木漏れ日
□再び壁外へ
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ガラガラと耳元で騒がしい音が鳴り響く。身体を横たえている地面からは絶えず振動が襲いかかる上に視界はほぼゼロ。
さすがに我慢の限界が近づいてきた。音は煩いし揺れは絶えないし、たまに車輪が石を踏んだりでもすれば床に頭をぶつける。
そうこう言っている間にもまたぶつけた。痛い。どうして私がこんな扱いうけなきゃいけないんだ。っていうか……
『いつまでこんなところにいなきゃいけないんだよ!!』
ガバッと被せられていた布を捲り上げたユキは叫びながら荷台から顔を出す。辺りは一面青空が広がり建物等は一切ない。あるものといえば時折見える木や廃村くらいなもの。
「うるせぇな、少し大人しくできねぇのかお前は」
『大人しくしてたでしょうが!っていうかもうとっくに市街地でてたよね!?もうとっくに壁外出てたよね!?』
荷台から馬に乗って涼しそうな顔で隣を走るリヴァイに向かって叫べば、リヴァイは「そのまま大人しくしてりゃ良かったのにな」と言う。この野郎、わざとか!
ユキは怒りを堪えながら傘を差し、リヴァイが並走させていた馬に飛び移る。
彼らは壁外調査に赴いていた。太陽の光を嫌うユキは傘をさして市街地を抜けるわけにもいかないからと、荷台に押し込められ布を被されていたというわけだ。
市街地を抜け、民衆の目がなくなったところで荷馬車と並走するリヴァイが呼びかけ馬へ移る予定だったのだが…
『私がどれだけ荷馬車で息苦しい思いしてたか分かってる?暗いわ狭いわ揺れるわで最悪だったんだけど』
「お前が傘を差さねぇと外に出られないと駄々を捏ねたからだろうが。ごちゃごちゃ文句を言うならその傘へし折るぞ」
あろうことか市街地を抜けても暫く放置されていたユキは馬を寄せ、リヴァイの足を蹴る。
「なにしやがんだてめぇ」『やられたらやり返すのが私のモットーなんだよ』…いつものやり取りだ。
ーー…彼女の力を見極めてほしい。
今回の壁外調査でリヴァイはユキのおもりを任されていた。監視役だったのだから当然この役が回ってくることは分かっていたが、ただでさえ楽とは言えない壁外調査にこいつのおもりまでときた。
面倒だと思っていた矢先にこれだ…先が思いやられる。隣を見れば今にも噛み付いてきそうなユキがこちらを睨んでいた。
その足と腕には包帯が巻かれ、絶対に邪魔だとしか思えない傘も差している。太陽の光が苦手というのは本当らしい。出発前にも「荷馬車に乗せられるなんて嫌だ」と散々駄々を捏ねていたが、最終的には渋々荷馬車へと乗り込んでいた。
その直後、左翼側から煙弾が上がった。巨人出現を表す赤。長距離索敵陣形の規律に習い、伝達する為徐々に赤い煙弾が打ち上げられれば少しして中央のエルヴィンから進路変更を示す緑色の煙弾があげられた。
『へぇ、うまくできてるねぇ』
「ぼさっとしてんじゃねぇぞ。壁外ではぐれでもしたらそのまま置いていくからな」
『はいはい。リヴァイについていけばいいんでしょ』
何故かやれやれ、しょうがないなぁといった態度のユキをリヴァイはもう特別気にしたりしない。
進路変更を繰り返しながら進んでいくと廃村が見えてきた。この廃村のすぐ側にある古城に今回物資を補充していくというのがまず一つ目の目標だ。
そして物資を置いている間、集まってくる巨人を廃村を利用して討伐する役目にユキを参加させ力を見極める。
俺はこいつを死なせないように努めなければならない…全くもって面倒な話だ。万が一、一瞬で巨人の手中に収まるようなら助けようがない。そんな簡単に護れるものなら目の前で仲間が喰われる光景など見ることはなかったはずだ。
『ねぇ、リヴァイ。あれが目的地の廃村?思ってたより綺麗だね、廃村って感じはしないけど』
「巨人は人間がいなければ建物に興味を示さねぇからな。…それよりお前、あそこに着いたらどうするか分かってるんだろうな?」
『巨人の足止めでしょ?忘れたりしてないって』
「お前の矮小な脳味噌がそれだけでも覚えてくれていたことは幸いだな。いいか、俺から絶対に離れるなよ」
そう言うとユキは驚いたようにこちらを振り向き、傘の下でへらりと笑う。
『心配してくれてるの?』
「馬鹿か、お前を死なせるなとエルヴィンに言われているからだ。俺はお前が死のうと関係ない、むしろ清々する」
『それ絶対女の子に対して言う言葉じゃない』
「お前は自分のことを女だと思ってるのか?愉快な奴だな、鏡見て出直してこい」
後で覚えておけよ、とユキは拳を固く握ってリヴァイを睨みつける。
リヴァイはそれをさして気にすることもなく予め決めておいた場所まで到達すると馬を反転させた。ユキもそれに習い進行方向を変える。
中央後方荷馬車護衛班にいたリヴァイとユキは部隊を追ってくる巨人の討伐を併せて命じられている。「ご武運を」という言葉を受けながら後列の調査兵が廃村へ向かっていくのを確認する。
部隊の最後尾に躍り出れば、やはり3体の巨人が追ってきていた。その奥にも小さいのが2体ほど遅れてこちらに走ってきている。
「奥の奴が来る前に手前の3体を片付ける。お前は左の1体をやれ、俺は右の2体をやる」
『そっちが2体でいいの?変わってあげようか?』
「いちいちうるせぇ女だなてめぇは…」
傘を畳み臨戦態勢に入ったユキは本気で心配したつもりだったのだが、リヴァイは舌打ちをし馬の背に両足を付ける。
前方の木にアンカーを射出して飛び上がる…かと思いきやアンカーは真横を走るユキのすぐ後ろに放たれた。
は?と疑問符を浮かべたユキがリヴァイの方を見る。しかし、その瞳がリヴァイを捉えるよりも先にユキの身体はリヴァイに抱え上げられていた。
『うわぁぁぁぁ!!!』
「ピーピー喚くな、人が巨人の項まで運んでやろうとしてんだろうが」
『無理無理!私絶叫系とか無理なんだって!っていうか腹掴んでるリヴァイが嫌だ!』
「いい加減にしろよてめぇ…」
リヴァイは一体の巨人の側にある建物にアンカーを刺し、急旋回して背後に回り込んだ。巨人の項を見下ろせる絶好のポイント。
「ほら、行ってこい」
『え、ちょっとまさか…』
気持ち悪…と急上昇、急旋回に酔い口元に手を当てるユキをリヴァイは御構い無く巨人に向かって放り投げた。
『…このッ!!』
しかし、振り向けば既に自分を放り投げた張本人は清々しい顔で別の巨人に向かっている。目の前には巨人の項。放り投げる瞬間のあの憎たらしい顔を思い出したユキは、手の甲に血管が浮かび上がるほど強く傘の柄を握りしめ…
『このッ…、クソ野郎がぁぁ!!』
巨人が振り返る直前、脳天から真っ直ぐに傘を振り下ろした。
叫びと共に振り下ろされた一撃は巨人の頭部を破壊し、そのまま項を破壊する。体内から爆発が起こったかのように吹き出した血液がユキの小さな身体を赤く染め上げた。
倒れこむ巨人の身体を足場に飛び上がり、くるんと一回転して地に足をつく。キッと自分を放り投げたリヴァイを見れば1体目の巨人の項を削ぎ、2体目へと移ろうとしていたところだった。
一応様子見はしていたのかこちらを向いていた瞳は目の前の巨人に向けられ高く飛び上がる。そのまま急降下したリヴァイはあっさりと2体目の巨人を倒した。
「ぐずぐずするな、次の巨人が来る」
ぐずぐずするなだと…?私はさっきあんたに立体機動とやらに付き合わされて、しかも放り投げられたんだぞ?
と言えばリヴァイは手についた血を嫌そうな顔で眺めながら「殺りやすかっただろう、何の文句がある」と言った。
全然殺りやすくないんだけど?っていうか言えよ、事前に。いきなり巨人に放り投げる奴なんている?いや、私の目の前にいるんだけども。
ぶちぶちと文句を言うユキにリヴァイはため息を一つ。
「だったら今度は自分の力だけでやれ。ただし、絶対に死ぬなよ」
ユキは背中合わせになるように傘を構えた。機嫌を損ねているユキからの返事はない…だが、その無言が肯定を示していることは聞くまでもなかった。
2人の爪先に同時に力が込められる。そしてリヴァイとユキは合図もなしに同時に駆け出した。
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