木漏れ日

□消失
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「くそっ、あいつ勝手に1人で行動しやがって…!」


負傷者はお願い!…と言いながら馬で駆けて行った後ろ姿を思い出し、舌打ちをする。本当にあいつはいつもいつも…何度言っても聞きやしねェ。あの自分勝手な性格はどうにかなんねぇのか。


「リヴァイ兵長!ご無事でしたか!」

「あぁ、こいつを頼めるか」

「ですが兵長は…」

「俺は西の方へ行く。さっきから異常な音が鳴ってるからな…今は静かなもんだが、何かあったことは間違いない」


馬で走り出したものの、さっきまでの衝撃音は全く聞こえてこない。…だったらさっきのはなんだったんだ?もうあいつが倒したのか?


ーー…ドガァァアアアン!!

「!」


1つの廃村が遠くにぼんやりと見えてきた頃、再び衝撃音が鳴り響いた。それと同時に廃村からはぼんやりと煙があがっていく。あれは巨人を殺した時の蒸気じゃねぇ…建物が壊れたときに登る土煙だ。

それなのに巨人の姿は一向に見えない…ユキが言っていた通り建物をも壊す程の巨人なら、ここから見えるくらいの大きさがあるはずだが。

近づいていけば、金属同士がぶつかり合う音が聞こえてきた。甲高く響くそれは、近づくにつれて音から伝わって来る衝撃が大きくなっていく。


(ユキが戦ってるのか…?)


…だが、一体何と?巨人と戦ってこんな音が聞こえてくるはずがない、…これは人同士が戦うような…そんな音だ。

廃村に到達し崩れかけた民家の間を縫っていけば、やがて開けた場所に出た。


(…何だ、あれ)

広場のような場所の中心、…瓦礫の上にはユキと向かい合う巨体があった。

巨体と言っても巨人じゃない…俺たち人間より少し大きいくらいだが、体格も違えば肌の色、顔の造り…いや、存在そのものが違う。

…まるで鬼のようなそれは巨大な棍棒を担ぎ、対してユキは傘を構え頬についた血を手の甲で拭った。

ユキと鬼のような奴がこちらに気づいたらしい。状況は読み込めねェがユキがあいつと戦ってることは間違いない。だとすれば手を貸す他ないとアンカーを手に取りブレードを鞘から引き抜いた。


「ユキ!!」


名前を呼ぶ。…直後、『来るなッッ!!』……叫びにも似たユキの声が俺の足を止める。

…瞬間、相手から視線を逸らし隙ができていたユキの横腹に棍棒が振り下ろされた。40mは離れていたこの場所まで衝撃音が届き、風が足元から掬い上げるように巻き起こりその威力を物語る。

ユキの口から大量の血が溢れた瞬間、時間が止まったかのような感覚に包まれる。考える前に駆け出していた。


「ユキッッ!!」


咳き込み、片膝をついたユキの身体が蹴り飛ばされ、勢いよく民家に突っ込んだ。壁を突き破ったユキは土煙の中に消える。

アンカーを放ち、急上昇すると共に化け物の真上を取る。そのまま振り上げたブレードを回転を駆けて振り下ろした。


ーー…バキィィン!

「!」

しかし、ブレードは呆気なく砕け散る。なんだこいつ…!?刃が通らねぇ…!

巨体がこっちに視線を向けた瞬間、背筋が凍った。遠目で見た時よりも人間とは程遠い、まさに鬼そのもの。

面をつけているわけでも鎧を装備しているわけでもない。この姿形そのものの存在…。


「人間に用はない」


相手の右腕が僅かに動いた瞬間、巨大な棍棒が視界の端に映った。咄嗟に体を翻し屈んで躱したが、頭上を通った瞬間の重々しい風切り音と風圧に、あれがどれだけの威力なのか容易に想像できる。

今まで相手にしていたような奴らの攻撃とは訳が違う。一度でも当たれば確実に死ぬ…それどころか掠っただけでもただじゃ済まないであろうこいつをユキはまともにくらっていた。


「…ユキっ」

ユキの方に視線をやろうとしたが、目の前の威圧によそ見などできるはずもない。

…まさかあいつがくたばるわけねぇだろうが…っ!


「お前もすぐに殺してやる」


そう言うと同時に、次々と繰り出される攻撃を紙一重で躱していく。ブレードを装備する時間は愚か、反撃する隙も与えられない。全神経を研ぎ澄ませても、繰り出される馬鹿みたいな規格外の攻撃を避けるだけで精一杯。

「…クソッ」

このままじゃいずれこっちの体力が尽きて終わりだ。…相手の足元を見ると禍々しい足の近くに、瓦礫の一部であろう木材が落ちているのが見えた。

横薙ぎに薙ぎ払われる棍棒を躱し、木材を蹴り上げ相手の足場を崩す。巨体がバランスを崩した瞬間が唯一の反撃のチャンス…

…が、相手は些細な足元の崩壊などものともせず、まるで何事もなかったかのように棍棒を振り上げた。


「…クソッ」

「調子にのるな、猿めが」


ーー…ドシュッ!

その瞬間、紫色の傘が相手の腕に突き刺さり、棍棒が地面に落とされ重々しい音が響き渡る。

傘が飛んできたほうを見れば、ユキが土煙の中から姿を現していた。頭部から血を流してはいるが、なんとか生きている。

心底ホッとすると同時に、普段と違う鋭い目つきとピリピリとした雰囲気に「ユキ」と名前を呼んだが、俺の声が聞こえていないことはすぐにわかった。

ユキの視線は目の前の鬼だけに向けられている。


『お前の相手はこっちだろうが』

「死んでいなかったか」

『あんなので死なないよ。夜兎をなめるな』


ユキはそのまま駆け出すと拳を振り上げ、互いの拳がぶつかり合った。素手同士にも関わらず衝撃音と共に足元から風が舞い上がる。

相手の一撃を流し、再び拳を振り上げ叩き込む。身体が吹き飛ばされ、倒れ込んだ相手に追い込みをかけるようにユキは地を蹴り上げ、高い位置から踵を振り下ろした。


その一撃は相手諸共瓦礫を破壊させ、地を抉る。それを受けても尚、立ち上がる奴らの戦いは自分たちの世界とは次元が違うことを改めて突きつけられた。全く手が出せない。

相手の腕を取り、容赦無く地面に叩きつけるユキの表情は今まで巨人と戦う時に見せる余裕のある表情ではなく、本気で相手を殺そうとしていた。

鋭い瞳と緩められた口元から地を這うような殺気が忍び寄る。どちらのものかもわからない血が飛び散り、どちらかが拳を振るう度に地を揺らすような衝撃が走った。

まるで獣同士の戦い。…だが、その戦いに突然、終わりが訪れた。


『そろそろくたばってくれない?私はあんたと遊んでいる暇はないんだけど』

「久しぶりにまともな戦いができたんだ。お前がこの棍棒の餌食になればそれで終わるが?」


『冗談じゃない』と言いながら再び距離をとった両者は各々の武器を拾う。互いが至るところから出血し、武器を握る指先からは血が垂れ廃材に零れ落ちる。

口に溜まった血を吐き出したユキが傘を構えて駆け出す。振り上げられた棍棒と傘がぶつかり合う瞬間、…ユキの傘は空を切った。


『!?』


バランスを崩したユキは勢いそのまま瓦礫に転げ落ちる。慌てて起き上がり背後を振り返ったユキはぽかんと間抜けな顔をして立ち尽くす。


つい先ほどまで死闘を繰り広げていた鬼は、突然に姿を消していた。


「どういうことだ?」


信じられない光景に頭がついていかない。…しかし、何度見てもあの巨体はどこにも見当たらない。


『…消えた?』


ーー…ジジッ

「……っ…ぁ、…オイ!?繋がったのかこれ!?」


耳元で声がする。


「オイ嬢ちゃん聞こえるか!?生きてるなら返事をしろ!」



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