木漏れ日
□壁の中
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『…うわ』
「なんだその反応は」
ゆっくりと目を開けた私は人の気配を感じ、隣を見る。すると本に落としていた視線を上げたリヴァイと目が合い、思わず顔を顰めれば向こうも同じように眉間に皺を寄せた。
『…なんでここにいるの。っていうかいつからいたの』
「お前が間抜けなツラ晒して呑気に居眠りこいてたときからだ」
『間抜けヅラ晒して悪かったなコノヤロー』
グッと伸びをして時計に目をやれば資料室にきてから数時間は経っていた。ちなみに私の時計は当然使えるはずもなく、各所に設置されている壁掛け時計に頼っている。
『いつの間にこんな時間経ってたんだ』
「資料室で居眠りなんて餓鬼しかしねぇよ」
『しょうがないでしょ、読もうと思ったら字が違くてわからないし、仕方ないから挿絵を見てもさっぱり意味わからないし』
「それでこんな絵本みてぇな本ばっかり読んでたのか」
『どこまで私を馬鹿だと思ってんの?』
ぱらぱらと本を捲り完全無視を決め込むリヴァイに聞こえるよう、わざとらしくため息をついてやる。というかどうしてこんなところにいるんだこいつは。…あぁ、エルヴィンに行って来いって言われたのか。
もう片付けようと本を手に取り立ち上がると、リヴァイが「オイ」と口を開いた。
「わざわざこんなところに来なくても、その辺の奴に聞けばいいだろう。歴史も壁の中の情勢もここにいるやつらは大抵知っている」
何故私が知りたかったことを知っている…と疑いの眼差しを向けたが、散らばっていた本を見たのだろう。挿絵だけで適当に選んだ本だったが、知りたいことは書いてあったらしい。…読めなかったけど。
『別に、自分で知りたいことくらい自分で調べようと思っただけ』
「結果何も得られず居眠りこいていただろうが」
だからなんだよ、文句あんのかコノヤローと思いながらも的を得ているだけに反論できない私はリヴァイを睨みつける。…が、ハッと鼻で笑われ余計にムカついた。
なんだ本当にこの男は…どれだけ私を馬鹿にしたいんだ。こっちはこれでも少しは真面目になってこの世界のことを知ろうとしていたのに。
返せ、といってリヴァイから本を取り上げ本棚へ戻していると手伝いもせず椅子に腰掛けていたリヴァイが静かに口を開いた。
「今から約100年前、突如出現した巨人によって人類の大半は食い尽くされ、残った人間がこの壁の中に避難した」
振り返るとリヴァイは椅子の背もたれに腕をのせ、窓の外に視線を向けている。
『…教えてくれるの?リヴァイが?』
「知りたいんだろう?」
『そうだけど』
まさかリヴァイが教えてくれるとは思わなかった。…元々口数が少なく、絶対に「面倒くせぇ」と言われると思っていたから。
そう言えば、リヴァイは「俺は元々よく喋る」と言った。それが本当かどうか疑わしいが、「黙って聞け」と言うリヴァイの隣に再び腰を下ろすと、言葉通りリヴァイはこの世界の歴史、巨人のこと、そして現在の壁の中の情勢について教えてくれた。
**
***
『…じゃぁ、この世界のことも巨人のことも…リヴァイたちにもわからないことがあるんだ』
「人類が壁の中に閉じこもっちまったせいだが…、その謎を解明するために俺たち調査兵団がいる」
話がひと段落し、リヴァイは腕を組んで座り直す。思っていたよりこの世界の現状は厳しい状態にあるらしい。
人々は壁の外に蔓延る巨人のせいでこの狭い壁の中のみで暮らしている…どうやって現れたのかが分からないから解決方法も分からない。
全人類にとって壁の外の世界は未知の世界らしい。…そこへ犠牲を覚悟で人類の希望を見つけるために向かっていく組織。それがここ、調査兵団。
『その割には市民の反応はあまりよくなかったみたいだけど』
壁外から帰還した時。調査兵団の帰りを迎える市民からの目は厳しいものだったのをよく覚えている。そういうとリヴァイは苦い表情を浮かべた。
「壁外調査には毎回莫大な資金が必要になる。それを賄っているのは民衆から徴収した税だ…それなのに成果を持ち帰れないでいる俺たちに反感を抱いているんだろ」
『このまま壁の中にいればいいって思ってるってこと?でも、壁は破られたんでしょ?』
「…あぁ、壁は破られウォール・マリアを人類は放棄した。それでもローゼ、シーナが残っている」
『マリアよりローゼやシーナには重要な武装が施されてるとか?』
「いや、ローゼもマリアと大して変わらない。それでも奴らはここは大丈夫だと盲信するしかないんだろう、その怒りの矛先が俺たちだ。調査兵団がちゃんと働かねぇから自分たちはこんなに不便をしていると言いたいらしい」
私は思わずため息を零した。どの星でも同じだったように、世界が変わっても民衆というものは皆無責任だ。
今までの話、そして巨人と調査兵団の戦いを見る限り人類と巨人との間には圧倒的な力の差がある。それを調査兵団だけに任せているのか?…馬鹿らしい。
そして成果を持って来なければ野次をいうってんだから救いようがないのは壁の中のような気さえしてくる。命をかけて壁外へ行く彼らは、それに見合う扱いを受けられていないのだから。
『…正しいことをしている人間が評価されるとは限らない。どこの世界でもそれは変わらないらしいね』
ぽつりと呟けば、リヴァイの視線がこちらに向けられた。真っ直ぐで射抜くような視線は少し驚いているようにも見える。…気のせいかもしれないが。
『どこの星にいってもそうだったよ。そういうところを見るとやるせない気持ちになる…もっとも、ここに来たばかりの私には調査兵団とやらが是か否かもわからないけど』
暫く視線を合わせていたリヴァイだったが、やがて視線を机に落とすと「そうか」と言った。
自分たちが絶対に正しいんだと弁解もせずに、ただ「そうか」とだけ。そういうところがまた不器用なように思える。調査兵団という組織自体、そういう人間の集まりなのかもしれないとぼんやり思う。
この世界にいるうちは、調査兵団に協力してもいいと改めて思った。
星を跳び回ればこんなように救いようのない世界はいくらでもあるし、特別同情もしない。
もしかしたら中途半端に終わるかもしれないし、明日にでも元の世界に戻る可能性だってある…それでも、少しでも彼らの力になれればいいと思う。
この世界にいる間は。
『…夕飯だ』
外を見るとすっかり日は落ち、夕飯の時刻になっていた。どうりでお腹が空くわけだ。
「食って寝て、お前は幸せだな」
そんな嫌味を軽く受け流し、私たちは食堂へ向かった。
**
***
「やぁ君たち。今日も2人揃って仲睦まじいものだねぇ」
会話という会話もなく黙々と食事をしていると、へらへらと陽気な笑みを携えたハンジが割って入ってきた。リヴァイはエルヴィンに命令されて私を監視している…だから一緒にいるんだということを知っていていうのだからタチが悪い。
私たちに揃って無視され、ハンジは「冗談だよ」と申し訳なさそうに謝ってリヴァイの隣に腰を下ろし、私に向かって身を乗り出してきた。
「ユキさ、今日リヴァイが本部に行ってる間どうしてたの?私かミケに命令がくるかなーって思ってたんだけどミケも知らないっていうからさ、どうしてたのかと思って」
『資料室。エルヴィンに1人で行っていいって言われた』
「よかったじゃないか。やっとユキも認められたってことだよ!リヴァイもそろそろユキの監視役を解かれるんじゃない?」
「毎日この顔を見なくていいと思うと清々するな」
『なんだとコノヤロー、それはこっちのセリフだばーか』
はいはい、喧嘩しなーーい。と強引に割って入るハンジを睨みつける。するとリヴァイも同じことをしていたのか「2人揃って睨まないでよ」と言われた。そんな些細なこともカンに触るのはこの男だけだ。他の人ならなんとも思わない。
「でもさぁ、リヴァイも今日は早く終われてよかったじゃないか。昼過ぎには戻ってこられたんだろ?」
その言葉に私は箸を止める。「あぁ」とそっけなく答えるリヴァイにハンジは本部とやらで何をしてきたのか詳しく聞き出している。
リヴァイが帰ってきたのは夕方ごろだと思っていた。…だって私が目を覚ました時に4時をとっくに回っていて、少し話をしてからこの食堂に来たのだ。
まさか寝ている私を起こさないでいてくれた…?
思えば目を覚ましたときリヴァイは本を読んでおり、半分ほどまで読み進められていた。用事を終えたリヴァイが直ぐに資料室に来たとは限らない。
…だが、隣に座って本を読んでいたことは変わらない。眠っていた私を起こさないでいてくれた…のかもしれない。
ふと顔を上げればリヴァイはハンジからの質問責めに心底うんざりした表情を浮かべていた。
顔を合わせれば喧嘩ばかり…そんなリヴァイの意外な一面を垣間見たような気がした。
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