あなたがそう言ったから

□木漏れ日の下
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空を見上げれば一面気が沈むような曇天が広がっていた。足元を吹き抜ける風も肌を叩くように冷たく、今にも雨が降ってきそうだ。

服に飛び散った巨人の返り血が煙をあげる。先ほど森の中から赤色の煙弾があがった事を確認した俺は馬を走らせていた。

少しすれば馬の蹄が地を蹴る音と共に、煙弾を撃ったであろう調査兵たちが姿を現す。


「リヴァイ兵長!貴方が来てくれるとは…」

「煙弾を確認したからな。巨人は追ってきていないようだが、上手く巻いたのか」

「それが、うちの班の新兵が一人残っていて…」

「は?」


聞けば今期入ったばかりの新兵がまだ残っていると言う。新兵を囮に使ったのか!?…そう問えば2人は勢いよく首を横に振り、全員で逃げると指示を出したにも関わらず新兵は命令を無視し、巨人と共に森の奥へ消えたと言った。

引きずってでも呼び戻そうと追いかけようとした矢先、他の巨人に進路を断たれ連れ戻すことができなかったと続ける。

…一体どういうことだ?その新兵は何を考えてやがる…死にてぇのか?気が狂ったとしか思えない。

班長の命令に逆らい、普通であれば一目散に逃げ出すのが新兵というものだが…あろうことか巨人を引き連れ森の中に消えただと?自分を囮にでもしたつもりか?


「申し訳ありませんでした…、私の技量不足で新兵を…」


ーー…ドシンッ!バキバキッ!

森の奥から地響きと共に木々が折れる音が響き渡った。まだ生きているのか?いくら気が狂った新兵とはいっても、まだ生きているのなら助けにいく価値はある。

ガスも刃も充分にあるし、隊列も森に留まっている。喰われていれば遺体を回収しなければならないし、生きていればきつい躾が必要だ。


「俺が向かう、お前らは本隊に戻れ」

「しかし…」

「命令だ、行け」

「はい」


彼らが本隊へ向かった事を確認し、森の奥へと馬を駆ける。本隊の方にはそれほど巨人がいなかったと思っていたが、どうやらこちらに多く集中していたらしい。

通り過ぎる木々のあちこちに巨人が引っ掻いたであろう爪痕、そして地面に残された無数の足跡。

先程まで聞こえていた音が、奥に進むにつれ聞こえてこなくなった。…経験の少ない新兵のことだ。単独行動をしてしまった時点で巨人のいい餌となる。

もう喰われていてもおかしくない…また巨人に喰い散らかされた遺体を見るのかと思うと気が滅入るが…。


「…!」


目の前に燻る蒸気に馬を止めれば、一体の巨人が木に寄りかかるように項垂れていた。蒸気をあげている元を辿れば、綺麗に項が削がれている。

誰かが倒したのは明らかだが、まだ巨人は表情を読み取れるほど形状を保っている…つまり倒されたのは数分前ということになるが、まさか新兵か?

馬を歩かせると森の中の開けた空間に出た。木々から差し込む木漏れ日が照らす光景を目の当たりにした瞬間、俺は無意識に息を飲んだ。

目の前に転がる巨人の死体。それも1体や2体ではない…大小統一のない巨人が6体ほど蒸気をあげて倒れている。


…その中心に、
自由の翼が舞っていた。


黒髪を揺らしながら辺りを見渡した女は巨人の血に濡れた刃を捨て、鞘からゆっくりと新しい刃を引き抜き、…そのまま自分の首に当てがった。

あまりにも自然で滑らかな動作に一瞬止まっていた思考が動き出した瞬間、俺は考える前に声を上げていた。


「オイ!!」


女がゆっくりと振り返る。その表情に戸惑いや焦りなどは一切なく、ただただ不気味なほどに澄んだ黒瞳が無表情の上にのっていた。

新兵の顔を全員覚えているわけではなかったから見覚えのない顔だったが、そんなことは今はどうでもいい。馬を降り、歩み寄る。


「お前、今何をしようとしていた?」

『…』


女は答えなかった。近くに寄って見てみれば、女というには幼い顔つきのくせに動揺などは一切なく、真っ直ぐにこちらを見上げてくる。

初めて見る巨人の恐怖に耐え切れず自害しようとする新兵は少なくない。…が、こいつはそういう類でないのは明らかだ。そもそも巨人はもう、この付近にはいない。

俺を見上げ、自分の首に当てがっていた刃を下ろして刃を鞘に収める。何もなかったかのような表情をしているが、数秒前までその刃で自ら命を絶とうとしていたというのに。

…巨人の死体に囲まれた、この場所で。


「この巨人はお前が殺ったのか」

『いいえ』

「なら、誰がやった?」

『知りません』

「お前の他に兵士はいるのか?」

『いません』

「そうか」

『はい』

「お前はさっきここで何をしようとした?」

『…』


ピタリと口が閉じられる。発せられる声は驚くほどに澄んでいるのに、感情が全く込められていない。まるで人形が決められた台詞を喋らされているようにすら思えてくる。


「どうして自ら命を断つなんて馬鹿な真似をしようとした」

『…』

「答えろ」


新兵は一度瞳を閉じたかと思えば、何かを思い立ったように『あの』と口を開く。


『リヴァイ兵長、お願いがあります』

「なんだ」

『ここで私を見つけなかったことにしていただけませんか』

「は?」

『見つけなかったことにしていただけませんか。』

「聞こえてなかったわけじゃねぇよ」


突然の発言に理由を問うても、まともな答えは帰ってこない。自害しようとした理由を問えば無言を貫き、巨人を倒したのはお前かと聞けば違うと答える。なら、誰がやったといえば知らないの一点張り。

このままでは埒があかない上に、壁外でこんな呑気な押し問答をしている暇はない。取り敢えず付いて来いと言えば新兵は大人しく後ろをついてきた。



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