木漏れ日

□眠る君が
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「…なにやってんだこいつは」


ため息と共にそう呟いたリヴァイの視線の先にはソファに埋もれ、すやすやと寝息を立てているユキの姿があった。

数十分前、久しぶりに執務室に姿を現したユキはいつものようにソファに寝そべり、考え事をしているのかしていないのかよく分からない表情で暇そうに天井を眺めていた。

暫く動きがなくなったと思って見にきてみればこれだ。今では餓鬼みてぇに気持ち良さそうな顔して寝てやがる。側に立ってみても起きないところをみると相当深い眠りについてるらしい。


「…ったく」

しょうがねぇなと無意識にため息をつき、ユキの眠る向かい側のソファに腰を下ろす。

正直、もうここには来ないと思っていた。壁外調査でのことがあって以降、ユキは俺のことを避けると思っていたからだ。実際ここ数日はこなかったが、壁外調査直後はこいつなりに気を使っているのかいつも避けている。今回もただそれだけだったようだ。

それでもエルヴィンが扉を開けたときに浮かべていた表情は、ここの扉の前で入るかどうか迷っていた…そんな表情だった。こいつなりに悩んで、また俺の部屋に来てくれたということらしい。

いつものように1人で屋根の上にでも座りながら考えていたのかと思うと笑えてくる。もしくは談話室のソファで、今のこいつのようにだらしなく寝転がりながらかもしれない。

そうして悩んで、結果こうしてきてくれたことは素直に嬉しかった。どうやら拒絶されることはなかったらしい。心底ホッとしている自分に呆れて笑えてくる。

ブランケットをかけてやればユキはもぞもぞと身体を丸めた。小さな身体を更に小さくして包まる仕草はまるで小動物だ、…壁外調査で鬼獅子と戦っていた面影は一切ない。

あの戦いを間近にしてユキが言う通り、こいつがこの世界の人間じゃないということを改めて実感させられた。忘れていたわけではないが、最近は人間離れした力にも動きにも慣れてきて「ユキが別世界の存在」ということが薄れ始めていたのは確かだ。

…だからといって今更恐怖を感じることもないし、ましてや手放したいとも離れたいとも思わない。あんなに悲しそうに笑いながら「ここを離れる」と言ったユキの表情は今でも目に焼き付いていて離れない。

恐らく「向こうの世界」とやらで散々な扱いを腐る程受けてきたんだろう。化け物だと虐げられ、恐怖や畏怖の感情を向けられる…そんな扱いを散々受けてきたこいつにとって「調査兵団を離れる」という結論は当たり前のことだったのかもしれない。

そうやって居場所を点々としながら生きていたと言っていた。帰る場所も、帰りを待つ家族もいないからと。


[私の家族は殺し合って死んだ]


ユキの世界は俺たちの世界からは想像できないことが多い。それはユキが特別な種族だからかもしれねぇが、それでもこれまで生半可な生き方をしてきてないことだけはわかる。

1人で悩み苦しみ、戦ってきた。この傘1本と身1つで戦場を駆け続け…そしてこの世界に流れ着いてきた。

この世界の人間じゃないことも、そもそも人間じゃないことも、化け物のような力をもっていることも十分わかってる。それでも俺はユキのことを好きになった。

普段はどうしてこんな奴を好きになったんだと思わせられるようなことばかりだが、揺れる赤髪の隙間から覗く瞳も、言葉の1つ1つも…よく見てやれば強気な性格に隠されている人間らしさが覗いている。

本当はただの人間のように弱くて脆い心を持っているくせして、それを見せないように強く振舞って「自分は平気だ」と言い聞かせながら必死に生きようとしている。

そんな不器用なところがまた目を離せなくさせてくるから厄介だ。


ソファから腰を上げ、気持ちよさそうに眠りにつくユキの頬にそっと触れる。起きているときは強い光を灯している瞳も、今では閉じられまるで餓鬼のように柔らかい表情で眠っている。

そんな姿が愛しくてたまらないのに、ユキはいずれこの世界からいなくなる日が来るかもしれない。それはユキが「帰りたい」と言った日か、それとも突然に訪れるのか…。

もしユキが「この世界」の「人間」であったなら、こんな風に心配する必要はなかったと思うと胸が締め付けられる。


「…どうしてお前、この世界の人間じゃねぇんだよ…」


思わず零れた声は誰にも届かない。ユキは相変わらず気持ちよさそうに眠っていて、リヴァイがその小さな頭を撫でればふわりと嬉しそうに口元を緩めた。



**
***



『…あれ、どこだここ』


目の前の光景に私は呆然とする。エメラルドグリーンを基調とした薄暗い部屋。部屋の明かりはついていないが、月明かりのお陰で目の前に広がる光景がぼんやりと映し出されていた。

……あぁ、今は仕事中か。足元に転がる死体と壁や床一面に飛び散った血。自分が握る傘からはそれが滴り落ち、空間全体が生臭さと鉄の臭いで満たされていた。

いやいや、待てよ。今なんの仕事でここに来てるんだっけ?っていうかここどこ?どこ星?…私の頭はついにおかしくなったらしい。自分が今何をしていたのかもわからなくなる日が来るとは思わなかった。…まぁでもどうやら仕事は終わってるっぽいし、ここを出ながら考えよう。

ガチャリとドアノブを捻れば、目の前には雇い主が用意したであろう私の自室があった。…あれ?わたし今戦ってなかった?おもっくそ敵組織のアジト的なところ乗り込んで制圧してなかった?

自分の手に視線を落とせば返り血もついていないし傘も綺麗なままだ。…私どっかで薬とかやらされた?それともご飯の中に麻薬とか幻覚を見せる系のやつが混ぜられてたとか…やべぇよそんなの冗談にならねぇよ薬抜けて思い出したらぶっ飛ばしてやる。


とりあえずベッドに身体を沈め、手を伸ばしてリモコンでテレビをつける。訳のわからない天人が出ているテレビをぼーっと眺めながら、寒さを感じて暖房のスイッチを入れる。

携帯を確認すれば新着メールはなし。着信もない。さっきの光景はなんだったんだと思いつつ、妙な違和感を感じていた。

…なにかが変だ。頭の中にモヤがかかったように思考回路がうまく回らない。…私はどうしてこの部屋にいるんだっけ?なんの仕事を受けてここに来て、雇い主は誰だった?私はこの部屋に来る前に何をしてたんだっけ?

このドアの外は、
…どんな光景だったっけ?


『…だめだ、思い出せない』


なんだこの違和感とむしゃくしゃする感じは。原因がわからないだけにどうしていいのかもわからない。


『とりあえず外に出るか』


そうすればここがどこなのかもわかるし、とりあえず動かないと始まらない。私は何故かふわふわとする足を動かして立ち上がり、ドアへ向かう。

ドアを押し開けて広がる光景は自分の家だった。ドクンと心臓が跳ねる。

…おかしい。どうして今私は「自分の家」にいる?目の前に広がるのは家族と共に過ごした故郷の家。真っ直ぐに続く廊下が自然と私を奥へと導いていく。

吸い込まれるように廊下を歩いて行く度にその光景が鮮明に蘇ってくる。生臭い、生き物の脂の臭いが鼻をつく。行くなと頭は思っているのに、いくら命令しても足は勝手に動いていく。

廊下の先に広がっていたのはやはりあの光景だった。家族が殺し合い、無残な姿で床に転がり死んでいる。私は持っていた籠を落とし、果物が足元を転がっていった。

…あぁ、これは夢かと今更になって気づく。もう何度見たかもわからない夢を私はまた繰り返してる。…夢だとわかっているのに涙が止まらない。

彼らの身体を揺すってみても起きる気配は全くなく、力なく揺すられるままに動くだけ。服ごしに伝わってくる妙に冷たい肉の感触と、亡骸独特の目の窪みと青白い顔。

力なく倒れた首が、苦しそうに見開かれた瞳をこちらに向ける。眼球としての水分を失い始め、瞳孔の開いた瞳は恐ろしいほど忠実にあの時の記憶を再現する。

じっとこちらを見つめられたまま、私もそれから目が離せず動けなかった。


「ユキ」

『…』


ふと、名前を呼ばれて意識が引き戻される。私を見つめる瞳は生気を失ったものではなく、眉間に皺を寄せ、不機嫌なのか睨んでいるのかわからない見慣れた男のものに変わっていた。


……。

…、……リヴァイ!?


ーー…ゴッ!!


「『……〜ッ!!』」


鈍い衝撃音と共に額に強烈な痛みと眩暈に襲われ再びソファに倒れこむ。…な、なに!?何が起こったの今!?そんなことを考えながら状況を整理しようとしていると「何しやがるてめェ…」と地を這うような声が聞こえてくる。

視線を向ければ頬に手を当てながら、これでもかというほど怒りの感情を剥き出しにしながら睨みつけてきてる。ちょちょちょ、ちょい待ち。まじタンマ。全然状況が把握できてないんですけど。


『…なに、なんでここにリヴァイがいるの?…ていうか痛ぁ…まじ何すんだよ万年無愛想男コノヤロー』

「てめぇいい加減にしろよ…ッそっちがいきなり頭突きかましてきたんだろうが!」

『…頭突き?』


いたた、と頭をさすってればリヴァイは「勝手に人の部屋で寝てたくせにふざけんなよクソ餓鬼が」と舌打ちを零し、僅かに赤く腫れた頬をさすった。



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