木漏れ日

□見知らぬ地
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さわさわと心地よい音が耳を掠める。

頬を撫でる柔らかな風。
鼻腔を擽る緑の香り。

瞳を開けば視界いっぱいに広がった葉がその身を揺らし、隙間から木漏れ日がちらちらと視界を掠めた。どうやら私は寝転がっているらしい。

どこで寝てたんだっけ、と思いながら身体を起こせば思ったより重く気だるい。辺りを見渡せば森のようだった。自分のすぐ真横には傘が転がっている。

傘を拾い上げ、今の状況を整理する。自分はどこで寝ていたのか、そもそも何をしていたのか…どこに向かっていたのか。身体の重さは木々の隙間から差し込む日の光のせいだと気づくのにそう時間はかからなかった。だとすれば、ここで寝ていた時間はそれほど短くはない。


…ドシンッ


『?』

いつまで経っても働かない頭で必死に思い出そうとしていると地面を揺らす地響きが響き渡った。一度ではなくゆっくり、ゆっくりと規則正しく繰り返されている。


…ドシン、ドシンッ


その音は徐々にこちらに近づいてきたようだった。木々が揺れ、空気が振動し、羽を休めていた鳥たちが一斉に羽ばたき空へ舞う。

ドシン、その音と共に森の中から現れたのは大きな人間だった。何故か服を着ていないそれは私の姿を確認するとニタリと不気味に顔を綻ばせる。

何だろう、これ。こんな生物がいる星に来る用事なんてあっただろうか。前回引き受けた仕事は巨大タコのエイリアンを倒してくれっていう依頼だったけどそれはもう終わったし、巨大な人間に関わったことなんてない。


『ちょっと聞きたいことがあるんだけど…ここどこ?何星?』


言葉が通じるかは不明だったが、大きいだけで見た目は地球にいったときに見た人間と同じ。きっと大丈夫だろうと近づいたとき、巨大な顔が一気に迫ってきた。


『惜しかったね』


ガチンと巨人の歯が大きな音を立てる。咄嗟に距離をとったからよかったが、あのままぼけっとしていたら今頃あの巨大な口の中に納まっていた。

手近にあった木に飛び乗って様子を伺えば、巨人はガリガリと木を引っかきながら私を見上げてくる。どうやらまだ私を食べようとしているらしいが、木登りは上手ではないらしい。

これからどうしよう。折角出会えたと思ったら相手は言葉の通じない巨人だし、しかも何故か私に敵意むき出して食べようとしてくる。

どうしたものかと考えていると視界の端に影が映った。

木を足場に飛び上がれば、足場にしていた木はどこからか飛んできた巨人によってバキィッと音をたてて食い千切られる。


もう、構っていられないな。

私は飛び移った木を足場に踏み込み、無防備に背中を晒している巨人の脳天に傘を振り下ろした。びちゃびちゃと壊れた頭部から赤黒い液体が飛び散る。

地響きを立てながら倒れるそれを足場に飛び上がってもう一体の巨人の首目掛けて傘を横薙ぎに振り払えば、容易に吹き飛ばされた頭部は一本の大木に当たって転がった。


傘を担ぎ辺りを見渡す。しんと静まりかえる森に、もしこの星にあの巨人しか生息していなかったらどうしようかと考えるとため息がでた。

とりあえず鞄の中から日除け用の包帯を取り出し、腕に巻きながら考えることにする。

そもそも私は何をしてたんだっけ?思い出せ…。ええと確か巨大タコのエイリアンを退治してそれから…あぁ、宇宙海賊春雨からの依頼があって彼らの艦隊まで行った。そこまでは覚えてる。

それから知らない師団の神威とかいう同じ夜兎族のにーちゃんが現れて…


[ねぇ、君夜兎なんでしょ?強いの?]


思い出した。いきなり喧嘩ふっかけられてしばらく交戦した後ふっ飛ばされたんだ。その時一瞬光みたいなものに包まれた様な気がしたけど、あの光はなんだったんだろう。


[オイ、待て冗談じゃねぇぞ!]


私を案内してくれてた阿伏兎とかいう人が焦って手を伸ばしてたのが一瞬見えたけど、…もしかして宇宙船から外に投げ出された?にしては焦りすぎなような気もする。


[何これ、なんか物騒な装置がおいてあるけど]

[あぁ、そりゃ粛清人を転送するためのもんだ]

[粛清人を転送?]

[下っ端はここじゃすぐに殺されるが、ある程度地位を持ってたりすると死体が残るのが面倒だったりするからな。こいつで遥か遠くに追いやるんだそうだ]

[いくら遥か遠くの宇宙に投げだそうが、今の時代じゃ宇宙船でひとっ飛びできるから意味ないと思うけど]

[宇宙船じゃ帰ってこられないところに転送しちまうんだとよ]

[そんなところあるの?]

[俺も詳しくは知らねぇが、噂だと別次元に飛ばされるらしい。世界が違っちまえば帰ってくることは確かにできねぇからな]

[私なめられてる?そんな馬鹿な話を信じられるほど馬鹿でもお子様でもないけど]

[俺もそうさ。だが実際、こいつで飛ばされたという奴が戻ってきたのを見たことがないのは確かだ]



まさか、…まさか。
飛ばされたァァアアア!?

いや、いやいやいや。
それはない、うん。絶対ない。

どっかの団長にいきなり喧嘩売られてぶっ飛ばされた場所にあの機械がたまたまあって、それが偶然作動して私だけ飛ばされる確率なんて隕石に当たる確率より低いっつーの。


『…』


額にダラダラと嫌な汗が流れる。いや、この汗は暑いだけだから、暑いから汗かいてるだけだから。

断じてぶっ飛ばされた時にあの機械を見たような気がするとかじゃないから。なんか機械があったような気がするけど、焼肉屋にあるアイスクリーム製造機だったから。セルフでにょいーんって出てくるあれとそっくりだったから。なんかゴツい感じだったけど、すげぇアイスクリームができるんだなアレきっと。あ〜一回だべてみたかったな!


『……って、んなわけあるかァァアアア!!』


全力で叫び声を上げ、地面に転がる巨人の死体を踏みつける。

飛ばされた!完全に飛ばされた!
隕石にぶつかるより低い確率の現象にあって訳わかんないところに飛ばされた!!

クッソ、あの神威とかいう男よくも…ッ!完全にとばっちりだろーが!完全に被害者だよコレ!どうするんだコレ!

まぁ、別世界なんて冗談でしょ。太陽もあるし、巨人がいる星だってよく思い返してみれば聞いたことあるような気がしなくもない。

飛ばされたっていう奴らが帰ってこないのは単純に殺されるから近づいてないだけでしょ。そりゃ、追放されて殺されるのが分かってるのにノコノコ帰る馬鹿なんているわけない。


『とにかく、誰か見つけて宇宙船を借りよう。それかもらおう。』


そう思って一歩踏み出した時、後ろで巨人が立ち上がる音が聞こえた。

確かに首を飛ばしたはずだが…振り返れば復元された頭部を揺らしながら再び手を伸ばしている。

巨人が不死身だと聞いたことはないが、首を飛ばしても死なないということは他に倒し方があるのかもしれない。


『どうやったら死ぬの?』


伸ばされた手に飛び乗り、掴まれる前に腕を駆け上がって飛び上がる。脳天から傘を振り下ろし再び吹っ飛んだ首が地面に転がった。

巨人の身体は地面に倒れこむ。しかし、さっきもそうだった。吹き飛ばされた頭部は徐々に回復を始めている。

こんな奴らに構っていられないと私は駆け出した。取り敢えず森から抜けないとどうにもならなさそうだ。


ドスドスと後方から音が迫ってくる。振り返ればもう一体の新たな巨人が追いかけてきていて、面倒なことになかなか俊足だ。

追いつかれるのは面倒だと足を止めた時、巨人の背後から何かが飛んでくるのが見えた。


キィンッ…!
響き渡る金属音。

森の中から飛んできた何かは巨人の背後を横切るように、その巨体の項の肉を切りとった。

ぷしゅぅ、という機械音。あれはガスの煙だろうか?いや、それよりも飛んでいるのはどうやら人のようだ。

これで言葉が通じれば万々歳だ。…と思っていると宙を飛んでいた人間は私と少し距離を開け着地した。

緑色のマントを羽織った小柄な男。瞳こそ獣のように鋭いが見たところ普通の人間のようで安心する。


『よかった、ちょっと聞きたいことがあるんだけど』

「お前、何者だ?ここは壁外だぞ。こんなところで何をやっている」


私の質問は無視かよ。

まるでこっちの言葉が聞こえていないかのように聞き返してきた男は、持っていた刃を真っ直ぐに私に向けた。少し動けば鼻先が触れそうだ。


『…こっちが先に質問してたんだけど』

「お前に拒否権はない。俺の質問に答えろ、お前は何者だ?壁外で何をしていた?どうしてこんなところにいる?」

『質問は一つずつにして』

「答えろ」


どうしても何も、私はとばっちりを受けてここに飛ばされただけだ。何をしていたと言われれば巨人と戦っていた。

そう言えば男の表情はみるみるうちに歪んでいく。なに言ってるんだ、こいつ…という視線が向けられる。

だから、私のほうが混乱してるんだって。


「ふざけているのか?自分の状況分かってんのか?」


ぐいっと刃が頬に押し付けられる。僅かに感じた痛みと頬を伝う感触にどうやら浅く頬が切られたらしい。


『わかってない。訳も分からず知らないところに飛ばされて、訳の分からない男に刃を向けられてることしかわかってない』

「…」


沈黙が落ちる。そう言えばこの男はここを「壁外」だといっていた。それはどういう意味なのだろうか?

考えていると、男は再び飽きもせず質問を投げかけてくる。


「向こうにいた巨人の首を飛ばしたのはお前か?」

『そう』

「どうやって?」

『この傘で』

「ふざけるな」


また、眉間に皺が寄った。言葉は通じるが話が通じなければどうしようもない。

途方に暮れていると再び巨人の足音が聞こえてきた。どうやら先程の巨人が回復したらしい。

木々の間から姿を現した巨人に、振り返った男は舌打ちを零す。そういえばさっきこの男が倒した巨人は蒸気をあげながら身体が徐々に消え始めているようだ。再生する様子もない。


『ねぇ、この巨人を倒すには項を吹き飛ばせばいいの?』

「だったら何だ」

『なんだ、意外と簡単で助かった』


「あ?」と不機嫌そうな男の声が聞こえる。私は巨人に向かって傘を構え、柄を思いっきり引いた。



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