木漏れ日
□向き不向き
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「…」
『…』
「……」
『言いたいことがあるなら言えば!?』
壁に背を預け、腕を組みながら視線を送ってくるリヴァイはまるでゴミを見るような目つきだった。
対して私はというと箒片手に散らばった木の葉を片付けている。この光景が示すものは1つ。
「…また賭け事で負けたのか?お前は向いてないからやめろと前も言っただろ」
『言われなくても分かってるよ!でも昨日はあと少しだったの!最後の最後でババを引くなんて誰が予想した!?』
はっ、と鼻で笑う顔面に今すぐ拳を叩き込んでやりたくなる衝動をグッと抑える。
今回ばかりはこの男の言う通りすぎて何も言い返すことができない。夜な夜な行われる兵士同士の軽い飲み合いで、酒の肴に掃除当番を掛けての賭け事が開催されることはよくあること。
…で、それに意気揚々と参加する私はだいたい次の日掃除をする羽目になる。こうやってリヴァイに目撃されたのは今日が初めてなんかじゃもちろんない。
発見されるたびに呆れられ、鼻で笑われるのはもう恒例にもなっている。
「こりねぇ奴だなお前は。いい加減自分が弱いことに気付け」
『そんなこと分かってるよ』
「救いようがないな」
『ほっとけ潔癖野郎』
掃除を再開すればリヴァイはもう一度馬鹿にするように鼻で笑って去って行った。手に書類を持っていたから、これから仕事があるんだろう。
監視の目がないとなればこっちのものだ。
『適当に終らせちゃえ』
**
***
「お疲れ〜ユキ〜」
食堂へ行けば妙ににやにやと気持ち悪い笑みを浮かべたハンジが手を振ってくる。理由はもうわかりきっている。
「またババ抜き負けたんだって?これでまた負数更新したね〜。最近は掃除しなくてよくなったって兵士が喜んでるよ」
『誰だそんなふざけたこと言ってるやつ。ぶっとばしてやる』
「ユキのぶっ飛ばすはマジでぶっ飛ぶからやめてあげて」
まぁまぁお疲れ様、と言われ私は席に着く。ハンジは食事を半分ほど手につけていて、湯気が立っていないところを見るとどうやら私のことを待っていたらしい。
今のくだらないやりとりをするためだろうな…暇なんだか忙しいんだかこいつに関してはよくわからない。
「そう言えばリヴァイ見なかった?」
『なんで?』
「まだここに来てないからさ」
そう言われて見渡せばリヴァイの姿がない。見た…と言われれば見たが、もうあれは何時間も前の話。参考にもならない。
「どっか出掛けたのかな」
『さぁ?用でもあるの?』
「一週間期限忘れてた書類を渡しに行こうと思って」
みるみる機嫌が悪くなっていくリヴァイが容易に想像できる。今日は暫く会わないほうがよさそうだ。
「あれ、ユキもう食べたの?」
『いや、まだある』
へ?と首を傾げるハンジを置き去りにして、私はもう一食分の食事を持って再び席に着いた。
「…ユキ、まさかと思うけどそれ」
『前にリヴァイが「俺がいないときは俺の分の飯を食っていい」って…言ってたような言わなかったような』
「言ってねぇよ」
箸に手をつけた瞬間、ガシッと後ろから頭を鷲掴みにされる。
ギリギリと骨が軋む音まで聞こえてくるこいつは…リヴァイの他にはありえない。
振り向けば案の定、リヴァイが怒りのこもった目で見下ろしていた。
『おかえり』
「何がおかえりだてめェ。…っていうか箸を置け。見つかった上で食おうとするな」
ドカッと正面の椅子に座ったリヴァイは私の手から食事を奪い取って食べ始める。ちぇっと私は肘をつく。
「それよりお前、ちゃんと掃除しなかっただろう。やり直しだ」
『私は真面目にやった。終わった後にまた汚れただけでしょ』
足に鈍い衝撃が走る。リヴァイに蹴られたらしい。すぐさま蹴り返せばまた蹴り返される。
「賭けに負けたのはお前だろ、弱いくせに手を出すからそうなるんだろうが」
『…』
「オイ、聞いてんのか」
『聞こえてるけど返事したくない』
たった数秒の間に口喧嘩も机の下で密かに行われているどつき合いもヒートアップしていく。
「はいはいストップー。私のスープ溢れるからその辺でやめてくれる?」
『あぁ!?こいつが始めた戦争だろうが!』
「大袈裟だよユキ」
その直後、何かが口に放り込まれた。何事だと一瞬焦ったが詰められたのはみかんだった。リヴァイを見れば「それで大人しくしてろ」と目で訴えてくる。
仕方ない、今回はこれで手打ちとしよう。
口いっぱいに広がる甘さとすっぱさがなんとも言えない気持ちにさせる。先ほどまでの喧嘩が一気にどうでもよくなった。…自分でも単純なのはよくわかってる。
「それでハンジ、お前が俺を探していると聞いたが?」
「…今聞く?」
「何か不都合があるのか?」
そう問われたハンジは「いや、そういうわけじゃないんだけどねー…」と困ったようにこちらに視線を向けてくる。
きっとリヴァイの機嫌が今の私との喧嘩で下降しているこのタイミングで、一週間も期限を切らした書類を出したくないのだろう。
そんなことをすれば間違いなく火の粉が降りかかることは目に見えている。…といっても私にそんな目を向けられても困る。リヴァイの機嫌を下降させたのは私だけど、締め切りを守らないお前が悪い。
自業自得だろと視線をそらせば「ひどいよユキ!あんまりだ!」と肩を揺すられたので、軽く捻り上げたら大人しく口を閉じた。
「…あのさ、…これを渡そうと思って」
「…」
案の定、リヴァイの眉間に皺が寄せられていく。
「期限はいつだった?」
「一週間前、かな」
へへっと笑ったハンジと共に結局、庭掃除をさせられる羽目になったのだった。
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