垂り雪

□触れる指先
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調査兵団本部に連れてこられた私たちは、無駄に大きな城門を潜ったと思ったらすぐに客間に通された。


「兵舎は明日案内するから今日はそこを使え」

そう言ってリヴァイに渡された鍵は1つ。リヴァイがもう1部屋はないのか、というと調査兵は「希望なら出してやるが」と嫌そうに表情を歪める。

それを見たリヴァイが食ってかかろうと足を一歩踏み出しひやりとしたが、イザベルが「俺は一緒の部屋がいい!」と言ったので4人で1部屋を使うことになった。

はしゃいでいるイザベルを見ているとリヴァイとファーランがこちらに視線を向けてきたので『今更気にする必要もないでしょ?』と笑ってみせれば2人は納得したようだった。

そもそも私はいつも部屋以外のところでも寝ているし、リヴァイに関しては私の部屋に潜入して朝から蹴り起こしてくる。今更気にもしないし、ベッドだって4つあるのだから問題ない。


「俺ここがいい!」

「好きにしろ」


イザベルは入って早々二段ベッドの上段を陣取った。自然と私はその下、そしてファーランとリヴァイは向かい側のベッドにそれぞれ荷物を置く。

窓の外を見ればもう日は暮れかけていた。あと数十分すれば日も落ちるだろう。


「なぁ姉貴、見てくれよ!夕日ってすごい綺麗なんだな」

『ここからだとよく見えるね』

「こうして見ると本当に人類は壁の中で暮らしてるんだって実感するな」


ファーランが眩しそうに瞳を細めながら言った。確かに地下からでは壁は見えないし、そもそも王都以外には出ないから実感がわかないのも当然のこと。

しかも、地上に出るのは真夜中だけで日が沈んでいては外の壁など見えるはずもない。

調査兵団の団員となってしまった今、あの壁から出ることはあるのだろうかと私は少し考えた。あの壁の向こうにいる巨人はどれほど恐ろしいものなのだろう。

私からすればだた一直線にこちらを狙ってくるだけなら人間の方がよっぽど恐ろしいと思うが、実際に見たらそうではないのかもしれない。

そこでふと、先程までいたリヴァイがいないことに気がついた。


『ファーラン、リヴァイは?』

「あぁ、リヴァイならとっくにシャワーだよ」


相変わらず早いな、と思ったがリヴァイらしいと言えばリヴァイらしい。昼間エルヴィンからあの仕打ちを受けたのだ。リヴァイ的には何度もシャワーを浴びたって足りないに違いない。


「それにしても客間をもらえるとは思わなかったなぁ。シャワーもトイレもついてる」

『兵舎にこんな時間から入れられないから、初日だけ仕方なくってところだと思うけど』


私は部屋にあるクローゼットや箪笥を隈なく捜索する。そんな私に「何してるんだ?」とイザベルが問いかけてきたとき、私は漸く目的のものを発見した。

そしてそれを2人に突きつけると、納得したような表情と共に嫌そうに顔を歪めた。


「…マジで?」

『マジで。』

「今から?」

『リヴァイが出てくる前じゃないと意味ないでしょう?一夜といってもこんなところで過ごせねぇって言うのは目に見えてるし、ご機嫌とりだと思ってさ』


2人は私から箒を受け取ると、溜息をつきながらも掃除を始めたのだった。



**
***



ガチャリと扉を開けると、まず目に入ってきたのは一面に広がる星空だった。

冷たい風が頬を叩く。つい先日までは一面銀世界だったのだ…肌寒いのは当たり前のことで、まだ日が当たらないところにはところどころ雪も残っている。

しかし、これが今季最後の雪だろう。調査兵団の敷地にあった花壇からは花が芽を出していた。


「遅い」

『2人に気づかれないように出てくるのは大変だったんだよ』


リヴァイは先に行っちゃうし。と言いながら隣に腰を下せば、彼の手には小型のナイフが握られていた。

月明かりを浴びたそれは怪しく光りを灯す。


『それにしても、まさか返事をするより早くエルヴィンが動き出すとは思わなかったね』

「あぁ、あの野郎…必ず殺してやる」

『…今日の話し合いで、リヴァイはやっぱり反対って言おうとしてた?』


リヴァイの視線がこちらに向けられる。暫くお互いの瞳を見つめ合ったあと、リヴァイは小さく口を開いた。


「お前は受ける方だろう?」

『うん。リヴァイもそうだったんじゃないの?』


始めリヴァイは反対という結論を出したんだろうなと思っていた。でも、さっきファーランに「迷っているなら聞いてくれ」と言われたリヴァイはファーランの言葉を最後まで聞いていた。

それを見たとき、リヴァイは今回の仕事を受けるつもりでいたんだと思った。

…と、言うとリヴァイはナイフを手で弄びながら「あぁ」と頷いた。


「正直今も気分がのっているかと言われたらそんな事はない。だからと言って仕方なくやるわけでもねぇ…ファーランを信じてやってもいいと思った。」

『信頼できる仲間だもんね、ファーランは』


リヴァイはもう一度「あぁ」と頷く。考えに考えた末、リヴァイは信頼する仲間の決断を信じた。それは私も一緒で、数日前にファーランの決意を聞いていなかったら間違いなく反対の結論を出していただろう。

私たちはファーランが適当な気持ちでこの仕事を受けようと言ったのではない事を知った。そして、どうしても成功させたいということも。

そうやって必死に訴えてくる仲間の言葉を信じられないほど、私たちは人間を捨ててはいなかったらしい。


「だが、あの金髪は気に入らねぇ。ファーランの提案にはのるが、あいつを殺るのは俺だ」

『それはファーランも分かってると思う。仕事の内容にはエルヴィンを殺すってことも入ってる』

「俺はお前に言ってるんだ」

『どうして?』

「お前は確実にエルヴィンを殺れる瞬間があったら殺りかねねぇからな」

『…』

「図星か」

『…はい』


さすがリヴァイは侮れない。エルヴィンを間違いなく殺せる瞬間が来たら私は殺していた。

リヴァイにあんな仕打ちをした人間を恨まないはずがないし、殺してやると思った気持ちを何度押しとどめた事だろうか。

絶対に手を出すなと釘を刺され私は分かったと頷くしかなかった。リヴァイに狙われた以上あのエルヴィンという男の命も短いだろう。仕事だけならいざ知らず、個人的な恨みを向けられてしまったのだから。


「…ユキ、頼みがある。」


改まったように口を開くリヴァイに私は思わず息を飲む。真っ直ぐに向けられる瞳に吸い込まれそうな錯覚に陥った。


『…何?改まって』

「今回の仕事は危険が伴う。それを俺たち2人ではなくあいつらも共に熟すのはリスクも大きい。」


それは、先日私たちが話し合った事。リヴァイがこの仕事を踏み切れなかった第一の要因。

リヴァイは続けた。


「情けない話だが俺1人では護りきれないかもしれない。だからユキ、俺にお前の力を貸してくれ」


夜風が私たちの髪を揺らす。私を射抜くリヴァイの瞳はいつもの鋭さを残しながらも、微かに揺れているように見えた。

私はリヴァイの手にゆっくりと自分の手を重ねる。

リヴァイの手は少し冷たかった。


『言ったでしょ?私はリヴァイの隣であなたの力になりたいんだって。今更そんな水臭いこと言わないでよ。当然でしょ?』


重ねた手から視線を上げて笑ってみせるとリヴァイは少し驚いたように瞳を開いた後、小さく笑った。


「あぁ、助かる。」


あぁ、この表情はズルい。あまり浮かべられる事のないリヴァイの笑みは私の心を容赦なく揺さぶってくる。

思わず見入っていると、重ねていた手がリヴァイのもう片方の手に包まれた。

ドクリと鼓動が音を立てる。

自分でも殆ど無意識のうちに手に触れてしまったが、その後の事を全く考えていなかった。そもそもリヴァイから私の手に触れてくるなんて思いもしなかった。

いつも私の頭を乱暴に撫でる手が、信じられないほど優しく私の手に触れている。

外の寒さによって少し冷たくなった私の手がリヴァイの手の平によって暖かさを取り戻し始めた。

…大きいな、と改めて思う。
自分の手と比べると大きさもそうだが、男の人の武骨な感じに思わず見とれてしまう。

もっと触れていたい、もっと触って欲しい…そう思った時、ズキッと鋭い痛みが走った。


『…いっ!』


思わず声を上げる。その痛みは昼間あの男からの攻撃を受け止めた際に痛めた左手首に触れられたことによるものだった。

[この話は後だ]

そう言われた昼間のことを思い出しゴクリと息を飲む。恐る恐る瞳を上げれば、やはりリヴァイの眉間にはこれでもかというほど皺が寄せられていた。


「あの時は随分ふざけた真似をしてくれたな」

『…、リヴァイと違って私は大振りのナイフを持っていたからそれで受け止められると思った』

「その結果どうだ?お前は押され、無駄な怪我をつくった」

『でも、大した怪我じゃないよ。このくらい明日になれば…』

「俺は怪我の程度を言っているんじゃない。」

『…ごめんなさい』


強い口調と鋭い瞳で睨みつけられれば、もう謝るしかない。リヴァイは私がリヴァイを庇おうとしたその行為に怒っている。

私はもう一度『ごめん』と言うと、リヴァイはため息をついた。


「もう二度とあんな真似はするな。俺が気が気じゃない」


私が頷くとリヴァイはまだ小さく腫れている患部をゆっくりと指先で撫でる。不思議なことに先程まであった鈍い痛みが引いていくような気がした。

リヴァイの体温が手のひらを包み込む。私は無意識の内にリヴァイの指に自分の指を絡めようとして…、その瞬間自分の中に僅かに残っていた理性がハッと呼び覚まされ、勢いよく手を引いた。


「…」

『…あ』


しまった!と心の中で叫んでももう遅い。今のは流石に不自然すぎた。第一先に手に触れたのは私だというのに何急に意識して手を引っ込めたりなんかしたんだ私の馬鹿!

妙な沈黙が怖い。あぁ、絶対に不思議に思われてる。怒ってる?…それとも嫌われた?と思ったその時、バタンと後方で扉が開く音がした。

続いて「綺麗だなぁ」という声。振り返ればそこにはファーランとイザベルがいた。


「こっそり2人していなくなっちゃうんだもんな」

「もしかしてお邪魔だったか?」


私たちが今回の仕事の事に関して話し合ってた事を知ってるくせに、なんて事を言うんだファーランめ…と思ったが正直今のタイミングは有り難かった。どうしようと思った時に現れた救世主2人に心の中で感謝する。

一方、「いや」と短く答えたリヴァイに恐る恐る視線を向けるが何事もなかったかのようにいつも通りに戻っていた。その手にあった小型ナイフもいつの間にかなくなっている。


「へへっ、これもらってきたんだ。みんなで飲もうぜ」


そう言ってイザベルは酒瓶を1つずつ配ると私たちの隣に腰を下ろし、一面に広がる星空を見上げた。


「星ってぐるぐる回ってるってあれホントか?」

「そうらしいぜ」

「兄貴が元々いた所とどっちのほうが綺麗なんだ?」

「…さあな、こんな風に見上げるのは随分久しぶりだ」


見上げる3人に習って私も顔をあげれば「綺麗」という言葉では足りないほど見事な星空が広がっていた。

以前地上にいた時はリヴァイと同様、こうやって改めて星空を見上げることは一度もなかったし、一緒に肩を並べる仲間ももちろんいなかった。

こうしていると本当に今の自分は幸せだなぁと実感させられる。信頼し合う仲間がいて、一緒に同じものを見て感動している。

この瞬間は、何者にも耐え難いものなんだろうと私はこの景色を目に焼き付ける。


ふと視線を感じて隣に視線を落とすと、ファーランが何か言いたげな表情を浮かべていた。きっと、今私たちが話し合った結果を聞きたいのだろう。

私は誤魔化すように笑うと、ファーランは困ったように片眉を下げる。

その沈黙を破ったのはリヴァイだった。


「ファーラン、決めたよ。今は殺さねぇ…お前を信じよう。」


リヴァイとファーランは視線を合わせる。始めは驚いたような表情をしていたファーランだったが、次に浮かべたのは口元を緩めた小さな笑顔だった。

自分が漸くリヴァイに認められたという安心したような笑みに、私も思わず笑みを浮かべた。


「俺も!信じよう!ヒック」

「…イザベル」


飲みかけの酒瓶を高々と掲げるイザベルの顔は暗闇でもわかるほど赤く染まっていた。瓶の中身は半分以上残っており、あの状態では飲みきることは不可能だろう。


『私も信じよう。』


まぁ、それはリヴァイが飲むだろう。なんだったら私が飲んでもいい。

それはさておき、私もこの流れにのって酒瓶のコルクをキュポン!と抜いた時、リヴァイにあっという間に取り上げられた。


「お前は飲むな」

『え、何で!?』


なんでどうしてと問えば、リヴァイは呆れたように眉間に皺を寄せる。


「こんなところで寝られたら、部屋まで運ぶ間に人目につくだろうが」

『これ一本くらいじゃ酔わない』

「いいじゃねぇかリヴァイ。ユキはこの一本くらいじゃ酔わねぇよ」


ファーランの助け舟もあり、リヴァイは「本当にこれ一本だけだからな」と念をおしてから私に酒瓶を返してくれた。

その瓶を受け取る瞬間僅かに触れた指先に一瞬びくりとしてしまった私だったが、リヴァイが特に何も言うことはなく…その後も変わった様子はなかった。

不自然すぎるあの行動にリヴァイはどう思ったのだろう…。私は暫く強引に手を引っ込めてしまったことを後悔した。



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