木漏れ日

□交換条件
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「へぇぇこの子が噂の子かぁ!なんだ可愛いじゃないか!」

「うるせぇ、黙ってろクソメガネ」


数時間後。私を閉じ込めていた地下牢の扉は開けられ、手枷と足枷も外された。前に保護した人間も少しの事情聴取をしたのちに解放されたらしい。

私の場合は「巨人を倒した」ということと「奇妙な傘から撃った砲撃」などのせいでこいつら調査兵団という兵団組織に引き取られ監視されることになってしまったが仕方ない。

監視というのは気に入らないが衣食住を保証してくれるのなら万々歳だ。向こうに帰るまでここで面倒を見てもらおう。

薄暗い地下牢を歩きながら、途中で席を外したエルヴィンと変わって訪れてきたクソメガネに「ねぇ、どこからきたの?わけわからないことばっかり言ってるって本当?」と質問攻めにされる。鬱陶しい。クソメガネというあだ名をつけられる理由を会って3秒で理解した。

数時間に渡る質問攻めで私が理解したのは、ここは本当に私がいた世界とは違うということだった。

エイリアンも知らない、宇宙も知らない、通信技術もなければ人々は先ほど見た壁の中でのみ生活しており、外は人を食う巨人が支配しているという。

だから白い肌に傘という特徴的な私のことを夜兎と知ることもなかったし、砲撃にも衝撃を受けたらしい(私自身驚いたが。)

これは本当に帰れないんじゃないだろうかと心配になってきた。春雨の重鎮を処刑する転送装置…さすが宇宙最大の犯罪組織というだけあって技術も相当だ。まさか本当に別世界に飛ばされてしまうなんて。

今時どんなに廃れた星でも宇宙との交流はあるし異星人だっていないはずがない。空気、環境、景色…全てが元の世界とは違うと分かる。

耳を手で覆い、阿伏兎から渡されていた通信機の電源をいれるがザーという音しか流れてこない。全宇宙で通信が可能なはずの通信機が使えないはずないのに。

外にいる巨人から壁によって身を守られながら暮らしている。…こんな世界からどうやったら帰れるんだろう。まさか迎えが来ない限り帰られないとかじゃないだろうな…。

それなら私はほぼ100%の確率で帰れないと言っていい。宇宙海賊春雨がわざわざ私一人のために動くとも思えない…何か別の方法を探さなければ。


「包帯してたときは分からなかったけど本当に白くて綺麗な肌だねぇ…、髪も真っ赤だし初めて見るよ。こんな変わった子は」


そう言いながら髪に触れようとしてくる手を軽く払うと、クソメガネは残念そうに手を引っ込めた。


『私はこれからどこに連れていかれるの?』

「調査兵団本部だよ。エルヴィンが上との話をつけてくれば本部のどっかに部屋を作ることになるんじゃないかな」

『あなたたちに引き取られるってことは衣食住面倒見てくれるの?』

「なに呑気なこと言ってやがる…監視だ。いいか?お前が巨人を倒したことも妙な傘のことも上には伝えない。頭のおかしい奴が壁外に出たということにする」

『…まぁ理由はなんでもいいけどどうしてわざわざそんな面倒なことしてまで嘘つく必要があるの?』


気に入らないが理由なんてどうでもいい。こちらにもなにやら事情がありそうだと思い聞いてみれば異質である私を中央の力のある人間たちから隠すためらしい。

面倒ごとを避けたいというのもあるだろうが、ことの全てを馬鹿正直に話せば私はあのまま地下牢に閉じ込められ身体中を調べ尽くされるようだ。

つまり、私を守ってくれたのだろうか。ただの迷い人としてすぐに市街地へ帰されればその後の形跡など追われることはまずありえない。


『…取り敢えずありがとう、でいいの?』

「どうだろうな。中央の奴らに監視されながら身体を弄くり回されていたほうが楽だったかもしれねぇ。少なくとも死ぬことはないからな」


これから私はこの調査兵団というところで戦闘員として戦場にだされることになるだろうとリヴァイは言った。もちろん、監視し、更に事情を調べ私に不審なことがなければの話だがと続けられる。

つまり交換条件だ。衣食住を面倒見る変わりに力を貸せと。


『私は別にいいけど、そっちはいいの?上に嘘ついて私を匿って。バレたらやばいんじゃないの?』

「なら精々、俺たちに迷惑をかけないように兵士にうまく紛れるんだな。万が一、おかしな真似をすれば殺す…それだけは覚えておけ」


振り返ったリヴァイの鋭い瞳と視線が交わる。けろりと笑ってそんなことしないよと言うとガシッと腕を掴まれた。

なんだと見上げればすぐ目の前にハンジの顔があり思わず一歩足を引く。…が、その距離すら一瞬にして詰められた。


「傘で巨人を倒したんだろう!?こんな細い腕の一体どこにそんな力があるんだい!?実験していい!?調べ尽くしていい!?」


あまりの迫力に思わず言葉がでなくなる。キラキラと子供のように輝かせた瞳が迫り、どうすればいいんだとリヴァイを見れば完全無視。

どうやら慣れた光景のようだ…そして触らぬ神になんとやら、らしい。


『あの、ちょっと近…』

「いいよね!?いいよね!?」

『近いって言ってんだろーが!』


掴まれた腕を掴み返し、そのまま壁に叩きつければ「ぎゃふっ」と変な声を出して苦しそうに膝をついた。


「…な、なんて力…」

『わかったら反省しろ』

「余計に調べたくなっちゃったよ…!」

『は?…ちょ、やめてマジで!』


ユキに抱きつこうとするハンジ。そしてそれを躱すユキ。

ハタからみればわーきゃーと戯れているようにしか見えない光景にリヴァイはため息をつく。

それを止める気にならなかったのはただ面倒だということもあったが、ユキが笑っていたからでもあった。出会ってから初めて見る笑顔。それは先ほどまで見ていたような鋭く冷淡な印象を少しも含んでいない、ただの少女の笑顔だった。

しかし、仮にも分隊長であるハンジをその小柄な身体で軽々と投げ飛ばした彼女はやはり普通でないことは確かだ。


**
***


エルヴィンが上手く中央と話をつけ、ユキは非公式ではあるが調査兵団へと迎え入れられた。

しかし、用意した部屋は日が当たるから嫌だと言われ、共同生活に文句を言われ、食事の余り物を鍋ごと食べるユキに手を焼く羽目になる。

自由奔放
傍若無人。

彼女の性格を理解するのにそう時間はかからず、得体の知れない奇妙さは拭えないもののユキに対する不信感はなくなっていた。

自分は別世界の人間でここに飛ばされただけなんだと意味のわからないことばかりを言っていたが、それも嘘を言っているようにはどうも思えない。そもそもそんな真っ先に不審がられるような言い訳をする利点がない。

それこそ頭のおかしい人間のフリでもして言い逃れをし、自分の家にでも帰ればいい。


ただ、ユキはそれをしなかった。

調査兵団本部へ来てから改めてエルヴィンとリヴァイでユキから話を聞いたが、ユキは迷うことなく全ての問いに答えた。その答えに嘘をついているような素振りはない。


「帰る家はないのか?」


エルヴィンが聞くとユキは無いと答えた。悲しそうな表情をするわけでもなく、同情を誘うようでもなく…ただただ事実を述べるように淡々と言うユキにやはり不信感は抱けなかった。

まるで世界にたった一人取り残されたように壁外にぽつりと佇んでいた少女。彼女は巨人を圧倒した…にも関わらず、本能がこいつは敵では無いと言っている。


『帰れるまではあなた達調査兵団に協力するよ。これが私の商売だし帰れるまでの衣食住で手を打とう』


そう言ってエルヴィンが差し出された手に応えたのが数時間前。とは言っても監視対象であることには変わりなくそれを俺が引き受けたわけだが、今現在目の前の女は何倍にも膨らませた腹を天井に向けて寝転んでいる。

満足なのか苦しいのか複雑そうな表情を浮かべていた。


「お前はどれだけ食ってんだ」

『だって余ってるって言うから』

「お前は余り物を全部食うのか?こっちはお前が人間じゃねぇことを今思い知らされたが」


私は人間じゃない。

エルヴィンと俺にそう明かしたユキは人以上に力が強いこと、そして日に弱いことを付け加えて言っていた。

半信半疑だったがついさっき確信した…いくら大食いでも鍋をひっくり返す勢いでは食えない。あれは人間にはできない。できるのは化け物だけだ。つまりこいつは化け物だ。


「さっさとてめぇの部屋に行け。俺が戻れないだろうが」

『ここでこのまま幸せな気分で寝たい』

「ふざけるな」

『じゃぁリヴァイ運んで』

「そんな腹してるデブを運べるかよ」


いいからさっさと起きろと蹴られ、ユキはぶつくさ文句を言いながら立ち上がって部屋へ戻っていく。

この先ユキの面倒を見ていかなければいけないのかと思いリヴァイはため息をついた。

上手く利用できれば調査兵団の大きな戦力となるだろう…だが、彼女の正体はわからないままだ。それはこれから知っていくしかない。



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