あなたがそう言ったから
□僅かな表情
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今が辛くても生きていれば必ずいいことがある!…訓練兵の時、誰かが声高らかに語っていた。
簡単に言わないでほしい。
生きることが一番辛いのに。
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「昨日はこっ酷く叱って悪かった…だけど勘違いしないでくれ、これでも俺たちはお前を心配してるんだ」
「だから二度とあんな真似はしないでくれよ。頼むから俺たちを心配させるな。どれだけ心配したかって、班長なんて半べそかいてたんだぞ」
「うるせぇな!言うんじゃねぇよそういうこと!……まぁ、お前に助けられたのは本当だ、ありがとうな…だからって二度とやるなよ!!」
翌日、訓練場でユキが班員に声をかけられている光景を目にした。相変わらず無表情だったが、心なしか驚いているようにも見える。
恐らく俺が昨日言った言葉の意味を理解しているんだろう。必要とされない人間はいない。調査兵団にいる限り、ここにはいくら人を遠ざけようと仲間がいる。
あの一件以来、ユキに特に変わった様子は見られなかったが、元々を知らないだけに言い切ることはできない。最近気にかけて声をかけるようになったが、相変わらず返ってくるのは噂通り必要最低限の1言2言だった。
だが、そのあっさりとした会話を妙に心地よく感じていた。口を開いたら止まらないクソメガネとの会話に嫌気がさしているというのもあるが、深い意味のない…他愛のない会話というのも悪くない。
それと兵団組織としてはどうかと思うがユキは他の兵士と違い、俺の前で特別緊張したり変に気を使う様子もなかった。いつも無表情で感情を出さないからそう感じるのだろうが。
ユキは日に日に口数を増やしていった。表情も前より豊かになったような気がする…まぁこれは俺がそう思っているだけで、他の奴らから言わせれば全くなにも変わらない無表情のままらしい。
そんな無愛想なユキと過ごす時間が、いつの間にか少しずつ増えていった。
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その日の夜、すっかり日も落ちた頃…廊下を歩いていると荷物が1人でに歩いてるのを見かけてぎょっとした。
しかし、落ち着いて見てみればなんてことはない。運んでいる人間が小さい為に、上半分の箱しか見えないだけでその下には足が覗いている。調査兵団でここまで小柄な人間を俺は1人しか知らない。
立ち止まれば、それはゆっくりと近づいてくる。やがて目の前に来たかと思えばそのまま鈍い音を立ててぶつかってきた。
『すみません』
箱の向こう側から聞こえてきた声はやはり思っていた通りのものだった。箱を1つ持ち上げてやれば漸く顔が見える。…といっても顔の上半分、漸く目が見えたくらいだが、このふてぶてしい目は間違えようがない… ユキだ。
「何をしている、こんな夜に」
『頼まれごとを』
「そんなもん適当に誰かに任せりゃいいだろ」
『その結果私がやっているんだと思いますが』
「…そうだな」
積まれた箱を抱えるように持つ細い腕。特別重くはなさそうだが小柄なこいつには厳しい重さらしい。額にはうっすらと汗をかいていた。
「貸せ」
『結構です、兵士長にこんなことをやらせるわけにはいきませんから』
積まれている箱を2つ持ってやれば、ユキは1つになって軽くなったのをいいことに俺の前に立ち塞がった。見上げてくる瞳は間違いなく返せと訴えている。
無視して横をすり抜ければ『兵長』と呼び止められる。
「辛いと思ったら誰かを頼れ。人に甘えることをお前はもう少し覚えたほうがいい」
『甘えるのは得意ではありません』
「そんなことわかってる。だが、お前は誰かに頼ってもいい人間だ」
『…?言っている意味がわかりません』
「自分で考えろ」
前にハンジが言っていたように少しでも笑えば自然と人が集まる人間だと思うのだが、こいつの性格ではそう上手くはいかないらしい。
…だが、最近変わったことが1つだけある。ごく稀にではあるが表情を出すようになったことだ。
ハンジは無表情な2人が喋ってるのは側から見ると滑稽だと笑っていたが、それはあいつに見る目がないだけの話だ。
『よくわかりませんが、…ありがとうございます』
…ほら見ろ。少し嬉しそうに見えなくもない。わかりにくいと言われればそれまでだが、確かに笑っている。
ほんの少しだけ、ぎこちなく口元を緩めている。ハンジは気のせいだと言っていたが、俺はここ暫くのやり取りの中で僅かな変化も読みとれるようになった。
この間王都から帰ってきた時、菓子をやった時と同じような反応。自分の前だけでするこの僅かな表情の変化に、喜びを感じている自分がいる。
「オイ」
『何ですか』
「これが終わったら訓練場に来い」
『どうしてですか』
「特に用事もねぇんだろ、だったら黙って来い。兵服のままでだ」
『はい』
不思議そうに首を傾げたユキだったが、それ以上特に聞いてくることもなく『わかりました』と答えた。
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