木漏れ日

□黄色い花
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いつまでも止まらない涙は、自分が元の世界を憂いていることを表していた。手のひらから溢れ落ちていったものを、もう拾い上げることはできない。

二度と元の世界に戻れないんだという事実を実感すれば、余計に涙は止まらなかった。

そんな私をリヴァイは抱きしめ続けてくれていた。その暖かさと愛しさに、私は自分が選んだ選択肢は正しかったんだと強く思った。


私はこの世界で生き続ける。生まれ育った世界とは違う世界で。最愛の人がいる、…この世界で。



**
***



『だぁからちゃんと掃除したって言ってんだろーが!どんだけ細かいとこまで見てんだよ潔癖!だれも窓の冊子に指突っ込むやつなんていないだろうが!』

「お前は何もかも適当すぎる。何回基本から叩き込めば気が済むんだ、犬の方がまだ覚えがいい。部屋だってどんどん汚くなっていきやがって、物を増やしすぎなんだお前は」

『私の部屋なんだからどうしようと私の勝手ですぅー、リヴァイにぐちぐち口出される筋合いはありませーーん』

「クソメガネの部屋を馬鹿にしてたが、お前も俺から見たら同類だ。兵舎にゴミ屋敷が2つもあるなんて考えられねぇ」

『ハンジと一緒にすんなあんなゴミのふきだめと!!』


んだとコラァ、やんのかコラァ!と食堂で始まる2人の喧嘩。いつも通りのことだと周りは大して気にしてもいない。


「ねぇ、あの2人って付き合ってるんじゃなかったの?両思いなんじゃなかったの?思いっきり罵り合って喧嘩してるけど」


っていうか酷い言い様だなぁ、私の部屋はゴミ屋敷でもゴミのふきだめでもないぞと2人を見ながら不満気に言うハンジにエルヴィンが「否定はできないだろう」とため息をつく。


「喧嘩するほど仲がいい、というだろう」

「普通の喧嘩なら可愛いもんだけどさ、ミケ。あの2人がやると喧嘩じゃ済まないんだよ、備品は壊れるわ被害はでるわで規模的にはもう戦争と一緒だから」

「人類最強と人類外の最強。いい組み合わせじゃないか」

「いや、だからその最強同士だから喧嘩じゃ済まなくなってるんだって。本当に付き合ってるんだよね?喧嘩見るたびに疑問に思うんだけど」

「お互いを好いていることはハンジから見てもわかるだろう」

「それもわかるし本人たちからも聞いてるから知ってるけどさ…」

「お互いに気を許して理解しあってるからこそできることだろう」

「…理解しあってるようには思えないんだけど」


未だに「潔癖すぎる」だの「お前がガサツなんだ」と言い合っている2人を見ながらハンジはため息をつく。ユキが元の世界へ帰ることはなくなったと聞いた時、私たちは正直驚いた。あっけらかんとした彼女のことだ、もし元の世界に戻ることができる機会がくれば、あっさりと呆気なくこの世界からいなくなってしまうのだろうと思っていた。

なのに、ユキは残った。あとでこっそり聞いてみれば「私も必要としていて、向こうも私を必要としてくれてる…こんな存在はあの人しかいないと思う」と言ってユキは笑った。今まで見たことがないほど幸せそうな笑みは今でもはっきりと覚えている。

そこで互いの想いを打ち明けたことに気づき、気にして見てみれば以前より距離感が近づいていることもわかった。前から互いに気を許しあい、信頼していたことは知っていたが、それでもユキが別世界の存在であり、いついなくなるとも知れないということが2人に壁を作っているように見えた。

だが、互いに引いていた一線はなくなり、ユキはよく笑うようになった。リヴァイもそんな彼女を大切なものを見るような眼差しを向けている。リヴァイの執務室にユキがよく行っているらしく、前は適当にだらだらしていただけだったかもしれないが、今は何をしているかわかったものではない。…まぁ、さすがの私でもそこまで首を突っ込むようなゲス野郎じゃないけどさ。


「それにしても飽きないねぇ」


毎日毎日、顔を突き合わせては口喧嘩。今回はユキの部屋が汚いとリヴァイは文句を言っている。この世界にい続けることを決める前までユキの部屋には必要最低限のものしかなかった。自分がいついなくなるかもわからないから、いなくなった時に面倒なものは残さないようにしていたのだろう。

だから、この世界にい続けることになってからユキはあれもこれもと物を増やし始めた。多少汚いが、普通よりちょっとちらかっているくらいだ。私ほどじゃ無い。私がいうのもなんだけど。

物が増えていくということは、ユキがずっとこの世界にいるということ。それを喜んでいたくせに、全くあの男は素直じゃないなぁとため息をつく。


「そういえばハンジ、ユキの部屋に変わった香りがする花があるんだが、あれはなんだ?」

「あぁ、あれね。いい匂いだよね」

「花?いけてあるのか?」

「いや、小さな瓶に入ってる花なんだけど、それが綺麗な黄色でとても可愛らしい花なんだ。私も聞いたけど答えてくれなかった」

「ほう、今度見てみるとしよう」

「あぁ、でも気をつけてね」

「何がだ?」

「触ってみたくて瓶に触れようとした瞬間ぶっ飛ばされたから。いやぁあれは痛かったね、リヴァイったら本気で殴るんだもの」

「…リヴァイに?ユキじゃなくてか?」

「そう、リヴァイに。きっとリヴァイはあの花がなんなのか知ってるんだろうね。リヴァイに聞いても答えてくれないし、だからあれはきっと2人だけの秘密なんだ」


ハンジは窓から離れた場所で、ひっそりとその鮮やかな黄色を灯す花を思い出す。とても綺麗な小さな花。ユキもリヴァイもその花の話をすると憂うような、悲しむような、そんな複雑な表情を浮かべるのだ。

いつか聞き出してやろうと思っている。2人の馴れ初めも。あんな2人がどうやってくっついたのか、気になって気になって仕方ない。今にでも問い詰めたい衝動を押さえ込む。

喧嘩してる今なんかに行ったらこっちが2人にボコボコにされるのは目に見えてる。そんな愚かなことはしない。決して短くはない付き合いでそれくらいのことは心得ている。


「…あれ」


どうせまだ喧嘩してるんだろうと思ってみてみれば、2人の姿はなくなっていた。どうしたんだと聞けば「2人ならもう訓練に行ったぞ」とエルヴィンが答える。

あんだけ喧嘩しておいて、ちゃっかり2人で行動してんだもんなぁ。ハンジは最近立体機動装置の練習に真面目に取り組み始めたユキと、それを懸命に教えているリヴァイの2人を思い出してくすくすと笑った。


「何笑ってるんだ、ハンジ」

「いやぁ、なんだかんだいって本当に仲良いなって思ってさ」


そう言うハンジに、エルヴィンとミケは「そうだな」と呟き、小さく笑った。

生い茂る木々はその葉で空を埋め尽くす。風で揺れる葉の隙間から溢れる木漏れ日が、彼女の赤髪を照らした。








木漏れ日 END
2018.3.18 _銀子

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