木漏れ日

□転機
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『大分時間かかってるねぇ』


壁から出た私たちは旧市街地に補給物資を配備する間、部隊を近寄って来る巨人たちから護るため各々臨戦態勢を取っている。先ほど数体の巨人を倒してからというもの、私とリヴァイの元に巨人は現れない。私たちより外側の兵士たちが頑張っている証拠だろう。


「ここは重要な拠点の1つだからな、その規模は他の場所よりも大きい。もう少しかかるだろう」

『やたら巨人も集まってきてるし、早くして欲しいな。お腹もすいてきたし次の休憩ポイントまでご飯ないんでしょ?』

「少しは我慢しろ大食い女。自前で持ってきていた菓子があっただろう、それはどうした」

『あれは非常食だから簡単には手をつけない』

「そういうところはちゃんとしてるんだな」

『もっと褒めてくれてもいいんだけど』

「調子にのるな」


物音に気付いて視線を落とせば、どこに隠れていたのか小型の巨人が私たちを見上げていた。小型の巨人?結局大きいのか小さいのかどっちなんだこれ。本当ややこしいなこの世界は…。

傘を構えて腰を上げれば、隣でアンカーを放つ音が聞こえる。『…あッ!!』と声を出した時は時すでに遅し。立体機動で宙を舞ったリヴァイが巨人の頸を捉えていた。


『あああああ!私が殺ろうと思ってたのに横取りかコノヤロー!!』

「お前がもたもたしてるからだろうが」

『今行こうとしてただろうが!もうこっちは殺るき満々で気分も乗ってたのに!台無しだよこのやり場のない気持ちをどこにぶつけりゃいいんだ私は!立体機動装置なんてズルしやがって!』

「こんなものもまともに扱えないドン臭いやつが吠えるな。…チッ、汚ぇな」

『汚いってどういうことだコラァ!それ巨人のことだよね!?巨人の血のことだよね!?』


そんなやりとりをしている2人を周りの兵士たちがなんとも言えない表情で見守っていることを2人は知らない。巨人と相対すれば命がけで討伐に当たる緊張感に包まれる。…なのにこの2人からはそれが殆ど感じられない。リヴァイはハンジのことを奇行種というが周りから見たら巨人に囲まれたこの場所で、まるで壁内かのようにくだらない言い争いをしている2人も充分同類だ。


「…ッ、ユキ!!」


手についた血をハンカチで拭っていたリヴァイが顔を上げた瞬間、目を見開き叫ぶ。屋根の上に立つユキの背後から巨人が手を伸ばしていた。

(いつの間に登ってきやがったのか!)

緊張が走る。リヴァイはブレードを構え、アンカーを放とうとした。


ーー…ドシャァァアアア!!


…しかし、そんな心配を他所にユキは振り向くことすらせず、振るった傘で巨人の頸を吹き飛ばした。倒れこむ巨体。吹き飛ばされた頭部が屋根から落ち、地面を転がっていく。


『こっちは今取り込んでるんだよ』


邪魔すんな!と叫びながら飛び上がったユキはそのまま頸に向かって傘を振り下ろした。血が吹き出すと同時に巨人の体から蒸気が登り始める。


「相変わらず規格外の馬鹿力のようで何よりだ」


屋根に飛び上がったリヴァイがユキに頸を飛ばされた巨人の死体を見て言う。


「心配する必要もねぇな」

『心配なんてしてくれてたの』

「当たり前だろう」

『…っ、あっそう』


迷うことなく返された返事に頬が赤く染まる。なんだよこいつ、こういうときだけ妙に素直になるんだよなほんと…。

顔をそらしたとき、遠くの方で巨人が走っているのが見えた。建物から頭が出ている…多分15m級くらいはありそうな巨人がどこかへ向かって走っている。だが、あの辺に兵士は配置されていないはずだ。


「妙だな」

『見てくるよ』


別の場所にいた兵士が孤立して逃げているのかもしれない。この距離ならまだ間に合う。


「あぁ」という返事を背中に聞きながら、ユキは屋根の上を駆け出した。



**
***



巨人は足が遅く、しかも建物にぶつかりながら走っていたからか追いつくのは容易だった。大きな協会の裏側に姿が消える。まずは足を吹き飛ばして倒れてきたところを叩くか。建物に近ければ腕に飛び移って頸を狙える。

それにしてもこの協会立派な建物だな…他は普通の民家ばかりなのに、どうもこの世界は教会やらなんやらそういう宗教的なものが重要視されているように見える。…っていっても調査兵団の人たちからは大分嫌われてるみたいだったけど。

そんなことを考えながら建物から顔を出した瞬間、私の身体に影がかかった。


『え』


ーー…ドガァァアアア!!

吹っ飛んできた巨人の身体ごと建物に突っ込む。あの一瞬で避けることもできず、まともに巻き添えを食らい、背中から建物に突っ込んだ衝撃で咳き込んだ。


「お?なんか今いたか?おーい、大丈夫か?…って大丈夫じゃねェか」

『なに呑気なこと言ってんだてめェ!私じゃなかったら死んで……』


瓦礫から這い出した瞬間、時が止まった。傘を突きつけるユキの目の前には、同じく傘を担いだ人影。彼もまたユキを見て目を丸くした。


『…阿伏兎?』

「嬢ちゃん…」


信じられない光景に頭が真っ白になる。足元にはさっき吹っ飛ばされてきた巨人の死体が確かにある。ここは私の世界じゃない…私はまだ元の世界に戻ったわけじゃない。…なのに、どうして阿伏兎がここにいる?


「やっと見つけたぜ、…長かったなァほんと」


混乱している私を他所に阿伏兎は「良かった良かった」と心底安心したようにため息をついて座り込む。


『いや、…なんであんたがここにいるの?…は?…え?ちょっと待って全然頭が追いつかないんだけど…』

「最後の通信があったのがこの付近だったからな。いやァ探したぜ、向こうから飛ばされるのはランダムだからな…正直もう諦めかけてたぜ」

『ねぇちょっと聞いてる?人の話聞いてる?』


「相変わらず元気そうじゃねェか」と頭を撫でてくる阿伏兎を睨みつければ、阿伏兎はへらりと笑った。


「そんな怒るなって。これでもう元の世界に戻れるんだ」

『は』


手を差し出され、状況が理解できずに困惑する。


『元の世界に帰れる?どうやって?』

「こいつだ」


阿伏兎は差し出した手を戻し、ポケットの中から何かを取り出して見せてきた。四角い箱のような黒い物体。その中を覗き込めば、幾重もの光が交差するように瞬いている。


「こいつを使えば元の世界に戻れる。一回だけの使い切りだけどな。…うちの団長の暴走のせいで別世界なんかにぶっ飛ばしちまって、さすがに知らんぷりもできねェだろ…だから任務の合間を縫って手分けして今まであちこち飛び回ってあんたのこと探してたってわけだ」


俺がこの世界に来られたのは奇跡中の奇跡だな、と阿伏兎は言った。処刑人を飛ばすあの装置は別世界へとランダムで強制転送させる。ランダム故にどこに飛ばされたのかもわからないうえに、もう一度同じ場所に転送することもできない。

そもそも全宇宙の技術をもってしても「別世界」という定義すらハッキリしていないのが現実だ。別世界なんて言っておいて本当はただ死んでいるだけかもしれないが、その場からいなくなってしまえばそれでいい。だからあの装置は重宝されていた。

別世界に飛ばした処刑人が戻ってくるという、不具合が発覚するまでは。


阿伏兎の話によれば、私が飛ばされてからというもの阿伏兎が今持っている「別世界から元の世界に帰る装置」を入手し、それをもってそれぞれ転送装置で私を探し回っていたらしい。通信機の反応がなければ、元に戻ってまた違う世界へ転送される。その繰り返しだったという。

数回繰り返して諦めようとしたが、私をぶっ飛ばした張本人…あの朱髪の神威が私を気に入ったらしく、どうしても探し出すと言って聞かなかったそうだ。


「そんで漸く見つけた。1回目に嬢ちゃんの通信機が繋がったときは感動したもんだが、あの数秒後に随分昔に転送したはずのやつが戻ってきたもんだからこちとら大騒ぎだったんだぜ」

『鬼獅子?』

「あァ、よくわかったな」

『私がこっちの世界で戦ってたから。鬼獅子が消えた瞬間、…というかそっちの世界に戻った瞬間だけあなたの声が聞こえた』

「あ、あのとき聞こえてたのかよ!返事なかったじゃねェか」

『返事をしようと思った時には切れてたから』

「…はァ、だから鬼獅子はあんなボロボロだったわけか。嬢ちゃんと直前まで戦ってたってんなら納得だ…団長が必死こいて探せっていうのもわかるわ」


まァ、そんな過ぎたことはどうでもいいと言って阿伏兎は再び手を差し出してきた。


「長い間待たせちまって悪かったな。とっとと帰るとしようや」


差し出された手に視線を落とす。…本当にこれで帰れるのか。こんな突然に、唐突に、…帰れることになるなんて思わなかった。いや、わかってはいた。鬼獅子が目の前で消えるのを見たあの瞬間から。

…でも、それはもっと先のことだと勝手に思っていた。いつか消えるとわかっていてもこんなに短期間に、唐突にこの時が来るなんて。


「どうした?」


いつまでも動かないでいる私に阿伏兎が問う。


『いや、なんでもない』


私は傘を握る手とは反対の手を彼の手に重ねようとして、止まった。この手をとったら元の世界に帰れる。漸く帰れる時が来たんだ。…なのに、身体が動かない。


『元の世界に戻ったとして、この世界に来ることはできるの?』

「できねェな」

『でも、阿伏兎はこうして今ここに来た。ランダムだろうと奇跡だろうと、二度と来られないことはないんじゃないの?』

「あの不良品は壊される。そして二度と作られることもないだろうよ。今だって俺たち第七師団が無理矢理引き取ってなんとか死守してるだけで、あんたさえ取り戻せば用済みだ。あれがある限り、他に転送した奴らも戻って来ちまう危険性があるからな」

『…そう』


そりゃそうだ。あの装置がなくなれば、飛ばした処刑人が戻って来ることもない。さっさと壊すに決まってる。…だから、もうここに戻って来ることはなくなる。…もう二度と。




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