垂り雪

□空
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「開門始めーーッ!」


響き渡る咆哮。
それと同時に壁門を開く音が地響きのように辺りの空気を揺らした。


「今日また一歩我々は前進する!訓練の成果を見せてくれ!人類の力を思い知らせてやるのだ!!」


シガンシナ区最南端。列を成して並ぶ調査兵と、それを見届けるシガンシナ区の住民。

開かれた壁門からは風が吹き込む不気味な音が鳴り、耳を掠めた。


「ーー全員、前進ッ!!」


その掛け声と同時に前列から順番に門をくぐり抜けていく。もう数秒もしないうちに私たちの番が回ってきそうだ。


「…なぁ、今からでもいい…誰か嘘だって言ってくれよ…」

「けけけっ、ファーランビビってやんの!お前が言い出したことじゃねーか」

「いや、それはそうなんだけどよ…いざ壁の外に出るってなるとな…」

「本当に嘘みたいな話だ。地下にいた人間が壁の外に出るなんてな」


前列の兵士が手綱を引き、速力を上げる。門の中に吸い込まれるその背中を追うべく、私たちも一斉に手綱を引いた。

鳴り響く蹄の音。

門へ入った瞬間、
視界を暗闇が覆った。

天井は整備をする気があるのかないのか、おうとつが目立ち両端だけ中途半端に固められている。

視界に差し込んできた光に目を瞑ろうとした瞬間、一気に広がった光景に思わず息を飲んだ。

一面に広がる草原。
遥か先に聳える山々。

頬を撫でる風を遮るものはなく、只管に広がる草原に吸い込まれるように駆け抜けていった。


『…わ』


空を見上げれば数羽の鳥がその羽を広げ、気持ちよさそうに舞っている。絵の具で塗りつぶしたような空を遮る壁はどこにもない。

遥か遠くに立ち並ぶ山の先にも空は続いている。


「すっげぇ!」

「あぁ、悪くねぇ」


隣を走るリヴァイに視線を向ければ、リヴァイも自分と同じように空を見上げていた。

地下街から覗く空とは違う、壁の中から見上げていた空とも違う。

どこまでも続く広大な景色は、私たちに感嘆を与えるのには充分だった。


「…はぁ、最悪だぜ。壁の外に出ちまうなんて。始めの計画通りうまくいってれば今頃例のブツを手に入れてずらかってたハズなのに」


エルヴィンの奴どこに隠してるんだ…と言ったのは、一番始めに現実へ意識を引き戻したファーランだった。


「心配するな、巨人は俺たちがなんとかする」

「いくらお前らでも巨人が相手じゃ…」

『私たちを信じてないの?』


そういえばファーランは「いや、そういうわけじゃないが…」と言葉を濁す。

確かに巨人を見たことがないからなんとも言えないところがあるが、リヴァイと2人で戦って倒せない相手がいるとは思えない。

そう考えている私はやっぱり甘えた考え方をしているんだろうか…。

むしろ巨人より今回の目的を達成することの方が難しいんじゃないかと私は思っている。

壁外調査に乗じて隙を狙いエルヴィンを殺して文書を奪う。それを目撃されたのなら、その兵士も1人残らず殺さなくてはならない。

その際に取りこぼ零しがあれば依頼人であるニコラス・ロヴォフに下手な文句を言われかねないだろう。

任務をこなしケチをつける隙もなく報酬をもらうには完璧にこなさなくてはいけない。


「任せときなファーラン!巨人なんて俺がチョチョイと始末してやるから」

「お前なぁ、頼むから1人で巨人に突っ込んでったりするなよ?」

「お前がビビってるからいけないんだろ?簡単だよ、要は項を削げばいいんだから」

「ふざけるな!巨人はお前らが考えてるような甘っちょろいものじゃない!これまで何人の優秀な兵士が巨人に食われてきたと思ってる!?」


後方を振り返れば、そこには声を荒げた兵士がイザベルを睨みつけていた。

あれは今回私たちと同じ班のサイラムと言ったっけ。調査兵ということに誇りをもち、訓練も講義もクソ真面目にやっていたような覚えがある。

ああいう真面目な人間は一度スイッチが入ったら手がつけられなくなって面倒だ。

頼むからイザベルも引いてくれと思ったが、その願いも虚しく最悪の事態を迎えた。


「地下のゴロツキどもが…調子に乗りやがって!」

「なぁ、あんたはそういうけどさ。俺が巨人を倒したらそいつらみんなゴロツキ以下ってことになっちまうぜ」

「なん…だとぉっ!?…このッ」


…まずい。
サイラムが手綱を引いたと同時に2人の間に割って入ろうとしたが、既にリヴァイが動いていた。


「…チッ、お前は動くな」

『リヴァイ』


ぐっと速度を落としたリヴァイが2人の間に割って入る。「なんだ貴様…」と怒りを露わにしたサイラムがリヴァイを睨みつけるが、そんなものがリヴァイに通用するはずもない。

表情を変えないリヴァイに相手が怯み始めた頃、フラゴンが「よせ!サイラム!」と声を上げた。


「しかし…分隊長!」

「気を静めろ、この先新陣形の訓練が控えてるんだぞ。いつ巨人が出てくるかわからん状況で隊列を乱すな」


さすがは分隊長と言うべきか、あたりは一気に静まり返った。ギャーギャーと騒いでいたサイラムも悔しそうに口を閉じる。


「なぁ、ユキ」

『なに?』


後ろのやり取りを気にしながら、ファーランがぽつりと口を開く。


「お前らが強いのは俺たちが一番わかってる。だが、相手は巨人だ。なにが起こるか分からねぇ…本当に気をつけてくれよ」

『…前にも言ったけど私たちの目的は巨人を倒すことじゃない。文書さえ奪えればそれでいい、交戦する必要もない。』

「それはそうだけどよ、お前らは時々とんでもない無茶するから心配なんだ」


なにそれと笑えばファーランは「笑い事じゃねぇよ」と眉根を寄せる。


『大丈夫。みんな揃って壁の中に戻ろう』

「あぁ」


ペチンと乾いた音がなる。振り返ればリヴァイがイザベルの頭を叩いた音だった。


「な、なんで叩くんだよ兄貴!」

「自分で考えろ」


それだけ言って再び私の隣に戻ってきたリヴァイに、イザベルは「なんで…兄貴…」と涙ぐんでいる。


『叩かなくてもよかったんじゃない?』

「手加減した」

『それは当たり前でしょ』

「…一応ここからは命を預けあう連中だからな、余計な敵は作らないにこしたことはないだろ」

『なら、そう言えばいいのに。暫くショック受けてると思うよ、リヴァイに叩かれて』

「…」


そのまま無言になってしまったリヴァイだったが、のちに「ごめん」と謝ってきたイザベルの頭をくしゃくしゃと撫でてあげていたところを見かけた。

きっとファーランがお前も悪かったから謝ってこいとでも言ったのだろう。


リヴァイがイザベルのことを思ってやったことだとイザベルが理解したのかどうかは分からなかったが、頭を撫でられイザベルはまた嬉しそうに笑っていた。



**
***



「巨人発見!!」


暫く馬を走らせたところで受けた1つの報告にその場の雰囲気は一変した。


「…あれが、巨人か?」


遥か前方ではあるが森林の中から巨人らしきものが出てきているのがわかる。

案外大きくないんだなと思ったが、隊列に向かって駆け出した巨人と馬が並んだ瞬間、その大きさを実感した。

10m…いや、15mはあるかもしれない。


「もう一体隠れてやがった!20m級こちらに向かってきます!」

「俺たちが引きつける!後衛は速度を上げて振り切れ!」


まずいぞ奇行種だ!という声が聞こえてくる。確かに近くにいる人間には興味を示していないようだ。

人間に向かっていくはずなのに、あの巨人は真っ直ぐに荷馬車へと駆けている。


「…でけぇ、あんなの倒せるのか?」

「調査兵団の実力を見せてもらおうじゃねぇか」


奇行種に向かっていく3人の兵士。しかし、1人目の兵士はあっけなく巨人の左手に収まり、そのまま口の中へ放り込まれた。

滴る赤い液体と一緒に口から溢れた兵士の体の一部が地面へ落下する。

動きが止まったその瞬間を狙って2人の兵士が項を狙ったが、巨人が腕を振ったことにより体制を崩してあっけなく噛み砕かれた。


ボトリと重みのある音を立て、私たちの真横に噛み千切られた首が落下する。宙を舞っていた鮮血は草花に降り注ぎ、新緑を赤く染め上げた。


足元にまで来て漸く巨人の大きさを実感する。

…これが、巨人。

侮っていたわけではないが、いざ目の前にするとそれなりの迫力がある。私たちは4人視線を合わせた。

手綱を引き速度を上げたリヴァイに私たちは続く。


「サイラム!俺に続け!……!?貴様…なんのつもりだ!」

「お前ら、巨人は甘くないと言っていたな?だったらナメた戦い方してんじゃねぇ」


前を走るフラゴンを追い抜き、隊列から飛び出した私たちを呼び止める声が聞こえてくる。

しかし、自分たちも前に出ようという気はないらしい。待てというだけでそれ以上は何もしようとしない。

私たちが倒せばそれでよし、倒せなくても時間稼ぎくらいになってくれればいいとでも思ってるのだろう。

利用されるようで癪だが、ここまで近づかれてしまっては交戦せざるを得ない。放っておけばいつ私たちに襲いかかってくるか分からないのなら、荷馬車に気を引かれているうちに片付けたほうがいいだろう。


「さっきの腕振りが厄介だがその間こいつは足を止めるはずだ」


荷馬車へ向かって走る巨人と並走しながら私はリヴァイと視線を合わせる。イザベルは震え、ファーランも顔を引きつらせていた。

トリガーを取り出し、刃を装着して鞘から引き抜く。適度な重量感が手の平に収まる。


「俺が巨人に取り付いて注意を引く。ユキはヤツの膝を追って機動力を奪え。」

『了解』

「お前らは俺たちの馬を頼む」

「あ、おい!ちょっと待て!正気か!?おまえら2人でなんて…」


ファーランの抑止を背中に受けながら、リヴァイは早くもアンカーを射出し飛び上がった。

真っ直ぐに巨人の腰に足をつけ張り付いたかと思えば、あっという間に刃とアンカーを刺して身体を固定する。


『私の馬も宜しくね』

「お、おう!」


ぴったりと巨人の腰に取り付いたリヴァイを振り払おうと、予想通り身体を捻った巨人の足が止まった。


「今だ、やれ!」


リヴァイの合図と同時にアンカーを太ももへ射出し、馬を足場に飛び上がる。

股下を抜け、前面に出たと同時に身体を反転させてアンカーを刺し直し、ガスを蒸して横方向から急降下する。

刃を構え、両膝の肉を削ぎ落としたと同時に巨人の身体が大きくふらついた。



ーー…バシュッ!

少し浅かったかと心配したが、リヴァイは巨人の身体に突き刺していた刃を引き抜いて飛び上がり、項垂れる巨人の項を一気に削ぎ落とした。

切り離された肉塊が宙を舞う。
やがてそれが地面へ落ちたと同時に、巨人の身体は蒸気を出して崩れ始めた。



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