垂り雪

□兵舎
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「まずお前らには調査兵団員に挨拶をしてもらう」


取り敢えずそれに着替えろ。と言われて渡された団服に着替えることになったのだが生憎与えられた部屋は一室。

リヴァイとファーランは私たちが着替え終わるまで外で待っていると言って部屋を出ていった。


「それにしてもさ、昨日酒瓶1本飲んだのに姉貴の方が平然と先に起きてて驚いたぜ。あんまり寝れなかったのか?」

『ちゃんと寝たよ。今後お酒が取り上げられないように今日は真面目に起きただけ』

「できるならいつもそうすればいいのに」


ご尤もな言葉に私は言い返す言葉がない。恐らく扉の向こう側にいるリヴァイも深く頷いているだろう。

とはいえ、私が今日早く起きられたのはただ単に寝られなかったからというだけのこと。

慣れていない場所でぐーすか寝られる性格でもないし、それになにより昨晩のことを考えては寝られるはずもなかった。

重ね合った手から伝わる体温。大きな手が優しく触れていたあの瞬間を思い出すとバクバクと鼓動が波打ってどうしようもない。

そして、あの振り払ってしまった瞬間を思い出し酷く後悔する。そんなことを一晩中繰り返していては寝られるはずもなかった。


漸く着替え終わった私たちは扉の前で待っていたリヴァイとファーランと交代し、今度は扉の前に腰掛けて彼らが着替え終わるのを待った。

少しイザベルと他愛のない話をしているとあっという間に出てきた2人と共に指定された場所へと向かう。


少し開けたその場所には調査兵が集まっていた。キース団長と共に私たちが壇上に上がると、集まっていた調査兵は姿勢を正し私たちに「誰だ?」と言わんばかりの視線を向けてくる。


「全員注目!!」


キース団長が声を上げる。隣に立つイザベルは突然上げられた声に少し驚いていた。

…あいつはどこだ?
自分たちを見上げる兵士に視線を走らせれば、エルヴィンはすぐに見つかった。

最前列の中央から2番目。その後ろには昨日私たちを追ってきた兵士が続いている。


「今日から我々と共に戦う3人を紹介する。お前達、皆へ挨拶しろ」


小さな沈黙が落ちる。エルヴィンがリヴァイを見上げたとき、リヴァイはようやく口を開いた。


「…リヴァイだ」

『ユキです』

「イザベル・マグノリア!よろしく頼むぜ!」

「ファーラン・チャーチ…です」


私たちが一通り簡単な自己紹介を終えると、その場を包み込む空気はピリピリとしたもので満ちていた。

まぁ、リヴァイの時からそんな空気になっていたのだが、私もイザベルやファーランのように明るく挨拶したほうがよかっただろうか。

…いや、元々仲良しこよしをするつもりもないしこれで充分だろう。

キース団長がフラゴンという兵士の隊に私たちを配属すると述べると、彼は驚きと同時に明からさまに嫌そうな表情を浮かべた。


「じ、自分の隊でありますか!?」

「なんだ不満か?」

「い、いえ…てっきりエルヴィン分隊長の元へ入ると思っていたものですから…」


私たちもエルヴィンの隊に入るのだと思い込んでいたが…。

キース団長はエルヴィンには壁外調査で行う新陣形に備え全体指揮の補佐を任せるため、エルヴィンには新兵の面倒を見る余裕はないと述べる。

地下街から来た不信感の塊のような私たちの面倒を放り投げられなんとも可哀想な男だ。


「はっ!承知しました!」


フラゴンは敬礼する。
あれが「心臓を捧げる」という意味が込められている敬礼か…と思ったが大して興味もないので視線を戻した。

その後、各分隊からの連絡事項を終えその場は解散となった。


**
***


「ここが兵士宿舎だ。」


案内された兵舎のうちの1部屋は広々としているものの敷き詰められるベッドの数が予想より多く驚いた。

ファーランが「…結構な数だな」と感心しているのも頷ける。ここに来るまで同じような部屋がいくつもあったところを見ると、調査兵団は想像していたより多くの兵士がいるらしい。


「やった!みーんな一緒の部屋ってことか!?」

「女子は別棟だ」

「えーっ俺もここがいい!」

「…無茶言うなイザベル」

「なんだよファーランのケチ」

「俺に言うなよ…」


さすがの私でもリヴァイやファーラン以外の男がいる部屋では寝起きしたくない。考えれば当然のことだが、男女別棟で良かったとホッと息をつく。

しかし、今日からは別棟…寂しいなと思う気持ちがうっかり口から零れないように口を閉じる。


前を歩くフラゴン分隊長の表情を伺うと嫌そうに顔を歪めていた。私たちを調査兵団に迎え入れるというのはエルヴィンの案らしいし、貧乏くじを引いたから当然だろう。同情さえする。

フラゴンは一番奥のベッドを指さすと「ここがお前達の寝床だ」と言った。

隣でリヴァイの纏う雰囲気が一気に重たいものに変わった事に気付き恐る恐る見上げると、リヴァイはゆっくりとベッドに歩み寄り手のひらを伸ばした 。

そして骨組みの内側に手のひらを滑らせたその時、パラパラと木偏や埃が落ちてきた。またリヴァイの機嫌が下降する。

これだけピリピリとした雰囲気を纏っているのにフラゴンはリヴァイの行動を理解できないというように首を傾げていた。きっとこれがこの兵舎では普通の事なのだろう。大して気にしてもいないのだ…まぁ、それが普通なのだがこの男はそうはいかない。

まずはここの掃除から始まるんだろうなと思っていると、沈黙に耐えかねたフラゴンが口を開いた。


「お前らずっと地下のごみ溜めで暮らしてきたんだろうが、ここは清潔に使えよ」

「あ?…てめぇ今なんて言った?」

「なに…?貴様ぁっ上官に向かってその態度はなんだ!」


あ、まずい。リヴァイのスイッチが入った事を確信した私が睨み合う2人の間に入ろうとした時、「あーっと大丈夫です分隊長さん!」とファーランが口を挟んだ。


「綺麗に使いますから!なっ?」


リヴァイは何も答えずフラゴンを睨みつけている。当然気にくわないようだったがファーランの少しおかしな敬礼に何とかその場は納めてくれたようだった。


「ちっ、荷物の整理がついたら訓練場へ来い。チャーチには正しい敬礼から叩き込んでやる。」


バタンと扉が閉められるとファーランはほっと息をつき、リヴァイに向かって声を上げた。


「リヴァイ、騒動は起こすなって言っただろう!」

『今回は大事にならなかったし、リヴァイもあそこで手を止めたんだから良かったじゃない』

「お前はリヴァイに甘すぎるぞ」

『よく考えてみてよ。地下街だったらフラゴンは立って歩いて、ここから出る事はなかった』

「まぁ、そうだが…」


リヴァイはベッドのシーツを引っ張り眉間に皺を寄せる。


「お前にはクソがクソを汚ねぇって言ってるように聞こえなかったのか?」

「…あのなぁ、兵隊のイビリってやつは陰湿なんだぞ。こんなことで目をつけられたら…」

「フン、つまらん真似をしやがったら相応の礼をしてやるだけだ」


ファーランの心配はもっともだが、もう私たちは既に目をつけられているだろう。地下街から来た人間なんて、クソ真面目に正規の訓練を受けて漸く調査兵団に入った兵士からすれば妬みの対象だ。あのフラゴンもそういった類の人間に間違いない。

まぁ、リヴァイなら目をつけられようと何されようと宣言通り相応の礼とやらをするのだろうが…私は2段ベッドの上段によじ登るイザベルに視線を向ける。

この中で一番狙われる可能性が高いのはイザベルだろうから、私がちゃんと見ていよう。女というものは力がないくせに口先だけは達者で、自分が強いと思い込むタチの悪い人間が多い。

「あぁもう…」とファーランは再び口を開いた。


「ここにいる目的を忘れたんじゃないだろうな?」

「覚えている」

「だったら!あの書類を手に入れるまでなるべく団員に警戒心を持たれないようにしてくれ」

「面倒くせぇな…」


ぼそりと呟くリヴァイにファーランは言葉を詰まらせる。私は余りにも無用心に「書類」の話題を出すファーランに内心慌てたが、廊下に人の気配はなくほっと息をつく。


「兄貴を困らすなよファーラン!地下街みたく全員ぶちのめしちゃえばいいじゃん!」

「うるさい、頭の悪いヤツは黙ってろ」

「おい!誰が頭悪いって!?」

「18+22はいくつだ?」

「えっ、えっと8と2を足して…」


指折数え始めたイザベルにリヴァイが「40だ馬鹿」とコツっとイザベルの頭を小突く。みんなの後ろで私も指折数えようとしていた事は気づかれていないようなので、黙っている事にした。


「痛っ!…兄貴まで馬鹿って」


イザベルの瞳に涙が溜まる。それを見たリヴァイは「面倒くせぇな馬鹿」と言いながらイザベルの頭をガシガシと撫でた。

再び私の頭を昨夜の出来事が蘇る。私はあの手に触れて、温かさを感じて、もっと触れて欲しいと願ってしまった。

リヴァイを好きだというこの気持ちは絶対に表には出さないと決めていたのに…。その結果が、あれだ。私は強引にリヴァイから自分の手を遠ざけた。

その事についてリヴァイは未だになにも言ってこないが、不自然さには当然気づいているはず。…どうしてあんなことをしてしまったんだろうともう何回も思っていることを後悔すると同時に、イザベルを撫でていることにさえ嫉妬してしまう自分に頭を抱える。


「足し算なんて生きてくのに必要ねぇし…ファーランはメシの代わりに数字でも食ってりゃいいんだ」

「だがな、ファーラン」


リヴァイは改めて口を開くと、イザベルの顎を上げて自分の前からどかした。「うっ」と苦しそうに声を上げるイザベルは御構い無しだ。


「お前の計画ではあの金髪の隊へ入るはずじゃなかったか?」

「多少の誤差は勘弁しろ。兵団には入れたんだ、壁外調査までにブツを見つけさえすれば…」

「それだけじゃねぇ、あいつの始末も残ってる」

「気持ちは分かるがそれについては…」

「ファーラン。お前の計画にはのるが奴を殺るのは俺だ」

「…、分かってるさ」


ファーランは困ったように渋々頷く。どうすれば書類を手に入れることができるのか、どうすればエルヴィンを殺れるのか。

私は余計なことを考えないようにファーランと一緒にそっちに頭を働かせようと思っていると、リヴァイは徐に立てかけてあった箒を手に取り窓を勢いよく開けた。


「その前に、ベッドの周りを綺麗にしろ。塵ひとつ残すなよ。」


眩しい太陽光が差し込む。
軽やかな小鳥の囀りが静まる部屋に響いた。


「今すぐにか…?」

「俺に騒動を起こさせたくないんだろう?」


私たちは昨日から引き続き部屋の掃除から始めることになったのだった。


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