垂り雪
□衝突
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『予想通りだよ』
「あぁ」
ファーラン、イザベルと別れた私達2人についてきたのはやはりリーダー格と思わしき男2人。
あの中でも一目見ればこの2人の実力の高さは歴然だということは火を見るより明らか。彼らをファーラン、イザベルのどちらにも行かせないようにと敢えて私達は別れずに行動して正解だった。
別れた2人のことも心配だが問題ないだろう。
「振り切るぞ。ユキ、ついて来られるな?」
『もちろん。遠慮しないで全力で構わない、絶対について行く』
「お前がついて来ているかは一々確認しねぇぞ」
振り返ったリヴァイに口元だけで笑ってみせるとリヴァイはほんの一瞬小さく笑った。
少し呆気にとられていたのも束の間、リヴァイは下方向にアンカーを放ち、急降下すると同時に加速する。
家屋の間に滑り込んだリヴァイを追ってアンカーを放ち、私も路地に身を滑り込ませた。
日も入らない地下街だというのに、狭い路地には沢山の洗濯物が干されている。そんな見慣れた光景の中を駆け抜け、窓が解放されている空き家らしき建物の中を通り抜ける。
再び外へ出たリヴァイは、次に商売人が使う通路へと潜り込んだ。上から追って来ている調査兵から姿を隠す為だろう。
ワイヤーを巻き取って通路内に入り込んだ後はただ只管走る。途中、商売人が置いているのであろう荷物があったのでそれを蹴り倒し時間稼ぎを忘れない。
長い通路を走り終え、再び飛び立ったリヴァイの後を追いアンカーを放って飛び上がる。
それにしても本当に一度も確認すらしないことに、さっきは大丈夫と合図を送ったものの…文句の1つや2つが喉まででかかってくる。
こんな入り組んだ地形を選んで全力疾走しやがって、もし本当に私が遅れて奴らに捕まりでもしたらどうしてくれるんだと思う。
こっちはついて行くだけで精一杯なのに、きっと息の1つも切らしちゃいないんだろう。今は背中しか見えないが涼しい顔をして飛んでいるに違いない。
…そう分かっていてもついて行くしかないのだけど。
水路を飛び越え橋を潜り抜け再び家屋の間を駆け抜けると、もう背後からの気配はなくなっていた。
リヴァイは飛び上がって後ろを振り返り、追っ手が来ていない事を確認したのか漸く地面に足をついた。その隣に私も着地する。
「追って来ていないようだな」
やっぱり涼しい顔をしていた。私は少し切らした息を気づかれたくなくて、平静を装って答える。
『あとは折角まいたあの2人にうっかり見つからないように、ファーランとイザベルと合流しなきゃね』
「あぁ、あいつらヘマしてねぇといいんだが…ーー」
リヴァイがそう言って足を一歩踏み出した時…、パキッと後方から音がした。
リヴァイと共に一斉に振り返り、私は右足に装備していたナイフを鞘から抜き放ってリヴァイを押し退けた。
「馬鹿ッ、!」
直後、私たちが立体機動で乗り越えてきた木扉が弾け飛ぶように突き破られ、飛び込んでくる男をナイフの鞘で受け止める。
ビリリッと腕に走る痛みに歯を食い縛ると、目の前にあった男の瞳と視線が交わった。
間違いない、先ほど私たちを追ってきていたリーダー格の内の1人だ。まさかここまでついてきていたのかと押し退けようとしたが全く動かない。
後ろに倒れこみそうになった時、急に身体が軽くなったと同時に男が目の前から消える。
リヴァイが引き剥がしたのだろう。後手に手をつき身体を回転させて体制を戻すと、男とリヴァイがブレードとナイフで交戦しているのが見えた。
互いの刃がぶつかる度に甲高い金属音が鳴り響く。数回攻防を繰り広げた後、足元を掬ったリヴァイが男を壁に投げ飛ばし、男は壁に項垂れるように気を失った。
手を払ったリヴァイに思いっきり睨みつけられる。思わず顔を引きつらせたが、リヴァイは「この話は後だ」と言って後方を見上げる。
「あともう一匹いたはずだ。どこかに隠れてるかもしれねぇ。」
リヴァイは背を向けアンカーを放つ。
それにしても相当怒ってるだろうなと思い「この話は後だ」と言った時のリヴァイを思い出してため息をつく。
リヴァイに説教されるのなんていつ以来だろうか。きっとこの事にも気づいているのだろうとじんじんと痛む左手首に視線を落とす。
先ほどの男の一撃を受け止めた際に痛めたらしい。骨は折れていないがこの腫れは誤魔化せない。
一体、どんな力で突進してきたんだこの男は…私たちは巨人じゃないんだぞと壁に倒れこむ男に視線を向ければ、男は壁に手をつき再び立ち上がった。
まさか、と思った。リヴァイの体術をまともに食らって立ち上がるとは…巨人を相手にする調査兵のしぶとさを甘く見ていたようだ。
男は鞘に収めていた刃を引き抜き、真っ直ぐに突っ込んでくる。
ーー…ガキィィンッ!
その一撃をナイフで受け止めれば甲高い金属音が鳴り響くと同時に、飛び散った火花が衝撃の大きさを物語った。
飛び上がったリヴァイがこちらの音に気がつき身体を反転させて引き返そうとする。
…が、その更に上空から飛び出してきたもう1人の追っ手がリヴァイ目掛けて急降下した。
叫ぼうとした時にはもう遅い。急降下してきた男はそのままリヴァイのワイヤーを斬り落とし、行き場を失ったリヴァイの身体は壁に叩きつけられた。
『っ、…こんの』
「お前も大人しく捕まってくれるとありがたい。女に手はあげたくないからな」
『私を女扱いしてくれるの?ありがとう』
「!」
鍔迫り合いになっていたナイフの角度を変えて相手の刃に滑らせ懐に潜り込み、ナイフの柄で鳩尾を突き上げる。
まともに入ったはずだったのだが、男は数歩後ろにたじろいだだけで再び足を踏み込み一閃を繰り出してきた。
チラリとリヴァイの方を伺うと座り込むリヴァイの元に先ほどの男が近づいていく。
…くそっ、この男さえいなければ。
横薙ぎの一振りを体勢を低くしてかわすと、頭上で風切り音が鳴った。振り切った時を狙ってナイフを振り払えば私たちの間には一定の距離が生まれる。
その時、対峙していた男が口を開いた。
「仕留めたか、エルヴィン」
『!』
もう1人の男に問いかけられた言葉。それを聞き逃すはずがない…、あの男がエルヴィン・スミス?私たちを調査兵団へ引き入れようとしている男か?
その直後、2方向から刃が弾かれる音が鳴り響いた。
1つは立ち上がったリヴァイがエルヴィン・スミスの刃を弾き飛ばす音。そしてもう1つは私の手元。
迂闊だった。懐に入り込んできていた男に弾き飛ばされたナイフが宙を舞う。
私は即座にもう一本の小振りなナイフを手に男に向かって斬りかかろうとした…その時、「よせ!」と一際大きな声が響いた。
「周りをよく見ろ!!」
その言葉は私だけではない、同じく臨戦体勢に入っていたリヴァイにも向けられたもので、直後路地裏から現れたファーランとイザベルの声が耳に入ってきた。
「離せ!この…っ」
「無駄に暴れるな、イザベル」
ファーランとイザベルは拘束され後ろには別れた追っ手2人。どうやら逃げきれなかったらしい。
「分隊長、ご無事ですか」
「あぁ、2人ともよくやってくれた」
小さな沈黙が落ちる。私とリヴァイは同時に各々の武器を手放した。
カランと地面にナイフが転がる音が響く。
「この者たちを拘束しろ」
「はっ」
エルヴィンの指示に従い、部下であろう兵士がファーランとイザベルの腕を拘束する。私は地面に取り落としたナイフを拾おうとすると手首を掴まれた。
見上げれば私と先程まで対峙していた男が「抵抗はするな」と言わんばかりの視線を突きつけてきていた。
『もう、抵抗する気はないよ』
「…」
男は無言で歩き出す。しかし、手首だけはしっかりと掴んでいて離さない。もう一度逃げられたら困るからだろうが、左手首は先程痛めた方の手。
『…、…っ』
痛めた幹部を握られる鋭い痛みに声を殺して耐えていると、すぐに男は「すまない」と言って手首から少し位置をずらした。…気づいていたのか。
「…悪ぃ」
「捕まっちまった…」
申し訳なさそうにそう言う2人に気にしないでと返す。きっと私たちが戦っているのを見て私達2人なら逃げだせたかもしれないと思っているのだろう。
少し離れた場所にいるリヴァイを見ればエルヴィンを睨みつけていた。どうやって殺してやろうかと考えているのがしひしひと伝わってくる。…いや、実際考えているのだろう…この場から逃げ出す方法を。
そうして私たちは調査兵に両手を拘束されたのだった。
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