垂り雪

□不機嫌
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「それにしても同じ訓練班をおいてきてよかったのか?今頃不審がられてるかもしれねぇぞ」

『それは大丈夫。しつこく追いかけ回されてたのを逃げてきただけだから』

「お、追いかけ回された!?誰に!?」


目を見開いて身を乗り出すように問いかけてきたファーランに少し驚きながらも『確かハンジとか言ってた』というと「なんだ」と安心したようにファーランは息をついた。

この様子だとファーランは私を追いかけていた人物に、他に心当たりがあるらしい。


『他に心当たりがあるの?』


そう問えば、ファーランは「いやぁ、…ははっ」と笑って下手くそに誤魔化した。別にそんなに気になるわけでもないし、話す気がないなら無理に聞くつもりもない。


(…あいつじゃなかったのか)

ファーランは前を歩くユキにバレないようにもう一度息をつく。ユキに一目惚れしたという自分の指導をしていた兵士…あいつに追いかけ回されたのかと思って一瞬ひやりとしたが、ユキから出てきたのは知らない兵士の名前。

それはそれでこっちからしたら冷や汗ものだが(リヴァイの機嫌が悪くなるから)、取り敢えず自分の側にいる人間じゃなくてよかったと思った。

自分の指導役がユキにちょっかいでもだしたら、リヴァイの八つ当たりは真っ先に俺に飛んでくるだろうからな…。


「…ふぅ」

『…』


ファーランが再び息をつく。


(…隠し事ヘタだな)

本人は気づいていないだろうが、ファーランは隠し事があまり上手くない。仕事等で他人に対してならまるで口先から生まれてきたかのようにベラベラと話すくせに、私たちにはそれができないらしい。

ファーランは何かを隠そうとしたり誤魔化そうとするときは、必ず目線を宙に泳がせる。

そんなことを考えていると建物の裏口についた。ここからは別行動で出ようというとファーランは「あぁ」と頷いた後、周りに人の気配がないことを確認して「そういえば」と口を開いた。


「ハンジって聞いたことあるぞ。調査兵団の中でも結構変わり者で有名らしい」

『だろうね』

「本当にそんな奴がいるんだな」

『煩いししつこいし、こっちがいくら無視してもずっと付き纏ってくる』

「それは怖いな」


俺とリヴァイのところには来てないのにというファーランの言葉に、先程あのメガネに言われたことを思い出す。

「君はあの中でも一番声がかけやすそうだったから」と、嬉々として言っていた。


『…私が話しやすそうだったからって言ってたけど』

「あぁ、お前見た目は普通だからな」

『見た目はね』

「そんな怒るなよ。実際ここの兵士の中にはお前と仲良くしたいと思っている奴もいるんじゃねぇの?」


冗談じゃない。私たちはここに仕事にきたのであって、仲良しこよしをしにきたわけじゃない。

よほど嫌そうな顔をしていたのか、
ファーランは困ったように笑った。


「お前もリヴァイも人と関わることを極端に拒むよな」

『人と関わって良いことなんて無いし、余計な荷物は背負いたく無いから』

「そんなもんかね」

『そんなもんだよ。……あぁ、でもリヴァイとファーラン、イザベルは別。みんなに会えて良かったって本当に思ってる』

「…お前たまにズルいぞ」

『ははっ、わざとじゃないよ』

「だろうな」


ファーランはへらりと笑うとそのまま私の頭をくしゃくしゃと撫でた。子どもにするような撫で方はまるでリヴァイのようで…、それでも少し違う感触に私もまた笑みが零れた。

そういえば最近リヴァイとまともに話してないな…。思えば手を振り払ってしまったあの夜から、訓練や寮が違うことを言い訳にリヴァイを避けてしまっている自分がいる。

リヴァイに謝りたい、話したい、側にいたい、またあの手に触れたい、触れて欲しい…。

心の中で訴えてくる声が鬱陶しい。リヴァイには仲間以上のものは求めないと決めているのに。

だから、お願いだから黙っててくれ。
そうすればまた普通に話すことも謝ることもできるのだから。


『じゃぁ、また後で』

「あぁ」


短く別れを告げ、私は木々の間を身を隠しながら駆け抜ける。馬場に行けばきっとまたあの煩いメガネがいるんだろうな、と思うと足が自然と重くなる。


『…』


今日の夕ご飯のときは普通に話そう。もし次機会が巡ってきたときは絶対に謝ろう。



**
***



「君は何が好きなの?」

『…』

「ここのポテトサラダは結構美味しいんだ。街にある食事屋の方が美味しかったりするんだけどね」

『…』

「そうだっ!今度一緒に街へ行こうよ!団長に許可も出してもらうからさ」


ピリピリと空気が凍りつく。その原因となる殺気を放っているのは目の前に座るリヴァイで、獲物を狩るような目は遠くで食事を受けとっているユキ…、…の側に付きまとっている兵士に向けられている。


「なんだアイツは」

「…あぁ、昼間からユキに付きまとっているらしい」


昼間の訓練を終えて食事の時間になっても、あのハンジとかいう兵士はユキにしつこく付きまとっていた。…と言うことは今日一日中ずっとあの調子だったんだろうなと思うと、昼間「面倒臭い」と眉間に皺を寄せていたユキの心労は計り知れないものになっているだろう。


「昼間からずっと姉貴に付きまとってるな、あいつ」

「ユキも面倒だから遠ざけてるって言っていたけど、それをものともしない相手らしいな」

「オイ、ファーラン。お前いつユキとそんな話をしたんだ?」

「あぁ、昼間ちょっとな」


エルヴィンの部屋を調べに行ったときに会ったことを手短に伝えると、ギロリと睨みつけられる。

自分がユキと今日一日話せなかったのに俺が話していたことが気に食わなかったのだろうが…そんな目を向けられても困る。

俺だってユキがいたのは知らなかったんだから。

リヴァイは舌打ちを零し再びベラベラと話しかけられながらも依然として無視し続けているユキに視線を向けた。

食事を受け取り終わったユキがこちらを向き、視線が合った。一瞬嬉しそうな笑みを浮かべてこちらへ足を向けたユキだったが…。

ピタリと足を止めて別方向へと歩き出す。

「…なんだ?」

どうしたんだと思えば、ユキは俺たちとは離れた席に座り食事を取り始めた。


「どうして姉貴こっちにこないんだ?」

「…まさかあいつ」


リヴァイがポツリと言葉を零す。一体何が起こったんだという疑問も、ユキの隣に腰を下ろした兵士を見て納得した。

ユキは自分にしつこく付きまとうあの兵士をこちらに連れて来させないために、わざと離れて座ったのだろう。

バキッ!と嫌な音が鳴った。その音の正体はリヴァイの手元…、無残にも真っ二つに折られた箸が最後に上げた悲鳴だった。


「待て待て!リヴァイ!止まれ!」

「…あ?」


ガタリと立ち上がったリヴァイを必死に引き止めれば、振り返ったリヴァイの瞳に背筋が凍る。

まずい。これは本当にやばい。
こいつ、あの兵士を殺す気だ!


「お、落ち着けリヴァイ。とりあえず座れ…な?」

「ファーラン、俺は今ムシの居所が悪ぃんだ。その手を離せ」

「気持ちはわかる…わかるが、ユキが何のために文句も言わず黙って耐えているか考えてやってくれ。ここで問題を起こして目立っちまったら俺たちの目的は達成できなくなる」

「…」

「姉貴ならあとで話せばいいよ、な?兄貴。」


ピリピリとした雰囲気にさすがにイザベルもまずいと思ったのか、焦った様子でリヴァイを落ち着かせようとする。

暫く睨みつけられていたが、リヴァイは「わかった」と一言答えて歩き出した。


「オイ、どこへ行く気…」

「替えの箸をとってくるだけだ」


そう言って俺の手を振り払ったリヴァイは、ユキとは別の方向へ向かって歩いていく。本当に箸をとりに行っただけらしい。

とりあえずよかったと深いため息と共に席に座れば、イザベルも同じようにホッと息をついた。


「兄貴が怒るのも無理ねぇよ。一日中訓練で姉貴と引き離されて、唯一会話を交わせる時間まで奪われたんだから」

「…そうだな、二人が会話をしているところを最近あまり見てない気がする」


ここに来るまであの二人はいつも顔を合わせ会話を弾ませていた。…といっても一方的にユキが話しているのをただリヴァイが聞いているだけのような気もするが、それが二人にとってかけがえのない時間だったはずだ。

それが奪われたリヴァイの元々頼りない堪忍袋の結はとっくに限界を迎えているだろう。最近輪をかけて機嫌が悪いのも絶対にそのせいだ。

昼間ユキが寂しそうにしていたのも同じ理由に違いない。かと言って寮も別々、特に目をつけられているであろうリヴァイとユキが昼間に会っていたらエルヴィンたちに怪しまれることは間違いない。


「なんとか兄貴と姉貴を二人にさせてやれねぇかなぁ」

「それが出来れば苦労しねぇよ…」


チラリとユキの方を見れば、相変わらず話しかけてくる兵士に鬱陶しそうな視線を向けていた。



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