垂り雪

□繋いだ手
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「エルヴィン」

「なんだ」

「どうしてあの時、あんな危険な真似をした?」


[お前を殺す。その為に俺はここにいる。]


エルヴィンに突きつけられた刃。一歩間違えばエルヴィンの首は繋がりを絶っていただろう…まさにあの瞬間、ミケはエルヴィンの死を覚悟した。


「チャーチとマグノリアが生きていたことは事前に伝令で受けていた。だからお前はあの時2人を探しに行ったんだ。自分を殺す為に隊列を離れたあの2人が、生きていることを祈りながら」

「ミケには迷惑をかけたな。お前も巻き込まれ兼ねなかった」

「俺はそういう話をしているんじゃない」


謝って欲しかったわけじゃない。そう言おうとしたがエルヴィンはわかっていてわざとやっていたらしい…申し訳なさそうに小さく口元を緩めて続けた。


「どうやら俺にはこれしか、…博打しか能がないらしい」

「…全くだ」

「殺されるかもしれないというリスクを背負ってでも、彼らを調査兵団に入れたかったのさ」

「入るとは限らないと思うが」

「やれるだけのことはやった。あとは彼ら次第だ」


晴れ間が覗き始めた頃、その下で再会を果たす4人を振り返りながらエルヴィンは言った。



…その後、彼らは調査兵団へ正式に入団した。

ただの地下街のゴロツキだった彼らは外の世界を見て、例え王都での居住権を手に入れても長くないことを悟ったのだろう。

頭のキレる奴のことだ。それを理解することに関しては予測していたし、ユキを連れてくることも分かっていたが他の2人を引き込んだのは意外だった。

あれほど仲間を失う恐怖を味わい、一度はどん底まで落ちたのだ。どんな手を使ってでも追いやると思っていたが彼らはそれを受け入れた。

自分たちから離れさせて地下に帰しても、チャーチとマグノリアだけで生きていかせるのは危険だ。

かといって自分達が戻れば、巨人が壁を突き破って壁内を満たした時、彼らを護る術もないまま捕食されて終わる。

そう考え、彼らは4人でここに残ることを決めたのだろう。今度こそ失わないように、今度こそ護れるようにと抗いながら。


その頃にはもう、彼らを取り巻く環境は変わっていた。やはり訓練ではなく実戦で戦果を残した彼らを悪く言うものはいない。

初陣から数ヶ月後、数回にわたって行われた壁外調査を経てエルヴィンは団長へと就任し、リヴァイは兵士長となった。



**
***



『兵士長の役目なんて受けると思わなかった。今となってはもう定着しているけど』


松明の明かりが灯る廊下を歩きながらユキが口を開いた。2人の髪を撫でる風は暖かい。季節は夏を迎え、虫の鳴き声と暑さが気だるい時期になっていた。


「そういうお前は分隊長だろう」

『まだ話にはのってないよ。返事は保留にしてる』

「受けるつもりなのか?」

『そのつもりでいる』


立場や役職などを嫌うユキは当然断るかと思っていたリヴァイだったが、ユキは兵士長になったリヴァイの力になれるかもしれないからと言った。

幹部の力になるには、やはり自分もそれなりの立場を持っていた方がいいのではと考えているようだ。


「断れ」

『どうして?』

「分隊長になれば隊が分かれる。お前は俺の直下に入れる。副兵士長になれ。」


ぽかんと口を開けていたユキだったが、リヴァイの真剣な表情を見てくすりと笑い『わかった』と頷いた。


『エルヴィンには言ったの?』

「言ってねぇが納得させる。あいつも反対はしないだろ」

『そうかもしれないけど、急すぎて驚いてる』

「俺は前から考えていた。分隊長なんぞの役職にやるつもりははなからねぇよ」


そう言った時、廊下の先から調査兵が現れた。その兵士はユキを見つけて良かったと言わんばかりに駆け寄ってくる。


「エルヴィン団長がお呼びです。急ぎではないから、時間が空いている時にくるようにとのことです」

『わかった。』


そういうとその兵士は自分の使命は果たしましたという様子で去っていった。このタイミングでユキを呼んだということは分隊長云々の話だろう。


『リヴァイも来てくれる?』

「当然だ。むしろちょうどいい」


そう言って歩みを進めるリヴァイの後ろを、ちょこちょことユキがついていく。場所が地下から地上へ変わろうとこの光景は変わらない。

前を歩くリヴァイが不意に空を見上げた。それに気づいたユキも倣うように窓から覗く空を見上げる。

キラキラと瞬く星が綺麗だった。月明かりと共にぼんやりと闇に包まれた街を照らす光景は幻想的でもあった。

この光景はあの時を思い出させる。調査兵団に来た日の夜、4人で共に王都で暮らそうと誓い合った瞬間を。


そんなことを思い出していると、ふと前を歩いていたリヴァイが足を止めた。


「ありがとう」


唐突に呟かれた言葉にキョトンと目を開く。いきなり何を言い出したんだと見上げた先には星空を見上げる横顔。その横顔は至って真面目で、どこか悲しそうな色さえ灯していた。


『…どうしたの?…急に』

「俺はいつもお前に助けられてきた。お前がいたから、俺はあいつらと共にここまで来れた。」


リヴァイは続ける。


「お前がいなければ俺はあの時死んでいたかもしれない。エルヴィンを殺して、そのまま自ら命を断っていたかもしれない。全てを失ったかと思ったあの時、それでも生きようと思えたのはお前がいたからだ」


ありがとう。リヴァイはもう一度言った。

普段言われることのない感謝の言葉に照れ臭さを感じながら、ユキは言葉を選ぶように口を開く。


『お礼を言わなきゃいけないのは私の方だよ。リヴァイと出会って私は変われた、ファーランとイザベルにも会えた』


全部、リヴァイのおかげ。
リヴァイと出会えたから、今がある。

辛い思いも苦しい思いも今までたくさんしてきた。でも、それ以上にリヴァイと出会ってファーランとイザベルと出会って、楽しい思い出をたくさん積み重ねていくことができている。

出会わなければ、仲間の為にとあんなに悩むこともなかった。今だってそうだ。この先どうやって皆を護っていこうかと常に不安は付き纏う。

それでも、嫌だと感じたことは一度もない。仲間の為にもがき、苦しみ、抗い続けることは今では充実した瞬間とすら感じている。

その先にある真に平和な世界…巨人がいなくなり人類が自由を手に入れた世界で4人で暮らしていく未来を必ず実現させる。


そう言えばリヴァイは笑った。目を疑うほど見慣れない柔らかい笑みに息が詰まる。

息をつくように「そうか」と零される声。少しの沈黙の後、リヴァイはゆっくりと口を開いた。


「なぁ、ユキ」

『なに?』

「ずっとお前に言えなかったことがある。」


言えなかったこと?
ユキは首を傾げる。



「お前が好きだ。」



黒真珠のような瞳が大きく見開いた。
リヴァイの瞳が真っ直ぐに向けられる。

リヴァイはまだ、似合わない柔らかな表情を浮かべていた。その瞳は慈しむようにユキを見る。大切なものを見る目。


「俺はお前のことを想っている。出会った時からずっとそうだ。お前はそうと気付いていなかったかもしれねぇが」


え、…あの、と口をどもらせあからさまに困惑しているユキの頭をリヴァイはいつものように乱暴に撫でる。

変に力の入っていたユキの肩から自然と力が抜けたことが目に見えてわかった。


「俺の思いはこれから先も変わらない。地下から地上へ来ようが、壁内から壁外へ行こうがそれだけは絶対に変わらねぇ。例え世界の情勢がどう変わろうとな」


だから、とリヴァイは続けた。


「これから先も俺と共にいてくれ。俺の隣にいて欲しい」


ユキは俯き、唇を噛み締めた。そして数秒後、顔を上げ涙を堪えながら『はい』と笑ったユキをリヴァイは抱きしめた。


『私もリヴァイが好きだった。…ずっと、ずっとよ…』

「そうか」


漸く思いが通じ合った瞬間、2人は互いに笑いあった。出会ってからどれだけ遠回りをしてきたんだろうと互いの不器用さに呆れてしまう。

あれだけ悩んでいたのに、蓋を開けてみれば実に呆気ない。ずっと前からお互いを意識し合っていたのだから。


「行くか」

『うん』


身体を離し、リヴァイはユキの手を握る。繋いだ手は暖かい。先ほどより暑さが身に染みるのはきっと夜になってもなかなか下がらない気温のせいだ。


「あれ、あそこにいるのリヴァイとユキじゃねぇか?」

「本当だ!おーい、兄貴!姉貴!」


遠くから聞こえる声に窓から顔を出して庭を見下ろせば、ファーランとイザベルがこちらに向かって手を振っていた。

2人の手には酒が握られている。大方、部屋の蒸し暑さに嫌気がさして外の空気にでもあたりに来たのだろう。


「そんなところで何してるんだ?お前らも来いよ」

「悪いが、呼び出しをくらってる」

「ええーっ、なんだよ。そんなのほったらかしちまえばいいのに」

『すぐ終わらせてくる。そしたらそっちに行くから待ってて』


ユキがそう言えば、ファーランとイザベルは「おう!」と揃って手を振った。

2人から隠れるように窓の下で繋がれた手を彼らはまだ知らない。





垂り雪 END



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