垂り雪

□対等な関係
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ファーランの言う通り、私とリヴァイが内密に仕事をすることは確かにあった。

あいつらに言う必要はないだろう、というリヴァイの心境は分かっていたので特に私も言うことはなかった。

テーブルに座りコップを1つ用意して酒瓶を傾ける。お風呂に入っているのであろう彼が出てくるのを待っているとリヴァイは暫くしないうちに出てきた。

イザベルとファーランが寝静まった後、仕事の話をする時はリヴァイに呼び出されこのテーブルで向かい合うのが慣例だが、今日はリヴァイに呼ばれていない。

…にも関わらず私がここにいることにリヴァイは不信感を抱いているようではあったが、何も言わずにコップを1つテーブルに置き正面の椅子に座った。

これは酒を注げということなのだろう。珍しいこともあるものだと空のコップに酒を注げば、リヴァイはそれを一気に煽った。

再び空になってしまったコップに酒を注ぐ。暫くの沈黙の後、リヴァイが静かに口を開いた。


「俺に言いたいことがあるんじゃないのか?」

『何もないよ。ただ、待ってただけ』

「話したいだろう事が分かっていて黙っていられるのは気持ち悪い。」

『それは私も同じ。リヴァイも聞きたい事があるんでしょう?』


リヴァイからと促せば、これ以上黙っていても不毛な時間を過ごすだけだと思ったのかすぐに口を開いた。


「ファーランと何を話していた?」

『この間の仕事の話。リヴァイを説得してくれって頼まれた。』

「…そうか。それでお前は俺を説得するのか?」

『説得する必要はあるの?』


妙な沈黙が落ちる。リヴァイは私の瞳を暫く見つめた後小さなため息をついた。


「お前は全部わかっているんだな」

『お互い様でしょう』


ファーランにはああ言って否定していたが、リヴァイが心の奥底で迷っていることを私は知っていた。

当然、今回の仕事に反対する意思は変わっていない。だが、ファーランの言う通りこれは滅多にないチャンスだ。もしうまくいけば…という可能性も相手が貴族であると知った以上、全くないとは言えなくなった。

コップを口元に傾けゴクリと一口飲めば、慣れ親しんだ酒独特の苦味が口いっぱいに広がる。喉を鳴らすとリヴァイはゆっくりと口を開いた。


「ユキ、お前はどう思う?」

『私はリヴァイと同じで今回の仕事を受けるべきだと思わな…』

「オイ、分かっているとは思うがお前が本当に思っていることだけを簡潔に言え。嘘でもつきやがったら容赦しねぇぞ」

『…ごめん、怒らせるつもりはなかった。』


鋭い視線に私は両手を挙げた。
しかし、容赦しないとはどういうことだろうか…恐ろしくて流石に嘘も冗談も言えやしない。へらりと笑うとリヴァイの表情はフッと真面目なものに変わった。


「お前を信用しているから、意見を聞いているんだ。」


そう言われては何も言い返せない。
私はどう答えればリヴァイの望む言葉を与えてあげられるのか…という考えを放棄し、正直な気持ちを口にする。


『今回の仕事は受けてもいいと思う。』

「あの胡散臭い話を信じるのか?」

『信用は確かにかなり低い。リスクにも合わないと思う。』

「だとしたら、どうして受けようと思った?」

『私は今の生活に不満もないし地上の低層の人間よりよっぽどいい暮らしをしてると思う。それにこのメンバーで一緒に過ごす毎日に満足してる。』

「…」

『だけど、私達はそうでもファーランもイザベルも地上を夢見てる。あの2人の将来のことを考えると地下でこのまま過ごすより地上に連れて行ってあげたいって思う』


地上ってどんなところなんだろうな。

以前、ファーランとイザベルが揃って話していた事を思い出す。いつか地上へ行くんだと地下街へ僅かに差し込んでくる太陽の光に手を伸ばしながら夢を語り合っていた2人の希望に満ち溢れた表情は今でも忘れられない。

地下街の人間は地上を夢に見る。

それは当たり前のことで何の不思議もない。そうやって地上に憧れて上へ行けたものは今まで何人いただろうか…。きっとそれは両の手で数えられるほどしかいないに違いない。

一時的に上へ行くことはできても、結局は住む場所がなく地下へ戻ってくることになる。そうしてまた薄暗い地下街で、生と死の狭間を行ったりきたりを繰り返す。


…このまま地下街にいれば、ファーランとイザベルはいずれ私達と同じように地下街の深い底を見ることになるだろう。そうなる前に地上へ連れて行ってあげたい。私達は置いても、せめて彼らだけでも。

それに私たちがいつまでも一緒にいられるという保障はどこにもない。こういう場所だけにいつ死んでもおかしくないのだから…と言うと、リヴァイは小さくため息をついた。


「お前らしい考えだな」

『私らしい?』

「あぁ、結局自分のことなんて二の次であいつらのことしか考えていない。まぁ、お前はいつだってそうだが。」

『それはリヴァイも同じでしょう?リヴァイがこの件について渋るのは私たちを心配しているから。本当は二人の願いを叶えてやりたいのに、それにかかるリスクの大きさに躊躇してる』


俺はあの話に乗るべきじゃないと思っている。

と、リヴァイは続けた。


「理由はお前が言った通りだ。こんなうまい話が現実になる確率はどれくらいだ?壁外調査に行く前に仕事を終わらせるつもりではいるが、そう簡単な相手じゃなければ俺たちに拒否する権利はない。地上の居住権と引き換えにしてはあまりにリスクが大きすぎる」


リヴァイは一呼吸置くと先程より低い声で言った。


「俺は、お前らの命に責任があると思っている。」


静かに、弱々しく紡がれた言葉。その言葉の重みに苦笑するとリヴァイはチッと舌打ちをした。


「余計なことを言ったな、忘れろ」

『余計なことなんかじゃない。…私こそリヴァイを辛い立場に立たせてごめん』

「あ?」


リヴァイは顔を上げ、怪訝そうな表情を浮かべた。


『私はリヴァイと同じ立場でいたいと思ってる。それでも私はいざとなればリヴァイに護られる立場になってしまうだろうから…、リヴァイには余計なものを背負わせて悪いって思ってる』


どれだけ必死に追いつこうとしても結局リヴァイは私より一歩前を歩いていて、見上げるのはいつも背中だけ。

リヴァイが自分を信用しているからこそ今こうして相談を持ちかけられているのだし、どんな仕事も必ず同行させてくれることを分かっていても…戦闘技術でも立体機動でも到底敵わない私はいざとなった時、リヴァイに護られる立場になってしまう。

私たちの中で一番年上で力もあるリヴァイが自分に責任を感じてしまうのは当然だ。私がファーランとイザベルに対して感じている責任感よりリヴァイはずっと多くのものを感じているのだろう。

リヴァイはこう見えて人一番仲間思いで情に熱いと私は思っている。決してそれを人に見せることはないけれど。


『ファーランにもう私達におんぶにだっこは嫌だって言われた。私達が2人に内緒で仕事をしていたこと知ってたみたい』

「…ほう」

『私達とは対等な立場でいたい…私達のことを仲間以上のものだと思っているし今の暮らしに不自由はないけど、地上に行けばお前らが手を汚さなくても暮らしていけるだろうって申し訳なさそうに言ってた。』


少し驚いたように目を開くリヴァイに私は続けた。


『私も同じ。力で敵わないって分かっていても、護られるだけなんて嫌だと思う。強いって分かってて尊敬しているからこそ対等な立場に立って力になりたい』

私は出会った時から、護ってもらうためだけに一緒にいようと思ったんじゃない。

強くて、逞しくて、それなのにどこか悲しげな瞳を浮かべることがあったリヴァイを側で支えていきたいと思ったからだ。

今まで1人で他人に執着することなく自由気ままにすごしていた私がどうして急にそんなことを思ったのかなんて分からない。だけど、そう思ってしまったのだ。きっとリヴァイがもつ人を惹きつける力に私は魅せられたのだろう。

他人の為に自分の命をかけてもいいと思ったのはリヴァイが初めてだった。

だから、リヴァイの背中だけを拝むようなことはどうしようもなく耐え難い。私はリヴァイに護られたいのではない、隣に立って歩んでいきたいのだ。


そう言えばリヴァイは瞳を細めたもののいつもの不機嫌そうなものとは違う、考え込むような表情を浮かべた。


『リヴァイ1人に決めてもらおうなんて思ってない。期限まで2人で考えよう?2人で決めて、ファーランとイザベルからの非難を受ける結果になっても彼らの命に対する責任を背負う結果になっても、私たち2人で受け止めよう』


私はリヴァイを真っ直ぐに見据え精一杯力を込めた声で言うと、リヴァイの微かに見開かれた瞳が揺れた。

返事まではまだ時間がある。2人で話し合って出した結論を一緒に背負う覚悟はとっくにできている。リヴァイ一人に全ての責任を押し付けるつもりなんて毛頭ない。

交わる視線。私は自分の思いが届いてほしいと瞬き一つすることなくリヴァイの瞳を見つめていると、彼の眉間に刻まれていた皺がゆっくりと解かれていった。


「…あぁ」


そうして返ってきたのはたった一言の短い返事。しかし、私にはそれで充分だった。

それを最後に、私たちはお互い何も話す事なくその場を後にした。




 

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