木漏れ日

□強大な力
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次の日。朝目覚めても私は元の世界に戻っていることはなかった。夢だったらどれだけよかったことか…こんな夢見たんだと笑い話で終わっていたのに。

カーテンを開ければ鬱陶しい太陽の光が差し込み、瞳を凝らせば遥か遠くに聳える壁が見える。

溜息をついてカーテンを閉め、机の上に置いておいた通信機を見るが反応はない。いつか連絡が来るかもしれないと淡い期待をもって通信機を耳に装着し、扉を開けて廊下を歩く。

相手は宇宙海賊春雨だ…助けは期待できない。帰る方法は自分で探すしかなさそうだが、どこから手をつけていいのか検討もつかないから困ったものだ。

なにせここには宇宙船も通信技術もない。巨人と、巨人に支配された人類と……


「なにのんびりしてやがる。早くしろ、ノロマが。」


私の監視役として付き纏う、どうにも馬の合わないクソ野郎がいる世界だ。


**
***


「昨日も言ったが、この後はエルヴィンをふまえてお前の身体能力を見させてもらう。わかってるな?」

『…』


問いかけても返事はない。リヴァイの前に座るユキは眉間に皺を刻み、黙々と朝飯を口に運んでいた。

その頭には寝癖がつけられたままで、飛び出した一部の赤髪がぴょこんと綺麗に天を向いている。

昨晩あれだけ食ったくせによく食えるなとリヴァイは思う。鍋をひっくり返す勢いで食べたユキは腹の形を変えていたほどだったのだ。

なのに朝起きて来た時にはすっかり元どおり。ケロリとした表情を浮かべてもぐもぐと朝食を口に運んでいる。…人が話している時にも御構い無しに。


「人が話してるときにもぐもぐうるせぇんだよ。少し我慢できねぇのか」


今朝からずっとこんな様子のユキはリヴァイの話を聞いているのかいないのか終始もぐもぐと口を動かし続けていた。

さすがにリヴァイも我慢できず米神に青筋を浮かび上がらせる。


「おい、聞いてんのか」

『傘返して』

「何度言えばわかるんだてめぇは。漸く口を開いたかと思えば傘返せ傘返せと…、さっきも説明したが返せない」

『返してくれないならなにもしない』

「自分の立場わかってんのか?お前は俺たちに監視されている身だ、拒否権はない」

『あれがないと外にも出れないってさっきから言ってるんだけど?私はそっちに力を貸す、そっちは私の衣食住で交渉は成立したはずでしょ』

「お前のような怪しい女をすぐに信頼なんかできるわけないだろうが。こっちはお前ほどお気楽じゃない」

『だったらこんなところでてってやるよ』

「やれるもんならやってみろ」


ガタンと立ち上がった2人がバチバチと火花を散らしながら睨み合う。そのあまりの迫力に食堂にいた周囲の兵士たちが怯えながら立ち退き始めた。


「!」


ミシミシと聞きなれない音が鳴ったかと思えばバキッという音と共にユキは食堂の長机を持ち上げた。

固定されていたはずの長机をたった一人の少女が持ち上げたという信じられない光景に周りの人間は息を飲む。リヴァイですら一瞬虚を突かれた。


「そいつを下ろせ、埃が飛ぶだろうが」

『だったら後片付けはあなたがすれば?』

「はーい、君たちストーップ。周りが怯えてるからやめてねー」


場に似合わない呑気な声に2人の視線が向けられる。「おぉ怖っ」とさすがのハンジも両手を上げて降参のポーズをとってみせた。


『…あんたは、昨日の』

「うわぁ何かすごい場面に居合わせちゃったよ」


取り敢えずそれ降ろしてくれないかな、というハンジにユキは邪魔が入ったと舌打ちをしながら机を下ろす。


「なにがあったか知らないけど本当に怪力なんだねぇ、固定机を持ち上げるなんてさすがに驚いたよ」

『あんたには関係ない』

「そんなこと言わないでさ。あーあー、ユキったら寝癖つけちゃって可愛い顔が台無しだよ」


そう言って髪に触れようとするハンジの手をユキは昨晩と同じように払いのける。彼女の目にはリヴァイと同様、地を這うような殺気が燻っていた。


『邪魔しないでくれる?今からこのチビと白黒つけるところだったんだけど』

「自分のこと棚に上げてんじゃねぇ」

『…、上等だよ。今ここでその偉そうな態度叩きのめしてやる』

「だぁぁからストップって言ってるでしょ!?」


小さいもの同士の醜い争い。再び火花を散らし始めた2人を止めたのは、今にも拳を振り上げんと言わんばかりのユキの腕を掴んだミケだった。

不意を突かれたユキの小さな身体は意図も簡単に引っ張られ、リヴァイから離される。何するんだと言おうとしたユキだったがすんすんと匂いを嗅いでくるミケに顔を青くさせた。


『え、ちょっと何この人…近っ!っていうか嗅がれてるのこれ!?』

「あぁ気にしないで。初見の人を見ると匂いを嗅ぐのがミケの癖なんだ」

『どんな癖!?やめてほんと怖すぎるから!』


ミケの拘束から力尽くで脱出したユキは全身の毛を逆立たせた野良猫のように距離をとってミケを睨み付ける。しかし、もう遅かったのかフッと鼻で笑ったミケにユキはショックを受けた表情を浮かべる。

なんだ今の笑いはと詰め寄るユキとそれを無視するミケを横目に、リヴァイは「どうしてお前たちがここにいる」とハンジに問う。その目に先程までの闘志はすっかり消えていた。


「エルヴィンに君たちを連れてくるように頼まれてね、ミケはたまたま廊下で会ったんだ。新しい子に会ってみたいってさ」


どうせ匂いを嗅ぐためだろうと思ったがリヴァイは敢えて口には出さなかった。もうわかりきったことだからだ。


「でも、やっぱり来て良かった。エルヴィンが言った通りだ」

「どういうことだ?」

「あの2人のことだから面倒なことになっているかもしれないって」


その通りだったよと笑うハンジをリヴァイが睨み付ける。「おっとごめん、そんなに怒らないでよ」というハンジは戯れるユキとミケの方に視線を向けた。

リヴァイもその視線に誘導されるように2人を見れば、どう見ても子供が大人に抗っているようにしか見えない。

とても先ほど机を軽々と持ち上げて見せたようには見えなかった。


**
***


「…見事なものだ」


傘一本でめちゃくちゃにされた的の残骸の上に凛と佇むユキに、エルヴィンは感嘆の声を零した。

訓練兵が行う立体機動のベルトのみで行う訓練をやらせ、微動だにしなかったユキに装置をつけさせて木に突っ込んだのが数十分前。

強靭な脚力に機動装置の速度が追いつかず、そのまま木に突っ込んだのだ。その威力は大木を抉るように形成された穴が物語っている。

大木に突っ込ませた頭を引っこ抜き、『大丈夫だよこのくらい』と言ったユキに「頭に木の枝ぶっ刺しておいて説得力があると思ってんのか?」と近づいたリヴァイにユキが誤ってアンカーを射出し、それを見ていた全員が肝を冷やした。

紙一重で避けたリヴァイだったが、彼じゃなかったら間違いなく大怪我ではすまなかっただろう…その後「ふざけんなてめぇ!」『だからこういう機械は苦手だって言ったでしょーが!』と暫く言い争いが続いていた。


機械の扱いはド下手。おまけにブレードの扱いも下手でどういう訳か止まっている的に向かって振り下ろすだけで両手に持っていた刃が粉々に砕け散る。

正直、こんな奴使い物になるのか?と誰もが思っていたが、エルヴィンが彼女が初めから持っていた傘を渡し、先ほどと同じように的の項を破壊しろと言えばユキの表情が変わった。

出会った時と同じ、体の芯から冷えるような瞳。その威圧に息を飲んだ時にはユキは自らの足で的を駆け上がり項に向かって傘を振り下ろしていた。

その一撃は項を捉え、まるで雷が落ちたかのように的の足元まで亀裂が走り真っ二つにした。ガラガラと崩れる的の上にストンと着地し、先程のエルヴィンの感嘆の声に戻る。


『だからこれだけあればいいって言ってるのに』


バサッと傘を開いたユキは何事もなかったかのように的の残骸から飛び降り、着地する。

人間離れした能力。壁外で倒れていた巨人をやったのは本当にユキだったのだとリヴァイは確信した。

あの破壊力…傘というふざけた武器で巨人の首を吹き飛ばすなどできないと思っていたが自分の思い込みだったようだ。彼女ならば、それができる。


「我々は、我々が思っている以上に強大な力を手に入れたらしい」

「すごいよエルヴィン!ユキの力があればこれまで以上に遠征の距離を伸ばせるかもしれない!」


それはどうだろうな、と口を挟んだリヴァイにハンジはどうしてだよ!?と声を上げる。しかし、エルヴィンもリヴァイと同様、浮かれた表情は浮かべていなかった。


「あいつの言っていることが本当なら、ユキはここに居続けるわけじゃない。いついなくなるか分からない存在だ…あいつの力に頼った作戦を立てるべきじゃないだろうな」

「でも、今は帰る方法が見つかっていないんだろう?」

「帰らないという保証もない。突然いなくなる可能性だってあるかもしれないと彼女は言っていた」

「…あいつの力をどう使うのかは、エルヴィン…お前次第だ」


自分が帰れるまで力を貸すと言っていたユキ。この力をどう使っていくかはエルヴィンに委ねられることになるだろう。


『あー、疲れた。お腹すいた。』


そんな中、緊張感ある空気は座り込んでだるそうに呟くユキの声によってかき消されたのだった。



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