木漏れ日

□長く伸びる影
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予想通り、私たちを見る人々の視線は冷ややかなものだった。恐怖や軽蔑とまではいかないが、変わったものを見るような目だ。

ヒソヒソとした話し声に「どうして傘さしてるの?」なんて純粋な子供の問いかけ。…ほら、言わんこっちゃない。だから言ったのに。

隣を歩くリヴァイを見上げれば、別に気にもしていないのか平然としていた。本当に気にしてないんだなこいつは…。

そう思いながら周りを見渡せば、昼間の街はやっぱり賑やかで夜とは全く異なる活気に溢れていた。まるで巨人の脅威に晒されているとは思えない。こういう雰囲気は好きだし、街に出られたのは正直本当に嬉しい。

彼らに迷惑をかけるだろうと思って我慢していたのに、まさかリヴァイに連れ出されるとは思わなかった。兵舎でも壁外でもない場所でリヴァイと隣を歩くのはなんだかとても新鮮だ。


(…いい匂い)

甘いような、香ばしいような匂いにつられて視線を向ければ、ほかほかとした饅頭が売られていた。美味しそうだなと思いつつ視線を戻せば、振り返ったリヴァイがこれでもかというほど呆れた表情を浮かべていた。


「さっきまでうじうじしてたくせに、もう食い物にご執心か」

『別に見てないから』


くそっ、あのバカにしたような顔腹立つ…ッ!

ふんっと顔を逸らして歩き出そうとすれば、リヴァイは店で饅頭を1つ購入した。あっという間の行動に思わずぽかんと口が開く。


『…いいの?』

「1つだけだからな。ほら、落とすなよ」


そう言って渡された饅頭はほかほかと暖かな湯気をだしていて、一口頬張れば柔らかい甘さが口いっぱいに広がった。


『美味しい』

「そりゃよかったな」


幸せそうに頬張るユキを見たリヴァイもまた、口元を緩ませていた。



**
***



リヴァイは椅子に腰掛け、通りを歩く人々を眺めていた。今は洋服屋で、試着をしながら店員と相談しているユキを待っているところだ。

「適当なものを見繕ってやってくれ」と言ってから数十分が経過している。この世界では珍しい真っ赤な髪と異質なほど白い肌に洋服屋は始めこそユキの対応に躊躇っていたものの、やはり職業柄なのか選び始めたら意気揚々としたものだった。

異質といえどもユキは整った容姿をしている。服を着せ変えるのも楽しいのだろう。本当に口さえ開かなければまともな女なんだがなと思うとため息が出る。

あれだけ拒んでおきながら、街へ出ればユキは物珍しそうに周囲を見渡し、その瞳はまるで子供のように光っていた。始めこそ周囲からの視線に俺の様子をチラチラと伺っていたが、そのうち楽しみ始めたあいつを見て俺も気が緩んだ。

やっぱり無理矢理にでも連れ出して来た甲斐があったというものだ。あいつの笑った表情が、店員と喜んでいる表情がこんなにも嬉しく感じるのだから。


『どう?この世界に馴染んでる?』


そう言いながら洋服の裾を靡かせるユキは、素直に綺麗だと思った。彼女の身を包んでいるのは見慣れた洋服なのに、こいつが着るだけでこんなにも変わるものなのか。

見てくれや容姿で好きになったわけじゃないが、満面の笑みで笑うユキの表情は本当に綺麗だった。動くたびに揺れる赤髪と浮かび上がるような白い肌は、例えこの世界の服を着ようともやはり馴染めてはいないが。


「この世界の人間には見えねぇが、少しはマシになったな」

『はぁ!?何言ってんの、何を着てもバッチリ似合うこの絶世の美女が目に入らないのかコラァ!?』

「本当にお前は口さえ開かなければまともなのに残念だ」

『小声で言ったって聞こえてるぞオイ』


長いスカートを靡かせ『もうあんたに意見なんか聞かない』と言いながら不機嫌そうに戻っていく。

素直に「似合ってる」と言えばよかったのだが、店員が後ろにいたんだ、言えるわけねぇだろうが。…まぁいい。それは後で言えばいいことだ。

リヴァイは再び通りへと視線を向けた。



**
***



『…ったく、どうしてあいつはこう…』


イライラしながら試着室へと戻ったユキは、今まで着たやつの中から適当に見繕って決定した。ここの洋服代はエルヴィンからもらっているらしい。そんなに私の格好がみすぼらしかったのかと後で文句を言いにいくつもりだが、出してくれるのは正直ありがたい。

(一応少しくらい持ってるけどね)

何があるかわからないからと、もらったお金を食事代以外にもと少しくらい残してる。…かといって今日選んだ服代を全部出せるほどではないけど。

選んだものを会計へと運ぼうとした時、ふとあるものが目についた。


『ねぇ、おばちゃん。これとは別にこれも欲しいんだけど』



**
***



2人で1つずつの荷物を持って帰路につく。結局帰る頃には夕方になっていて私たちの影は長く伸びていた。


『今日はありがとう』

「なんだいきなり、気持ち悪いな」

『私のためについて来てくれたんでしょ』

「殆どエルヴィンの命令でもある」


それでも来てくれたからさ、と言えばリヴァイは「あぁ」と短く答えただけだった。結局一通り街を見て歩いて、散々連れ回してしまった。それでも文句を言いながらリヴァイは最後まで付き合ってくれた。

今日の仕事はもうないのだろうか。帰ったら溜まってたりするんじゃないかと思うと、自分のためにわざわざ時間を取ってくれたことを申し訳なく思う。さすがにね。

これだけいがみ合っていても、結局はいつもこうやって手を差し伸べてくれる。…こういうところは本当にずるい。結局私も一日中楽しませてもらったのだから、感謝してやってもいいのかもしれない。

…朝のことを思い出せばやっぱりムカつきはする。もっとエルヴィンみたいに紳士的にエスコートとかできないもんかねぇと思いながら、自分の手に持っている紙袋に視線を落とす。そこには購入した洋服に隠れるように、白い箱の角が覗いていた。

隣を見上げれば、視線に気づいたのか「なんだ」とリヴァイと視線が交わる。足を止めれば、リヴァイも足を止めた。


『あのさ、』


紙袋から白い箱を取り出して渡せば、
リヴァイはなんだと少し驚いたように目を開く。


『今日のお礼、内緒で買ったの。…あぁそれは自分のお金で買ったものだから服とは別会計だよ』

「…お前が、俺に?」


リヴァイは信じられないものを見るかのようにまじまじと箱を凝視している。…いや、そんな表情されるとこっちもどうしていいか分かんなくなるだろうが!っていうか私がプレゼント買っただけでそんなに動揺するか!?


リヴァイの手が箱を開けていく。そこから現れたのは店で見たシルクのスカーフだ。


『いつもスカーフしてるじゃん。私服でもしてるしさ…単純に今日のお礼だよ…』


ああもう!なんでこんな照れ臭い思いしなくちゃならないんだ!さっと受け取ってくれればそれでよかったんだよ!なのになんでそんな、…そんな驚いたような表情したかと思ったら…、


「ありがとうな」


そんな風に笑うんだよ…。


「大切に使わせてもらう」

『当たり前でしょ』


ご飯をこぼしでもしたら殴ってやるからなと照れ隠しの悪態をついてやれば、リヴァイはスカーフに視線を落としたまま口元に笑みを浮かべていた。

そんな優しげに笑う表情が見ていられなくて『早く帰ろう』と歩き出した私を引き止めるように、リヴァイは私を抱きしめた。

背中に感じる体温にドクリと心臓が音を立てる。「ありがとう」ともう一度耳元で零される声に「さっき聞いた」と目一杯冷静さを取り繕って答える。

身体に回される腕の感触が壁外調査の夜のことを思い出させる。あの時から私は「もう一度」と願ってしまっていた自分の思いから目を逸らしてきた。

なのに、やっぱりこうやって抱きしめられてしまえば、動揺なんかより安心感に包まれているような気がする。私の存在を確かめるようにゆっくりと力が加えられる腕から、私のことが好きなんだという思いが伝わってくるようで心が締め付けられる。


『…こんなこと、してこなかったくせに』

「いついなくなるのかも分からねぇのに、足踏みしてたってしょうがねぇだろ」


ゆっくりと呟かれる言葉に、私は何も言い返すことができなかった。そっと腕に触れれば、自分の体温が上がっていくのを感じる。きっと上がったのは背後に感じるリヴァイの体温じゃなく、私の体温だ。

もう少しこのままでいたいと、思ってしまった。



**
***




「やぁ、聞いたよ。リヴァイと街に出たんだって?楽しかったかい?」

『それなりにね。それより洋服ありがとう、大切に使わせてもらうよ』


そう言えばエルヴィンは「なんのことだ」と首を傾げた。


『…え?私が兵服ばかりを来てるのを見兼ねて、…ほら…』

「確かに気になってはいたが、見兼ねるってほどじゃない。…それがどうかしたか?」

『…いや、なんでも』


そうか、と言ってエルヴィンは立ち去って行った。どうやらエルヴィンは何も知らないらしい…ということはエルヴィンの命令というのは嘘。洋服代もリヴァイが出したということか。


『…〜、あんの馬鹿。これじゃお礼も言えないじゃん』


歯がゆさと同時に温かい気持ちで満たされていく。…本当にあの人はどうしてこう…。


…翌日、リヴァイはシルクのスカーフを巻いていた。あれは間違いなく私があげたものだ。

やっぱり似合うなと思いながら、私たちはお互いに改めて言葉をかわすようなことはせず、相変わらず悪態を付き合う日々を過ごした。



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