木漏れ日

□資料室
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ガチャリと妙に古臭い扉を開ければ、目の前には一面本がびっしりと敷き詰められた光景が広がっていた。

後手に扉を閉めると本独特の紙の匂いが鼻腔を擽る。湿っぽく人の出入りは少ないようだが、それなりに掃除は行き届いているようだった。

私は今一人で何をしているのかというと、エルヴィンに許可を得て調査兵団の資料室を貸してもらっている。なにせこの世界のことを何も分かっていないし、ここにも暫くいることになりそうだから少しは知っておくべきだと思ったからだ。

結局、朝起きたら元の世界に帰れている…ということも数度繰り返せばそんなことは起きないんだと諦めさせられる。何度目を覚まそうとこの世界から戻れることはなかった。

帰る手立ても思いつかないし、どこから探せばいいのかも検討がつかない。暫くはこの世界にいることを覚悟せざるを得ないようだ…といっても私自身の生活は前とほとんど変わらない。

技術が遅れている分めんどうなこともあるが、元々地に足をつけず様々な星を渡り歩いていたから慣れたものだ。やけになって帰る方法を探す気にもなれず、今のところそのうち見つかるだろうという適当な考えで過ごしている。


『…よいしょ』


久し振りに一人になった開放感もあり、とりあえず机の上に大の字に寝転がった。ちなみに今リヴァイはどこか別のところに行っていていない。どこに行ったのかは興味もないし聞いてないけど。

ここにきて数日は鬱陶しいほど行動を制限されていたが、それもここ最近緩和されつつある。今だって私は一人にされているし、どういうわけか信頼されたようだ。

使い終わったら真っ直ぐに戻ってくるようにと念押しはされているが監視はつけられていない。ここにきてから大人しくしていた効果がでてきたようでよかった。

元々兵団組織なんて堅苦しそうなところだったから信頼されるまで時間がかかるとは思っていたが、私は始めから悪巧みをするつもりも危害を加えるつもりも全くない。

ただ、元の世界に帰れるまでここで調査兵団に力を貸す…それだけだ。


よっ、と起き上がって再び本棚に向かい適当に数冊手にとっていく。とりあえず知りたいのはこの世界の現状…巨人の事と法律や規律だ。

ドサリと本を机に起き、腰を下ろして表紙を捲ったその時…私の顔は引きつった。


『…なに、これ』


始めに飛び込んできたのは意味のわからない記号。…そして、ところどころに記載されている挿絵。

ちょっと待ってよ、…え?マジで?言語違うの?

他の本を見ても自分が知っている文字はどこにもない。…おいおい嘘でしょ、だって普通に話してたじゃん…会話通じてたじゃん…文字だけ違うってそんなのずるくない?反則じゃね?


まさかこんな事態に直面するとは思いもせずやる気をなくす。まぁ、元々字を書くのは苦手だったからその点に関しては誤魔化すことができそうだからよかった。

…だが、これでは何も情報を得ることができない。ここの人間に聞くのは迷惑かなと思い自分でなんとかしようと思っていたのに。

このまま戻っても戻りが早すぎてエルヴィンに何しに行ったんだこいつ?と思われるに決まってる。

取り敢えず挿絵の多そうな本を選び、私は適当に目を通すことにした。



**
***



「あの馬鹿はどこにいった」


上への面倒な雑務を終え、戻って来ればエルヴィンに監視されていたはずのユキがいない。聞いてみれば「資料室に行った」という。


「あいつを一人にさせたのか?」

「問題ないと言ったのは君だろう?」


確かにここ数日の様子を見て問題ないだろうとは言ったが、まさかエルヴィンが直後にユキを一人にするとは予想外だった。

壁外調査などで大胆な作戦にでることもあるが、調査兵団の全責任を負うとあって基本エルヴィンは何事に対しても慎重に行う。壁の外にいた人外の力を持つ異質な女をその辺に放って散歩させてやることはないと思っていたのだが。


「彼女に危険なところはない。純粋にこちらに協力しようとしていると君は思ったんだろう?私も同じだ、ここにきてから彼女を私もそれなりに見ていたが危険はないと判断した」

「…エルヴィン、お前はあいつが異世界から来たという馬鹿げた話を信じているか?」

「信じている、というよりは信じざるを得ないと私は思っている。いくら考えてもユキが嘘をつくメリットが思いつかないし、この世界の人間でないとでも言わなければあの力を証明することはできない。」


エルヴィンは続けた。


「あの子は信頼できる存在だと思っている。表裏のない性格がそうさせるのかは分からないが、ユキにはそう思わせる力がある」

「お前らしくないな」

「お前はどう思う?リヴァイ」

「…さあな」


リヴァイはそう短く答え、エルヴィンの机に書類を置いて部屋を出た。

ユキにはそうさせる力がある…エルヴィンの言った言葉を否定することはできなかった。

自由奔放、傍若無人。そんな言葉がこれほど当てはまる人間は今までに見たことがない。言葉だけではただ面倒に思われるが、ユキにはそうさせない何かがあった。

その証拠にユキは調査兵団に来てから数日で組織に溶け込んでいる。異質な力、目立つ容姿など関係ないとでも言うように兵士と他愛のない話をし、それを周りも受け入れている。

時々「テレビはないのか」「あのドラマの最終回気になってたのに」「エレベーターもないの?面倒くさい」と意味のわからないことを言うが、それは元の世界とやらにあったものなのだろう。

新しい言葉が出るたびにハンジがそれは何だと問い詰める。そうするとユキは決まって説明するの面倒くさい…と言いながらも最終的には教えてやっていた。


顔を合わせれば喧嘩をふっかけてくる俺からしたら面倒極まりない上に馬の合わない存在だが、どうやら危険視しなくてはいけない存在ではないらしい。

あいつはいつだって飄々として、文句を言う割にこちらのいうことに従順に従っている。そもそも見るからに頭の悪そうなあいつに悪巧みなんてできないだろう。


一際古い扉の取っ手を捻り、押し開ける。

窓から差し込む柔らかな光が敷き詰められた本を照らし出す。そんな部屋の中で赤髪のそれはすぐに見つかった。

太陽の光から逃れるように部屋の隅の薄暗い場所に突っ伏している。…近づいてみれば開いた本の上に頬をすり寄せ、呑気に眠っていた。


「…寝てるのかよ」


資料室に来ているだなんて聞いたから、何を調べるつもりだ馬鹿のくせに…と思っていたがやはり馬鹿は馬鹿らしい。本に目を通している間に眠るなんて典型的なそれだ。

隣の席に腰を下ろして散らばっている本を一冊手にとってみれば、どうやらこの世界の歴史について知ろうとしていたらしいということがわかった。

挿絵が異常に多いものばかりなのが気になるが、…そこは触れないでおく。チラリとユキを見れば机に突っ伏したままピクリとも動く様子はない。寝顔だけ見ればあんな馬鹿力があるとは思えないほどか弱そうなただの女の顔だった。

いつも睨みつけてくる鋭い瞳は閉じられ、中途半端に開いた口が呆れるほどに間抜けに見える。こんなに無防備な表情は起きている時、自分に向けられることは絶対にないだろう。

今朝のちょっとした言い争いを思い出し、静まっていた怒りが再び湧き上がってきた。

遅くまで寝ていたユキを蹴り起こし、目を覚ましたユキに反撃と言わんばかりに廻し蹴りをくらったのだ。とても女とは思えない力と不意打ちに「何するんだてめぇ」「先にやってきたのはあんただろうが!」…と、喧嘩まがいの下らない言い争い。

今思えば本当にくだらないことにムキになったと後悔する…こいつが来てからこんなことばかりだ。いちいち俺を苛立たせるこいつの面倒を見るのはもう御免だと毎日のように思うが、気づけば正面からぶつかっている。自分のペースを乱されてばかりだ。


はぁ、とため息をつき隣で眠る忌々しい存在に視線を落とす。

机に放り出された腕も、ふっくらとした頬にかかると髪も…初めて目にした時と同様、この世のものではないかのような異様さを感じる。

白い肌も赤い髪も、
この世界に馴染んでいない。

見知らぬ世界にたった一人で放り込まれたこいつは何を思いながら毎日過ごしているのだろうか。…そんなこと知る由もないし、知りたいとも思わないが。


「オイ、起きろ」


声をかけるが無反応。返ってくるのは気持ちよさそうにすやすやとたてている寝息だけ。

どうしたものかと考え時計に目を移せば、まだ夕飯まで時間があった。


「…まだ、いいだろ」


深い眠りにつくユキを無理やり起こすこともないだろうと、リヴァイは机に積まれた本を一冊手に取った。



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