木漏れ日
□知らないこと
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『一つ、言っておきたいことがある』
一週間前、壁外調査へ同行しろと言ったエルヴィンにユキは続けた。
『私は強い。巨人に食われることも絶対にない。だけど私は一人しかいないし目の届く範囲も手が届く場所も限られてる』
だから全てを護れるわけじゃないんだとユキは言った。
そんなことは当然わかっているし、訓練で異質な力を見せてきたとはいえ必ず巨人に対しても成果が上げられるとは思ってない。
だが、真面目な表情で言ったユキはガラにもなく寂しそうに一瞬視線を落とした。
こいつがどんな世界でどんな風に生きてきたのかは分からない。…だが、一瞬浮かべられた表情に様々な思いをしてきたのだとぼんやり思った。
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***
「見事な戦果だ」
報告を受けたエルヴィンは珍しく感嘆の声を零した。当のリヴァイはいつもと変わらない表情を浮かべている。
日も沈み、調査兵は既に今日の寝床へと落ち着いていた。リヴァイもミケも上着を脱ぎ少し気を緩めている。
日中は最初のポイントへ無事物資を運び込み、その後同じような作業を違うポイントでも2度行った。その三箇所において巨人からの防衛を努めたリヴァイとユキは巨人を一体も討ち残す事なく任務を完璧に熟した。
彼らの他にも班を2班後衛につけていたが死者は出ていない。…彼らと別方向にいた兵士は防衛の際、何人か命を落としているがこれは大きな戦果と言っていいだろう。
リヴァイ、そしてユキは2人合わせれば20体近くの巨人を討伐している。しかも、驚く事にその割合はほぼ半々。
ユキの力にはリヴァイも驚かされていた。最初こそ手助けしたものの、後からは一切手出しはしていない。
伸ばされる手を薙ぎ払い、巨人の足を崩して駆け上がり、項を破壊する。立体機動もなしに立ち回るユキは最終的に自分と大差ない討伐数になっていた。
巨人に怯える様子もなく訓練通り異質な力を発揮したユキは、その力で遠征の目的を果たすために貢献した。やはりエルヴィンの目論見通りユキは調査兵団にとって大きな戦力となる事は間違いないだろう。
「それで、当の本人はどこにいったの?」
ねぇねぇと聞いてくるハンジに「知るか」と答えれば「なんで」と返される。逆にどうして俺が知っていると思ったんだこいつは…一週間前に監視任務をはずされた俺にとってあいつがどこで何をしていようが関係ない。
「俺はもう監視役じゃねぇ」
「そりゃそうだけど、あれだけ一緒にいたじゃない。どっか行きそうなところとかわからないの?」
「知るか、どうせ大した用もないんだろ」
まぁ、用はないんだけどねと言うハンジにだったら自分で探せと言い捨て廊下へと向かえば、エルヴィンに呼び止められる。
「どこへ行く」
「もう報告もねぇだろ、外の様子を見に行ってくる」
後手に扉を閉め、廊下へ出て行くリヴァイを見送ったハンジは「ねぇ」と小さく口を開いた。
「もしかしてリヴァイ、ユキのこと探しに行ったのかな」
「どうだろうな」
と、ミケ。しかしリヴァイが意外と面倒見がいいということを、ここ数週間ユキの監視役をしてきたリヴァイを見てきた彼らは知っている。
監視役を外された後もリヴァイはユキに質問されれば答えてやっていたし、気にかけていた。
顔を合わせれば喧嘩ばかり…そんな印象が強烈すぎて見落としがちだが、なんやかんや言って周りから見れば2人は仲良くやっていた。喧嘩するほどなんとやら…そんな言葉があれほど綺麗にはまる人間はいないと思わせるほどに。
「リヴァイにああやって真正面からぶつかってくる人間はいなかったからな…奴にとっては新鮮なのかもしれない」
「昼の成績もすごいしね…リヴァイにとっては初めて護るだけじゃない存在になるかもしれないね」
兵団内で飛び抜けた能力を持っているだけに、周りの兵士は彼にとって常に護る対象だった。だが、そんなリヴァイに初めて互いに身を預けあえる存在が現れたのかもしれない。
別世界から来た、異質な少女が。
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***
薄汚い古城の廊下を歩くリヴァイの髪を、窓から流れる風が揺らす。
ユキの監視から外されて一週間…とは言っても、何故か一緒にいることは多かった。監視役を外されても訓練は一緒だし、それ以外でもあいつは分からないことがあれば俺に聞いていた。
他の兵士より気を使う必要がないと思われているからだろうが、あまり監視役から外されたという実感はない。
だが、ユキが行きそうなところに心当たりがあるかと言われて、何も思い浮かぶことはなかった。そもそもユキのことをあまり知らないんだということに気づく。
あいつ自身自由奔放で掴みどころがないうえに、自分のことをぺらぺらと話してきたりしない。元々どんな世界にいたのかも、そこで何をしてどんな生活をしていたのかも知らない。
家族はいないんだろうなと思ったが、どうしていなくなったのかもどんな家族だったのかもしらない。
改めて思い返してみれば、俺はあいつのことをほとんど知らない。あれだけ嫌という程一緒にいて、知っているのはこの世界の人間ではないことと、日の光に弱いこと、そして人間では考えられない力を持っているということだけ。エルヴィンやハンジら他の兵士と大した差はない。
そんなことをぼんやりと思いながら外へと繋がる扉を押し開いたリヴァイは目を見開き、動きを止めた。
小さな背中に、揺れる赤髪。
包帯が解かれた手足がチャイナ服から覗き、傘を横に立てかけているユキはぼんやりと星空を見上げていた。
扉が開く音に気付いたのか、
ユキがゆっくりと振り返る。
その光景は初めて目にした時と同様、世界にたった一人取り残されたような…そんな儚さを感じさせられた。
『なんだ、リヴァイか』
「…こんなところにいやがったのか」
『もしかして探してた?なんか用あったっけ?』
「お前がいないと奴らが探してた」
そう言えばユキはどうしてと問いかけてくる。どうせ大した用でもねぇよとそっけなく返せば、ユキもそう…と呟いた。
ユキから少し距離を開け、塀に肘をついて空を見上げる。ひそひそと聞こえる話し声に視線を落とせば、下で見張りの兵士らが交代の時間になったのか、軽く言葉を交わして入れ替わるところだった。
それが終われば静かな沈黙が落ちる。柔く吹く風の音だけが聞こえる妙な沈黙に、改めて二人きりになったのかと思い妙な気持ちになる。
普段顔を合わせれば言い争いをしているだけあって沈黙が慣れない。同じように思ったのか、ユキが口を開いた。
『なにしにきたの』
「外の空気を吸いに来た。壁外にきたらこうするのが俺の習慣だからな…そしたらお前がいただけだ」
『もしかして、ここってリヴァイの特等席だった?』
「いや、そういうわけじゃない」
『早い者勝ちか。じゃぁ出てけ。ここはもう私が占領したから』
「子どもかてめぇは」
『私はまだ昼間のこと許してない。』
まだ根に持ってたのか…と言えば、一生根に持つからと吐き捨てるように言うユキに呆れてため息がでる。
「しつけぇな」
『女はそういうの忘れない生き物なんだよ』
面倒くせぇと言おうとして、やめる。余計に機嫌を損ねられても面倒だし、くだらない言い争いをするほど余裕もない。壁外調査は当然明日も続けられる。
ちらりとユキを見れば、赤髪を指先で弄んでいた。そういえば建物の中以外で傘をさしていないところは初めて見るような気がする。…まぁ夜だからだろうが。
拠点に着いて早々、川でざぶざぶと水を撒き散らしながら強引に傘を洗っていた光景を思い出し、立てかけてあるそれに視線を落とせば汚れ一つついていなかった。
「見事だった、…とエルヴィンが言っていた」
少し間を置いた後、『どうも』と素っ気ない返事。
『だから言ったじゃん、私は強いんだって。私がその気になれば世界征服だってできる』
「自分の世界から放り出されて、別世界で迷子になってるやつが言えたことじゃねぇな」
『余計なお世話だチクショー』
ユキがギリッと歯を噛みしめる。だが、言い返す言葉がなかったのか小さなため息をつき口を開いた。
『…それにしても、改めてこの世界の過酷さを知った気がする』
改めて壁外へ出て巨人と戦い、人間と巨人との圧倒的力の差を見せつけられた。人間の方は地道に兵站拠点を設置しながら進むしか方法がなく、この先何年かかるかもわからない。
そうしてウォール・マリアの扉を修復したところで全てが解決するわけでもなく、今度はまた壁外へ行かなくてはならない。
『だからと言ってこの世界じゃ、今の方法以外に打開策はないんだろうけど』
「俺たちの今の目標はマリアの穴を塞ぐことだけだ。それだけでこれから何年もの月日を費やすことになるだろうな」
『…私はこの世界のことはよくわからない。どんな状況なのかも全て知っているわけじゃない。それでも、どんなに絶望に満ちた世界でも必ず救いはあると思ってる。明けない夜がないのと同じように』
くるくると指先で髪を弄びながら言うユキは、『色んな星を見てきた私が言うんだから間違いない』と続けた。
『安心してよ、私がここにいる間は力を貸すから。』
得意げに言うユキに思わず気が緩んだのか、『リヴァイが笑った』と指をさしてユキが笑っていた。
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