたから』


そう言えばハンジは「…あぁ」と苦笑する。

ヒストリアが女王となり、兵団組織が壁の中を取り纏めるようになってからというもの、ウォールマリア奪還に向けての風潮は凄まじいものとなった。さすがエルヴィンの手腕とだけあって調査兵団への破格の資金投資から始まり、ウォールマリア奪還を銘打って調査兵募集を掲げた結果、予想以上の兵士が調査兵団へと入団した。


「ウォールマリア奪還は目前に迫っている!今こそ人類復権を!兵士よ集え!……なんて、あんな宣伝文句がこんなに威力を発揮するとは思わなかったよねぇ。駐屯兵団や憲兵団から兵士がわんさか集まってきてさ」

『…って言っても集まってきた兵士の殆どは実戦経験ゼロのひよっ子。それでも大切な仲間だってのはわかってるけど、お陰で訓練場は狭くなるし「そんな新しく入ってきた奴らの前で副兵士長がみっともない姿見せるな」って怒られるし』

「ユキもリヴァイと肩を並べる調査兵団屈指の実力者だからねぇ。高まっている士気を落とさないためにも必要なことなんだよ。それと君が無防備に寝るのが嫌なんだろうねぇ、本当に全身の力が抜けたようにだらしなく寝てるからさ」

『だから分かってるって。…だからこうしてわざわざ場所移動して休んでるんだよ。それに、たまには周囲の目から外れて1人になりたい』

「リヴァイと一緒で君らは生粋の一匹狼体質だからねぇ」

『それをたった今邪魔された』

「え、なんで?」


本気でわからいような顔をしているハンジに「お前が来たからだ」と手元に転がっていた小枝を投げつければ「痛っ」と言ってヘラヘラと笑みを浮かべた。


「…んで、君の唯一の拠り所はどこ行ったの?最近別々に行動していることが多いような気がするけど」

『リヴァイはエルヴィンと一緒にどこか行った。最近は呼び出しやら会議やらで調査兵団本部にいることも少ないから』

「本来なら副兵士長である君も一緒に行くんだろうけど、今となっては「兵士長と副兵士長」というより「夫婦」っていう印象の方が強いからね。どちらか片方に来てもらえればいいと向こうが考えるのも無理はないよ。ねぇ、ユキ・アッカーマン」


寝転がっていた身体を起こせば、ハンジはニヤニヤと口元を緩めていた。グッと顔の前で拳を握りしめてみせれば「暴力反対!」と両手を前に出して防御の体制をとってみせる。

深くため息をついて再び寝転がる。こいつは私が照れることを知っていてやってくるからタチが悪い。


「案外違和感ないよね。リヴァイとほぼ同時に姓がくっついたからかな?」

『私はまだ自分に姓があることに違和感だらけで慣れないけど』

「でもさ、アッカーマンって姓がついてもユキなら充分溶け込めるじゃないか。リヴァイとミカサみたいな化け物じみた強さも、君なら馴染めるよ。本当はユキってアッカーマンの血を引いてたりして」

『もし引いてたら、ちょっとの訓練でへこたれて死んだように眠ることもないし、ハンジに腕相撲で完敗することもなかっただろうね』

「あぁ、確かに。君って武器を持たせたら尋常じゃないほど強いのに、取り上げちゃえば普通の兵士以下だもんねぇ。体力も力も私以下になっちゃうんだから」


当っているだけに改めて言われると腹が立つ。リヴァイとミカサが持っていて、私にないものはそれだ…。もっと私に力があれば、救えるものは多かっただろう。

…あぁ、せっかく何も考えずにいられる時間だったのに、こいつが来たせいで台無しだ。


『そういえばハンジ、雷槍はできたの?ここ最近エレンの硬質化の実験と技術班の間を忙しなく走り回ってたけど』

「あぁ!これからその実験をするのさ!ユキも見にくる!?とんでもなくすごいものができたんだよ!成功すれば多分、鎧の巨人の硬質化した部分を壊せるかもしれない!」


鼻息を荒くしながら迫ってくるハンジを「近い離れろ」と遠ざけてから『見に行く』と言えば、ハンジは心底嬉しそうな笑みを浮かべて「じゃぁ行こう!今すぐ!」と立ち上がった。

本当に忙しない奴だ。



**
***



ハンジが技術班と共に完成させた「雷槍」は、その名の通り雷が落ちるような威力と破壊力を持っていた。あれなら鎧の巨人の外殻を破壊することもできるかもしれない。

巨人化したエレンとの格闘戦だけではなく、それを見守ることしかできなかった兵士にも鎧の巨人に対抗する術ができた。これは本当に大きな前進と言えるだろう。巨人化したエレンだけではライナーを抑えることは難しい。ウォール・マリアにはベルトルトも控えている。…もしかしたら他の脅威だってあるかもしれない。

ウォール・マリア奪還戦でこちらが総力戦を覚悟している以上、向こうもそれ相応の対応をして待ち構えているだろう。

雷槍をどうやって鎧にくらわせるかも重要だが、それを扱う兵士の訓練も必要になる。ウォール・マリア奪還までそう時間はない。並行して行われている夜間の経路開拓ももう半分ほど進んでいるし、エレンの硬質化の実験も着々と行われている。

先日は巨人の処刑台も完成したし、エレンの体調を見ながらその数を増やして行くことになるだろう。



『・・・』

「あからさまに嫌そうな顔をするな」


執務室でリヴァイから告げられた言葉に不服を表せばコツンと額を小突かれる。内容は調査兵団の定期報告…つまり、中央の権限を持つ者たちとの会議に出席しろということだった。


「お前の会議嫌いは承知している。だが、今回の定期報告は他の大して意義のない会議とは違う。お前もそのくらい理解しているだろう」

『…巨人の処刑台と雷槍の完成、エレンの硬質化、マリアへの経路開拓…報告すべきことは山ほどある。マリア奪還作戦の時期が近いってことも含めて』

「あぁ。…それとそのあと、ザックレー総統とピクシス司令を含めて集まるつもりだ」

『注射器のこと?…でも、あれはまだハンジが調べてる途中なんじゃなかったっけ』

「あれ以上の調査は不可能だそうだ。調べようにも容器から取り出そうとすると液体が気化するらしい。…俺たちの技術じゃあれ以上の調査は不可能だ」


…だとしたら、あれをどうやって製造したのか…誰が、いつ…どこで?多くの謎が残されたままだが、それを含めての話し合いだろう。リヴァイがケニーから受け取った注射器はたった1つしかない。そのたった1つが私たちにとっては恐ろしく貴重なものだ。

今後どうやって扱っていくのだろう。エルヴィンは、…総統や司令はどうするつもりなのだろう。


「定期報告は明後日だ、準備しておけ」


リヴァイから受け取ったハンジの注射器の調査報告書をパラパラと捲りながら、私は「わかった」と頷いた。





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