垂り雪

□到着
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リヴァイによって斬り離された肉塊が宙を舞う。

吹き出す赤い液体に巨人も人としての面影があるのかなんて思いながら、巨体が地面に沈むのをただぼんやりと見つめていた。


『さすが』

「お前もよくやった」


すぐ側に着地したリヴァイにそう言えば、いつもと変わらぬ落ち着いた声にほっと安堵の溜息をつく。

私たちは互いに刃を軽く交わし合い勝利を喜び合った。


「うわ…マジで倒しちまった」

「すっげーよ兄貴!姉貴!やっぱ2人は最強だな!」


駆け寄ってきた2人はそれぞれリヴァイと私の馬を引き連れてきてくれた。今回巨人と初めて遭遇して思ったが、やはり調査兵が言っていたように壁外では馬がいなければ生きられないという事を強く実感する。

あれだけの巨体に加え思っていたより動きは早かった。おまけに今回は奇行種だったからかもしれないが妙な動きもしてくる。

平地での立体機動はあまりにも不利だ。今後、こんな状況下で巨人と遭遇するのは避けたいところだがそう上手くもいかないのだろう。


地面に倒れる巨人を見れば全身から蒸気をあげ、その巨体も少しずつ形を崩し始めていた。


『本当に死んだのかな?また動き出したりして』

「問題ねぇだろ。信憑性はあまりなかったが項を削ぎ落とせば再生しないというのは本当らしい」


リヴァイが削ぎ落した項の肉はもちろん、膝裏の肉も再生するどころか蒸気に溶け出すように徐々に無くなり、骨が露わになっていく。

ふと、自分の真横を蒸気が上がっているのに気づき手元を見れば、指に纏わりついた巨人の血が蒸気を上げていた。

始めは少し動揺したものの驚くほど熱くもなく、かといって冷たくもない。

生暖かくて普通の液体より重く感じる。粘着質なそれは人間のものとほとんど変わらない。

刃に滴る血液は油を浮かばせており、もう一度くらいなら使えそうだったが血塗れの刃を鞘にしまう気にもなれず、カチッとトリガーから外し地面に捨てた。


「…チッ、汚ねぇな」

『巨人を斬ったんだから汚れるのは当たり前でしょ?』


同じように刃を捨てたリヴァイはハンカチで自分の手を拭きながら舌打ちを零す。相変わらずの潔癖具合にわざとらしく溜息をついてやった。


「お前らさ、それ熱くねぇの?煙でてんじゃねーか」

『熱くないよ。生暖かい』

「うえ、気持ち悪い」

「まったくだ」


自分の手を拭き終え満足したのか、手元から私に視線を移したリヴァイの眉間に皺がよせられた。

なんだ、と思っていると裏返したハンカチで頬をゴシゴシと擦られる。きっと私の頬に返り血がついていたのが気に食わなかったんだろうが、とにかく痛い。皮膚ごと持っていかれるかと思った。…いや、マジで。


「オイ、貴様ら何をやっている。さっさと隊列に戻れ」


そうフラゴンに叱咤され、私たちは馬に跨る。「なんだよ、こっちは巨人を倒してやったっつーのに」と文句を零すイザベルの頭をまぁまぁと撫でてやり私達は隊列へ戻った。



**
***



巨人遭遇から数時間後。暫く馬で駆けたのちに私たちは拠点である城跡に辿り着いた。

その頃にはもう日は暮れ、
空は茜色に染まっていた。

それもまたどこまでも際限なく続いており、広大な光景に息を飲む。壁外では酷く残酷な光景も目にしたが、やはり圧倒的に美しい。

吸い込む空気さえ新鮮に感じ、逆に今まで意識していなかった壁内の空気が濁っていたことに気づかされた。


馬を降り、指定の場所に繋いで一日走り続けてくれた愛馬に餌と水を与えてやる。せっせとそれらを運んできたイザベルはやはり動物に好かれるようで頬ずりをされていた。


「なぁ、こんなボロっちいとこで休むのか?」

「確かにこっちは年季の入った心許ない壁だが、昔の城跡を上手く利用してるみたいだ。巨人に攻め込まれたらひとたまりもないだろうが夜を明かすぶんには大丈夫だろ」


人間と同じで夜は巨人も動かない。人間と同じように眠っているのかどうかは分からないが、そこは非常にありがたかった。

かと言って昼間に見た奇行種のようなものもいるから見張りはつけられているが、過去の壁外調査で夜間に襲われたことはないという。


「とは言っても壁外だ、なにがおこるか分からん。油断はするなよ」

『一日中走り続けたのに、私たちには休む暇もないねぇ』


私たちの目的は壁外調査で成果を上げることでも、ましてや巨人を討伐することでもない。

目的の文書を奪う。その為にこんな辺鄙なところまで来てしまったのであり、そしてそれを決行させるのはこれからの時間帯が一番いい。

ブロックのような石を積み上げただけの簡易な壁と城跡を見上げていると、どこからとってきたのかリヴァイから差し出された水を私はコクリと飲み干した。



**
***



拠点の中に入ったら和気藹々…とまではいかないが調査兵は各々自由な時間を与えられ、心と体を休めていた。

荷馬車の中から一人一つと決められた荷袋を引っ張り出し、大部屋の端っこを陣取った私たちはそれぞれ腰を下ろした。


「しかしまさかあんな簡単に巨人を仕留めちまうとは思わなかった」


そう言いながらファーランは荷袋を放り投げ力が抜けたように座り込む。


「思っていたより動きは速かったが一体なら問題ない」

「…ハハ、巨人相手でもお前ら2人の強さは健在だな」

「やっぱ強ぇーぜ!」

「お前らが居てくれればなんとか生きて帰れそうだ」

『何言ってるの、みんなで生きて帰るのは最低限のことでしょ』


荷袋の中から真っ先にシーツを取り出し地面に敷いたリヴァイ。腰を下ろした彼の隣に座れば、案の定眉間に皺が寄せられた。


「自分で敷けばいいだろう」

『いいじゃない、出すの面倒だしまだ寝ないから邪魔じゃないでしょ?』


…チッと舌打ちをするリヴァイだが、やはり追い出そうとすることはない。

その優しさにつけこんで寝転がろうとしたが、他の兵士の目もあったのでやめた。


「それよりファーラン」

「なんだ?」

「ヤツは本当に例の書類を持ってきていると思うか?」


そう言うリヴァイの言葉に雰囲気がピリッと張り詰めたものになる。

「俺はそう確信してる」と迷わず頷いたファーランは、以前エルヴィンの部屋に一緒に侵入した時のことを改めて話した。

室内の怪しい場所は全て調べたこと。簡単に見つかるものではないと思っていたが、やはり鍵のかかった引き出しからも書類は見つからなかった。

見つかったのは他の無関係な書類と、秘密めいた書類だけ。しかし、肝心のあの書類だけはどこにもなかった。


「そんだけ書類まみれの部屋でアレだけねぇってことは、やっぱ持ち歩いてるんじゃねーの」

「あぁ、壁外にも持ってきているだろう」


壁外調査に赴いている間、自室はまったくの無防備状態。いくら兵舎内とはいえそんな場所に重要なものを置いていくはずがない。

だとしたら壁外調査にも必ず持っていくはず…そう考えて私たちはその間にエルヴィンから文書を奪う作戦に至った。

文書を奪えればそれでよし。エルヴィンを殺せれば尚良し。

常に巨人の脅威に晒されている壁外では犠牲が付き物だ。巨人のせいにして上手く逃げ切ることなんていくらでもできる。

…だが、もし持ってきていなければ私たちの作戦はそこで破綻する。ある意味危険な賭けだった。


「もし兵団の外に隠しているならあの爺さん…ロヴォフが絶対見つけ出しているはずだ」

「…なぁファーラン。ジジイからの情報ってどこまで信用できるんだ?」

「報酬のこと以外に嘘はないだろう。爺さんの言った通りエルヴィンは俺たちを兵団へ入れたしな」


チラリとファーランの視線が横へ逸れる。視線を追った先にはエルヴィンが団長に連れられ部屋を出て行く光景だった。

何かを持っているところを見ると明日の作戦の打ち合わせといったところだろうか。数分で戻ってくることはなさそうだ。


「おい、耳かせ」


そう言って指で手招きするファーランを中心に私たちは顔を寄せる。


「とにかく書類を探すぞ。キース団長とエルヴィンが向こうに行くのが見えた。戻ってくるまでに俺とイザベルでヤツの荷物を探る。リヴァイとユキは合図があるまで向こうの通路で見張りだ。合図の前にヤツが戻ってくるようなら足止めしてくれ」

「足止め…喧嘩でも売れってのか?」

『それなら私は一緒についてきた部下の相手をする』

「騒ぎを起こすな!…ユキ、リヴァイを止められるのはお前だけだから一緒に見張りを頼んでるんだぞ?」


頼むよ、というファーランに『冗談だよ』と答える。リヴァイが本気になってしまったら私にも止めることはできないだろうけど。


「あと間違ってもここで殺したりするなよ。壁外調査中に指揮官を失ったりしたら俺たちにも大打撃なんだからな」

「…あぁ」


渋々頷いたリヴァイを確認し、ファーランはイザベルを連れてエルヴィンが先ほど荷物を降ろしていた場所に駆けて行った。



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