木漏れ日

□落としもの
1ページ/1ページ




「お前はこんなところで何をしていた?」

『星が綺麗だなと思ってさ、地上からここまで綺麗に星が見られるのは珍しいよ』

「それはお前がいた世界の話か?」

『…、そうだね』

「そうか。」


一頻り笑ったユキはもう満足したのか、再び肘を付いて星空を見上げた。


『本当はさ、少し元の世界のこと考えてた。愛着があったわけでもないけど、帰れないと思うと恋しくなるものだね。』

「…お前が弱気になるなんて珍しいな、気持ち悪い」

『私にもたまにはそういうときだってある』


ふぅ、と小さく息をついたユキはゆっくりと瞳を閉じる。

その声色はいつもの強気なものではなく大きさも高さも口調も変わらないのに、どこか悲しげに聞こえてくるような気がして…さすがに気の合わない奴のことでも胸が痛んだ。


「まだ帰れないと決まったわけじゃねぇだろ、明日お前が現れたところにいく。何かあるかもしれないだろう」

『なにもないと思う。こっちから帰る方法はないから。』

「何故そう言いきれる?」


探す前から決めつけるな。

そう言えばユキは塀に載せていた肘を下ろし、身体を反転させて壁に背をつけた。立てかけていた傘に手をのせゆっくりと口を開く。


『私がこの世界にきたのは奇跡とか不思議体験じゃなくて、人工的に…故意的に飛ばされたの。飛ばされる前、少し聞いた話だと処刑執行人を二度と帰ってこさせないようにする装置だったらしいから、こっち側からの帰還はできない』


処刑執行人を飛ばす装置?

言葉の意味が理解できず復唱すれば、ユキはその装置が大規模の犯罪組織にあったこと、その組織で死体が残せないような重鎮を別世界に飛ばすための機械だと補足した。

因みに自分は処刑される立場でもなんでもなく、ただ事故でこちら側にきてしまったのだということも。


『だから一応これはつけてるんだけど』

「…通信機か」

『そう、期待はしてないけどね』


耳元に手を当て、向こうからの連絡を待つしかない。

通信機は前にハンジが興味津々に聞いていた。未だに信じられないが、あれで見えないほど遠距離にいる相手と言葉を交わす事ができるらしい。いつもユキの耳元では赤い光がついたり消えたりを繰り返していた。


改めて思い返してみれば、ユキが元の世界に帰る手段を探しているところは見たことがない。それどころかこの世界の事を知り、いち早く馴染もうとしていた。

不慮の事故に巻き込まれ、全く自分の知らない世界に飛ばされ帰る手段すら与えられない…それがユキが今実際に置かれている状況。

そんな事が本当にあっていいのだろうか?気付いたら縁も所縁も全くない、見知らぬ地にたった一人で放り出されている。

それは想像するだけで背筋が凍るような話だ。本来ならこいつのように飄々としていられるわけがない。血眼になって自分の世界へ帰る方法を探すんじゃないのか?


『だから別に、無理そうだったら私が転送されたところに寄らなくてもいい。』

あぁ、そういう事か。


[どんなに絶望に満ちた世界でも必ず救いはあると思ってる。明けない夜はないと思うよ]


「お前は、自分の世界に帰りたいと思わないのか?」

『どうだろう』


俺に未来を提示したこいつは、自分の未来なんか考えちゃいなかった。



**
***



『ねぇ、こっちじゃない?』

「アホかお前は。どんな感覚してやがる」


前をズンズンと進んでいくリヴァイは、振り返ったと思ったら人を馬鹿にするようにハッと鼻で笑いやがる。

なんだその顔ぶん殴ってやろうか!?…と思うが自分に自信がないため煮えきらない気持ちを押し殺して口を閉じる。


壁外調査2日目。結局私とリヴァイは転送された場所へと立ち寄っていくことになった。私は別にいいと言ったのだが、馬鹿は黙ってついてこいと言われここまできた。その直後口喧嘩が始まったことは説明するまでもない。

…というわけで、索敵陣形の前衛からスタートして森を調べ、後衛へ合流することになった私たちは大急ぎで森を駆けているわけだ。

しかし、周りを見ても木、木、木…風景なんて全く変わらないのにも関わらずリヴァイは「こっちだ」と迷わず進んでいく。一体この景色のどこで判断しているんだあいつは…もはや気持ち悪い。


「だいたいこの辺りだ。俺がお前を始めに見つけたのは」


暫くして馬を止めたリヴァイが言った通り、一ヶ月前に私が戦闘の際にへし折った木の残骸が残っている。


『ほんとだ。…でも、私は始めここにいたわけじゃない』

「は?」

『向こうから走ってきて暫くしてからリヴァイが来たから』


馬を走らせ、少しすると爪で引っ掻いたような跡が刻まれた木を発見した。これは間違いなく始めに襲ってきた巨人が木に登った私を食べようと引っ掻いた跡だ。


『ここだ』


馬を降り、辺りを見渡すが巨人の爪の跡以外に目立った特徴もない。森の中なのだからどこも同じような光景が広がっているのは当たり前だが。

キョロキョロとしていると、リヴァイも馬を降りて辺りを見渡していた。しかし、特別何があるわけでもない…やはり向こうの世界に帰るための手がかりなんてなかったのだ。…期待はしていなかったけど。


『やっぱり何もなかったね、早く陣形に戻ろう』

「待て」


馬へ歩き出す私の背中を、リヴァイが呼び止める。

なんだよもう早くしないと陣形に置いていかれるぞ?と思い振り返ってみると、リヴァイは地面に向かって手を伸ばし、何かを拾い上げた。


『…何それ、時計?』

「だろうな」


ハンカチ越しで掴んだものの不満なのだろう。お前が持てと突き出してきた…なんてやつだと思いながらもその時計に興味があった私は仕方なく受け取った。


「お前のものじゃないのか?」

『違うよ、こんな趣味の悪い時計持ってない』


カチカチと静かに時を刻んでいる懐中時計の中を開けてみれば、虎やら龍やらの絵が彫られている。…どこのヤクザだよと思いながら盤をよく見てみれば、カチカチと音はなっているものの秒針はその場から進んでいなかった。


「なんだ、動いてねぇのか?」

『そうみたい、5年前で止まってる』


凝った作りがされているそれは年月まで表示されており、それは私がここに飛ばされる前に記憶していた日付より5年も前のものだった。


「どうして5年前だとわかった?」

『何言ってんの、ここに書いてあるじゃん』

「いや、俺には読めなかった」

『…は?』


改めて文字盤を見直してみると、そこにはちゃんと5年前の日付が書かれている。…だが、リヴァイには読めていない。それに気づいた瞬間、背筋に寒気が走った。

これは「向こうの世界」のもの。自分のものではないということは他の誰かのものってこと…?


「オイ、急に黙るな」

『あぁごめん、何でもない』


これはここに置いていこう、というとリヴァイは怪訝な表情を浮かべる。


『だって誰のものかも分からない時計なんて持って行きたくないでしょ?それに趣味悪いし』

「…あぁ」

『じゃぁ戻ろう』


あまり納得していないようなリヴァイと共に馬に跨り陣形へと戻るため森を駆ける。

あの懐中時計は確かに5年前で止まっていた。しかも私だけが読める文字で書かれていた。

きっと私が転送される時に謝って一緒に来てしまったものだろう。深く考えるのはやめておこう…。



next

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ