あなたがそう言ったから

□彼女の居場所
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バンッ!…と勢いよく扉を開けたリヴァイは、ノックもせずに開けられた扉に驚くエルヴィンに歩み寄り、机を叩きつけた。


「どうした、リヴァイ」

「どうして言わなかった」

「何をだ?」

「とぼけるな。お前のその顔は俺がここにきた理由をわかっているという顔だ」


瞳を細めるリヴァイとは対称的に、エルヴィンは冷静な表情を崩さない。リヴァイの言う通り、エルヴィンは彼がここにきた理由を知っていた。


「どうしてユキがいなくなることを言わなかった。何故止めなかった」

「やはりハンジは隠しきれなかったか」


ため息をつくエルヴィンに、リヴァイは「答えろ」と問い詰める。場を凍らすような低い声は、一般兵が聞いたのなら言葉を失うほどの迫力だ。


「君に言う必要がないと判断したからだ」

「何故だ」

「確かに私は知っていた。だが君にいう必要はあったか?彼女は我々の仲間だが、ただの新兵の一人に過ぎない。そんな彼女がいなくなることをいちいち兵士長に報告することじゃないだろう?冷静に考えれば当然のことだ」

「あいつの可能性はお前に見せたはずだ。あいつは分隊長をも凌ぐ実力を持っている。それを簡単に手放す気か?頭冷やして冷静に考えるのはお前の方だ、エルヴィン」

「いいや、頭を冷やすべきはお前だ。リヴァイ」

「なんだと?」

「ハンジから聞いたはずだ、彼女は我々とは住む世界が違う。ここにいるべきではない存在だ」


貴族家の娘。…しかし、ユキは実子ではない、…妾の子だ。ただ本家の母親と血が繋がっていないというだけで扱いはまるで違う。

一方は愛に囲まれ大切に育てられ、一方は一族の汚点として扱われ、ろくな食べ物も部屋も与えられず除け者として扱われる。

家族に囲まれて笑う実子を見ながら、ユキは何を思っていたのか…それは本人にしかわからない。そしてそれを彼女はペラペラと喋る性格でもない。だが、表情から笑顔を消し、命を捨てることに抵抗すら持たなくなるほど辛い経験だったのだろう。

リヴァイは机に叩きつけた拳を握り締める。…その指先は僅かに震えていた。


「だから帰したのか?貴族の妾の子がどんな扱いを受けるか、お前がわからないはずがないだろう」

「だったらどうする?あらゆる手を使ってでも調査兵団においておくか?」

「そうするべきだと思うが?」

「やはりお前は頭を冷やす必要がある。いくら実力をもっていようと彼女は指揮系統を無視し班長の命令に反して単独行動を行った。それも二度もだ、今回の怪我もそれが原因だ」


「それは班を助けようとしたからだろう」…という言葉をリヴァイは飲み込んだ。確かにユキは命令に背いた単独行動をし、その結果班員が助かったというのはただの結果論にすぎない。

壁外調査において、…兵団組織において指揮系統の遵守は絶対だ。一人の勝手な行動が班員の命を奪う結果になることもある。彼女は兵士としての適性はない。


「それはこれから学ばせればいい」

「果たして彼女にその気はあるのか?彼女には巨人と戦う意思がない、目的も大志もない。彼女は我々が一番必要とする生きようとする意志もない」

「…お前、知っていたのか」


巨人の死体に囲まれた森の中、細い首筋に当てられた刃。それは自分しか見ていないはずだった。だが、エルヴィンは「あぁ」と当然のように頷いて続ける。


「彼女は無理矢理兵士として送り込まれたが、調査兵団に入ることは彼女自身が選んだことだ。初めから死ぬためだったと彼女は自分で言っていたよ」


そしてユキは調査兵団に入団し、初めての壁外調査で自らの命を絶とうとした。誰もいない場所へ移動し、巨人に殺されたと見せかけるために。


[…だから、戻ってきたくなんてなかったのにッ]


ユキの言葉が鮮明に蘇ってくる。


[あなたが余計なことをしなければ、こんな思いをしなくて済んだのに…ッ!]


あの時、恐らくユキは何らかの手を使って接触してきた家の人間と一悶着あったのだろう。傷つくような言葉で罵倒でもされたのかもしれない…壁外調査から戻って来なければ確かにあんな思いはしなくて済んだのだろう。


「死ぬことだけを考えている兵士を調査に連れて行くわけにはいかない。被害を被るのは彼女だけではないからだ。…彼女は初めからここに死ぬためにきた、君が気にかける理由はない」

「調査兵団にきた理由は知っている…本当にふざけた理由だ。吐き気がする。…だがあいつはもう生きる意志をもっていた。今見放すべきじゃない」

「彼女がどうして生きる意志をもつようになったのか、…きっかけはもしかしたら君にあるのかもしれないが、生きる意志をもったから今回のことになったのだろう」

「…どういう意味だ?」

「生きようと思ったから調査兵団に残るのではなく、家に戻ることにしたんだろう。例えどんな扱いを受けることになろうとも、簡単に殺されるようなことはないだろうからな」


「ふざけんな!」と声を荒げるリヴァイにエルヴィンは「そしてお前に伝えなかった理由はもう1つ」と、一際声を落として言った。


「誰にも気づかれることなく、この場を去ることが彼女の望みだったからだ」


リヴァイは一瞬、言葉を失った。ユキ自身が誰にも知られることなくここを去ることを望んだ。

ベッドから突然姿を消してから、ユキが実家に帰ったという話は兵士の間でよく話題にあがっていた。だが、調査兵団を去る姿を誰1人見た兵士はいない。

部屋は元々私物という私物はなく、必要最低限の着替えだけが残っていたという。まるで初めから、残すものなど何もないと言っているように。そんな話を聞く度、胸を締め付けられるような思いがリヴァイを襲った。

誰にも気づかれないように、夜中に1人で出て行った小さな背中を想像してリヴァイは「クソッ…」と吐き捨てる。どうせ一度も振り返るようなことはしなかったんだろう。


「ふざけるな。誰にも気づかれることなく、黙って去るだと?」

(そんなの幸せにならないことがわかっていたからだろ…!)


気づかれれば止められることは目に見えていた。だから言わなかった。黙っていた。自分がこれ以上ここにいることは、調査兵団にも迷惑をかけることになることをわかっていたからだ。

そんなユキらしい不器用すぎるところが憎たらしい。そんな思いをしているあいつに気づけなかった自分に死ぬほど腹が立つ。

歯を噛み締め、俯くリヴァイにエルヴィンは視線を落とす。彼ほどの男がここまで取り乱すのかと、エルヴィンはユキを想うリヴァイの気持ちが予想以上のものだったことに驚いていた。

…だが、それを表情には出そうとはしない。真っ直ぐにリヴァイを見据え、改めて口を開いた。


「彼女はただの新兵の一人にすぎないはずだろう。お前にとっては違うのか?リヴァイ」


ほんのカマかけのつもりだった。引っかかるはずのないカマかけ。


「あぁ、違う。」


しかし、一瞬の間を置くことなく返ってきた言葉にエルヴィンは目を見開いた。


リヴァイは顔を上げ、エルヴィンの表情を見てふっと鼻で笑う。


「なに驚いてやがる」

「即答されるとは思っていなかった」

「お前に隠すだけ無駄だからな、それにこれから俺が取る行動に責任を取ってもらうためにもな」

「…行く気か?」

「あぁ」


背を向けて扉へ向かおうとするリヴァイをエルヴィンが呼び止める。しかし「止めるのはきかねぇぞ」と振り返ったリヴァイの瞳は真剣なものだった。


「いや、そんなの今の君に対しては無意味だろう」

「わかってるじゃねぇか」

「安心しろ、彼女は実家に戻ったわけじゃない」

「は?…ならどこに行ったんだ、あいつに他に居場所なんて…」


[地下街はどんな場所ですか]


「…おい、まさか」

「落ち着け、そんなに焦ることはない」

「落ち着けだと!?あいつが1人で地下街に行ったかもしれないんだぞ!?あんな場所に1人で!」

「もし本家に帰らなかった事を知れば、リヴァイ兵長は必ず私が地下街に行ったと思うでしょう…ユキの言う通りだ」


リヴァイは「は?」…と眉を潜めエルヴィンを睨みつける。…が、エルヴィンはそこで初めて表情を崩し、小さく笑みを浮かべた。


「安心してくれ、始めこそそうしようとしていたが止めたよ。彼女はエルミハ区の空き家にいる。町で一番大きな花屋の裏だ」


地下街に行ったわけじゃないのかとリヴァイは心底ほっとする。…当初は地下街に行こうとしていたことに驚いたが兵団を去った後、自分の家の人間に見つからないようにするにはそうするしかなかったのだろう。…さすがにエルヴィンも見兼ねて止めたということか。

いくら巨人を討伐する技術を持っていようと人間相手では話が違う。地上の世界から逃れたとしても、地下で危険な目に遭ってしまったら意味がない。


「どうするかは君が決めるといい」

「んなもん悩むまでもねぇ、少し外すぞ」

「やはり行くか。お前がそこまで固執しているとは思わなかったよ」


扉に向かい、ドアノブに手をかけるリヴァイは足を止めて振り返る。その口元は僅かに吊り上げられていた。


「あいつを思う気持ちはもう、随分前から俺の中にあった。」


ゆっくりと扉が閉まる。遠くなっていく靴音に、エルヴィンも口元に笑みを浮かべた。




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