垂り雪
□影
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3日後までに結論を出せ。
あの男が言っていた期限まであと1日。リヴァイはこの仕事に関する話題を昨日の夜から今まですることはなかった。
ファーランもイザベルもだ。もしかしたら諦めたのかもしれないと思ったがファーランは簡単には諦めないだろう。
いつ話を切り出そうか悩んでいるような素振りを何度か見かけたが、リヴァイもそれを知ってか知らずかその話題に関して触れてくるなというような雰囲気を出しているようでファーランも言い出せなかったらしい。
「どうしたんだ姉貴?体調でも悪いのか?」
声をかけられハッとする。顔を上げ前方へ視線を向ければ立体機動で前を飛ぶイザベルが心配そうに私を振り返っていた。イザベルの前に視線を移せば、ファーランとリヴァイもこちらを振り返って様子を伺っている。
『ごめん、なんでもない。』
考え事をしていたためにぼーっとしていたのだろう。私は前を飛ぶ3人に向かって笑ってみせると、ファーランとイザベルはホッと安心したような表情を浮かべた。どうやら心配させてしまったらしい。気をつけなくてはと自分を心の中で叱咤すれば、リヴァイは何も言わず再び前を向いた。
「驚かせるなよな、ユキ。お前は体調を崩しやすいんだから」
「この間も熱で倒れてたもんなぁ」
『もう治ったから大丈夫だよ』
そんなこともあったなぁと思いながら、私は先頭をきって飛ぶリヴァイの背中に視線を向けた。返事はもう明日にまで迫っている。つい先程、今夜のことについてリヴァイから呼び出されたところだ。
あの仕事を受けるか、受けないか。どちらが正解なのだろうかと昨日から引き続き今日も一日中そのことばかりを考えていた。
地上の居住権をかけた千載一遇のチャンス。しかし、掴むためにはそれなりの大きなリスクがある。
2人のことを考えれば当然この仕事にのるべきだと思うが、危険な場所に連れて行くということになる。…昨日は受けるべきだと言ったが、考えれば考えるほど簡単に結論を出していいものなのだろうかという考えに悩まされた。
リヴァイはどう考えているだろうか。
やはり反対の意見は変わらないか?
それとも賭けにでてみるつもりだろうか?
考えてみても分からない。もう時間がないというのにどうしたものか…。
ーー…シュゥゥ…ッ
『!』
地上と地下の境界線を越えようとしたその瞬間…後方から聞こえてきた立体機動のガスを蒸かす音に私は後ろを振り返った。
前を進む3人は眼下に広がる見慣れた地下街を駆け抜ける。私はもう一度振り返ると、私たちが蒸かしたガスが空間に溶け込み消えた瞬間、地上の地面…もとい地下街の天井から追っ手が駆けてくるのが見えた。
地上でまいたと思っていたがまさかあの憲兵団が地下まで追ってくるとは。私は後ろを振り返りながら追っ手があることを手短に伝えた。
『リヴァイ、また追っ手がきた』
「後方50mに4人ってとこか。こんな時間まで仕事とは頭が下がるが…奴ら今日は随分と少数だ。」
確かにファーランの言う通り先程まで地上で追ってきていた人数からは大分減っている。そもそも奴らは地下街まで足を踏み入れることを躊躇っていたというのに今日に限って執拗に追ってくることに違和感さえ感じさせられる。
もしかしたら貴族たちに尻を叩かれ憲兵団も本気を出してきたのかもしれない。だとすれば、あの4人は憲兵から選ばれたエリートなのだろうか。それにしてはこれまで追って来た奴らとの差が大きい。同じ兵団でもこんなに違うものなのかと笑いがでるほどだ。
どっちにしろ面倒なことには変わりないが、地下街に来てしまえばこっちのもの。地形も構造も奴らは何も知らないし、まいてしまえば問題ないだろう。
「フッ。また憲兵団か、こりない連中だぜ…−−なぁ兄貴!今の台詞カッコよくね!?」
格好良く決めたつもりのイザベルだったが「馬鹿か」とリヴァイに一蹴され頬を膨らませる。
そんなイザベルを横目にリヴァイは瞳を細めて追っ手を確認し、私たちに指示をした。
「なんにしろこのままアジトまで招待するわけにはいかねぇ。面倒くせぇが…いくぞ、お前ら」
おう!というファーランとイザベルの返事とともに私たちは石造りの橋にアンカーを放ち、一斉に急降下して橋の下をくぐり抜けた。
その際地面すれすれを通ったため、途中でイザベルは通行人の頭を押さえつけて飛び上がり、リヴァイは荷車を掠めるほどの至近距離を通ったため荷は崩れ、それを引いていた男も派手に顔から地面に倒れこんだ。
「…このッ、ゴロツキ共が!!」
そんな怒号を背に私たちは再び舞い上がる。確かに気の毒ではあったが、今はそんなことを気にしていられる場合ではない。
後ろから追ってくる兵士は確実に先程より距離を詰めてきている。それに、この人混みを飛んでいるというのに全く動じる様子もない。
憲兵は金と権力を持った人間の集まりだと聞いたことがあるが、それより訓練で優秀な成績を残した兵士の方が割合的に多いらしい。しかし、憲兵団に入ってしまえば同じだ。いくら成績を残している人間とはいえ、内地でぬくぬくと時間と権力を持て余している奴らがここまでの動きができるとは到底思えない。
『リヴァイ、さっきより距離を詰められてる』
「…」
後ろを振り返るリヴァイの眉間に皺が刻まれる。追っ手の動きに表情が少し険しくなった。
「憲兵団のくせにやるじゃねぇの。今日こそ本気出して捕まえようってか」
「地下まで出張してくるくらい上は暇なんかね。王様の顔色だけ伺ってくれりゃいいのに迷惑な話だ」
「いや、それにしちゃ奴ら様子がおかしい。」
「なにっ、それじゃぁ…」
先頭を飛ぶリヴァイと視線が交わった。きっとリヴァイも同じことを考えているのだろう。
彼らは、憲兵じゃないかもしれない。
私は小さく頷いて見せると、リヴァイは同じようにこくりと頷いた。会話を交わさなくてもお互いが思っていることが合致したことが分かる。
「…確かめてやる。次の柱で急旋回だ」
目の前にそびえる大きな支柱。そこで急旋回するというリヴァイの言葉にファーランとイザベルは少し疑問を持ったようだったが、リヴァイに考えがあるのだろうと黙って速度を上げる。
急旋回したときに彼らのマントにあしらわれている紋章を確認する。馬をモチーフにした形ばかりは立派なあの見慣れた紋章であってくれと祈りながら、私は前方で急旋回する3人に続いて天井から突起した支柱にアンカーを放ち、ワイヤーを巻き取ると同時にベルトに重心をのせて旋回する。
ガスを蒸かし速度を上げ追っ手を振り返れば、軽々と見事な立体機動を披露した彼らは再び私たちを追ってくる。
すれ違う瞬間に見えたのは間違いない…「自由の翼」だった。
「ヒューッ!やるじゃん!」
楽しそうに声を上げた直後、やべぇとリヴァイの様子を伺うイザベルを追い越し、私は屋根に足をつくリヴァイの隣に降り立つ。
『どうする?…あいつらから逃げるのは簡単じゃないと思うけど』
「…あぁ、さすがは調査兵団か。」
「なに、調査兵団だって!?間違いないのか!?」
「あぁ、すれ違う瞬間背中の紋章が見えた。…あれが自由の翼だ」
私達は再びアンカーを放ち、ガスを蒸して舞い上がる。
ファーランは明から様に複雑そうな表情を浮かべた。つい先日持ちかけられた取引の話題に上ってきた調査兵団。リヴァイにいい返事をもらえないでいたファーランにとってこれはチャンスとも言える。
…が、ファーランも馬鹿ではない。男が言っていたのは調査兵団のエルヴィン・スミスという人物が私たちと接触を図っているということだけで今追ってきているのがその人物とは限らない。
違っていたら私たちはただ兵士に捕まった間抜けなゴロツキだ。それをファーランもわかっているのだろう…、難しい顔で少し悩んだ後、何かを言おうとして口を閉じ…
「リヴァイ」
と、彼の名を呼んだ。リヴァイに判断を任せるということなのだろう。私はタイミングを計って口を開いた。
『私が仕留めようか?奴ら、どうせ巨人ばかりを相手にしていて人間を相手にしてないだろうし』
私は足に装備しているナイフに手を添えると「いや」とリヴァイがそれを制した。
「奴らの鞘には刃が装備されている。巨人の相手をするわけでもねぇのに備えてきたということは、俺たちとの戦闘に自信があるんだろう。迂闊に飛び込めば面倒なことになるかもしれねぇ」
『じゃぁ逃げよう。あの仕事を受けるにしろ受けないにしろ、私達を追ってる調査兵がエルヴィン・スミスとは限らないし、違ったらただ馬鹿を見るだけになる』
「…あぁ。だが、こうなった以上簡単に逃げ切れる相手じゃねぇぞ」
「負けねぇ!一匹残らず泣かせてやるぜ!」
「もし捕まったらきっとこの立体機動装置も没収されるぞ。例えお咎めなしでも面倒なことになっちまう」
「捕まらなきゃいいんだ」
「いいんだ!」
「そうかよ」
言い切ったリヴァイとそれに賛同するイザベルにファーランはいつものようにため息をついた。とりあえず今は逃げることに賛成らしい。
それはそうだ。あの追っ手が仕事の対象か分からない以上、ただゴロツキを牢屋にぶち込む為に駆り出された兵士という線の方が遥かに濃厚なのだから。
「おまえらわかってるな」
『うん』
「もち!」
「ハイハイ」
リヴァイの掛け声に私達は頷く。それを合図にイザベルとファーランは左右に分かれ、私とリヴァイは速力を上げ直進した。
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