木漏れ日

□星空の下
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二日目の壁外調査が終了し、私は拠点で空を眺めていた。世界は違えど星は同じように輝いていて、懐かしい景色に心が落ち着いてくる。

昨日に引き続いてヘマをすることなく、日中はいつも通り壁外調査を終えることができたけど……、リヴァイと不自然に距離をとってしまった気がしてくる。

いつものように話したし、くだらない口喧嘩もした。背中を合わせて巨人と戦いもした……だから不自然なことはなかったはずなのに、どうにもいつもの自分とは違ったような気がする。

…なにが違った?表情?話し方?…あぁ、そういえば…


(…今日一度も目を合わせてない)


リヴァイの表情を、…瞳を。今日一日まともに見ていない。見た記憶がない。

夜風が髪を撫でる。この少しの寒さの次に思い出すのは、自分に触れたリヴァイの手の暖かさ。いつもと同じように接することができなかったのは昨日のことがあったからだって…そのくらいはもう認めてる。

クソほどぶっきらぼうな男があんな風に優しく触れるとは思わなかった。もう何年も与えられなかったもの、…忘れかけていたものを思い出す。

そういえば昔はよくあんな風に家族に撫でられたり抱きしめられたりした。…もう遠い昔の記憶。


[お前がいくら悪態をつこうと、俺はお前をここに置いて行かねぇからな]


頬に触れた手を、
優しく抱きしめる腕を。

何度忘れようとしても忘れられない。…もう一度、と心の奥底で燻る思いを必死に誤魔化そうとしてる。よく考えろ、相手はあのリヴァイだぞ?

…こんなこと思ってたんじゃ前みたいに接することができなくて当然だ…。頭をガシガシと掻いて大きく息を吸い込み、もう一度空を見上げる。

あの星に行くことはできないんだと思いながら手を伸ばせば改めて距離を感じた。元の世界ならひとっ飛びでいけたのに、この世界での手段は一切ない。

…なのに、初めの頃にあったような孤独感は不思議と感じなかった。数ヶ月前までは、世界にたった一人残されたような孤独感がずっと付き纏っていたのに。

どうして?いつからあの感覚はなくなった?


『…』


…もしかして私、
この世界に依存してる?

ドクンと鼓動が波打ったとき、背後で扉が開いた。


「やっほー、1人で感慨に浸ってそんなに楽しい?」


壁外だというのにこの無駄な明るい声。…振り向かずともハンジとわかるそれにため息をついた。


「わざわざ新兵の見張りを変わってまでここにいるっていうからさ、たまにはご一緒しようかなと思って来たんだけど迷惑だった?」

『迷惑だと思うならそのまま回れ右して戻れば?』

「相変わらず冷たいなぁ。もう慣れたけどさ」


慣れるなよ、懲りろよと思うが諦めた。それにあのまま考え続けていても息詰まりそうだったからよかった…と、思ったことは絶対に言わない。

目をキラキラさせながら「そうでしょー、私がきてよかったね!!」なんて耳元で騒がれる未来が簡単に想像できるから。

相変わらず振り向きもしない私の隣にハンジは並び、同じように星を見上げて「おぉっ」と驚いたように声をあげる。


「星なんかずーーっと見て、ついに頭がやられちゃったのかと思ったけどユキがボーっと眺める理由がわかったよ。やっぱり壁外は違うねぇ、本当に綺麗だ」

『頭がおかしい奴に言われるのは心外なんだけど』

「軽い挨拶だよ。それよりユキが前に言ってた元の世界の話だと、あの星のところにいけるんでしょ?やっぱり信じられないなぁ」


想像もつかない、なんて言いながらハンジは星に向かって手を伸ばした。その目はキラキラと輝いていて、興味をもっていることは一目瞭然。相変わらず分かり易い性格に思わず笑う。

さっきまで悩んでた自分が馬鹿らしく思えてくるんだから本当にこいつはすごい。


『言葉通りひとっ飛び。いろんな星を渡って来たけど、今見えているものより実際はもっと多くの星があった』

「これよりもっとあるの!?そんなの一生かけたって回りきれないじゃないか!」

『まわりきるのは無理だよ。まだ知られてない星だってたくさんあるだろうし、宇宙がどこまで広がっているのかは元いた世界でもわかってない』

「ふーん、私たちは壁の内外で四苦八苦してるっていうのにおかしな話だよ。でも、それが興味をそそるね!まだまだ知らなきゃいけないことはたくさんある!!」

『静かにしろ、みんなが起きるだろうが。』


忠告を聞きもせずに「ウォォォ!!」なんて雄叫びを上げながらはしゃぐハンジを見ると、自分のいた世界では当然だったこととの価値観の違いを改めて思い知る。

当たり前のように星を行き来していたから、ハンジのように新しい星への期待などはもったことなんてなかった。

まぁ、こいつの価値観をこの世界の人間の考えとするのは良くないな。うん。この世界の人間がみんなこんな考え方をしてると思ったら可哀想だ。


「ユキもさ、本当は違う世界じゃなくてこの中のどれかの星から落っこって来たんじゃないの?昔話じゃないけどさ」

『さすがに夜兎の私でも死んでるね。…まぁ、それだったら帰れる希望もあったんだろうけど』

「その通信機ってやつが通じないから「別の世界だ」ってことなんでしょ?」


ハンジは見上げていた視線を戻し、自分の耳をトントンと人差し指で叩く。

ハンジはの耳にはなにもないが、私のそこには通信機が装着されている。この世界に来てから一度も繋がったことがない通信機は、本当に機能しているのかさえ怪しいがあの宇宙海賊春雨のことだ。

一度契約した内容を完遂させるまで絶対に私を逃がすまいと、簡単に壊れるようなやわなものを渡してくるはずがない。

その通信機が繋がらないということ。それと、阿伏兎が言っていた「処刑人を別世界に飛ばす装置」という言葉。これだけ揃えばここがどこか辺鄙なだけの星だなんて淡い期待はもたない。

そのことを説明するとまた「春雨って何!?」「海賊って何!?」と質問が止まらなくなるような気がして、『そうだね』なんて適当に答えてお茶を濁してやった。

こちらの意図を読んでか、それとも深く考えていないのかハンジにしては珍しく「ふーん、それでさ」と話題を変えた。


「リヴァイとなんかあったでしょ?」


……なっ。
突然の質問に心の準備ができてなかった私は答えられずに一瞬の間をつくってしまう。…クソッと思った時には時すでに遅し。

ハンジは「やっぱりねぇ」と笑った。


「なんか今日変だったもんユキ。リヴァイはいつもと変わらなかったけど」


まさかこんな巨人しか見てないような変人に気づかれてたなんて…自分でも違和感を感じていたものの、こんなバカに気づかれるほど上手くやれていなかったなんて…ショックすぎる。


「なに、喧嘩でもしたの?……って喧嘩はいつものことか」

『別に何もないよ』

「じゃぁさっきの間はなにさ」

『あまりに突然話題変えるから付いていけなかっただけ』

「まぁ、それならいいんだけどさ」


あれ?案外簡単に誤魔化せた。なんだ…こっちが変に勘ぐっただけでハンジはなんとなくで聞いてきただけか。

…なんてそんな甘い考えはハンジの眉を下げた笑みを見て吹っ飛んだ。確信をもっているくせにカマをかけたらしい…それにのらかったことで悲しませたようだった。


「私じゃ話しにくい?そんなに信用ない?」


そんな悲しそうな表情をさせるつもりじゃなかったのに…、…参ったな。

だからと言って話せることなんて何もない。リヴァイと何かあったことは事実だし、それでいつもと違う態度をとったことも自覚してる。

そこまでわかっていながら気持ちだけが混乱していて自分でもわからない。何に悩んでいるのかも、何を考えているのかもわからないこんな状態で、何を話せって?…勘弁してよ。


『何もないよ。』


もう一度同じ言葉を繰り返す。


「ユキってさ、私に対して…というか私たち全員に対して一線引いてる感じがあるよね」

『そんなつもりはないんだけどな。私はむしろ自分から輪の中に入るタイプだし』

「人とも自分から接していくタイプだから馴染むんだけど、なんていうか心ここにあらず?って感じ。決して必要以上の関係にはならないし、部屋も綺麗」

『部屋が綺麗なのは関係ないでしょ』

「綺麗というか殆ど物がない。それって自分はこの世界の存在じゃなくて、いずれいなくなるからって思ってるからでしょ?」


そう言われてハッとした。確かに来た時にはそう思ってた…もちろん今でも変わらない。元の世界にいた時から私はいつもそう思っていた。

いろんな星々を転々としていた私は、自分の痕跡を残さないようにしていた。だってすぐにいなくなるし、長くいるわけでもないから残していたって意味がない。

それはこの世界にきたときはいつもより一層、強く思った。私は本来この世界にいるはずのない存在。いずれはいなくなるし、二度と戻ってくることもない。

だから距離を置いている。なんでこんな当たり前のことを忘れてた…?


ドクンと鼓動が音を立てる。

一体いつからこの世界に依存し始めてた?距離を置けばこんなに悩んだり苦しんだりする必要もなかったのに。

あったのはただの孤独感だけ。それを今感じないこと自体がおかしかった。

私はいずれこの世界から消える存在。帰る手がかりなんて1つも見つかっていないのに、いずれは元の世界に戻るんだという確信がある。


ははっ、と思わず笑えば「ユキ?」とハンジが眉根を寄せてこちらを見ていた。

迷っていたのはこの世界に依存していたから。苦しかったのはこの世界の人間に心を置いてしまっていたから。


『ありがとう、ハンジ。今話してたら解決した』

「え?…あ、え?なにそれ。まぁ解決したならよかったよ」


なんだ、思ってたより簡単だった。

あの暖かな手も、優しい声も。全てはこの世界のもの…自分とは遠く離れた世界の話。

そんなものはもうとっくの昔に失って、二度と手に入りはしないとあきらめたんだ。それをまた求めて何になる?

明日にはいなくなるかもしれない。…そんな世界で。




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