垂り雪
□ふたり
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男子寮の掃除(リヴァイのベッド周辺のみ)を終わらせ女子寮へ案内されると、構造こそ同じだがやはり男と女の違いなのか比較的綺麗だった。
ベッドもシーツも綺麗に保たれていて、これなら掃除をする必要もなさそうだ。リヴァイと同じように骨組みの内側に指を滑らせるとさすがにここまで気にする人間はいないようで、指先には薄く埃がついた。
「まさか、姉貴まで掃除するとか言いださないよな?」
『言わないよ。ここにリヴァイがいたらやったかもしれないけどね』
さすがに昨日から引き続き3度目の掃除は堪えるのだろう。「よかった」と息をつくイザベルがベッドの上段によじ登ると、案内してくれた女兵士が口を開いた。
「じ、じゃぁ用意ができたら訓練場にきて…ください」
「おう!」
イザベルが答えると、女兵士は逃げるように部屋から出ていった。
「なんかあの人、ずっと怯えてたな」
『私達が地下からきた人間だからでしょ。地上の人にとって私たちは怖がられるか疑われるか、貶す対象にしかならないから』
「ふーん。まぁ、俺には姉貴たちがいるから関係ないけどな!」
けらけらと笑うイザベルに『そうだね』と返す。ここにいる兵士全員があの女兵士のように恐怖心だけを抱いてくれれば何の問題もないのだが…。
私たちは手早く準備を済ませ、訓練場へと向かった。
**
***
イザベルと共に馬術訓練を一通り終えた俺は、フラゴン分隊長の部下の男と休息に入ることになった。
先ほどの調査兵からの視線を見る限りこの男にもいい扱いは受けないんだろうなと思っていたが、案外普通に馬術を指導してくれた。
まぁ、それも上司からの命令だろうが、普通に接してくれることは非常にありがたいことだった。初めは少し怯えていたような気もするが、俺は元々リヴァイのように威圧もないから慣れてくれたらしい。
近くで未だに訓練をしているイザベルも同じで、指導してくれている女兵士とも普通に話している。まぁ、イザベルはただの餓鬼だし、他人と距離を置くような技術も持っていないから当然なのかもしれない。
問題は立体機動訓練に行った2人だ。あの2人は俺たちのようにはいかないだろう。
ユキは明るい性格だが、ここの兵士と打ち解ける気がなければ口すら開かないかもしれない。一見してゴロツキには見えないが、だからこそゴロツキとしてのスイッチが入ったユキは言葉には表せない恐怖心を抱く。
リヴァイは言わずもがな…、目つきといい雰囲気といい近づき難いと誰もが思うだろう。仲間思いで責任感が強い人間だが、いかんせん鋭い目付きが人から距離をつくる。
[お前の計画にはのるが、奴を殺るのは俺だ]
更にリヴァイはエルヴィンを殺そうと殺気立っている。ユキが抑止しているようだが、早く書類を見つけないとリヴァイが先にエルヴィンに手をかけてしまう可能性もある。
どうしたものか…、そもそもエルヴィンはどこにいる?まさか分隊長があの兵舎で俺たちと同じように床につくようには思えないが…まずはそこから探ってみるかと思っていると、俺の指導をしていた兵士が口を開いた。
「地下街のゴロツキって聞いてたからどんな奴かと思ってたけど、…こう言ったら何だが案外普通なんだな。安心したよ」
「ははっ、やっぱりそうッスよね。俺ゴロツキっぽくないってよく言われてました」
「あのユキっていう子もイザベルっていう子も、あまりゴロツキの印象はないが…やはりお前と同じで俺たちとさほど変わらないのか?」
やっぱりリヴァイは初めて見た人間からでも「ゴロツキ」の印象を持たれるんだなぁと思いつつ、俺は「そうですね」と返した。
「ユキもイザベルもただの女の餓鬼ですよ。リヴァイはやっぱり違いますけどね」
「…あのリヴァイという男はやはり「ゴロツキ」なのか?」
「ひとたまりもなかったですよ。俺の仲間もまとめて全員あっという間に返り討ちでしたね」
俺は仲間と一緒に当時有名だったリヴァイとユキに喧嘩をふっかけた時のことを思い出す。
若い男女の異色の2人組。見た目はただの普通のカップルのように見えたが、喧嘩を始めた瞬間に後悔した。
当時2人は俺たちのような人間から喧嘩をふっかけられることが多かったのか、当然のように俺の仲間を地面に伏せさせた。
その鮮やかさたるや今思い出すだけでも鳥肌が立つ。しかも、あれだけボコボコにやられたというのにリヴァイとユキは俺たちの中の誰1人として殺していなかった。
あの2人にとって俺たちなんて殺すにも値しないほど、手を抜ける相手だったということだ。無様に敗北したものの、俺の中にあったのは悔しいという気持ちではなく彼らに対する尊敬だった。
「それ以来ずっとつるんでる。あいつはリーダーに祭り上げられて迷惑かもしれないですがね」
「そんなに腕の立つ奴なのか」
「ケンカ売るのはやめておいたほうがいいですよ」
と、親切に忠告する。リヴァイに喧嘩を売ろうものなら「相応の礼」というものを返されるに違いない。親切に接してくれているこの人にはそんな目にあって欲しくなかった。
「と、ところでユキは強いのか?」
「え?…まぁ強いッスね。同じく喧嘩は売らないほうがいい」
「そうなのか?さっきは普通の女の子と言っていたが」
「…あぁ」
しまった、と思ったがもう遅い。普段は普通の女の子なのだから間違ったことは言っていないが…、ユキは違う顔も持ち合わせている。
そもそも何故ユキのことを改めて聞いて来るんだ?と思いながら、俺は適当に誤魔化すことにした。
「リヴァイほどじゃないですけど、俺よりは強いってことですよ。ユキは俺がリヴァイと出会う前から一緒にいましたし」
「あの2人はやっぱりそういう仲なのか?」
急に真剣な声色になった相手に、俺はあぁそういうことかと理解する。リヴァイが聞いていたらこの男は今頃息をしていなかっただろう。
「違いますけど、ユキを狙ってるならやめておいたほうがいいですよ」
「どうしてだ?」
「自分の身を案じるなら、やめておいたほうがいいですね」
俺の言葉に理解できないという表情を浮かべていたが…、これ以上何かを言う必要もない。
ユキに一目惚れしたのだろうが、生憎ユキはこの男に興味なんて欠片もない。
昔からユキはリヴァイしか見ていないし、ユキに手を出そうものならリヴァイが黙っちゃいない。それこそ「相応の礼」は想像するだけで恐ろしいものをもらうことになるだろう。
とは言え、ユキの東洋人の容姿はやはり人目を惹く。この先なにか問題が起きなければいいと願うばかりだった。
**
***
「まずはお前たちの実力を見させてもらう。リヴァイは東側のコース、ユキは隣のコースでやれ」
フラゴンにそう言われ私たちはそれぞれブレードを装着する。これであの的を削ぐのか…2本持ったのは初めてだし、それこそブレードを扱うのも初めてだ。
上手くいくか分からないが、とりあえずやるしかない。後ろを振り返ればリヴァイも初めて持ったブレードを少し眺めていた。
やがて、いつもの逆手持ちに変えたリヴァイを見たフラゴンが口を開く。
「…貴様、なんだその持ち方は。これはそのような持ち方を想定して作られていない。壁外で真っ先に死にたいのか」
「てめぇならそうなるかもな」
「なんだと!」
歩みを進めるリヴァイにフラゴンが声を上げる。私の隣にいた兵士は言い争う隣のコースを見て不快そうな表情を浮かべていた。
「要は巨人の項が削げりゃいいんだろうが。俺は好きにさせてもらう」
「…くっ」
…いや、そりゃ正論なんだろうけどさ。顔を歪めるフラゴンに私は心の中でため息をつく。
しかし、リヴァイの実力にこれから圧倒されることになるだろう。そうすればあの逆手持ちも認められるだろうが…、やっぱりリヴァイに問題を起こさせないなんて無理かもしれないよと今頃馬術訓練に勤しんでいるだろうファーランに向かって呟いた。
「俺たちも始めるぞ」
漸く口を開いた兵士の声に私は答えることなく無言で開始位置につく。
開始の合図と同時にトリガーを引いた。
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