垂り雪
□4人いっしょ
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訓練場に召集された私たちは珍しく4人全員集まっていた。私たちだけではなく、調査兵団の殆どの人間が同時に集められている。
「やった!やっとみんなで一緒に訓練だな」
「浮かれてんのはお前くらいだぞイザベル、周りの空気を読め」
ファーランの言う通り周りで各々準備を進めている調査兵は昨日までとは全く違う雰囲気を纏っている。それは今朝の団長からの言葉によるものだろう。
[二週間後、壁外調査を決行する。]
今まで曖昧にされていた壁外調査の日程が具体的に決まった。…二週間後に迫った壁外調査に向けて今日からは訓練メニューが大幅に変更になる。
別々に訓練させられていた私たちも今日からは一堂に集められ訓練を行うらしい。壁外調査では個々の技量は勿論だが、全体の連携がとれていなければ話にならないとフラゴンは何度も嫌味ったらしく繰り返し言い聞かせてきた。
「やっぱり壁外調査が決まると周りの士気も変わるな」
「当然だ。壁の外に出れば自分が死ぬかもしれない」
「まぁ、俺らは巨人と交戦する必要なんてねぇんだし、文書だけくすねてとっととあのじーさんに渡しちまおうぜ」
ファーランの言う通り私たちの目的は巨人を倒すことじゃない。壁外調査に乗じてエルヴィンを殺し文書を奪う、ただそれだけのことが達成できればいい。
しかし、数だけは多い兵士に加えて厄介な巨人も相手にしなくてはならないのが非常に面倒だ。巨人というものがどういうものなのか実際に見たことがないからわからないが、警戒するに越したことはないだろう。
…なんて言ったって全人類がこの狭い壁の中に追い込まれるくらいなのだから。
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***
「始めッ!」
号令と共にそれぞれ指定の位置についていた調査兵は一斉に立体機動で訓練場である森の中に飛び込んだ。
各班ごとに分かれて陣形を保ちつつ巨人の模型を討伐していく。そんな中、やはりリヴァイとユキは群を抜いていた。
スピード・技術共に並みの兵士とはまるで別格。巨人の模型を見つけたかと思った時には既に二人は高く舞い上がり、お互い交差するように項を削ぎ落としている。
あと一歩間違えば衝突するというギリギリの距離で同時に縦1m横10pの項を削ぎ落とすなんて芸当ができるのは、二人の確かな実力と彼らが積み重ねてきた信頼があって初めてできることなのだろう。
「すっげぇ!やっぱり兄貴と姉貴はすげーな!」
「あの二人、地下にいた時より早くなってねぇか?」
俺も大分真面目に訓練してきたつもりだったが、…やっぱりあの二人には足元にも及ばなさそうだ。
なんて思っていると俺たちの前を飛ぶフラゴン分隊長は心底面白くなさそうな表情を浮かべていた。その隣の兵士もだ。
いや、面白くなさそうというよりは悔しがっているというほうが正しい気がする。地下街から上がってきた二人が厳しい訓練を耐え抜いてきた自分たちを軽々と飛び越えてしまっているのだから。
…それにしても、
「楽しそうだな、二人共」
あんなに生き生きとした眼をした二人は久しぶりに見た。慣れない集団生活のせいでずっとピリピリしてたのに、久し振りに二人で一緒に飛べてよっぽど嬉しいんだろうな…。
互いの息を確かめ合うように時折目線を合わせては、合図もないまま同時に飛び上がり項を削ぎ落とす。
わざわざ同じ的を同時に狙っているのは互いの波長を合わせる為だが、この訓練自体を楽しんでいるように見えるくらいの余裕もあるらしい。
他の班の兵士も二人の連携に息を飲んでいた。…それも当然のことだ。ここら一体の的は全てあの二人にもっていかれてしまっているのだから。
「これ俺たちいる必要ないんじゃねぇのか?」
「なんか二人とも楽しそうにやってるしなぁ」
木の枝に足を止めてイザベルと二人でどんどんと森の奥へ進んでいくリヴァイとユキを見ていれば、隣に誰かが着地した。
誰だと思い視線を向ければ、そこには俺の指導役であった兵士が笑っていた。
「すごいよな、あの二人。分隊長レベルでもあそこまではできない」
「誰だよ、お前」と今にも噛みつきそうなイザベルを宥めながら「まぁ、あの二人は技量だけじゃないッスからね」と答えると、「お前の言う通りだったよ」と彼は瞳を伏せながら口を開く。
「…は?」
「手を出してみたが取りつく島もなく断られた。即答だったよ」
…やっぱりこいつユキに言ったのか。それを何故だか偶然リヴァイが聞いてしまい、俺に火の粉が飛びかけたというわけだ。
まったく、余計なことをしてくれる。何事もなかったからよかったが、リヴァイはユキのことに関しては異常に沸点が低いのだから余計なことはしないでほしい。
いや、ほんと冗談じゃなく。
「なに!?てめぇ姉貴にちょっかいだしたのか!?お前みたいなケツの青いガキが姉貴に手を出すなんて100年はぇーんだよ!」
「あぁ、その通りだったな」
「だいたい姉貴には兄…んぐっ!」
途中まで言いかけたイザベルの口を強引に抑え、俺はははっ、と笑って誤魔化した。
「だから言ったじゃないっすか。ユキは恋愛とかそういうものに興味はないって」
…というか、本人が気づかぬふりをしているだけだが。
なんて思う本心を隠しながらそういえば、その兵士は「いや」と首を振る。
「彼女は自分には護るべき人がいるからと言っていたよ」
「…え」
思わず情けない声が出た。本当にそんなことをユキが言ったのか?
ユキもリヴァイもお互いを想いあっているのに、絶対にそれを認めようとはしてこなかった。自分で自分に嘘をついて誤魔化し続けていたのに…
…護りたい人がいるからというのが誰を指しているのかは考えなくても分かる。それはつまりユキは自分の気持ちを認めたということか?
それだけを言いに来たのか彼が去っていったと同時に、イザベルが「なぁ」と口を開く。
「なんだ?」
「兄貴と姉貴には幸せになってほしいし、くっついてほしいって思うんだけどさ」
「…あぁ、それは俺も同じだ。」
「でも、もし本当に二人がくっついちまったら俺らどうなるんだろう。邪魔になっちまうよな…」
イザベルはしょんぼりと肩を落とした。
確かに、俺たちが今一緒にいられるのは二人がお互いに感情を押しとどめているからなのかもしれない。恋人同士になれば俺たちは邪魔者でしかなくなってしまうのかもしれない。そうイザベルが不安に思うのは無理もなかった。
大好きな二人には幸せになってほしい。それでもやっぱりその二人から離れるのは辛い。
そんな複雑な感情に苦しむイザベルはやはりまだ子どもなのだろう。そう言ってしまえば俺も子どもということになってしまうのだが。
「それは大丈夫だろ。邪魔だと思ってるならとっくに追い出されてるだろうし、俺が知ってる二人は簡単にお前を放り出したりしない。そうだろ?」
「うん…」
「まぁ、いざとなったら俺がなんとか養ってやるよ」
「なんだよ年上づらしやがって。」
「年上だからな」
ぐりぐりと乱暴に頭を撫でてやれば、ふて腐れてはいたがイザベルは小さく頷いた。…すぐに俺の手は振り払われたが。
「なにしてんだてめぇら」
まずい、フラゴンに見つかったか?と思えば向かいの木に立っていたのは先に進んでいったはずのリヴァイとユキだった。
頬を撫でる風にその黒髪を靡かせ、息ひとつ切らした様子もなく二人は揃って平然と俺たちを見下ろしている。
「先に行ったんじゃなかったのか?」
『途中で二人が止まったのが見えたからなにかあったのかもしれないって、戻ってきたんだよ』
あぁ、やっぱりそうだ。この二人は俺たちを置いて行ったりしない。必ず足を止め、待っていてくれる。時にはわざわざ引き返して迎えにくるほどのお人好しだ。
はたから見ればそんな風には見えないだろうが俺はこういう二人に助けられてきたし、そんな二人だからこそ惹かれたんだ。
「わざわざ足を運んでやったのになんだ?くっちゃべってただけか?」
「あはは、ごめんって」
「…ったく、真面目にやれ。巨人を殺す必要はねぇが生きて帰らなきゃ話にならねぇんだぞ」
「わかってるよ」
つまり、生きて帰ってこられるように真面目に訓練をしろってことか。本当にうちのリーダーは感情表現が苦手らしい。
いくぞ、というリヴァイの背中をユキ、イザベルと並んで追った瞬間、地下街での生活を思い出した。
そういやいつもこうやってリヴァイの後をついていってたな…。この感覚も随分久し振りのような気がした。まだ数ヶ月も経っていないのにおかしな話だが、この瞬間を自分は待ち望んでいたのだと思う。
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