垂り雪

□不器用な2人
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「なぁ、この間のシチュー美味かっただろ?」

「あぁ。だからってお前一人では作るな、作るならユキに見ててもらえ」

「なんだよファーランの馬鹿」

「お前ら、飯くらい静かに食えねぇのか」

『せっかく食べに来てるんだしいいじゃない』


ガヤガヤと賑わう酒場。今日私たちは珍しく外に食べに来ていた。

前回の仕事で手に入れた宝石や希少石に思ったより高い値がつき、破壊された天井を修理しても余るほどだったのだ。

美味しいものが食べたいという私の一言から、今日は外食でもしようと4人で出てきたというわけだ。地下街だけあって騒がしいがこういう雰囲気は意外と好きだったりする。地上のおしとやかな店より断然面白いし、味も悪くない。


「そう言えばさ、リヴァイとユキってここで出会ったんだっけ?」

「え、そうなの!?」


ポツリと零したファーランの言葉にイザベルが身を乗り出してくる。どうしてファーランが知っているんだ?とリヴァイに視線を向けるが知らんぷり。

これはファーランと一緒に酒を飲んでいる時に私がうっかり零してしまったんだと理解するのにそう時間はかからなかった。


『うん、たまに見る程度だったけど』


一番離れたカウンター席。そこでたまにリヴァイの姿を見かけることがあった。地下街ではそれなりに有名だったし、なるほど確かに凶悪そうな顔をしてるなと思ったのをよく覚えている。


「で?どっちから声かけたんだ?」

『どっちも声なんて掛けてないよ。ここではお互い話すらしなかったし、私たちが面と向かって会話をしたのはここじゃなくて別の場所』


ある貴族の屋敷。私はその貴族の暗殺依頼を受けてその屋敷に忍び込み、何の滞りもなくその仕事を終わらせた。

しかし、銃を持っていた相手が一発撃った事により屋敷内の人間が喚き立て、更には憲兵まで押しかけてくるという最悪な状況に陥った。


『それで屋敷内で偶然リヴァイと出くわして一緒に逃げてからなんとなく一緒に暮らすようになった。』

「…話が突拍子過ぎてわかんねぇよ」

「出くわした瞬間に俺に斬りかかってきたけどな」

『だからあれは憲兵と勘違いしたんだって何回も謝ったでしょ?』


あんな極限の状況下で目の前に人が現れたら、誰だって憲兵だと思うだろう。まさかそれが別の仕事で屋敷に来ていたリヴァイだなんて誰も思わない。

もっと詳しく説明してくれ、というファーランにこれ以上の説明はないと返す。本当にこれだけだ。

たまたま貴族の屋敷で会って、一緒に逃げて、それからなんとなく一緒に暮らすようになった。本当に始めはそんなものだったのに、今となってはこれが当たり前になっているから不思議なものだ。

むしろ、もう一人に戻れないとさえ思っている。一緒に暮らしていくうちに私はリヴァイの人柄に惹かれ、側にいる時の安心感を覚えてしまった。

この感情がどういう感情なのか分からないほどお子様ではないが、それを伝えられるほど大人でもないしそんな権利は自分にはない。

リヴァイもゴロツキとは言え1人の人間。私のような汚れた人間を相手にする気はないだろう。私がリヴァイの側にいられる一番近い距離は「仲間」であり、それ以上を望めば近くにいることさえもできなくなるかもしれない。

そう思い私は、もうずっと前にこの気持ちは絶対に口にはしないと決めた。


「お前はいつも酒と一緒に不味そうなものを食ってたな」

「姉貴、前から甘いものが好きだったのか?」

「こいつの甘い物好きは筋金入りだ」

『いいじゃない、好きなものくらい食べたって』


そういうリヴァイだっていつも酒を煽っていたじゃないか、と心の中で悪態をつく。確かに酒場で甘いものばっかり食べていた私は周りから見れば浮いていたに違いない。確か店主にも「よくそんな甘いもんと一緒に酒なんか飲めるな」と言われたものだ。


「そぉーりゃぁぁ!!」


店主の叫び声と共にドガンッ!という大きな音が響き渡る。なんだと後ろを振り返れば、店主と客が腕相撲をしていた。


「おおおっ!また店主の勝ちだぞ!」

「全勝だ!」

「なんだまた俺の勝ちか!もっと骨のあるやつはいねえのか、情けねぇな!てめえら地下のゴロツキだろが、根性みせろや!」


大口を開けて笑う店主にまたやっているのかと苦笑する。あの人は昔からああやって腕自慢をしては客から食事の料金を上乗せしてとっていた。


「元気だよな、あのおっさん」

『昔からあんなだったよ』

「そうなのか?」

『私は負けたところを見たことないけど』


なかなかすごいじゃないか、とファーランは笑う。しかし、リヴァイもイザベルも興味はないようなので私もパンに齧り付いた。


「俺に買ったら今日のメシ代タダだけじゃねぇ、何でも好きなもんくれてやる!なんならうちのカミさんだっていいぜ!」


その言葉に店中が笑いに包まれた。負ける気がないからといってもさすがに引き合いに出される奥さんはたまったものではないだろう。…まぁ、あの奥さんを欲しがる人がいるかは別問題だが。


ーー…ガタッ

その時、正面から聞こえる音に私は耳を疑った。…が、それは聞き間違いなんかではなくリヴァイが立ち上がり中央へ向かうところだった。


「へ!?」

「おっ!?兄貴やんのか!?」


ちょ、ちょっと待って。
…え?本当に?

開いた口が塞がらないとは正にこのこと。呼び止めようと開いた口からは情けないが声も出なかった。



「…オイ、勝負してやる」



私の気持ちとは裏腹に腕捲りをするリヴァイに「てめぇとは一度手合わせしたかったんだ」などと店の親父もやる気満々で話が進んでいく。


「どんだけ腕が立つか知らねぇが…、腕力でこの俺に勝てるか?」

「いっけぇ兄貴!やっちまえ!」

「オイ、カミさんお持ち帰りは勘弁してくれよ…」


ファーランの言葉に背筋が凍りつく。この勝負、リヴァイは本当に勝つ気でいるのだろうか?…いや、あのリヴァイが自ら名乗り出たということは絶対に勝つつもりでいるに違いない。

まさか奥さんをお持ち帰りするために?…いやいや、まさか。…でも、リヴァイの好みってもしかしたらああいう人だったのではないだろうか。

3年近く一緒にいても、リヴァイの女の好みだけはついに分かっていなかった。それがこんな地下の酒場で、…しかもこんな状況で知ることになるなんて。



[…そりゃこうなるよな]

チラリとユキを見たファーランは困ったように視線をそらした。

彼女は無表情でいるように見えるが、眉間には皺が刻まれユキが困った時にする癖…唇もしっかりと噛んでいる。

まさかのリヴァイがあの奥さん持ち帰りの為に勝負を挑んだのだ…リヴァイを想っているであろうユキにしては絶望的な状況に違いない。

2人はお互いに想い合っていると思っていた。本人達から直接聞いたわけではないし素直さの欠片もない2人が簡単に口を滑らせるわけもないのだが、どう見たって二人は互いを仲間以上のものとして意識し合っていた。

それは俺が出会った当初からで、当然付き合っているものだと思っていたから、そんな関係じゃないと聞いた時は衝撃的だった。

ユキはリヴァイを慕い、
リヴァイはユキを何よりも大切にしていた。

互いを想い、慕う。
まさに理想の2人だと思っていたが…、それは間違いだったのか?

…いや、そんなはずはねぇ。一体どうしちまったんだよリヴァイのやつ…。


「いくぞ。…せー…のっ!」


ーー…ドゴォッ!!

結果は予想通りだった。

リヴァイは一瞬のうちに店主を打ち負かし、その鮮やかさたるやこちらが想像していたものを上回るほど見事な勝負だった。

キャーキャーと喜ぶイザベルとは対照的にピクリとも動かないユキの表情は前髪に隠れて伺うことはできない。一体今どんな心境なんだと思うだけで俺まで息苦しくなってくる。


「俺の勝ちだ、遠慮なく貰っていくぞ」


そう言ってリヴァイは奥さんの方へと真っ直ぐに足を進めた。


「あああ頼む!カミさんは勘弁してくれぇぇ!」

「…オイ、リヴァ…」


さすがにもう見ていられないとリヴァイを呼び止めようとしたが、彼女に向かって手を伸ばしたリヴァイはその顔の横…棚においてあった茶葉の缶を手にとった。


「やはり…、こりゃぁ珍しい茶葉じゃねぇか」

「……」


ポツリとそう呟いたリヴァイは何事もなかったかのようにこっちを振り返り「ずらかるぞ」と言って出口へと向かっていく。

…オイオイ、嘘だろ?
まさかアレが欲しくてわざわざ腕相撲の勝負なんてしたのか?

だとしたら俺は始めからあることないこと想像して、勝手に焦ってただけってことか。


「…はは、なんだ…ひやひやさせるなよ…なぁ、ユキ」

『そうだね』


肩の力が抜けホッと息をついてユキにそう言うと、ユキは何事もなかったかのように一言呟き、すぐに振り返ってリヴァイの後を追った。その瞬間、一瞬だけ見えたユキの表情が本当にいつもと変わらぬ澄ましたものに戻っていて俺はため息をついた。


「本当に、素直じゃねぇな…ユキもリヴァイも」


2人が素直じゃないのは今に始まった事ではないが、とりわけ彼らは俺が今まで見てきた誰よりも重症だ。

そんな2人だから、あれだけお互いを想っているくせに何年も関係が進展していないのにも頷ける。あれじゃぁ今後何年経とうが変わることはないだろう。

はぁ、と深くため息をつく。…まぁ、そんな彼らを見るのは嫌いじゃないし、見守っていくのもいいだろう。

時々いい加減にしろと口を挟みたくなるしイライラもするが、結局2人が楽しそうにしている姿を見るとそんな怒りも引っ込んでしまう。

結局俺はあの2人のことが好きなんだと思う。

だからこうして一緒にいるし、
この先も一緒にいたいと思う。

こいつらと一緒に地上で暮らせたら、もっと楽しいんだろうな…。

そんなことを思いながら俺は、店を出て行く3人の背中を追った。


それからというもの、店の親父はリヴァイがいるときには腕相撲勝負をしなかったという。



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