垂り雪

□春の香り
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『あれ?リヴァイ一人?』


朝、いつも待ち合わせている場所へ行けばそこには壁に背を預けたリヴァイが一人でポツンと立っていた。

いつもであれば私はイザベルと一緒にここへきて、リヴァイとファーランと合流して朝食へ向かうはずなのだが。


『イザベルとファーランは?』

「知らん。ファーランは先に部屋をでていった」

『イザベルもだよ』

「…なんだと?」

『イザベルも今日は先に行くからって私を置いて出て行ったから、てっきり三人で待ってるかと思ったのに…』


一体なんだというのだろう?ファーランもイザベルも今まで先に部屋を出て行ったことはなかったのに。

二人はどこにいるんだろう?そもそもどうして二人してそれぞれ先に部屋を出て行ったりしたんだろう?

うーんと悩んでいると「まぁいい」とリヴァイは組んでいた腕を下ろし、ゆっくりと歩き始めた。


「よく分からねぇが食堂へ行くぞ。あいつら、先に行ってるかもしれねぇからな」

『そうだね』


若干の疑問を抱きながら私は食堂へと足を進めるリヴァイのあとを追う。

すると少し歩いた後、廊下の先から現れたフラゴンが「どうしたお前ら」と不思議そうに問いかけてきた。


「なんだお前ら、今日は休みじゃなかったのか?」

「『は?』」

「団長からはそう聞いているが?」


二人で同時に視線を合わせる。今日は休み?そんなこと当然だが一言も聞いていない。…そもそも私たちに休みなんてあったのか?

そんなことを考えていると、フラゴンの後ろ…ずっと遠くの柱の陰からこちらの様子を伺うように覗いてきているファーランとイザベルと視線が交わる。

リヴァイも同じように気付いたのか視線が合ったと同時に二人は慌てて柱の陰に身を隠した。

…やられた。

あの二人が私たち2人分の外出許可を申請したのだろう。以前、2人までなら外出許可を出してやるといった件だ。

私とリヴァイは反対したのだが、あの2人…私たちに秘密にしてどういうわけかそれを今日決行してきたらしい。どういうつもりかは分からないが、リヴァイはどうするんだろう。

チラリと視線を向ければ、リヴァイも全てを察したのか深いため息をついた。そして踵を返し来た道を歩き始める。


『行くの?』

「もう許可も出ちまってるんだから仕方ねぇだろう」


着替えて10分後にいつもの場所に来いと言われ、私は急いで自室に戻って団服を着替えた。

急な事とは言えリヴァイと二人で出かける事になるなんて…。本当に二人にはしてやられたが、心が浮かれ始めている自分にため息がでる。

リヴァイに抱きしめられたあの時から、頭の中で整理はついていても心が追いついてきてくれない。二人でいると以前より不自然に緊張してしまう自分がいる。

完全に忘れることができないと諦めたのはつい最近のこと。それでもいつも通りに接してくれるのだから私もいつも通りにしているつもりだけど。


制服を着替え、訓練用に結んでいた髪を解き櫛を通す。リヴァイが指定してきたのは10分後。あなたは着替えるだけだろうけどこっちはもっと色々したかったのに!

と思いながらも今更だしなと諦め、櫛を通し必要最低限のものだけもっていつもの場所へ向かうと、やはりそこには既にリヴァイが待っていた。


「2分の遅刻だ」

『たったの2分くらいいいじゃない』


そんな小言を言われつつ、
私たちは市街地へ向かった。


**
***


「お前、昼間から飲むつもりか?」

『こういう時くらいしか今は飲めないでしょ?久し振りに二人で飲もうよ』

「…仕方ねぇな」


朝食を食べ買い物をし、他愛のない会話をしながら市街地を歩いた後、私たちは久し振りに酒を囲んだ。さすがに量は制限されたがこうして2人で酒を飲むのは地上に出てから初めてのことだった。


そんな余韻に惹かれつつ店を出た私たちは再び外を散歩していると、以前二人でよくこうして地上に出ていたことを思い出した。

それはファーランとイザベルと出会う前であり、私たちはよく人目を盗んで昼間の地上にでていた。その分、地下街と地上をつなぐ階段を取り仕切る輩によく目をつけられていたから二人と出会った後は夜に仕事をする際にしか地上へ出ることはなくなったが。


『ちょっと町からはずれようか』

「あぁ」


市街地の人混みを抜けると穏やかな光景が広がっていた。建物はどんどん減っていき、緑が増え、家畜がちらほらと見え始めてくる。


『懐かしいね、こうやって2人で地上にでるの』

「そうだな」


とことこと暫く歩いていれば、リヴァイが自分の歩く速さに合わせてくれているのに気づく。こんな些細な優しさも私の心を揺さぶってきてしょうがない。

ただ2人で並んで歩いているだけ…そんな些細なことがどうしようもなく幸せで、ずっとこんな時間が続けばいいのにと願ってしまう。


「疲れたか?」

『少しだけ』

「少し休むか」

『うん』


振り返ったリヴァイにそう答え、私たちは近くにあったベンチに腰を下ろした。大きく息を吸い込めば春を迎えたばかりの少し冷たい空気が喉を通る。

よく見れば辺りを覆う緑もまだ芽を出したばかりのものばかりで、まだ花すらつけていなかった。


静かだな、というリヴァイに頷く。町の喧騒も遠くの方に聞こえるくらいで周りにいる人もそう多くはない。最近は慣れない集団生活のせいで無意識に張っていた気が、ストンと溶けたような感覚になった。

隣にいるリヴァイを見上げれば、リヴァイも背もたれに寄りかかり遠くの景色を眺めている。

…あぁ、やっぱりリヴァイの隣が一番落ち着くなぁ。

リヴァイの髪が太陽の光を浴びてキラキラと光る。影を落とす睫毛、綺麗な瞳、筋の見える首筋…。

思わずぼーっと眺めてしまい、慌てて視線を前に戻す。遠くの方で羽を回す風車を見ていれば心は次第に冷静さを取り戻していった。

しかし、ぽかぽかと体を温めてくる太陽の光に次第に眠気が襲ってきた。うとうとと瞼が閉じようとしているのに気付いたのか、リヴァイの手が私の頭をくしゃくしゃと撫でる。


「お前は本当に餓鬼みたいだな」

『だって久し振りに気が抜けたから…太陽もあったかいし、』

…それに、リヴァイの隣だから。


その言葉を無意識のうちに飲み込んで私は「ふわぁぁ」と欠伸をした。

こんなに気が緩むのも安心できるのもリヴァイの隣だからだ。この居心地の良さに私はずっと前から依存してしまっているのだから。


『ねぇ、肩借りてもいい?』

「好きにしろ」

『ありがとう』


そっと肩に頭を乗せれば、リヴァイはもう一度私の頭を撫でてくれた。いつものように乱暴にではなく、優しく眠りに誘うようなその手つきに自然と口元が綻む。

触れ合う箇所が暖かい。ずっとこうしていられたらもう私は他に何も望まないだろう。


そんなわがままを飲み込み、私の目はゆっくりと閉じた。


**
***


「…相変わらず餓鬼みてぇな顔しやがって」


自分の肩に頭を預けながら小さく寝息をたてるユキを覗き込めば、相変わらず幸せそうに眠っていた。そんなに月日も経っていないのに、この顔を見るのは随分久し振りのような気がした。

今日の外出許可は本当に突然のことだったが、久し振りにこうしてユキとゆっくり時間をすごせたのだからあいつらには感謝しねぇとな。

俺もユキも集団生活なんてものは当然得意なはずもなく、ここ最近は無意識のうちに気を張り続けていた。

だから今日久し振りにユキとこうして過ごし、改めて一緒にいる時の心地よさを実感した。壁外調査が終わればあんな場所から漸く解放され、また4人での生活に戻れる。


ユキの頬に指を滑らせればふっくらとしたそれは抵抗なく指を滑らせ、首筋に触れる。

手の甲に柔らかな髪が触れた。熟れた果実のように赤い唇からすやすやと寝息が溢れ、長い睫毛が頬に影を落としている。

これも全部見慣れたもの。それでも何度見ても飽きることはないし、触れていたいと思うのは彼女に特別な感情を抱いているからだろう。

さらさらと溢れる前髪を軽く避け、額にそっと口づけを落とす。

響き渡る鐘の音が、
風にのって消えていった。


**
***


「よ、よぉ、…楽しんできたか?」

「…てめぇら」


日が落ちる前に兵舎へ戻ってきた私たちを、ファーランとイザベルは冷や汗をかきながら出迎えた。冷や汗をかいているのは言わずもがな、反対していたリヴァイに内緒で無理矢理私たちを外出させたから怒っていると思っているのだろう。


「お、怒らないでくれよ。2人とも息が詰まってるだろうと思ってファーランと考えたんだ。な?」

「そうだよ、お前ら俺たちに気を使って全然外に出ようともしねぇしさ。2人は元々集団生活とか苦手だろうからと思って息抜きして欲しかったんだよ」


ゴゴゴゴ…、という効果音が聞こえてきそうなリヴァイに二人は両手を顔の前に出しながら一歩一歩と後退りをする。

もちろんリヴァイは自分と私を休暇にしたことを怒っているわけではない。勝手な行動をとったことに少々の不満があるだけだ。


「…まぁいい、今回はな。だが、次勝手な行動をすることは許さん」


そう言い残したリヴァイはさっさと自室に戻っていった。ちょっとまんざらでもなさそうな表情をしていたところを見ると、気を使ってくれた2人に感謝しているのだろう。

それを上手く伝えられないあの性格は本当に損する性格だと思う。


『本当にありがとうね、二人とも。私も息抜きになったしリヴァイも感謝してると思う』

「そう言ってもらえると嬉しいよ。俺らもお前らに気づかれないようにすごい気を使ったからな」

「いつ気付かれんのかと思ってひやひやしてたぜ」


けらけらと笑いながら言う2人につられて私も思わず笑ってしまった。まったく、この2人は私たちのことをなんだと思っているんだろう。

これだけコソコソとやられては私たちだって気づけるはずがない。ファーランとイザベルが見つからないように団長に話をしに行ったであろうところを想像すると面白かったが、私たちのことを考えてやってくれたことだと思うととても嬉しかった。

お陰で私はリヴァイと一緒にゆっくり過ごすことができたし息抜きにもなった。


壁外調査まであと少し。
あの門を越えた先には何があるんだろう。


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