木漏れ日

□いつかは、この世界から
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自分の口から出た言葉と重ねた唇に、どうしてあんなことをしちまったんだと後悔してももう遅い。

ただ、あのときは普段クソみてぇに強気なあいつが、今にも泣きそうな顔しながら震えた声で訴える姿を見て身体が勝手に動いた。

ずっとこのままでいい。ずっと気の合わないやつのままでいい。…そんな風に接してきた相手に自分の想いなんて打ち明けられるか。

…そんなくだらない俺の見栄も意地も気づいたらどこかへ消えていた。ただあいつに対する思いだけが身体を突き動かした。あんな風に必死に強がるあいつが、どうしようもなく愛しく思えた。



**
***



少し気持ちが落ち着いたのか、頬を撫でる風の気持ちよさを感じられる余裕がでてきた。ポケットから2つめの野戦食糧を取り出して包装を破き、バキッと割って口に運ぶ。


「お前それ2つ目だろ」


反射的に身体がビクリと震えた。…確かに2つめではあったが、本来1つしか与えられない食糧を隠し持ってきたことがバレたから驚いたんじゃない。

視線を上げる。…そこには予想した通りリヴァイがいつの間にか私を見下ろしていた。

『…』

返事をしないでいると(単純に出なかっただけ)、リヴァイは「責めるつもりはねぇけどな」と言いながら当然のように私の隣に腰を下ろす。

…って座るのかよ!?なんで座るの!?なんで平然とそんなことができんの!?私のことをからかってんのかこいつ…!?

…とは思いつつも口にはできず、不自然にならない程度に距離をとる。


「それでもお前なりには我慢してんだろ、黙っといてやるから他の奴らに見つからないようにしろよ」

『そんな忠告されなくても見つかったりしないから』


私だけが動揺しているのを悟られたくなくて平静を取り繕って答えれば「俺には見つかったけどな」なんて嫌味が返ってくる。

なんなんだよこいつは本当に!昨日のことは嘘だったのか!?幻だったのか!?

そう思わせるほどいつもと変わらない態度にこっちの調子が狂わされる。リヴァイがどういうつもりなのか全く理解できない。本当に幻だったんじゃないかとさえ思えてきたとき「…なぁ」とリヴァイが口を開いた。


『…な、なに』

「昨日の話だが」

『…ーーー!!』


突然の言葉に思わずクラッカーを詰まらせそうになって慌てて飲み込む。き、昨日の話!?昨日の話ってあれのことか?…あれのことか!?


「あの鬼たいなやつの正体はなんだ?どうして突然に姿を消した?」


……そっちかよォォオオオ!!

思わず喉まで出かかった言葉を押し殺して必死に心を落ちつかせる。…いやまぁ、リヴァイが鬼獅子に対して疑問を抱くのは当然か。…だとしてもさ、今のはなくね?紛らわしすぎんだろどう考えても。わざとか?わざとなのか?

喉の奥に不自然に引っかかったクラッカーを水で流し込み、一息ついて口を開く。


『私の世界での巨大な犯罪組織の元幹部、…ってところ。そこで何かやらかして処刑の対象になってこの世界に送られてきた。私と同じ転送装置で』


リヴァイは「そうか」と呟く。案外あっさりと理解されたことに驚いたが、その横顔は思案するように眉を潜めている。


「お前の世界にはあんな化け物ばかりがいるのか?それともあいつが特殊なのか?馬鹿力だけでいえばお前とさほど変わらないように見えたが」

『あれは特別。因みに私も特別だけど、あの種族は私たち夜兎と同じ三大戦闘種族の1つ。特別だから巨大犯罪組織の幹部なんてやってたんだろうから』

「そいつがここに飛ばされてきていたと」

『私より1年前にね』


鬼獅子は1年ぶりにまともに会話ができる奴に出会ったと言っていた。…つまり鬼獅子がここにきたのは少なくとも一年以上前。…その間、調査兵団を含めこの世界の人類が鬼獅子に遭遇しないですんだのは本当に幸運だったというべきなのだろう。

もし鬼獅子が壁外調査中の調査兵に遭遇していたら今回のように襲撃され、壊滅に追い込まれていただろう。もし彼が壁を見つけでもしたのなら、なんらかの手段を使って壁の中に入り人類を絶滅に追い込んでいたかもしれない。

…さすがに扉を破ることはできないだろうが、巨人と違って頭が働く分厄介な相手だ。この世界の人間では対応できない…本当に1年何もなくてよかった。

そういえばリヴァイは「本当にそうだな」と呟く。昨日の戦いを見ていたリヴァイは鬼獅子がどれだけ脅威なのかを知っている。今のは本心から出た言葉だったのだろう。


『前に私が転送された場所に行ったときに見つけた時計はあいつのものだったらしい』

「…あの化け物とお前が転送装置とやらで飛ばされたとすれば、他にもいるんじゃないのか?転送された奴らはここにくるんだろ?」

『…ううん、この世界とは限らないんだと思う。何十、何百…もしかしたら何千もの世界の中からランダムに振り分けられるのかもしれない』

「どうしてそう思う?元の世界のやつに聞いたのか?」

『あの装置で送られたのはそう少ない数じゃない。鬼獅子が奇跡的にうろうろしなかっただけであって、もし他の奴らが転送されていたんだとしたら人類の誰も目撃していないなんてことはありえない』


あの春雨で処刑対象になるような奴らだ、…私のように一見わからないような容姿をしたものなんてかなりの少数派に決まってる。

武力を備えた天人の殆どは人の形をしていない。この世界では見たらすぐにわかるような奴らばかりだ。だから、きっとランダムに飛ばされている。

それを飛ばした彼らもわかっていない。…だから私の居場所もわからない。あんな犯罪組織でもさすがに居場所がわかっていたなら助けに来る。


[オイ嬢ちゃん聞こえるか!?生きてるなら返事をしろ!]


一瞬繋がった通信機から聞こえてきたのは、明らかに私を探しているようだったから。


「どうしてあいつは消えたんだ?」


リヴァイの質問に一瞬言葉が詰まる。それを察したのかリヴァイがこちらに視線を向けたのを感じた。「ユキ?」…名前を呼ばれる。わかっていながらリヴァイの方を見ないようにしながら、ゆっくりと言葉を選んでいく。


『元の世界に戻った、…んだと思う』


表情を見ずともリヴァイを纏う雰囲気が変わったのを感じた。2人の呼吸音だけが静かに包み込む沈黙。理解しようと頭を悩ませているからか、リヴァイは髪を掻きあげガリガリと頭を掻く。


「どうして分かる?俺にはあの時、あいつが消える瞬間なにも見えなかったが?」

『鬼獅子が消えたとき、本当に数秒だったけど通信機が繋がったの』


殆ど無意識に私はリヴァイに視線を向けていた。するとリヴァイもこちらを見ていたようで視線が合い、心臓が跳ねる。

リヴァイは混乱しているようではあったが、理解しようとする姿は真剣そのものだった。鋭く細められる瞳から視線を反らせなくなる。


「今までは何の反応も示さなかったその通信機とやらが繋がったってことは、お前の言う通り元の世界と繋がったんだろうな。あの化け物が元の世界に戻る、一瞬だけだが」


さすがに理解が早い。この男を認めざるを得ないのは、人間という弱い生き物に生まれながら多彩な戦闘技術を持って対抗してくることと、よく回る頭を持っていることだ。

悔しいが、リヴァイがもし私と同じ夜兎族の身体を持っていたなら私は手も足もでないかもしれない。

今はうんともすんとも言わない通信機を耳から外して手のひらに乗せる。チカチカと赤いライトが規則的に点滅するそれに、リヴァイも私と同じように視線を落とす。


『聞こえたのは私がここに飛ばされる直前に一緒にいた男の声だった。話し方から私を探している感じだったと思う』

「お前は前に自分を探すはずがないと言っていたが?」

『だから正直驚いてる。…でも結局私は返事もしなかったし、もう生きてないと思われたかもしれない。だから今度こそ、探すのをやめたかもしれないね』

「なんで返事をしなかった?」


漸くきたチャンスだろうと言われ、突然のことで頭が働かなかったと答えた。…突然すぎて声が出なかったというのは本当のこと。

あんなにも唐突に目の前から巨体が消えるとは思いもしなかった。しかもなんの前触れもなく、元の世界に戻ったなんて。


「いざって時に対応できねぇとはな、なんのためにしょっちゅう目障りなそいつをつけてんだかわかりゃしねぇ」

『うるさいな、私だって後悔してるよ』


馬鹿にするように鼻で笑うリヴァイに舌打ちをし、通信機を再び左耳に装着する。


『でも、まさかあんな風に突然になんの前触れもなく消えるなんて思わなかった。…私もあんな風に突然元の世界に戻るのかもしれない』


そう呟けば、リヴァイはなにも言わずに壁に背をつけた。私は残った野戦食糧を頬張り、ゆっくりと噛んで飲み込む。

暫く正面を見据えたまま黙っていたリヴァイだったが、程なくして「そうか」と呟いた。感情の読み取れない表情と声色に返す言葉が見つからない。

しかし、ふっと小さな笑い声が聞こえたと同時に、少し張り詰めていたリヴァイが纏う雰囲気はいつものものに戻っていた。


「お前がいなくなれば煩いのがいなくなって清々するな」

『…なんだとコノヤロー』

「事実だろ」


本当に清々するといった笑いを向けてくるリヴァイに心の中でハァァ…!?と声をあげる。

私が帰ることになにも思わないの!?あんな風に消えるんだぞ!?なんの前触れもなく、突然に!


[お前を想っているからだ]


昨晩はあんなこと言ったくせに…!



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