木漏れ日

□世界との繋がり
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「お前が魘されてたから様子を見にきてやったんだろうが」


そう言われて漸く理解した。夢から覚めた瞬間、目の前にいたリヴァイに驚いて飛び上がってぶつかったのか。


『ごめん』

「…、…お前にそうやって素直に謝られると気持ち悪いな」

『人がせっかく素直に謝ってるのにあんたって奴は本当に…ッ』

「お前が素直に謝らないのは事実だろ」


確かにそれはそうだ。…でも折角素直に謝った時くらい受け取っとけ馬鹿野郎。…っていうかガッツリ夢見るくらいグースカ寝てたの?来るときはあーだこーだあんなに悩んでたくせに、あんなことがあった男の部屋で爆睡?まじで?

やばいよオイ、こんな無神経な女だったなんてもう自分にがっかりだよ。あんなに悩んでた自分が馬鹿みたいだよ、あの時の自分に謝りたいくらいだわ。

ため息をついて上体を起こすと、自分が何かを思いっきり握りしめていることに気づいて視線を落とす。

(…ブランケットだ)

おそらくリヴァイがかけてくれたんだろう。ふかふかとしたブランケットが身体にかけられていて、それを私の左手がきつく握りしめていた。魘されてそのまま掴んだんだろう。

ゆっくりと離せば無意識のうちに強張っていた身体から力が抜けたようだった。もう一度息をつくと額にそっとリヴァイの手が触れてくる。


「まだ痛むか?」

『ううん、大丈夫』

「そうか」


リヴァイはぽんぽんと私の頭を撫でて腰を上げ、自分の執務机に戻っていった。…なんだよ、私が悪いのにそうやって心配されると調子狂うじゃん。

キィ、とリヴァイが椅子に腰掛ける音。紅茶を飲んだのか、カップをコースターに置く軽い音と同時にリヴァイは口を開いた。


「お前が素直に謝るようになるほど、夢が堪えたか」


リヴァイの方に視線を向ければ、既に書類にペンを走らせていた。まだ仕事が残っていたのにわざわざ私の様子を見にきてくれたのかと気づいてむず痒い気分になる。

ソファに再び寝転がり、天井を見上げる。瞳を閉じれば先ほどの夢が鮮明に蘇ってきた。


『私の世界の夢を見た。でも魘されるような内容ばかりじゃなくてさ、前にも話したけど電気をつけてテレビを見て、暖房で部屋を暖めて…そんなこの世界には無い便利な生活を満喫した。一瞬だったけど』


リヴァイから返ってきたのは「そうか」という一言だけだった。なんだよチクショー自分から話振っておいて、もうだんまりか。…と怒りを込めて首を捻ってリヴァイを睨みつければ、その視線は書類に落とされたまま止まっていた。

その表情に、私は無言で視線を天井に戻した。元の世界の話をする時、リヴァイはいつも興味があるのかないのかよく分からない表情をする。

最近なんか興味なさそうに「そうか」とか「あぁ」くらいしか返ってこなかったから、思いを告げておきながら私が元の世界に戻るかもしれないということに対してまるで興味なんてないのかと思っていたけど。

…きっとそうじゃない。私に変なプレッシャーや足枷をかけないように敢えて興味のないふりをしていたのかもしれない。自分の言葉や行動で私が元の世界に戻るという選択をしにくくならないように、…私がどちらの選択肢でも選べるように。


『…ねぇ、リヴァイ』

「なんだ?」

『私がさ、』


元の世界に戻るって言ったらどう思う?

その言葉は無意識に出た自分の自嘲じみた笑みと共に消えていった。なにを聞こうとしてるんだ私は。そんなの聞いてどうする。


『いや、なんでもない』

「なんだ、気になるだろうが」

『なんでもないって言うか、何か言おうとしてたけど忘れただけ』

「阿呆だな」

『うるさい』


そんなの、答えはわかってる。だって夢から目覚めたとき、あんなに心配そうな表情で私を見てくれていた。額に手を添えながら問いかけるリヴァイは、まるで大切なものを見るような目で私を見つめていた。

あんな表情をするなんてずるい。そんなことをされてなにも感じないはずないじゃないか。


ブランケットをもう一度握りしめ、もそもそと首を動かして時計を確認する。時刻は10時。リヴァイはまだあがりそうにもない。


『もう少しここにいていい?』

「…キリがいいところまでやるつもりだが、それが終わるまでならな」

『りょうかい』


再び天井を見上げながら、私はこの居心地の良さに苦しくなった。元の世界に戻るときはくるのか?選択肢を迫られたら?

…いや、選択すら迫られず気づいたら元の世界に戻っているかもしれない。元の世界に戻った時、わたしはどう思うんだろう。戻ってこられてよかった?…それとももう少しこの世界にいたかったとか思うんだろうか。ああすればよかった、こうすればよかったなんて後悔することはあるんだろうか。

それは分からないけど、多分このまま元の世界に戻ったらきっと後悔するんだろう。この男に対して中途半端なままで帰ってきたことを、…きっと後悔する。だからと言って自分がどうしたいのかなんて分からないし、リヴァイのことをどう思っているのかの答えもでない。

…だけど、どんな悪夢を見ようと過去を思い出そうと、リヴァイと少し言葉を交わすだけで嘘のように不安や恐怖が消え去っていった。この空間が私にとって何よりも居心地が良く、落ち着けるということはもう否定できなかった。

思い返してみれば、想いを告げられた相手を今まで真剣に考えることなく突き返してきたのに、それすらしていないことをこの時の私はまだ気づかない。



**
***



「そういえば昨日の夜はどこにいたの?用があったから部屋に行ったらいないんだもの」

『ちょっと散歩に行ってただけ。っていうか誰かが部屋に入ってきたのは分かってたけどハンジだったのかよ』

「あれ?なんで部屋に入ったの分かったの?」

『傘が倒れてた。壁に立てかけておいたのにあれが倒れるって、どんだけ勢いよくあけたの』


あはは、ごめんごめんと言いながらヘラヘラ笑ってスープを口に運ぶハンジは、どうせ反省なんて1ミリたりともしちゃいない。…まぁ、別に今更だし怒るようなことでもないけど、なんとなくハンジを含めて他の人たちにリヴァイの部屋に行っていることは言ってない。

それを知られることでリヴァイが不利益を被るかもしれないと、なんとなく気を使っている。リヴァイも他の人には言っていないようだし、多分知ってるのはエルヴィンくらいだ。…それもたまたま私が爆睡しているところに現れたからだが、他の兵士が夕食も終えた夜に兵士長の部屋に訪れることもそうない。

それがまた、私が落ち着く場所として思える要素の1つなんだろうけど。


「ふーん、まぁいいけどあまり夜に出歩かない方がいいよ?心配性のどっかの誰かがうるさいから」

「それは俺のことじゃないだろうな?」

「おっと、聞かれちゃってた?」

「お前らが勝手に隣に座ってぺちゃくちゃ喋り始めたんだろうが」

「しょうがないじゃないか。ここが空いてたんだから」


隣に座るリヴァイはチッと舌打ちをし、目の前の食事に手をつける。確かに先に座っていたリヴァイの隣に私たちが陣取ったのは間違いない。静かに食事を楽しんでいたであろうリヴァイからすれば、朝から面倒な奴に絡まれたと思っているだろう。

あぁほら、心底嫌そうな顔してるもの。面倒くせぇなクソがって目が訴えてるもの。


「リヴァイもさぁ、ユキを1人で夜中歩かせるのやめさせた方がいいよ。ユキだって一応女の子なんだから」

『一応ってどういう意味?』

「危険だからってか?…はっ、心配するならこいつに絡んで返り討ちに合う奴らの方だろう。そいつらが不憫でならねぇよ」

『顔面にグーパンいれるぞコラァ』


どいつもこいつも、なんだんだコノヤロー。私だって色々絡まれることくらいあったんだぞ、向こうの世界では。こっちの世界では1人で街を出歩いたことなんてないけど。


「そういえばユキ、怪我もすっかり治ったんだね。結構重症だったんでしょ?」

『ちょっと怪我しただけ。それに私は人間と違って丈夫だから』

「ただの怪力馬鹿女だろう」

『あんたこそ人間離れしてんだろうが』

「あはは、君たちをみてると朝から気分が和むね」

「『はぁ?』」


ケラケラと笑うハンジに2人で言葉が揃ってしまい、それがまた面白いらしくハンジが腹を抱えて笑う。私とリヴァイは互いに少しだけ睨み合い、ふんっと逸らした。


「相変わらず仲良しの息ピッタリコンビで安心したよ」


「どこがだよ」というリヴァイにハンジがなにか言い返そうとした時、ふと私の方を見て「あれ?」と目を丸くした。


『なに?』

「ユキの耳についてるそれ、通信機?ってやつがなんかいつもと違う光り方してる気がするんだけど」


通信が入っている時は光り方も違うんだろうが(多分)、今も特に通信機から音が聞こえるわけでもなくシンとしている。どういうことだと取り外して見てみれば、確かに光の点滅が少し早くなっていた。


『本当だ、点滅がちょっと早い』

「何か意味があるのか?」

『うーん、わからない。特に聞いてないんだけどな…』


…というかそもそも通信機を支給されてから説明なんて聞く暇もなく、神威とかいう大将にぶっ飛ばされてこっちに来ちゃったし。

機械音痴だから困るんだよな…と思いながらいじっていると、小さなモニターに電池のマークが表示された。


『…あぁ、そういうことか』

「なに?何かわかったの?」


それが示すのは、電池が残り僅かということ。この表示からすると残り10パーセントというところだろう。そりゃそうだ、…この世界に来てから一度も充電できてないし、むしろよくここまでもったものだと思う。

「なに?なに?」と急かすハンジと「黙ってちゃわからねぇだろ」と若干の怒りを含んだリヴァイの声で現実に引き戻される。


『充電がそろそろなくなるみたい』

「充電?」

『ここに蓄積されていたエネルギーがなくなるってこと』

「それってまずいんじゃないの?」

「また補給はできるんだろう?」

『この世界じゃできない。向こうの世界ならいくらでもできるんだけど』


そう言うと2人は複雑そうな表情を浮かべた。この通信機が元の世界に戻る唯一の手がかりであることを2人はよく知ってる。そしてそれが使えなくなるということは、向こうとの唯一の繋がりがなくなるということ。

元の世界ではこんなの、充電器を繋いでコンセントにさせばいくらでも充電できる。…でも、この世界ではそうはいかない。

長期間に及ぶことを想定して作られた通信機にも関わらず、その電池が残り僅かとなっている。…そんなに私はこの世界にいたんだと実感して不思議な気持ちになる。それと同時に焦りと不安が込み上げる。

これがなくなってしまえば、元の世界との繋がりは完全になくなる。壁外で一瞬繋がった通信で、春雨が私のことを探していることはわかった。もし本気で探してくれているとするなら、やはり最後に頼みの綱となるのはこの通信機だ。

…それがなくなってしまえば、私は本当に元の世界に帰れなくなるような気がした。残り僅かといえど暫くはもつだろうが、私の中に漠然とした不安が生まれる。

元の世界に帰ろうが帰れなかろうが別にどっちでも構わない……そう思っていたはずなのに、心の奥底ではそうは思っていなかったらしい。

帰りを待つ存在がなくとも、化け物扱いされるような場所でも、…やっぱり自分が生まれて、生きてきた世界を失うのは怖いのか。


「…大丈夫?」

『いつかはこの時が来るとは思ってたから』


通信機を一度ぎゅっと握りしめ『それで何の話してたんだっけ?』と何事もなかったかのように喋るユキに、ハンジはいつもの調子に戻ったと思ったのかそのまま2人は再び会話を弾ませる。

通信機がもう少しで使えなくなる、…そう言った時のユキの表情は複雑な感情が混ざり合ったようなもので、リヴァイは眉間に皺を寄せる。


(…無理しやがって)

暫く過ごすうちに、ユキが隠している感情をある程度読み取れるようになった。ユキは本当に悩んでいたり、辛かったりすることを1人で抱えようとする。

口では「帰れても帰れなくてもどっちでもいい」と言ってはいたが、やはり元の世界との繋がりを絶たれるとなって動揺しているんだろう。表面では取り繕っていても、心の奥底で感じる不安や恐怖は隠せない。

…それが分かっているのに、通信機が使えなくなると聞いて喜んでいる自分がいることに心底呆れてため息がでる。


(…最低だな、俺)

ユキが不安になっているのに、このまま通信機が機能しなくなれば元の世界に戻る確率も少なくなるんじゃないかなんて考えている。ユキ本人の意思も考えずに、このままここにいてくれればいいのにと思っている。

…やっぱりだめだな。普段はなるべく表情や態度には出さないようにしているが、結局俺の本質なんてこんなものだ。ユキが元の世界の話をするときも興味のないふりをして、妙な未練や足枷をかけないようにしているつもりだったが、…やっぱりダメだ。元の世界に戻ってほしくない。


そんなことを俺が思っているなんて、こいつは分かっちゃいないんだろう。ハンジと会話を弾ませるユキは、先ほどの不安げな表情の面影を一切消して、ヘラヘラと笑っていた。



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