あなたがそう言ったから
□立体機動
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誰かへの甘えなんて必要ないと言い返すことができなかった。リヴァイ兵長の口調はまるで言い返すことを許そうとしていないようだったから。
でも私には理解できない。たとえ躓いたとしても、さっさと自分で立ち上がればいいだけの話だ。
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「お前の立体機動装置だ、さっさと装備しろ」
松明の灯りが揺れる中、自分の立体機動装置を見下ろしながらユキは僅かに片眉を寄せた。
夜中の訓練場に呼び出され、立体機動装置を装備しろと言われたら誰だって同じような反応をするだろう。それはユキも例外ではなく呆然と装置に視線を落としている。
『あの、なんですか』
「立体機動装置だろ」
『そんなことはわかっています。どうして今ここでつけるのかと聞いているのですが』
それと、とユキは続けた。
『あなたまでもが立体機動装置を装備している理由がわかりません』
「これからお前には本気で立体機動をしてもらう」
『おっしゃっている意味がよくわかりません。私はいつでも本気ですが』
歩み寄って正面から見下ろせば、ユキは真っ直ぐに睨み返してきやがった。その瞳に躊躇いや動揺などは一切ない。よくもまぁこれだけ表情に出さないでいられるものだと感心すらさせられる。
「いいか、嘘や建前はいらねぇ。本気でやれ。お前が本気を出すまで続けるぞ」
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夜とはいえ今夜は月の光が明るく、夜目に慣れてしまえば立体機動は難なく行える状況だった。
ーーパシュ…ッ!
しかし、ユキは訓練と変わらない動きのままそれ以上をしようとはしない。相変わらず息ひとつ切らさず、調査兵団での中でいえば新兵の域を超えていない。
それが当然と言われれば当然だが、俺はこいつの実力がこの程度でないことはわかっている。注意して動きを見れば、手を抜いていることくらいわかって当然だ。
「お前は俺が言ったことをもう忘れたのか?本気でやれ、やるまで終わらねぇぞ」
『私は精一杯やっています。あなたはこれ以上私に何を望んでいると言うんですか』
「嘘をつくな。お前は気付かれてないと思ってるかもしれねぇが、お前の目はいつも身体より随分先に標的を捕らえてる。なのに、1度目を逸らしてわざと遅らせるように動いてるんだよ」
俺に気付かれないと思ったか?
そう問えば、ユキは静かに首を横に振った。
『兵長は私に何を期待しているのかわかりませんが、これが私の実力です。期待されても困ります』
「誰がお前に期待していると言った。俺はお前の本当の力を見せろと言っているだけだ」
『ですから私は…』
「なぁ、ユキ。お前は立体機動で飛んでいる時、気持ちいいとは思わないか?地面が離れた時、空が近くに感じた時、誰より早く風を切っているとき…」
『…』
「俺は気持ちいいと感じるが、お前はどうだ?」
ユキは視線をトリガーに落とし、俯いた。夜風によって松明の光が揺れ、それに呼応するようにユキの黒髪が舞う。
「次が最後だ。いい加減俺も休みたい」
アンカーを射出して飛び上がれば、遅れてパシュッと音が聞こえてきた。振り返ったときに見せたユキの瞳は細められ、鋭い光が宿っていた。
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松明の明かりを消すと、再び訓練場は月明かりに包まれた。ガサリと背後から音がする。
「どうだった、エルヴィン」
「あぁリヴァイ…君の言う通りだったようだ」
最後の1回と言った後からユキの動きは劇的に変化した。立体機動を駆使し、闇夜を舞う姿は訓練のときに見せるものとは全く違う。
調査兵団の並の兵士を軽く飛び越え、熟練の兵士さながらの動きを見せたのだ。あれならば壁外調査のとき、あの巨人たちを殺ったのはユキだと言っても疑いようがない。
「訓練成績もそれほどいいようには見えなかったが」
「手を抜いてやがったんだろ、調査兵団に来てからと同じようにな。どうしてそんなまどろっこしいことをしているのかは知らねぇが」
「どうして嘘をついた」と聞いてもユキは結局最後まで答えなかった。最後には『面倒だったんじゃないですか』と言う始末。
全くもってあいつの考えていることがわからない。ここまで分からないでむしゃくしゃするのは初めてだ。
「悪いなエルヴィン、呼び出しちまって」
「いいや、いいものが見られて良かった。彼女の素質は是非活かしていきたい」
「訓練では今まで通り流すかもしれねぇぞ」
「壁外調査で力を出してくれるなら問題ない」
そんな適当な心構えで挑まれては、早くに命を落とすことになるのは目に見えている。そんな風に死なせるほどあいつは悪くない人材のはずなのに、エルヴィンのこの余裕はなんだ?
そう考えながらリヴァイは兵舎に戻っていくエルヴィンの後に続いた。
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