垂り雪

□選択
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降りしきる雨が身体を叩く。視界は霧に覆われ数m先すらも見渡すことができない。

嫌な予感というものは当たるもので風が通り抜けたと思った途端、天候はみるみるうちに悪化した。

頭上に広がっていた青空は分厚い黒雲に覆われ、地面を叩く雨と徐々に発生した霧に視界を遮られた私たちは班からも孤立し4人馬で駆けていた。


「なぁ!どーすんだ!?完全にはぐれちまったぞ!」

「このまま走り続けるしかねぇだろ、班の奴らともそう離れていないはずだ」


合流するには闇雲に進路を変更するより、この霧が早く晴れてくれることを願うしかないとファーランは続ける。

この豪雨に周囲を包む濃霧。信煙弾は当然使い物にならず、隊列がどう動いているのかも…ましてや自分たちが隊列の中にいるのかすらもわからない。

おまけにここは壁外。いつこの霧の中から巨人が姿を現わすか分からない状況に背筋を寒気が走った。


「このままじゃいつまで経っても信煙弾が使い物にならねぇぞ…」

「フラゴン分隊長の音響弾が生きてたら、運がよけりゃ合流できるかもな」


互いの声すらまともに聞こえないこの状況で、馬の地を蹴る音に紛れて巨人の足音が聞こえてくるような錯覚が襲う。

夜には動かない巨人も、雨の日に動かないとは聞いたことがない。そんな都合のいいことが起こる可能性もないと考えていいだろう。

視界すら保てない今、巨人に遭遇したら私たちは成す術もなく巨人の胃袋に入るしかないのだろう。身体を濡らす雨が異様に冷たく感じた。


「…あ、マズいぞお前ら。もしエルヴィンが巨人に食われたら書類が回収できねぇ」

「奪うには、中央まで行くしかねぇか」


そうリヴァイが呟いたと同時に、キィンッと空間を切り裂くような音が駆け抜けた。


「音響弾!俺たちの班か!?」


音の方向に視線を向けるが、当然音の発生源が誰か確認できない。だが、これで私たちだけが孤立していないことはわかった。

フラゴンだろうと他の班だろうと近くに調査兵がいることは間違いない。私たちはまだ、隊列の中にいる。


再び音響弾が鳴った。



**
***



「そう遠くはなさそうだ。…なんとか合流できそうだが、…リヴァイ」


2人の視線がリヴァイに向けられる。しかし、ユキだけは真っ直ぐに正面を見据えていた。

昨日の夜、互いに交わした言葉を思い出す。機会を伺って壁外調査中にエルヴィンの元へ乗り込み書類を奪おうと決めた。

そしてその時は2人で行こうと。

だが、こんな状況を誰が予想できただろうか?進路を阻む豪雨に加え、視界を遮る霧。

当初の予定通りエルヴィンの元へ向かうなら今が絶好の機会とも言えるだろう。巨人に遭遇するリスクを考慮しても、俺とユキであれば逃げ切ることくらいできる。

エルヴィンもこの状況に少なからず動揺しているはずだ。懸念していた他の調査兵に姿を見られることも、エルヴィンを取り囲む兵士を蹴散らすこともできる上に奴の死に誰も疑問をもたない。


…だが、残った方はどうだ?
巨人に遭遇して、生き残ることができるか?

音響弾がフラゴンであれ他の班であれ合流できれば少なくとも2人が隊列からはぐれることはない。

この霧も永遠でない限り、隊列から逸れるリスクを負った俺たちと共に行くより圧倒的に生き残る確率が上がる。

さっきの音響弾で他の班も集まっていれば尚更だ。少なくとも奴らも訓練を受けている…俺たち2人より他班に合流させたほうがいいのかもしれない。


…だが、その方法を選んだ時…また合流できる保証はない。

俺とユキが抜ければ残されたほうは確実に手薄になる。だが、共に行かせるにはそれ以上のリスクを背負わせることになる。


…どっちだ?


[あいつらのほうから接触してくるなんてもう無いぞ。きっとうまくいく…俺を信じろ]

[王都で暮らせるようになったらさ、豚野郎からしこたまぶんどって…どうでもいいもんに全部使っちまおうぜ]



ーー…選べ。迷っている時間は無い。


[私達はそうでもファーランもイザベルも地上を夢見てる。あの2人の将来のことを考えると地下でこのまま過ごすより地上に連れて行ってあげたいって思う]


「…」


フードにあたる雨音が耳元で騒ぐ。肌にあたる雨粒は容赦なく体温を奪い、視界を遮る霧は濃度を増していく。

その時、ユキが振り返った。

雨に濡れた小さな手で手綱を掴みながら、ユキは俺を真っ直ぐに見据え…そして頷いた。


「行くぞ、ユキ」

『ええ。』


迷うことなく返される返事。
やはり俺たちは呆れる程に似ている。

思考さえもまるで共有しているかのように俺たちは2人で行くことを決めた。

お前らはフラゴンに合流しろと言えば、2人はわかりやすく表情を歪める。だが、お前らは連れていけない。リスクを背負うのは俺たちだけで充分だ。


「書類は手に入れる…、…それにヤツを殺るのは俺だ。巨人なんかに食わせねぇ」

「…だが!!」

「俺も行くぜ!!」

「イザベル。お前はどうだ?隊列を離れるかもしれん俺たち2人とフラゴン、サイラム…どっちが巨人のエサになりそうだと思う?」

「…っ」

「派手に動かないほうが生き残る確率は上がる」

「こんな状況の中で動けば本当に隊列から孤立する可能性もあるんだぞ!?冷静に考えてくれリヴァイ!そんな危険にいつものお前はユキを巻き込んだりしないだろ!?」

『この霧で向こうも混乱していて、しかも隊列は既に乱れて機能していない。こんなチャンスは今しかない』

「だとしてもリスクが高すぎる!いくらお前らでも生き残れるとは思えない!もう少し待って様子を見るべきだ!」

「それまで巨人が待ってくれるってのか?」

「いいから聞けって!こんな状況でどこから巨人が現れるか分からん!2人で行動するのは危険だ!!」

「くどいぞ!!俺たちならやれる、俺たちを信じろ!!」


ファーランとリヴァイが互いを睨み合う。

雨音と、馬が駆ける音。そこに微かに立体機動の鞘から金属がぶつかり合う音が混じる。

再び音響弾の甲高い音が鳴り響いた。

リヴァイとファーランは依然、睨み合ったまま視線をそらさない。沈黙を破ったのはファーランだった。


「それは命令か、リヴァイ?」


リヴァイの目が見開かれる。命の危機に直面した状況下で、ファーランの抑揚のない声は妙に響いた。


「…命令?どうしてそうなる?」

「…」

「俺は…、お前らを、…」


その後に言葉は続かない。しかし、3人は吹き出すように笑った。


『本当にリヴァイはさ、…もうちょっとその性格なんとかならないの?』

「俺に言わせればユキ、お前もリヴァイと似たようなもんだ」

『私はもう少し上手くできるよ』


本当かよ、と笑うとリヴァイと視線が交わった。ファーランは「いいぜ」と口を開く。


「お前らを信じよう。…だが、死ぬなよ」

「兄貴、姉貴…絶対戻ってきてくれよ!」


リヴァイとユキは向けられる2人の笑みに言葉を飲み込み、手綱を引いた。

速度が増し、雨粒が一層強く身体に打ち付ける。後ろ髪を引かれる思いを押し殺し、リヴァイとユキは振り返ることなく霧の中へ姿を消した。



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