垂り雪

□調査兵団本部へ
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「いくつか質問させてもらう。これをどこで手に入れた?」

「「…」」

「立体機動の腕も見事だった。あれは誰に教わった?」

「「…」」


私たちの目の前に仁王立ちし、見下すような視線を向けながら口を開くエルヴィンの質問に誰1人として口を開かない。

私たちは4人後手に両手を拘束され、立体機動装置を取り上げられた状態で並ばされている。背後には部下らしき調査兵が首元で刃をチラつかせるというおまけ付きだ。

しかし、こんな質問に答えてやる義理はない。私もリヴァイも誰の顔も見えないように俯いたまま指一本動かさなかった。

すると、エルヴィンがリヴァイとの距離を詰めたらしい。靴先が視界に入り込んできた。


「お前がリーダーだな?兵団で訓練を受けたことがあるのか?」

「…」


リヴァイは答えずピリピリとした殺気だけを燻らせている。それをエルヴィンも流石に感じとったのだろう。苦笑混じりの声が零れた。


「どうやって私たちを殺して逃げてやろうかといった顔だな。できれば手荒なマネはしたくないのだが…」


その時、先程まで私と刃を交えていた男がリヴァイの頭を掴み、そのまま目の前の排水に顔を叩きつけた。

私は喉まで出かかった声を押し殺し、唇を噛み締め身体が動かないよう意識を押し留める。どうしようもない殺意が芽生えた。


「…ぐっ」

「もう一度訊こう。立体機動をどこで学んだ?」


リヴァイは答えない。リヴァイとエルヴィンの両者が睨み合う沈黙を破ったのは、耐えきれずに口を開いたイザベルとファーランだった。


「誰にも習ってねぇよ!公僕の分際で偉そうにいばるな!」

「ゴミ溜めで生きるために身につけたのさ、下水の味も知らねぇお前らには分からんだろうよ」


再び沈黙が落ちる。私は僅かに視線を自らの足へとずらす。

…殺してやる。

相手は4人。幸い足は拘束されていないし、不意をつけば倒せる可能性は充分にある。

拘束も鎖ではなくただの板のようだし、相手の反撃に合わせて両手を出せば板は破壊され拘束は難なく解ける。

私かリヴァイのどっちかの拘束が解ければこっちのものだ。あとは兵士を殺してからゆっくり2人の拘束を解けばいい。

私は自分の中で燻り始めた殺気を必死に押し留める。…冷静に考えろ。

もし始めから逃げられるようならこの拘束がつけられる前にリヴァイは動き出していたはず。となれば、リヴァイは2人に危害が及ぼされる可能性を考慮して行動にはでなかった。

だから、私が今動くべきではない。
黙って耐えるしかない。


「私の名前はエルヴィン・スミス。お前の名前は?」

「…」


沈黙すれば、再び排水に顔を叩きつけられる。暫くして上げられ咳き込むリヴァイが何も言わないことを確認すると、エルヴィンは淡々とした口調で続けた。


「見上げた根性だが、このままではお前の仲間に手をかけることになるぞ」

「!」


リヴァイの目が見開かれる。
「やるならさっさとやれよ!」と隣でイザベルが叫ぶ。

リヴァイの殺気が一層強くなった。


「てめぇ…」

「お前の名前は?」

「…、…リヴァイだ。」

「リヴァイ、私と取引をしないか?」


膝が排水につけられるのも厭わず、
エルヴィンは膝をつきリヴァイに言った。


「…取引?」

「お前たちの罪は問わない。かわりに力を貸せ、調査兵団へ入団するのだ」


調査兵団に入ったらそれに乗じて奴から「ある書類」を奪い、可能なら始末してほしい。

…あの男の言う通り、調査兵団のエルヴィン・スミスは私たちを調査兵団へ勧誘してきた。返事は明日だったというのに…どうにもタイミングが悪い。

まだ結論も出ていない…それは今夜話し合うつもりだったのだから。

先程までの発言を聞くにリヴァイはやはり反対の意見だったのだろうが…


「断ったら?」

「憲兵団に引き渡す。これまでの罪を考えればお前はもとよりお前の仲間もまともな扱いは望めんだろう。」

「…」

「好きな方を選ぶがいい」


エルヴィンという男にこちらが断れない状況に誘導され、私は息を詰まらせる。

リヴァイの視線がどこかに向けられたので顔を上げないまま視線だけで追うと、そこにはファーランが意を決したような強い瞳を向けていた。

「受けろ」ということなのだろう。
リヴァイの視線が私を捉えた。


私は、小さく頷く。

リヴァイはやはり一瞬迷うように視線を落としたが、やがてその口を開いた。


「いいだろう。調査兵団に入ってやる」



**
***



ーー…ガラガラガラ


「なぁ見ろよ姉貴!菓子があんなに並んでるぜ!」

「イザベル、少し静かにできねぇのか」

「静かに座ってなんかいられるかよ。ファーランだってさっきからチラチラ外見てるくせに」

「なっ、うるせぇな!」


きゃっきゃとイザベルがはしゃぐのも無理はない。今まで地下街にいて地上に出るのは夜仕事をする時くらいだったのに、今はあの王都を馬車で駆けているときた。

地下街とは比べ物にならないほど煌びやかに立ち並ぶ商品の数々と行き交う人々の派手な服装に、正直俺も圧倒されていたことは敢えて口に出さない。

しかし、馬車の中を振り返れば空気は重かった。

見張り役である調査兵は兎も角、リヴァイとユキは一言も言葉を発していない。角に座るユキは外の様子など全く興味もないらしく、正面に座るリヴァイは窓の外を流れる景色を見ながら何かを考え込んでいた。

これからどうするのか…調査兵団に入ってからどう動くのか考えなくてはいけないし、リヴァイは元々今回の仕事には反対していたから気が進まないのだろう。

イザベルは賛成派だとしてユキは分からないが…、リヴァイが反対というならユキもそう言うかもしれない。先日話した感じでは理解がないわけではなかったから、話せば分かってくれると思うが…。

やはり一番説得に骨が折れるのはリヴァイだろうと、俺はどうやって彼を説き伏せようかと頭を悩ませる。

やがて馬車は大きな建物の中へと誘導され、停車した。


「話を通してくる、そこを動くな」


見張り役の調査兵は馬車を降りるなりそう言って門番の兵士へと話に行く。俺は今だと思いリヴァイに向かって問いかけた。


「リヴァイ、調査兵団に入るってそれってつまり…」

「…入るつもりはねぇ、ここに来たのはあの金髪に近づくためだ。あの野郎…隙を見てすぐに殺してやる」


俺は僅かな希望を抱きながらリヴァイに問うたが…、残念ながら返ってきた返事は淡い希望を打ち砕くもの。

やはりリヴァイにこの仕事に乗る気は全くない。ただ自分を見下してきたあの男のことが許せないのだろう。

リヴァイはエルヴィンを殺すつもりだ。その気になれば本当に今日にでも殺しかねない…そうすれば今回の仕事は白紙となってしまう。


「…なぁ、俺の計画を覚えているだろ?もしまだ迷ってるなら聞いてくれ。あいつらの方から接触してくるなんてもう無いぞ…今エルヴィンを殺してしまったら意味が無い。これはチャンスなんだ」


リヴァイの鋭い視線が突き刺さる。
俺は負けるものかと睨み返して言った。


「きっとうまくいく、俺を信じろ。」


小さな沈黙。それを破ったのは先程馬車に同乗していた調査兵の「お前達、こっちへ来い」という声。

リヴァイは少し眉間に皺を寄せただけで、そのまま踵を返して城壁へ歩みを進めていく。


「リヴァイ!」

呼び止めても返事はない。イザベルもリヴァイの後に続き、数秒遅れて歩みだしたユキを呼び止めた。


「…ユキ」


リヴァイ同様無視されるかと思ったが、思いの外ユキは足を止め振り返った。相変わらずその瞳からでは何を考えているか分からない。


「あの後、リヴァイと話し合ったんだろ?結果はやっぱりお前もリヴァイも反対か?」

『結論はまだ出てなかった。本当は今日リヴァイともう一度話して決めるつもりだったから』


本来であれば返事の期限は明日。今夜が最後の話し合いのチャンスだったわけだが、その前に予想に反してエルヴィンの方が早く動き出してしまったということらしい。

だから、ユキは賛成と反対のどちらの態度も示さず黙りこくっていたのかと納得する。


『でも、あのリヴァイの様子を見ると頷かせるのは昨日よりも難しいかもね。エルヴィンの態度はリヴァイの逆鱗に触れただろうから』

「あの様子だと今日中にでも殺しちまいそうだな…」

『多分それはないと思う。今夜私と相談する約束は忘れてないだろうから、それまではきっと大丈夫。保証はないけど、もし殺りそうになったら私が止めるよ』


助かる、と言えばユキは止められたらだけどねと付け加え、リヴァイとイザベルの後を追った。

こういう時、ユキという存在を本当にありがたく感じる。ああなってしまったリヴァイを止められるのはユキしかいない。

ユキは子どもらしいところもたまに垣間見えることがあるが、リヴァイと出会う前から地下街で1人で生き延びてきているためか、それなりの冷静な判断力とその時々の状況を読み取る力を持っている。

リヴァイを強く慕っているが、決して間違った道を黙って付いて行こうとはしない。

後はユキに任せるしかないか…。

俺は前を歩く小さな背中に希望を託した。



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