木漏れ日

□暗闇
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文句の言いようのない青空が一面に広がっていた。天気は快晴。風を切る感覚が心地よいとさえ感じるような天気だが、周りの兵士にそんなほんわかとした雰囲気はない。

壁を越え、市街地を抜けて暫くしたところでいつものように荷台から馬に乗り換えれば鬱陶しいほどの日差しが降り注いでくる。

いつも壁外調査時には両手足共に包帯を巻いているが、今日ほど万全の装備で来て良かったと思った日はない。気温としては本当に心地よいくらいの適温でも陽に弱い私たち夜兎が警戒すべきは太陽だ。

曇っていてくれれば良かったのにと思いながら傘を差し、馬を駆ける。そこまで過剰に反応する訳じゃないけど、夜までは満足に休憩もできないしね…。


「大丈夫か?」


馬の駆ける音に紛れて、リヴァイの声が聞こえてくる。心を見透かされたようなタイミングに絶対に驚いたとは言わない。


『心配してくれてるの?』

「馬鹿か。もし倒れられでもしたら運ぶのは俺だからな。お荷物は御免だ」

『この程度でどうってなるほどヤワじゃない。そんなことより自分の心配したら?怪我しても私は運んであげないよ』

「死体になっても、お前に運ばれるのだけは御免だな」


壁外でもこの男とのくだらない会話は変わらないな…と思いつつ車輪の音に視線を前に戻せば、荷馬車がすぐ目の前を走っていた。

荷馬車はもう少し先を走っていたはずなのにどうして、と思っているとリヴァイが駆け寄っていく。その後ろについていけば負傷者を回収していたらしく、中には巨人に喰われ腕を失った負傷兵と、それを介抱する兵士が乗っていた。


「止血帯はどうした」

「リヴァイ兵長…!」


介抱をしていた兵士がリヴァイを見てボロボロと涙を流す。


「荷馬車が一台巨人に襲われました…本隊に合流しなければ…」


どうやら装備品を乗せた荷台を襲われたらしい。言うと同時に、負傷兵は苦しそうに咳き込んで吐血した。瞳も虚ろになってきている…これ以上出血すれば確実に死ぬ。


『リヴァイ、私の馬頼んだよ』

「おい…!」


言うと同時に手綱をリヴァイに渡して荷台に飛び移る。さすがというべきか突然のことにも反応したリヴァイが手綱をキャッチし並走していることを横目で確認して、両手足に巻いていた包帯を解いていく。


『これだけあれば次の補給地点までは持つと思うけど』


ありがとうございますと言いながら同乗していた兵士は負傷者の腕に包帯を巻いて止血していく。腕一本失っていただけあって少し足りなかったが、充分止血されただろう。

リヴァイ、と呼べば手綱を投げられる。それを空中で受け取って馬に飛び移れば隣からの視線をひしひしと感じた。


『言いたいことは分かるけど、さっきも言った通りそんなにヤワじゃない。いつもは一応の保険でやってるようなものだから』

「俺は何も言ってないが」

『目で訴えられてた気がした』

「よく分かってるじゃねぇか」

『拠点に着いたら補充するよ。リヴァイに運ばれるのなんて御免だから』

「平気そうで何よりだ」


ユキはもう一度『大丈夫だから』と言う。一度そう言ったら何を聞こうがもうその言葉を覆すことはない。

…自分と似ているからこそ分かる。こういうところに関しては呆れるほどにこの女は頑固だ。

どうでもいいことは煩いくらいに喚き立てるくせに、自分の弱さを見せることも他人に甘えることも絶対にしない。

そういう笑えてくるほど不器用な性格のせいで、俺はこいつから余計に目が離せなくなる。


**
***


1度目の拠点での補充には失敗したものの、2度目で漸く包帯をもらうことができた…と言っても完全に手足を覆えるくらいはもらえず、腕は諦めて足に巻いた。

移動中は傘で日差しを遮れるとはいえ、戦闘時は傘をずっと差してもいられないこともある。…が、不思議と体に異変はなかった。

いつもならこのくらい陽に当たれば少し貧血みたいになったような気がするが、全くなんの予兆もなく拠点までついた。

もしかしたらこっちの世界の太陽は大丈夫なのか?なんて考えが頭を過る。そういえばこっちにきてからも習慣化したように太陽を避けていたから気づかなかったけど、もしかして世界が違ければ大丈夫だったり?

そしたら万々歳だ。両手を広げて太陽の下を走り回りたいくらい嬉しい。どの世界だろうが太陽は太陽。それに真正面から向き合えるなら長年の夢叶ったりだ。

…と、言ってももう陽は沈んでいて確認しようにもできないのが歯がゆい。明日やってみよう…いや、でも万が一があればこれから続く壁外調査に支障が出る。

リヴァイに面倒を見られるなんて死んでも御免だ。私のプライドが許さない上に、壁内に戻ってから何を言われるかわかったものじゃない。

うん、やっぱり戻ってからにしよう。


「やぁユキ、相変わらず君は疲れ知らずだねぇ」

『まぁね、絶賛空腹中』

「ご飯なら向こうにあるよ、いつもの野戦糧食だけど」

『食べられるならなんでもいい』

「前から思ってたけどユキって食べるわりに思考は質素だよね」


そんな会話をして数歩進んだとき、何故か私の身体は壁に擦れた。真っ直ぐ歩いたはずなのにどうして?

もう一度踏み出す。次は反対の壁に擦れる。


『…』


混乱していると全身に寒気が走った。追い込むように頭痛も加わる…なにが世界が変われば太陽を浴びても大丈夫だよ…。なんて馬鹿な妄想だ。

元の世界よりきつい症状に呼吸が浅くなる。今までは気を張っていたが、拠点に着いたことによってそれが一気に解放されたのかもしれない。

いつまでも立ち去らない私を不審に思ったのか、ハンジが振り返った気配がする。それに合わせて壁から身体を起こした。


「ユキ、なにしてるの?」

『いや、なんでも』


酷い目眩がして足を踏み出せない。世界が回ったように視界は歪み、激しい頭痛に声を上げそうになる。全身を襲う寒気に手のひらを見てみれば赤みがなくなり青白くなっていた。指先を含めて全身が氷のように冷たい。

なんでもいいから暖かいところに行きたい…真っ先に暖炉が思い浮かんだものの、当然負傷兵が治療しているはずだと諦める。


『ハンジ、私の荷物どこ』

「そこの荷台にあるけど…」

『ありがとう』


私は気力を振り絞って足早に自分の荷物を引っ張り出して肩に担ぐ。全身の感覚が麻痺したように肩に担ぐ荷物の重さも、足を踏み出す感覚も伝わってこない。ハンジの声すらどこか遠くに聞こえる。


「ご飯向こうだよ?」

『…、…リヴァイに一緒に見張りしろって言われてたの思い出した』

「ふーん、…荷物持って?」

『持ってきたお菓子が入ってるから、それ食べながら見張りする』


ハンジは「そう」と言っただけで他には何も言わなかった。少し不審に思っているような感じはしたけど、そんなことより一刻も早く人目のつかないところに行きたかった。

兵士が集まっている場所から離れ、人の気配のしない階段を降りていく。半分無意識に着いた先は倉庫だった。荷台の荷物を詰め終えたそこは静かで、もう誰も用がなければここにくることはないはずだ。

壁に背をついて座り込む。荷袋から毛布を引っ張り出してくるまってみても全然あったかくならない。寒い。…なんでこんなに寒いんだろう。

ここ何年も太陽にやられることなんてなかったから完全に油断してた。こんなんじゃ昼間余裕だって言っただけに、リヴァイに大きな顔できない。


『…寒い』


指先を擦ってみても、自分の身体を抱えて縮こまってみてもなんの効果もない。手足の震えが気持ち悪くて、更に平衡感覚も曖昧。

早く戻らないと誰かに気づかれてしまう。見回りに行っているリヴァイも程なくして帰ってくるはずだ。

あれほど昼間になんやかんやと言われたのだから様子見くらいはしてくるだろう。


[陽の光に当たり続けると死ぬ。最強と言われた夜兎は死んだってきいた]

少し前、夜兎が太陽の光にあたるとどうなるのかと聞かれてこう答えてから、リヴァイは気を使ってくるようになった。

その気持ちは正直に嬉しいのだが、同時に隠し通すことが難しくなってしまう。弱みは見せられないし、甘えることもできない。

そんなことができたらどれだけ楽なんだろうって思うけど、気づけばすぐそこまで出かかっていた言葉を飲み込んで笑っている。

どうしようもなく見栄っ張りで強がりな性格なんだと、とっくに諦めた。私はそれでいい。

帰ってきたリヴァイになんでもない顔でまた悪態をついてやらなくちゃ…。

だから、頼むから…
……早く治ってくれ。


瞳を瞑り、歯を噛みしめる。冷たくなっていく身体の感覚が失われていく中で、首筋を伝う冷や汗だけは妙にはっきりと感じた。


**
***


見張りから帰ってくると「お疲れ〜」なんて言ってくるハンジは「あれ?」と首を傾げた。


「ユキは一緒じゃないの?」

「いや?知らないが。」

「だって一緒に見張りしろって言ってたんでしょ?」


さてはユキさぼったな…なんて言って自己解決したようだが、言っている意味がわからない。


「何を言っている?俺はあいつに見張りをしろなんて一言も言ってないが」

「え?だってユキがリヴァイにそう言われてるからって、だいぶ前に君のところへ行ったはずだよ。お菓子が詰まった自分の荷袋持って」

「…」


…どういうことだ?クソメガネに言った通り、俺はあいつに見張りをしろなんて言ってない。

瀕死の兵士のために包帯を外し、壁外を駆けていたユキを思い出す。…あいつがわざわざ嘘をつく理由があるとすれば、今思いつく理由は1つしかない。


「そうか」

「あれ、リヴァイ?」


どこ行くの?という言葉を無視して俺は拠点中を歩き回った。しかし、どこにもユキの姿はない。

荷物を囲んで談笑する者、怪我の手当てをする者、早々に眠りにつこうとしている者……だが、ユキの姿だけが見当たらない。

捜索範囲を広げて漸く見つけた。荷物を運び終え、誰もいなくなった倉庫の隅に毛布に包まった塊が1つ。

暗闇にぽつんと居座るそれに俺は壁に立てかけてある灯りに火をつけ歩み寄った。毛布から赤髪だけが覗いている。



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